上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

YESTERDAY

 高校時代は、受験勉強をしなくてはならなかったから、好きなアマチュア無線も出来なかった。
 それで、気分転換は、専ら、街の映画館で外映を見ることであった。
 本当は、勿論、電気工作をしたかったのだが、工作は、手間も時間もかかるから、勉強時間を確保出来なくなってしまう。
 その点、映画ならば、見終わって、映画館の外に出れば、それでお終いである。
 記憶に残っている映画は沢山あるが、「風と共に去りぬ」を見た時、館内に沢山の女子高生がいた。
 暫く見ていると、その内に、彼女たちの笑いのタイミングと、私の、それが、微妙に異なっていることに気付いた。
 少しも面白くも無い場面なのに、女子高生の笑い声が、何度も館内に響いたものだ。
 どうして、こんな場面で、笑うのだろうか。何で笑うのか。 
 男と女の感性の違いを、その時、初めて知った。
 だから、この映画を思い出すと、ビビアン・リーの美しさよりも、あの女子高生達の不可解な笑いが、どうしても脳裏に浮かんで来てしまう。
 やはり、男と女は別の生き物なんですね。
 当時は、二本立てとか、三本立てがあったから、色んな映画を見ることが出来た。
 西部劇は、ジョン・ウェインが活躍してました。
 でも、一番印象に残っているのは、「荒野の決闘」。
 原題は、My Darling Clementine。
 いわゆる典型的な西部劇で、中身は単純ストーリーですが、モニュメント・バレーの大自然を背景に繰り広げられる、微かな恋愛物語は、高校生の私に深い感動をもたらしてくれました。 
 特に、クレメンタイン役の素敵な女優、キャシー・ダウンズと、ワイアットアープ役のヘンリー・フォンダが、最後に、別れる場面は、万感、胸に迫るものがありました。
 二人が立っている、その向こうには、何処までも続く西部の大平原、モニュメント・バレーに点在する、メサ(テーブル状台地)と、ビュート(侵食が進んだ岩山)が見えて、如何にも西部劇らしかったです。
 この主題曲、日本では妙な歌詞を当てられてしまいましたが、私は好きで無いです。
 アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」を見たのも、この頃だったと思います。
 あの映画音楽は、当時、好きな女の子がいたので、心に染み込んで来ました。
 今でも、あの音楽が流れると、切ない青春を思い出します。
 誰でもそうだと思いますが、昔、見た映画を思い出すと、その当時の自分が鮮明に蘇って来ます。
 でも、大学に入ってからは、もう映画館に行った記憶は無いです。
 もう、アマチュア無線に没頭出来るようになりましたから、無線機の製作に夢中になり、自然と映画館から、足が遠のきました。
 それと、この頃は、もうテレビが普及するようになって、我が前橋も、映画館がどんどん閉鎖となりましたので、結局、映画館には、大学卒業以来、一度も行ったことが無いです。
 ですから、現在、前橋市に、どの位、映画館があるのかどうか、それも知りません。
 さて、45歳位の時、ビデオで、 「カサブランカ」(英語: Casablanca)を見ました。 
 1942年製作のアメリカ映画ですが、これは、また名作中の名作だと思います。
 ストーリーは、これも単純です。
 まあ、恋愛映画ですから、男と女の物語です。
