上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

森のクマさん

 森の熊さんと言う、童謡がある。
 元は、アメリカ民謡らしい。
 日本では、昭和47年(1972年)8月、NHK「みんなのうた」で放送され、以来、日本中に広まった、と言われている。
 歌詞も曲も大変に楽しい歌である。
 多くの人が、よく、ご存じの事だから、今更、日本語の歌詞を紹介しても仕方ない。
 それで、元の英語歌詞を引用します。
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THE OTHER DAY, I MET A BEAR
The other day, I met a bear, A great big bear, A way up there.
He looked at me, I looked at him, He sized up me, I sized up him.
ある日クマと逢った かなり大きな熊に 向こうに居る
お互いに見合って 相手の大きさを見定めた
He says to me, "Why don't you run?" "'Cause I can see, you have no gun."
I say to him, "That's a good idea." "Now let's get going, get me out of here!"
クマは言った 「君は逃げた方が良いよ だって、君は熊打ち用の銃を持っていないのだから」
「ほんと そうだね じゃ、僕 逃げます」
I began to run, away from there, But right behind me was that bear.
And on the path ahead of me, I saw a tree, Oh glory be.
僕は走って逃げた  でも、すぐ後ろに、あのクマが
行く手に、木があった 神様、ありがとう
The lowest branch was ten feet up, I'd have to jump and trust to luck.
And so I jumped into the air, But that branch away up there.
一番低い枝が3メートル  ジャンプしかない あとは運任せ
ジャンプしたが  とどかない
Now don't you fret, and don't you frown, I caught that branch on the way back down.
That's all there is, there ain't no more, Unless I meet that bear once more
平気平気 なんとか枝をつかめたよ
話は、これでおしまいさ また、あのクマに逢わない限り
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 とても楽しい歌詞です。
 でも、日本語の歌詞とは、少し、いや、かなり違いますね。
 日本語歌詞を作った人が、意識して、その様に作ったのだと思います。
 まあ、よく、ある例ですが、原曲を拝借し、歌詞は少しだけ継承した、と言う事でしょう。
 ところで、日本語歌詞について、意味不明だとか、論理が合わないとかの、冗談半分の論争があるようです。
「そんな親切な熊が、本当に居るのか」、「熊の行動は、矛盾では無いか」等です。
 まあ、暇潰しには、良い話題ですが、此処では、取り上げません。
 さて、学生時代、何かの折りに、この歌を歌う事がありました。
 若い男女が、沢山集まった場面で、この歌は、ただ楽しくて、歌い易かったです。
 何の違和感も無く、明るい場面に、本当に似つかわしい曲でした。
 ですが、それから、何十年か過ぎて、ある日の午後、ふとテレビを見たら、偶然、推理ドラマが放映されておりました。
 湖上のボートに乗った男女、確か、女の方だったと思いますが、いきなり、ナイフで同乗していた男を刺したのです。  
 何か、恨みでもあったんでしょうね。
 恋の恨みか、または、金か。そんなとこでしょう。
 でも、偶々、見かけたテレビなので、前後の詳細な筋は分かりません。
 若い女が、年配の男に覆い被さり、ナイフを刺した瞬間、何と、画面から、あの、「森のクマさん」のメロディーが、微かに、徐々に、小さく流れ出したのです。
 画面は、刺した女の背中、じっと動かず、男を刺したままです。
