上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

断捨離は残酷

 囲碁の井山裕太七冠の記事を見ても、最近は、読まず、スルーである。
 学生時代に覚えた囲碁だが、一時は、かなり熱中して、碁会所にも連日行って、帰宅も遅くなった事がある。
 大会にも何度か出て、時には、トロフィーをもらった事もある。
 それが、不思議なもので、最近は、全く興味を持つ事がなくなった。
 寝室に置いてある、分厚い碁盤が、ただの邪魔なゴミに見えて来た。
 この碁盤にしても、ずっと大切にして来たのだ。
 乾いて曲がるといけないから、置くのは、いつもエアコンのある部屋にしていた。
 それが、今は、ゴミとは。
 人の心は、本当に、秋の空のように変化するのですね。
 取りあえず、邪魔で、もう使う事は無いから、ゴミ置き場に捨ててしまうつもりです。
 それにしても、要らなくなった物への気持ちは、何処か愛情がありませんね。
 さて、豊臣秀次は、太閤秀吉の同母姉の子どもですが、一時は、秀吉の後継者として、取り立てられます。
 秀吉には、嫡男の鶴松と言う子どもが居ましたが、僅か3歳で亡くなってしまったので、まあ、仕方なく、姉の子の秀次を後継者にしたんでしょうね。
 お家断絶になると、武家は困りますから、どうしても跡継ぎが必要だったんです。
 それで、秀次は大事にされて、とうとう関白の職を譲られて、家督も相続します。
 これで済めば、目出度し目出度しだったんですが、そうは行かなかった。
 秀次にとって不幸な事に、秀吉に、新たに嫡子の秀頼が誕生したんです。
 自分の本当の子ですから、太閤秀吉にすれば、一番可愛い訳です。
 となると、ここからが人情ですが、自分の本当の息子を跡取りにしたいと思うのが、当然です。
 そこで、跡取りに決まっていた秀次を、何とかして、除去する必要が出て来ました。
 まあ、口頭で、「お前を後継者とする事を止めたよ」と言えば、済む事のような気がしますが、そうは行かなかった。
 秀吉とすると、もう不要になったものは、近くにも置きたくなかったんですね。 
 えっ、碁盤と同じだつて?
 そうなんです。
 この辺が、何時の時代も同じ、人間心理でしょうかねえ。
 これは、一旦、嫌いになった女は、もう近くに居て欲しくないから、口も利かないし、さっさっと家を出て行って欲しいのと同じです。
 綺麗で若い愛人の方が、男には、より大切ですから、不要になった、前の妻は、早く捨てたいのです。
 こうなると、今も昔も、もう徹底的に、相手に対する気持ちも残酷になるようです。
 今も昔も、人間の心は、少しも変わっていないのですね。
 さて、不要になった秀次ですが、取るに足らない言いがかりを付けられて、強制的に出家させられます。 
 その後、高野山青巌寺に蟄居となった後に、何と切腹させられます。
 何も殺さなくてもと、誰でも思いますよね。 
 それで済むかと思ったら、飛んでも無い。
 秀次の首は三条河原で晒し首とされ、その際に眷族も尽く処刑されてしまいました。
 晒し首なんて、もう罪人の扱いですね。   
 罪人扱いですから、その一族関係者、家来も、妻も側室も殺されてしまったのです。  
 皆殺しですね。生かしておくと、禍根を残すと言う事です。
 それにしても、秀次は、真の姉の子ですから、真の甥に当たります。
 その甥を、いとも簡単に、残酷に殺してしまう所に、いくら戦国時代とは言え、何とも言いようのない溜息が出ます。
 勿論、秀次は、うんと悪い事をしたので、罰せられたと史書には書いてあります。
 歴史とは、勝者の歴史、実にいい加減なものなのです。
 ところで、無線の趣味では、実に様々な工具を使います。
 電動ドリルとか、ニーパーとか、中には、普通の人は見た事も無いものまであります。
 で、これも、新しいのを買うと、やはり、もう使わないですから、邪魔になります。
 これは、廃棄物として、迷わず、ゴミ処理場に出しています。
 新しいものは、性能も良いし、使い心地も満点だからです。
 さて、最近、断捨離と言う言葉をよく聞くようになりましたが、あれも、捨てる事に快感を感じているんでしょうね。
 不要なものは、コノヤロー、もう身の回りに置かないぞ、と言う訳ですね。
 でも、秀次の事を考えると、捨てる行為の残虐性に、少し胸が痛みます。
 どうやら、捨てる行為には、無意識下に捨てる者の残虐性が込められているようです。
 人は、不要なものには、少しの愛情すらも無いんですね。
 愛情はないから、少しも迷わずに、捨てる事が出来る訳です。
 昔、ヨーロッパに旅行した人が、ホテルを去る時、もう要らないからと、古いパンツを部屋のゴミ箱に放り込みました。
 帰路は、なるべく身軽になりたかったのでしょう。
 そうして、荷物をまとめて、部屋を出ようとしたら、ゴミ箱から、小さな声がしました。
「おおい、僕をこんなとこに置いて行かないでくれ。僕も日本に帰りたいよ」
 その人は、その声に立ち止まり、慌てて戻り、ゴミ箱からパンツを取り出し、旅行鞄に入れました。
 この気持ち、何か解るような気がします。
 永く使ったもの、下駄なども捨てる時、愛着を感じ、数年間、下駄箱に置いたままにした事があります。
 さて、新しい愛人が出来て、前の妻を捨てる事に何の未練も無いのは、妻への愛情が全く消えてしまったから、捨てる事に未練は無いんですね。
 無いどころか、早く目の前から消えろ、と言う事になる訳です。
 思えば、非情な話ですね。
 半年前は、夫婦として、あんなに仲良くしていたのに、若い愛人が出来たら、この変わり様。
 男は勝手なものです。
 いや、それは女も同じでしょうね。 
 いずれにしろ、愛情が消えた関係は、もう元に戻る事は有り得ませんから、後ろを振り返る事は止めましょう。
 新たに、新しい明日に向かって、歩んだ方が良いですよ。
 うーん、何か、碁盤が何か可哀想になって来たな。
 よし、ゴミ置き場に捨てるのを止めて、誰か、囲碁愛好家の人に進呈する事にしよう。


<あの、上州無線さん、新しい愛人が出来たら、老妻さんはゴミ置き場ですか?> 
<それは無いなあ>
<それはどうしてですか?>
<うまく説明出来ないが、まあ、ヨーロッパのパンツの話と同じ心境かな>
<老妻さんは、パンツなんですか>
<ああ、少し破れて穴が開いてるけどね、捨てる気にはならんね>


俳句


愛人の 写真も今は 意味もなし