 要するに、男が、恋人を、自由と言う大義のために、自由戦士ラズロに譲る訳です。
 こんな事は、普通の男なら有り得ませんね。
 でも、その有り得ないことをするので、物語になってる訳です。
 よく考えれば、現実には、在りもしないの男の話ですが、映画を見てる間は、そんな矛盾を少しも感じさせません。 
 初めて見た時は、ただ、ただ感動したものです。
 私にも、好きな女の子がいて、その周りにライバルらしき男が居たことがありましたが、とても、女の子を譲ろうなんて気には、死んでも成れませんでした。
 それが雄の基本姿勢だと思います。
 「いいですよ、私の女、君にあげますよ」、何て言っていたら、自分の子孫は残せませんからね。
 自分の欲望を抑えて、自由という大義のために、自らを処す、本当に格好良いですが、私には、いや、殆どの男には出来ないことだと思います。
 その出来ないことをした男の物語なので、今以て、人気があるんでしょうね。
 基本的に、不可能なことに、人間は憧れますから。
 それと、ヒロインのイルザですが、この女性の主体性が無いのは、些か呆れます。
 本当は、どちらの男が好きなのか、全く分かりません。
 やはり、ここは、自分の意見を言って、好きな男の側に付くべきでしょう。
 自由なんてものよりも、好きな男を選ぶべきです。
 自分の意見を言わない女は、唯のお人形さんです。
 自分の思想が無い女は、男から見れば、唯のダッチワイフだと思います。
 と言う事で、私の好きな女性像は、黙って微笑んでいる大和撫子よりも、「風と共に去りぬ」のヒロイン、苦悩しながらも自らの人生に挑戦する、気の強いスカーレット・オハラです。
 さて、カサブランカには、幾つもの名台詞があります。
 よく紹介されるのが、「Here's looking at you, kid.」(君の瞳に乾杯)ですが、私は、そんなに良いとは感じません。
 それよりも、リックと愛人イヴォンヌとの会話の方が洒落ています。これも、よく引用されますね。
Where were you last night? (昨夜はどこに居たの?)
That's so long ago, I don't remember. (そんな昔のことは思い出せない)
Will I see you tonight? (今晩、逢える?)
I never make plans that far ahead. (そんな先の予定は作らない)
 リックみたいに持てる男ならではの台詞ですね。
 一度位、この台詞、真似して言って見たかったのですが、残念ながら、我が人生、この台詞の出番はありませんでした。
 美しい女が来れば、いつも、大歓迎した私でしたから、追い払うなんて事は、勿体なくて、出来なかったです。 
 ところで、私の葬式ですが、カーペンターズのYESTERDAY ONCE MOREを掛けてもらいたいです。  
 その曲を聴きながら、あの世に旅立ちたいと思います。
 ええ、この曲にも、忘れられない思い出があるんです。
 その時の喪主は、老妻なので、もしかすると、間違って、ビートルズのYESTERDAYを掛けてしまうかも知れません。
 そうすると、ビートルズのYESTERDAYは、ひどく陰気で悲しすぎるので、とても死ぬ気には成れませんね。
 仕方ない、その時は、棺から立ち上がって、笑顔で老妻にVサインでもしようかと思います。
「あのさあ、曲が間違ってるよ。カーペンターズだよ」
 老妻のミスを責めても仕方ないです。毎日のことですから。