 やがて、段々と、クマさんの曲は、大きくなって来ました。
 えっ、森のクマさんて、童謡じゃ無かったのか。
 思わず、画面を見つめ直した私、でも、不思議な感動を、覚えました。
 やがて、画面は、徐々にロングショットに、湖上のボートは、段々、小さくなって行きますが、クマさんのメロディーは、また、一段と大きく聞こえて来ました。
 それが、エンディングでした。
 そうか、これもあり、なんだ。
 今まで、童謡とばかり思って居た、この曲が、殺人現場に使われて、しかも、若い女の殺意を、十二分に、これ以上は無いほどに、表現してる事に、心底、ビックリしました。
 曲と言うのは、どんな見方も出来るんだ、と、改めて気付きました。
 あれ以来、クマさんを聞くと、殺人シーンを、必ず思い出します。決して、長閑な、森のシーンでは無くて。
 つまり、私の中では、森のクマさんは、殺人者のテーマ曲となったのです。
 ニコニコ笑いながら、人を殺す、ギャング映画にも、恐らく、ぴったりだと思います。
 そう言えば、笑顔って、凶悪な怖い顔よりも、更に、一層、恐ろしい雰囲気を持つことがあります。
 ピエロの顔、笑顔のようですが、時に、恐ろしく見えることが、ありませんか。
 即ち、何でも、そう思えば、その様に見えて来る、と言う事かも知れません。
 即ち、童謡は、童謡と思っているから、童謡なのでしょう。
 それにしても、音楽は、実に、不思議な存在です。
 恐らく、音楽は、コンピュータ言語で言う、機械語なのだと思います。
 だから、人種を問わず、誰でも理解出来るし、直接、感性に飛び込んで来る。
 それだけに、人の心に与える影響は、文字よりも強大で迅速です。
 だから、小学校の運動会などで、お馴染みの曲がかかると、もう走りたくなりますよね。
 さて、大学に入学した年、二ヶ月ほど、毎日、パチンコに熱中した事があります。
 朝10時に、軍艦マーチで始まり、夜10時、蛍の光で終わりました。
 軍艦マーチが流れると、よし、今日は、有り金、全部使うぞ、なんて意味もない勇気が湧いて来たものです。
 パチンコ屋さんは、客の心理を、上手に、音楽で操縦していたのです。 
 この二つの曲も、普通に聴けば、もう、すっかりパチンコ屋以外の、何ものでもありません。
 それと、以前、よく来たちり紙交換車。
 確か、夕焼け小焼けの赤とんぼでしたね。
 これも、聞くと、今は、どうしても、ちり紙交換車が脳裏に浮かんで来てしまいます。
 本当のイメージは、赤い夕日に染まった、山麓の桑畑、の筈です。
 それと、ずっとずっと前、温泉場のストリップを見ていましたら、テンポの速い、軽快なクラシックで、あれは、天国と地獄だったと思いますが、その曲がステージに流れ、踊り子達が、激しく踊り捲りました。
 以来、天国と地獄を聞くと、いつも、あの時のストリップを思い出してしまいます。 
 折角のクラシックの、名曲なのに困ったものです。
 でも、多くの男にとって、天国と地獄は、もはや、事実上、ストリップの定番曲かも知れません。
 因みに、あの時は、関西のストリップ劇団で、若い子が多く、とても綺麗な身体をしていました。
 若い踊り子達は、踊りも上手く、最後には、柔らかい手で、握手サービスもしてくれました。
 普通、温泉場のストリップは、近在の叔母さん達のアルバイトなので、若い女性を見ることは、運が良くない限り、滅多にありません。
 いえ、沢山見た訳でも無いし、詳しく知ってる訳でも無いです。
 おっと、脱線しました。
 最後は、カーペンターズの、イエスタデーワンスモア。
 この曲は、出逢いの曲で、聞く度に、私の胸が、哀愁と共に、高鳴ったものでしたが、 最後は、別れの曲となってしまいました。
 別れた日に、偶然、この曲が、喫茶店で、一人落胆してる私を目掛けて、何度も何度も掛かったのです。 
 あの喫茶店主、私に何か、恨みでもあったのでしょうか。
 それ以来、折角の出逢いの曲だったのに、悲しい別れの曲となってしまいました。
 今でも、この曲は、苦手です。
 今、一寸、思い出しても、もう、少し込み上げて来ています。
 それにしても、音楽を聴ける、良い耳を持ち、同時に、何か得意な楽器を弾ける人は、本当に羨ましいです。
 今の私は、加齢により、耳が少し悪くなり、高音、低音は、余り良く聞こえなくなりました。
 若い時、音楽何て、聴けて当たり前と思って居ました。
 古稀の私は、素晴らしい音楽を、原音のまま聴けなくなって、初めて、喪失の悲しみを知ったものです。
   
    


俳句


曲聞けば あの日のことを 思い出す