上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

一筋の光

 今朝、起きてカーテンを開けると、窓の外は、辺り一面、白銀世界。
 思ったより、寒くは感じなかった。
 東から、陽光の気配を感じると、見ている銀世界が失われるのが惜しく思えた。
 いや、いとも容易に消えるから、この銀の輝きに価値があるのだ。 
 眼下を見下ろすと、遙か、関東平野が白く霞んで見えた。 
 さて、前橋の積雪は、テレビだと24センチらしいが、此処、拙宅、赤城の山麓では、約30センチと言うところか。
 玄関を開けると、我が愛車にも、やはり、30センチほどの積雪。
 思い出すと、2014年2月にも、108年ぶりの大雪が降り、その時は80センチ。
 それと比べれば、今回は大した事は無かった。
 気温は温かいので、午後には、大半の雪が解けてしまうと思う。
 それ故、雪掻きは、不要と判断した。  
 まあ、雪掻きは気持ちが良いし、良い運動になるので、老人には、最適の作業なんですが。
 さて、白銀の景色を眺めていると、色々な雪の思い出が脳裏に浮かんで来る。
 ずっと前、真冬の頃、彼女と、赤城山麓の少し上辺りにある、姫百合駐車場に行った。
 夏場は、登山客の車が、そこら中、乱雑に置いてある場所なのだが、冬の、その日、私の車だけだった。  
 誰の足跡も無い、新雪の道。
 50センチ程に積もった、その雪道を、彼女と、ゆっくり歩き出した。
 もう雪は止んで、真上には青空と白い雲が見えていた。
 道沿いのミズナラの枝が、道を覆うように伸びている。
 その下を通る二人、時折の微風は、小枝を音も無く震わせ、雪の花を振りかけ、私と彼女を祝福してくれた。。
 道の下、遙か遠くを眺めると、関東平野は青く霞み、利根の流れは、陽光を浴び、煌めく、一筋の帯となり、それは、やがて関東平野の彼方に消えて行く。
 突然、首筋に冷たさを感じ、思わず、声を上げた。
 彼女が、後ろから雪の塊を私に投げつけたのだ。 
 走って逃げる私に、また、雪の塊を持って追い掛けて来た。
 誰も居ない、誰の声もしない、白銀の道。
 私は、深い雪に足を取られ、不覚にも、雪の中に倒れ込んだ。
 すると、後から来た、彼女が、私の上に覆い被さるように、倒れ込んで来た。
 雪の中で抱き合う二人。
 よし、負けるもんか、任せておけ、柔道の寝技だ。
 私は、彼女を抱きながら、寝技返しで、雪の中をゴロゴロと転がった。
 彼女の小さな悲鳴が聞こえた。
 悲鳴の元をしっかりと塞ぐと、もう何も聞こえなくなった。
 こんなにも、静寂の世界で、ただ、無心に戯れていた私達。
 雪の中で過ごした、あの無限の時間は、どこに行ってしまったのだろうか。
 さて、一昨日、ネットを見ていたら、ショッキングな記事が掲載されていた。
「21日午前6時40分ごろ、東京都大田区の多摩川河川敷で、長男から『父親が飛び込んだ』と110番があった」
 読むと、川に飛び込んだのは、雑誌等でよく知られた、西部 邁氏であった。
 西部 邁氏は、(にしべ すすむ)、1939年(昭和14年)~2018年(平成30年)1月21日、保守派評論家、元経済学者、元東京大学教養学部教授である。
 この人の著作は、経済学だから、私には縁が無くて、私は、一冊も読んだ事は無い。
 でも、ずっと前、当時、購読していた月刊誌に、彼の記事が載った。
 全学連の闘士だった彼が、あの安保闘争における、自己批判していたのである。
 普通、左派の人は、このような行動は、間違ってもしないから、私は、この記事に強く惹かれ、引き込まれるように読んでしまった。
「当時の私は、安保条約の条文も読まないで、ただ、感情的に安保改定に反対していました」
 こんな、余りにも正直すぎる事は、普通、書けないものだ。
 恐らく、氏の指摘は正しく、当時、騒いでいた学生の内、何人が、日米安保条約の条文を読んだ事があるだろうか。
 よく読めば、不平等条約を是正し、日本の地位を上げるための改定であるが、そんな事は構わず、多くの学生は、左派のムードに引き摺られて、ただ、反対していたのである。
 しかし、安保騒動が沈静化した後、自己の行動に鮮明な指弾を加えた者は、西部氏の他に、目立つ記事を見た記憶は無い。
 手元の新聞記事に寄れば、西部氏は、近著で、
「生の周囲への貢献がそれへの迷惑を下回ること確実となるなら、死すべき時期がやってきたということ」と、述べていたと言う。
 観念上の武士らしい人生観と言えます。
 それと、喉頭癌を数年前から病んでいたようですが、それも影響したのかも知れません。
 病気になれば、生きていても楽しくないですから、余計、生きる意義を感じなくなります。
 ところで、人生は、静かに周りながら、動く、回り舞台かも知れません。
 何時かは、誰も、不治の病を得て、この世の生を終了する事になります。
 即ち、舞台は確実に回り続け、自己の姿は、やがて、舞台から消えて行くのです。
 生き物である、人間、これは仕方の無い事です。
 さて、生きる意義を感じなくなったら、自らの生にピリオドを打つ、これも、一つの生き方であると思います。
 でも、私は、賛成しません、共感しません、その生き方に。
 逆境に遭遇しても、人は、負けずに生きる事、そこに本当の人生があると思うからです。
 普段、丈夫だった人ほど、病気になった時のショックは大きいようですが、そのショックに負けて欲しくないです。
 最後まで、生きる努力をして、死ぬべきものと思います。
 生きる努力をする事が、それは、平凡な事に見えますが、それこそが、意義ある人生だと思います。
 さて、先日、2歳下の後輩から、久し振りに電話がありました。
 聞けば、65歳位で、彼の同級生が、動脈瘤破裂等で亡くなったとの事。
 どうやら、亡くなるのは、歳の順では無いようです。
 いずれも、学生時代、話をした事のある男でしたが、若く丈夫で、死とは、全く無縁に見えました。
 しかし、50年も経たない内に、彼らは、回り舞台の裾に、姿を消したのです。
 この私も、舞台に居る時間は、もう、僅かかも知れません。
 それでも、生きるために、将来、襲いかかって来る病気に対し、最善の努力をしたいと思います。 
 弱き人間である私ですが、最後の一秒まで、力を尽くして、生きるための、闘争を続けたいと思います。
 金持ちになる事、出世する事、それも、人生の意義かも知れません。
 敢えて、否定はしません。
 ですが、最高の、最も価値ある意義は、人生の最後に、どう立ち向かうか、と言う事だと思います。
 最後に、老い衰え、力尽きて死ぬ、それは、自然界の動物たちと同じですが、それでいい、いや、それこそが、あるべき死に方だと思うのです。 


追記
 西部氏についての、思想的立場は、評論家諸氏によっても、色々と異なります。
 上記の、私の考えは、あくまで、私の位置から見た、西部氏と言う事です。
 また、保守陣営から、左翼の似非改革主義者と闘って来た人、と言う、見方をする人もあります。
 今朝の新聞では、前橋の積雪、14センチでした。これは街中でしょう。


俳句


何時かには 終わりを告げる 人の生