俳句


思い出は 映画の中に 今も在り



「風」 その2

 一時間ほどした時、金髪女と男は、立ち上がった。男は、私の方を振り向くと、ガンを飛ばして来た。
 どうやら、すっかり私を舐めているようだ。まあ、入って来た時、すぐに謝ったから、与しやすきと思ったのだろう。
 少し酔いが回っていたから、もう自制は無かった。
 相手の目を見ながら、私は、ゆっくり立ち上がった。
 すると、金髪女がすぐに気付いて、慌てて男を店の外に押し出した。
 外に出た男が、再び、戻って来たら、一気に、飛びかかるつもりだった。
 レジで支払いをしている金髪女に声を掛けた。
「お姉さん、すごい美人だね」
「うん、ありがとね」
 意外な、その愛想の良い返事に、猛烈に抱きたくなったものだ。
 この女は、きっと、そこらの飲み屋か、バーの女に違いない。あの男の彼女という訳では無いんだろう。
 暫くして、店を出ると、もう、いつもの時刻だった。
 歩き出すと、後輩の藤本が、「風」を歌い出した。聞きながら歩いた。
 厚い胸の、肺活のある男の声は、深みがあって、なかなか聞き良かった。
 半月後、藤本の故郷、松井田に行った。
 藤本の自宅は、山の中で、景色も良いから、家に来ませんか、と誘われたのだ。
 確か、信越線で松井田まで行って、後は、歩いたのだと思うが、遠い記憶は、もう朧である。  
 舗装の傷んだ、長い坂を登り、大通りの十字路まで来ると、そこが彼女の家だった。 
 ここに来る気になったのは、藤本と彼女の家が同じ松井田にあるからだった。
 夏休みの終わり頃だったと思うが、勿論、寄る事は出来ない。
 もう関係は壊れかけていたからだ。 
 でも、家の前は、出来るだけゆっくりと歩いた。出来る事はそれだけ。
 若い時の思い出は、いつも後悔ばかりである。それと、切ない思い。
 繁華街を抜けて、やがて山道に入った。
 暫く山道を歩いた所で、三叉路に来た。
 道路標識に、土塩とあった。
「ひじしお、か」
「先輩、よく読めましたね。普通、読めないですよ」
 以前、彼女の家付近の地図を見て、土塩なる地名がある事を知っていた。
 ここから、更に二つ峠を越えると、彼の家で、もう両親は死去し、妹も家を出て、廃家だと言う。
 まだ歩くのか。もう行く気は失せていた。釘ぶつけの廃家を見てもしようが無い。
 本音は、彼女の家を見たくて、来ただけである。
 廃家の方角を見ながら、藤本が呟いた言葉を、今でも、はっきりと覚えている。
「俺の家は、滅びの家なんですよ。みんな、死んじゃうんです」
 藤本とは、翌年、私が山奥の学校に行ってしまったから、付き合いも途絶えた。
 藤本は、卒業すると、東京秋葉原の紙問屋に勤めた。
 時は過ぎ去り、私の退職間際、藤本の友人から、「もう10年前から、年賀状が来なくなりました」と聞いた。
 それを聞いた時、滅びの家と言った、藤本の言葉を思い出した。
 彼は、多分、50歳位で亡くなったのだと思う。
 どう言う訳か、不幸な人は、生まれてから死ぬまで、不幸な人生を送るようですね。
 藤本の下宿で、ギターを弾きながら、風を歌った事もある。
 二人とも、あの歌が好きだった。
 彼女との仲が終わりかけていた頃、工事中の17号を何処までも歩いた。
 男と女の仲は不思議で、もう終わると分かっているのに、二人で道を、それも二時間以上も、一緒に歩いたのです。   
 最後の日、彼女の下宿で逢った帰り道、人通りの途絶えた繁華街の道を、自然に、風を口ずさんで、歩いていました。   
 実に、可哀想な男。でも、身勝手な男には相応しい運命なのです。
 何時だって、宝物が手元にある時は、大事にしないのです。
 そうして、宝物が離れて行く時になって、急に、慌てて、その宝物を失いたくない、と気付くのです。  
 だから、愚かな男には、相応しいエンディングなのです。 
 あの頃、学生運動が全国を吹き荒れましたが、ある時、大学に行ったら、門の所にバリケードが築かれていました。
 門の所には、椅子や机の山。赤や白、色鮮やかなヘルメットを被った革新系の学生が、その周りに沢山集まり、興奮しています。
 見ると、何と、そこに彼女の姿がありました。
 やれやれ、そう言うことか。きっと、つまらない男と知り合ったのだなと思いました。 
 毎日ブラブラして、将来に、何の夢も持たない男よりも、社会に革命を起こす男の方が、どう見たって、格好良いですからね。
 でも、お陰で私も気が楽になりました。
 その後、私が、大学を去る間近の日、囲碁部で碁を打っていたら、その窓際を彼女が友達と通り過ぎました。お昼をキャンパスの階段で食べるために、通ったのでしょう。
 それが、我が人生で、彼女を見た、最後でした。
 あれから、約50年、もう、いいお婆ちゃんになっただろうと思います。
 今でも、端田宣彦の「風」を聴くと、彼女の事や、後輩の事が、彷彿と思い出されます。
 私の恋には、いつもBGMがあるんです。
 でも、それは誰しも同じ事と思います。
 人は誰もただ一人 旅に出て・・・、結局、みんな、毎日、生きているのだけれど、本当は、孤独なんですね。
 だから、この歌が共感を持って、迎えられたのだと思います。
 例え、どんなに親しい人が、側に居ても、人は一人なんだと思います。
 不倫して、楽しい日々だとしても、でも、貴女は、一人だと思います。
 ええ、何時の日か、それが、自分は一人なんだ、と分かる日が来ると思いますよ。
 そうそう、彼女と別れてから、すぐに、一度だけ、短い手紙を書きました。
 当時、スマホなんてものは無いですから。  
 そしたら、返事に「もっと、本当に愛して欲しかった」とありました。
 蛇足ですが、30年後、別の女性から、また同じ文面の手紙をもらう事になりました。
 ところで、2年後位に出た、「花嫁」も良い曲でしたね。
 既に、大学を卒業していた私は、この歌を山奥のアパートで、風と共に、よく歌ったものです。
 アパートの窓から、遙か彼方に聳え立つ、真っ白な浅間山の姿が見えました。
 取り留めも無い思い出、この辺で終わりにします。
 端田宣彦 合掌。




