上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

91歳のマリリン

 それは確か、小学校の3年生位の頃だった。
 学校帰り、道草をしながら、麦畑に囲まれた小道を歩いている時だった。
 前日見た、マリリンの写真が綺麗だったから、私は、それを友達に話してみたくなった。
「あのさ、マリリン・モンローって、知ってるかい?」
「なに、それ」
「アメリカの女優でね、とても綺麗な人だよ」
「ふーん、あっ、あそこにヒバリが降りたよ。行ってみよう」
 友達は、マリリンに全く関心がなかった。
 私の問いに答える事無く、ヒバリの降りて場所に向かって走り出した。
 無視された私は、不愉快で、ヒバリの所には行かなかった。
 暫くして、友達は、戻って来たが、ヒバリの巣は、かなり広い麦畑だったから、見つからなかった。
 この記憶が、私にとって、一番古い、マリリンの記憶である。
 マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)は、1926年6月1日生まれだから、仮に、あの時、私が9歳だとすると、彼女は28歳である。
 もう、すっかり成熟した女性である。
 そんな成熟した女性に、まだ、ほんの子どもであった私が、どうして、マリリンを好きになったのか、今考えると、相当に不思議ではある。
 雑誌で見るマリリンには、ハリウッドの他の金髪女優と違って、とても親しみと優しさを感じた。
 美人女優と言う事なら、他にも、エリザベス・テーラーとか、他にも居たが、どうも、マリリンみたいな親しみを覚える事は無かった。
 それと、マリリンには、他にも、沢山のイメージを感じる。
 例えば、近所の、親切な、お姉さんと言う、イメージで、声を掛ければ、すぐ一緒に遊んでくれる女だ。
 かと思うと、色気全開して、すっかり妖艶な女になって、男を狂わせる感じになる。
 または、一人で佇んでいる写真からは、相当に、孤独で知的な女を連想する。
 モンローの瞳は、女優らしさが無く、恵まれなかった孤独の人生を、そのまま映している。
 スクリーンでは、金髪の馬鹿女を演じていたが、彼女の目を見る限りでは、馬鹿女とは無縁の存在だった。
 さて、恵まれなかった生い立ちを知ると、ひどく同情したくなるが、その不幸せが、また、あのマリリンを作ったのかも知れない。
 普通の家庭に生まれていたら、もしかすると、マリリン・モンローは、誕生しなかったのかも知れない。
 私が高校生位になると、もうマリリンは、単なる憧れでは無くなったのだが、それでも、不思議な事に、マリリンを性的な対象と感じた事は無い。
 これは、小さい頃に感じた、マリリンに対する印象、刷り込みが、不動のものとなっていたからだと思う。
 ずば抜けて妖艶な女の面も有していたが、私には、綺麗なお姉さん、母性的な優しさ、知的な大人の女、これらの印象が、常に優位を占めて、それは、もう変わる事は無かったらしい。
 だから、マリリンの写真で興奮するな事は無かった。
 高校生位の男は、人生で一番抑制が苦しい時期だが、その、いざと言う時に使ったのは、他の女の写真ばかりである。
 さて、私が、高校三年生の11月23日、ケネディ大統領が暗殺された。
 それ以後、ジョン・ケネディとモンローの愛人関係が知られる事になった。
 弟のロバートとも関係していたと言うから、私は、ひどく落胆したものだ。
 でも、こんな場合、憎むのは、勿論、モンローの方では無い。
 ケネディ兄弟に、私の、強い憎しみは、向けられた。  
 だから、今以て、ケネディ大統領への敬愛の念は、針穴ほどにも無い。
 まあ、ケネディ兄弟の気持ちは、よく分かる。
 マリリンを見れば、男なら、誰だって、抱きたくなる事は間違いない。
 でも、現職の大統領と、司法長官の立場を考えたら、そこで、立ち止まるべきだった。
 もしかしたら、後で噂された様に、この件が、マフィアによる、二人の暗殺に繋がった
のかも知れない。
 その推定が当たってる確率は、相当に高いと思う。
 憎まれ口を叩けば、マリリンを抱いた以上、死んでも悔いは無かったのかも知れないが。   
 さて、ジョン・ケネディの暗殺の前年、1962年8月5日、ロサンゼルス郊外のブレントウッドで、マリリンが寝室で全裸のまま、死亡している所を発見された。36歳。
 監察医の所見は、自殺である。
 でも、自殺するのに、全裸になる必要があるのか、甚だ、単純な疑問であるが、感じない訳に行かない。
 自分の死後の事を考えれば、服をきちんと着たまま、自殺するのが自然では無いか。
 日本の自殺でも、女性は、足を縛り、それから入水している位だ。
 死後、股が開くのを恥じたものだ。
 それを、選りに選って、みずから全裸になって自殺とは、到底、理解出来ない行動である。
 あれから、もう何十年過ぎてしまったが、ケネディ暗殺もモンローの自殺も、沢山の疑義が俎上に上げられたにも関わらず、歴史は、捜査当局の判定を、そのまま認めている。
 即ち、単独犯であり、自殺である。
 さて、36歳で亡くなった、マリリンは、永遠に若いままである。
 若いままなのは、ファンとしては、良いけれど、やはり、それなりに長生きして、年齢を重ねた、マリリンも見たかった。
 病気や事故で死ぬのは、仕方ないが、そうで無ければ、生きて生きて、生き抜く事で、人生には、また、違う世界が見えて来るからだ。
 生きる事に悩んでいた、マリリンも、もし、生きていたら、また、新しい世界を見て、生きる喜びを感じたと思う。
 今、私の書斎には、マリリンの、30歳頃の写真だと思うが、古い写真が二枚、西の壁に掲げてある。
 お姉さんのマリリン・モンロー、生きていたら、今年は、91歳である。
 毎日、書斎に入ると、チラッとマリリンを眺め、そうして、私の一日が始まる。


<そんなにマリリンが好きなのに、ピチピチギャルも好きなんですか?>
<次元が違うからさ。マリリンは憧れ、ギャルは現実>
<あの、化粧してない時のマリリンなんて、つまらない、タダの女ですよ> 
<化粧して美しくなるのなら、女性は、沢山、化粧した方が良いね。化粧した女も、立派な現実なんだよ>
<老妻さんも化粧してますか?>
<毎朝、熱心にしてるけど、最近は、しても、殆ど変化は無いね。じゃ、これで失礼するよ>




俳句


マリリンも 遠き昔に なりにけり