俳句


過ぎし日は 彼女の姿 風の歌



「風」 その1

 昨日、ネットを見ていたら、端田宣彦さんの死が報じられていた。
 何と72歳、正しく私と同年である。
 それで昨夜は、よく寝付かれず、また眠れず、深夜に何度も目を覚ました。
 同じ歳の死は、勿論、心寂しきものがあるのは言うまでもない。
 死のゴールが、いよいよ自分にも迫ったと思うから、微かな不安は感じる。
 でも、死は、すべて天命だと、随分と若い時代に確信したから、死の問題は、然したる事では無かった。
 誰でも死ぬのだから仕方ない。誰でも死ぬ時は涙を流すのだから仕方ない。
 誰でも死ぬのは初めてだから、怯えるのも仕方ない。
 死は、死を認識しない。
 深夜の静寂の中、眠れぬ頭の中を、流れていたのは、あの「風」のメロディーであった。
 私の学生時代を象徴する、忘れる事の出来ない曲である。
 色んな思い出が、頭の中を駆け巡り、それが私を眠らせなかったのである。
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  「風」 
 作詞 北山修
 作曲 端田宣彦
 唄 はしだのりひことシューベルツ


 人は誰もただ一人 旅に出て
 人は誰もふるさとを 振りかえる
 ちょっぴりさみしくて 振りかえっても
 そこにはただ風が 吹いているだけ
 人は誰も人生に つまづいて
 人は誰も夢破れ 振りかえる


 プラタナスの枯葉舞う 冬の道で
 プラタナスの散る音に 振りかえる
 帰っておいでよと 振りかえっても
 そこにはただ風が 吹いているだけ
 人は誰も恋をした 切なさに
 人は誰も耐えきれず 振りかえる


 何かをもとめて 振りかえっても
 そこにはただ風が 吹いているだけ
 振りかえらずただ一人 一歩ずつ
 振りかえらず 泣かないで歩くんだ
 何かをもとめて 振りかえっても
 そこにはただ風が 吹いているだけ
 吹いているだけ 吹いているだけ
 吹いているだけ…
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 その歌詞は、どうしても、全部載せてみたい。
 まあ、このブログだから、文句を言う著作権者も居ないと思う。
 風は、1969年に発表された。
 当時の私は、大学五年生、即ち、留年生。留年の経緯は、紹介するほどの意味はないので、割愛。
 卒業に必要な単位は、あと2単位であったから、講義に出る必要は、殆ど無かった。
 それで、毎日、暇過ぎるので、好きな歴史学の講義を選んでは、聞きに行った。
 また、家政科の家庭電気一般なども受講した。お目当ては、女子学生。
 講義には、綺麗な女子学生が沢山居たし、アマチュア無線家の私は、勿論、電気に関する知識は、初歩的な講義に対して、有り余るほど、あったから、とても楽しかった。
 夕方からは、夜の街をあちこち、彷徨いた。
 いつも帰宅は、午前様近かった。
 寝静まった深夜の通りを歩くと、街灯だけが音も無く並び、私の靴音だけが響いた。
 その頃は、夜空の星の位置で、時間を、かなり正確に推定出来たものだ。
 ある夏の夜、もう10時頃だったと思うが、前橋駅前に新しく出来た喫茶店に、親しくしていた後輩を連れて、寄った。
 南米と言う、変な名前の店だった。店の正面の壁に、確か、椰子の木が大きく描かれていたと記憶している。
 入ると、店の中は余り大きくは無かった。
 金髪でミニスカートの女、20歳前後に見えた、が先客でいた。隣には、30歳位の彼氏らしき若い男が居た。
 狭かったから、私の身体が、つい、その男の椅子にぶつかった。
「おい、何とか言え」
 その男は、私を睨んで、凄味を利かせた。
 一見して、こんな男位、どうにでもなると思った。それに、一連れていた後輩は100キロを越える男だったから、もし喧嘩となれば、こんな男など、明らかに楽勝だった。
 その確たる優越性の故だと思うが、私は冷静に対処した。
「ああ、それはどうも」 
 一言だけ、会釈しながら言った。
「よし、分かった」 
 男は、大きく頷くと、満足そうに了解した。
 要するに、女の前で、とにかく、格好を付けたかったのだろう。
 奥の席に座ると、客は、私達と、あの連中しかいないと分かった。 
 若い金髪女は、顔は普通だが、ミニスカートが短すぎるのが気に入った。
 細く長い脚を通路の方にまで伸ばして、これ見よがしである。
 私が、ほんの少し頭を下げさえすれば、秘かな両足の奥が容易に見えた筈だ。
 ビールを頼んだら、店内に、風の曲が流れ出した。
 その時、初めて聞いたのでは無い。何処かで、前に聞いた事があったと思う。
 だが、この時、人は誰も唯一人と言う、冒頭の歌詞は、私の心に、深く刻まれた。
 その日も彼女と会えず、ひどい落胆の極みに落ち込んでいたからだろう。
 そうして、風は、生涯、私の忘れ得ぬ、思い出の曲となった。
 酔いが廻ってくると、時々、金髪女の脚を見つめ、こいつらが店を出たら、男を叩き潰し、女を奪って、強姦してやれ、と思った。
 冷静に対処した筈なのに、心の奥底には、本音の強い怒りが、まだ残っていたらしい。
 若くて、とにかく、抑えきれない性欲を誇示をしたい時代だったのだ。 
 何の脈絡も無い、思い出だが、もう少し綴ってみたい。  


 以下次回



俳句


思い出は 懐かしき曲 星空よ



和音

 小さい頃、雪が降ると、自宅縁側のガラス戸を通して、一面、白くなった庭を、じっと眺めたものだ。
 うんと積もってくれないかなあ、と思いながら、暫く、眺めた後、ガラス戸を少し開いて、大きく息を吸い込む。
 そうすると、雪の匂いがするのだ。
 ああ、また雪が降って冬の季節が来たな、と感じるのは、まさに、この時である。
 雪の匂いなんてするの?、と思うかも知れないが、私には、ちゃんと、します。
 最近は、もう前橋に余り雪が降らなくなりましたが、それでも、降れば、その時は、懐かしい雪の匂いを感じます。
 多分、私は、味覚や嗅覚が、鋭い方だと思う。
 例えば、二階の書斎に居て、夕食のおかずが何かを、いとも簡単に当てる事が出来る。
 でも、「また、あれか」と、落胆する事が多いです。 
 工作をする時、半田付けをしますが、あれも、大変懐かしい匂いです。 
 何かの折り、半田の匂いに接すると、中学時代、物置でよく工作をしましたが、その光景を思い出します。
 金工をしてる時は、鉄やアルミの匂いも感じます。
 ええ、金属にも匂いがあるんです。
 何と表現して良いのか、分かりませんが、例えば、目を瞑っていても、近くに鉄があれば、すぐに分かりますよ。
 厳密には、鉄は常温で蒸発しませんが、皮脂分解物と鉄イオンが反応して、それが臭いの原因となるようです。 
 さて、小学生の時、父親から柔道を教わりましたが、その時、煙草の匂いがすごかったです。
 ヘビースモーカーの父の服は、全て煙草の強烈な匂いがしました。また、煙草を持つ指も、歯も黒茶色になっていました。
 でも、どう言う訳か、私は煙草の匂いが好きだったので、苦にはなりませんでした。
 建物や部屋の匂いも記憶しているようです。 
 ああ、これは何処かで、会議をした時の匂いだな、と分かります。
 勿論、女性の匂いも、私には、とても、よく分かります。 
 ずっと、以前ですが、職場で、中年の女性達が雑談をしていました。
「ずっと前、医者が内診をした指を嗅いでいたのよ。よくそんな事が出来るなと、ビックリしたわ」
 どうやら、話題は、御産の事らしいです。
 少し離れた所で仕事をしていた、私は、「貴女、それは大いなる勘違いですよ」と、言いたくなったものです。
 でも、そうする事は無かったです。黙って、そのまま仕事を続けました。
 例え、話して見ても、その女性は、到底、信じないと思ったからです。
 基本的に、男は、女の全ての匂いを、全般的に、好意を持って受け容れます。
 それは雄犬を見てると、よく分かります。
 雌犬の後ろに回って、その匂いばかり嗅いでいますよね。
 もし、厭な匂いなら、つけ回してまで嗅ぐ事は無い筈です。
 干し物台から、女性のパンツを盗む男も、これが目的の一つです。
 だから、よく洗ったのよりも、本当は、洗わないのが欲しいんだそうです。
 実際、帰宅中の女性から、パンツのみを奪う事件も勃発していますよね。
 それにしても、男の人生、色々と大変ですな。
 さて、女性器の匂いは、とりわけ、男にとって、好感度第一位では無いかと思います。
 他の、髪の毛、脇の下、手、足、背中、お腹、乳房、どれも、厭な匂いはありません。
 要するに、女性は、男に対して、匂いに関してですが、はっきり、自信を持って良いと言う事です。
 とは言え、病気等が原因の匂いは、また別の話ですが。
 ところで、かの皇帝ナポレオンに寄れば、女性器の匂いは、チーズだという事ですが、まあ、それも当たっているかも知れません。
 私に言わせれば、多少、古くなった酸化したチーズかなと思います。
 日にも依りますが、女性の膣は、かなり酸っぱい時があります。
 それは、外来の侵入菌を殺すためだというのが、通説です。
 でも、同時に、男を惹きつける、例のエストロゲンを分泌しているのだと思います。
 エストロゲンは、男を惹きつける女性ホルモン、いわゆるフェロモンを作るのです。
 このフェロモンは、排卵期直前にも出来ますから、その時期の女性は、とても良い匂いがするのです。
 その、良い匂いに男は惹きつけられてしまうのです。
 ですから、嗅覚の鋭い私は、付き合っていた女性が、今日は、とても良い匂いがするなと思った時は、いつもより慎重になったものです。  
 さて、匂いは、男だけで無く、女にも、重要な作用をします。  
 例えば、男の匂い、特に脇の下の匂いは、女の生理周期を司っていると言われます。
 なので、生理不順は、男にも責任があるのです。
 だから、しっかり抱き合って、男の脇の下の匂いを女に付けてやれば、生理不順は治ると言われています。 
 ところで、冷蔵庫を開けた時、厭匂いを感じる時があります。
 これは、様々な匂いが混ざり合う事から生じます。
 これとは逆に、混ざり合って良い匂いになる事も沢山あるのです。
 食材が混ざり合って、良い匂いになる料理などは、その好例です。
 また、音楽で言う和音も、そうですね。
 ド、ミ、ソの単音では、特に、心地良いとは感じませんが、これを同時に鳴らすと、和音が生じ、聞いて、とても楽しくなりますね。
 どうも、人間の体臭にも、これがあるみたいです。
 今、二人が抱き合うと、それぞれの体臭が混ざります。
 この結果、混ざった匂いが良ければ、二人は、とても気持ちよくなります。  
 その二人の関係は、その後、長く続く事と思われます。
 でも、悪臭になれば、もう勘弁と、男は、女も、すぐにも、逃げ出す事でしょう。
 俗に言う、相性は、もしかすると、ここに関係しているのかも知れません、
 ところで、学生の時、付き合った女の子は、とても良い匂いがしました。
 これが、深い記憶となって、その後、私は、ずっと、同じ匂いの女の子を求めていたようです。
 大袈裟に言えば、容姿よりも、匂いの方を優先していたかも知れません。
 ですから、女性は、これと決めたら、同じ香水を付ける方が良いと思います。
「この匂いがあたしよ、よく覚えておきなさい」と言う事を、男に教え込むのです。
 バッグや、服、スカート、身の回りのものに、ほんの僅か、香水を掛けておきます。
 そうすれば、男は、簡単に、良い匂いに縛られてしまうので、意中の男を捕らえる事が出来る筈です。  
 匂いの話をしましたが、勿論、人間関係を決めるのは、匂いだけではありません。
 例えば、若い、美しい女は、どんな服装をしても美しいと言います。
 それはそうだと思いますが、それでも、ゴムの伸びきったパンツ、しかも破れている、そんな下着を穿いていれば、男は、良い印象を持ちません。
 私の少ない経験でも、下着にだらしない女は、男関係もだらしがなかったな、と言うのが正直な所です。
 要するに、美しい下着は、男にとって、これ以上は無い、ロマンの世界なのです。
 服を脱がせて、好きな女性の下着を見た途端、もし、男が落胆したら、それは拷問に等しいと思います。
 綺麗な下着の女性は、男から見て、まさに、ミロのヴィーナスなのです。
 即ち、匂い以外にも、十分な配慮が必要です。
 さて、私自身は、はっきりした匂いのある女性が好きです。
 今は、清潔志向とか言って、匂いを消すような事が流行ってますが、女性の匂いが、無いと、ひどく寂しいです。
 匂いのしない女性なんて、ダッチワイフみたいで、意味ないです。
<あの、老妻さんは、どんな匂いがしますか?>
<昔は、若い女の匂いがしたね>   
<今は、どうですか?>
<今はね、もう、余り至近距離には近づかないから、分かりませんね> 


俳句


生理の日 すぐに分かって さようなら




危機一髪

 現在、私は酒も飲まないし、煙草も吸わない。
 元々、酒は、それほど飲みたいと思ってなかった。
 仕事上の付き合いで、仕方なく、宴会等、二次会で飲んでいただけである。
 だから、仕事上の付き合いが無くなると、飲酒は自然に止めてしまった。 
 だが、煙草の方は、一寸、違う。
 亡父が超ヘビースモーカーだった。だから、中学生の頃から、親父公認の元で吸っていた。
 勿論、模範生徒だったから、中学校のトイレで吸うような真似はしなかった。
 まあ、親父譲りの体質で、煙草は合っていたのかも知れない。
 でも、その後、色々な情報を得ると、やはり、煙草、これは麻薬にも劣らない位の物質だと認識する様になった。
 よく禁煙が大変だと言うが、私の場合、一旦、危険だという認識が明確に確立したら、もう、何の困難も無く、煙草を止める事が出来た。
 この辺は、やはり数学物理系の人間だと言う事なのかも知れない。
 さて、私は飲酒も喫煙もしないから、この点に関しては、老妻の評価は極めて良い。
「家はね、酒も煙草も吸わないで、とても真面目な人だから、有り難いですよ」等と、近所の小母さん達と、話しているのを何度も聞いた事がある。
 まあ、うんと感謝されても、特に、禁酒禁煙に努力した訳でも無いので、何か面映ゆい気がする。  
 聞く所によれば、老妻の父、義父は、余り頑健では無かったのに、かなり酒を飲み、それで周囲に迷惑を掛けたらしい。
 その事があったから、私の酒に対する、老妻の感想は、高評価なのだろう。
 そう言えば、私の祖父も大酒豪だった。
 毎回、大酒飲んで、自分の娘(母の事)の家に寄る時、付近の川に落ちていたものだ。不思議と死ぬ事は無かった。
 もし、私が、酒豪の祖父に似ていたら、どうなっていただろうか。
 若い時は、腕力もあったから、恐らく、飲んだら、余り良い状況に巡り会う事はなかったと思う。
 とは言え、酒での失敗が、全くなかったかと言えば、そうでもない。
 一応、現役の頃は、付き合い酒は飲んでいたから、宴会の場で、先輩と激しく口論したり、平手で殴ったりした事もあった。
 まあ、いずれも、幸い、大事にならず、済んだ。
 しかし、酒の事で、一度だけ、九死に一生を得た思い出がある。
 あれは、酒好きな彼女と付き合っていた頃だ。
 大学を出たばかりの彼女だったが、女なのに、猛烈な酒豪だった。
 それで、二人は逢えば、必ず、夜遅くまで飲んだ。
 でも、やる事はちゃんとやりました。
 酒と女、好きなだけ出来た、両手に花の時代でした。 
 若かったんですねえ。そのエネルギーは、まさに無限でした。
 綺麗な子で、美脚と容姿と色気、三拍子揃った子でした。
 あんな子は、その後、もう二度とお目にかかれませんでした。
 それで、ある日、私は、彼女のアパートに行きました。
 でも、翌日が人間ドックだったので、今夜は飲まない、と決めていました。
 飲酒して、悪い検査値が出ると困る訳からです。
 と言うのも、ずっと前の事ですが、風邪を引いている時に、無理して、ドックで検査したら、何と心筋梗塞の疑いがあり、指摘されてしまったのです。
 それで、もう大騒ぎした事があったのです。
 体調の悪い時や、飲酒時は、不正確な数値が出るのですね。
 それで、その晩も遅くまで、楽しんでましたが、とにかく、飲まなかったのです。
 ところが、ビールが瓶に半分位、残ってテーブルにあったのです。
 そしたら、彼女が、「飲んでよ、こんな位平気よ」と言ったのです。
 酒飲みは、誰でもそうですが、相手が飲まないと寂しいんですね。
 ずっと、飲まず、抱くだけでしたから、とうとう、彼女、残りの酒に託けて、私に飲ませようとしたんです。
 まあ、それ位ならと、彼女の気持ちも察して、つい、瓶を手にしたまま、飲んだのです。
 それで、彼女も、一層、機嫌良くなって、更に、また頑張った訳です。
 若い時って、飲んで、やって、それだけなんですね。
 今、流行りの不倫と同じです。
 ところが、酔った彼女が、突然、言い出したのです。
「これから、関越を突っ走りたいな。ねえ、水上辺りに行こうよ」 
 もう、夜の10時近かったと思います。
 いい女でしたが、どうも、酔うと、時々、とんでもない事を言う癖がありました。
 関越道は、谷川岳が好きでしたから、私は、よく行っていたので、仕方ない、一寸走れば気が済むだろうと思い、行く事にしました。
 もう、その時には、私がビールを半分飲んだ事は、すっかり、二人とも忘れていたのです。 
 飲酒して、高速道路、これは大変な事です。
 テレビならば、ここで長いコマーシャルが入る所かも知れません。
 果たして、大変な事が起きてしまったのです。
 確か、ゲートを潜って、暫く走ったと思います。
 ものの10分か、そこらでした。
 突然、前方に赤い点滅が見えました。近づくと、ランプを手にした警察官が見えました。
 そのまま、ゆっくりと側道に誘導されました。  
 警察の非常警戒線に引っかかってしまったのです。何か、あったのでしょうか。
 その瞬間、私は、ビールを飲んだ事を思い出したのです。
 その途端、頭に血が上り、もう思考困難になりました。
 我が人生、最大の危機に遭遇してしまいました。
 人定質問だけならば、何とか切り抜けられると思いましたが、これは、必ず、飲酒検査をすると思いました。
 窓ガラスを下げると、警察官が側に来ました。
「どうも、お忙しい所、済みませんね。どちらに行かれますか」
「一寸、水上の方です」  
「そうですか、これに息を吹き込んで頂けますか」
 やはり、来ました。万事休す、です。
 我が人生、もう終わりです。
 公務員でしたから、免停、行政処分、この先の人生、真っ暗は確実でした。
 警察官は、何か、マイクのようなものを差し出しました。
 いわゆる風船では無かったです。
「ここに息を吹きかけてもらえますか」
「はい」
 その瞬間、閃いたのです。
 このデバイスは、呼気を感知し、そのアルコール値を解析するのだろう。ならば、呼気を与えなければ、アルコール数値はゼロになる筈。
 さすが、第一級アマチュア無線技士です。
 冷静に機器の仕掛けを見抜きました。
 そこで、息を吐く振りだけをしました。
 更に、「あーっ、あーっ」と声も添えて、如何にも息を吐いているように、必死に演技したのです。    
 今思うと、絶体絶命の場面でしたが、天の神が、普段、極めて善良なる私を助けてくれたのです。
 これが、もし、検査機器が、いわゆる風船方式だったら、私が危機脱出をする事は、不可能だった事でしょう。
 何故なら、息を出す振りは出来ないからです。
 息を出さなければ、風船は膨らみませんから。
 さて、これで、うまく行くと思いました。
 そしたら、何と、目の前で、私が持ってる検査器のランプが赤く光ったのです。
 これはアルコールを感知したという意味だと、すぐに分かりました。
 アマチュア無線家ですから、電子機器の動作は手に取るように分かるのです。
 息を吹きかけた検査機を警察官に渡しました。
 きっとすぐに、パトカーに連れて行かれると思いました。
 ところが、その警察官、一寸、考え込んでいました。
「あれ、おかしいな、どうしたんだろう?」
 推察ですが、私が、堂々と躊躇する事無く、笑顔で検査に応じたので、その態度からして、もう、この人は、事件の容疑者でもないし、飲酒運転者でも無いと、その警察官は、勝手に思い込んでしまったようです。
 ところが、良さげな人だと思ったのに、検査機器が赤を表示したので、はてな?、と思ったのでしょう。
「そうか、リセットをしてなかったんだな」
 警察官は、独り言を言うと、再び、マイクの形をした検査機器を私に差し出しました。
「すみません、もう一度やってもらえますか。セットし忘れました」
 これは、もう、絶対に、息を出してはならないと思いました。
 かなり感度の良い検知機だと分かりました。
 それで、2回目は、もっと工夫をしました。
 1回目は、声を出して、息を出さないようにしましたが、これでは不十分。
 2回目は、少し息を吸い気味にして、声では無く、喉を少し鳴らしたのです。
 さて、その結果は?
「どうも、お手数を掛けました。行って結構ですよ」   
「そうですか、お寒い中、お疲れ様です。じゃあ、失礼します」
 警察官は、笑顔を浮かべて、私を送り出してくれました。
 決して慌てず、嬉しさをひた隠して、ゆっくりと走り出しました。 
 次のインターが何処であろうと、構わず、降りた事は言うまでもありません。
 でも、高速を降りた、近くのホームセンターで、ずっと、動けませんでした。
 下道だって、掴まる時は、掴まりますからね。
 三時間位、冷ましてから、水を沢山飲んで、再び走りました。
 まさに、絶体絶命の危機でしたが、その中に、思えば、幸運もあったのです。
 本当に、命拾いしました。
<上州無線さん、その彼女とは、それから、どうなったんですか?> 
<大酒飲みだったから、どうも酒癖が悪くてね。名器だったけど、仕方なく下取りに出しました。その後、二人子供を産んだと聞いたけどね> 


俳句


女はね 飲まない方が 良いみたい