上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

純金の指輪

 先日、老妻に、詰め替え用の髪洗いシャンプーを9個やったら、飛び上がって喜んだ。
 その欣喜雀躍の様を見て、やはり、女性は、贈り物に、ひどく感動するようだ、と改めて思いました。
 これなら、また、何時か、老妻に安い物を選んで贈り物をしようかな、と、一瞬、思ったものです。
 ところで、私は、老妻に贈り物らしきものを上げた事は、結婚前も後も、殆ど記憶に無い。
 だから、余計に、シャンプーの贈り物が、老妻は嬉しかったのかも知れない。
 結婚式の時だって、結婚指輪等の贈り物も、やってないです。
 結婚する前、何かの折りに、
「指輪と言うのは、昔、中世ヨーロッパ人が女を束縛するために、本当は首輪を付けたいのだけれど、それだと不便なので、代わりとして指輪にしたんだよ」
 と言う歴史物語を老妻にしたら、
 「何だ、そんな事だったの」と、初めて知った話に、深く納得していました。
 そのせいでしょうか、結婚する時も、指輪を欲しいとは、一言も言いませんでした。
 ところが、結婚して、一年位したら、他の奥さん達が指輪をしているので、あたしも欲しいと言い出しました。
 どうやら、結婚前に言った、私の歴史物語の効力が切れてしまったようです。
 もう少し、何度も繰り返して、歴史物語をしておくべきでした。
 仕方ないので、前橋の高級デパートで、大いに奮発して5000円のを買い、それをプレゼントしました。
 正真正銘、純金の高級品でした。
 言うまでもありませんが、勿論、メッキ製です。
 買ってやったけれど、老妻が、(当時は、まだ若くてスリムだった)指輪をするのは、何かの宴会等、特別の場合のみで、普段は、殆ど嵌めてなかった。
 元々、運動選手で指輪をしない人だったから、やはり、日常、作業する時なんか、邪魔に感じたんだろうと思う。
 それで、普段は、指から外しておくことが多かったから、とうとう、ある時、買ってあげた純金製の指輪を失くしてしまった。
 まあ、不要なものは、買っても仕方ないだろうと思い、以後、指輪を買ってあげる事は無かったです。
 それ以来、老妻は、自分で500円位のを買って、必要な時だけ、指輪を嵌めています。
 それも、また、すぐ失くしていますが、今は、いくらでも安い高級品があるらしく、何時か、老妻の宝石箱を見たら、指輪が20個位、燦然と輝いていました。
 要するに、我々の年代は、殆ど指輪に関心はないのです。
 ですから、私自身、指輪をした事は、一度もありません。
 それどころか、何時だったか、私が、戯れに、おもちゃの指を嵌めたら、どうした事か、どう引っ張っても、指から抜けなくなりました。
 焦って、本気で力を入れていたら、段々、指が赤くなり、指自体が膨らんで来ました。
 もう、これは引き抜くのは、不可能と判断しました。
 とうとう、工具箱からディスクグラインダーを持ち出して、切断した事があります。それ以来、指輪を嵌めた事は無いです。
 さて、話は冒頭に戻って、私が、老妻にシャンプーをプレゼントしたのは、実は、それが不要品だったからです。
 と言うのは、子どもの頃から、私は石鹸で頭や顔、体を洗っていました。
 戦後、まもなくの頃は、洗濯石鹸という、薄い黄色の、大きな四角の、固形石鹸が販売されていました。
 これで、あの石鹸を思い出す人は、間違いなく、還暦以上の方ですね。 
 あの石鹸は、懐かしいですが、品質は、中学校の理科授業で作ったレベルの製品でした。
 まあ、敗戦後の日本は、どこも貧乏で、日用品は、僅かしか無かったんです。 
 でも、それでも、一応、間に合っていたのですから、今、身の回りに、あらゆる日用品等の品物が溢れ返っていますが、本当に必要なんでしょうか。
 昔は、例えば、新聞紙でお風呂の火を付けて、師走には、水に濡らした新聞紙でガラス拭きをしました。
 また、人に何か上げる時は、例えば、林檎なども新聞紙で包んだものです。
 トイレの紙も新聞紙を切ったものを使いました。
 ですから、拭くと、お尻が痛くなったので、拭かないで済ます事も多かったです。
 と言う事で、物資が無かった時代ですから、その黄色い石鹸で、洗濯から何でも、洗っていたのです。
 だから、その習慣が続き、私は、学生時代も、少し品質は良くなりましたが、普通の石鹸で、頭も身体も洗ってました。
 ところが、更に時代が進むと、髪洗い専用のシャンプーなるものが出現しました。
 でも、試しに、そのシャンプーで頭を洗ったら、頭髪がヌルヌルして、とても耐えられませんでした。
 以来、髪洗いには、そのシャンプーはお断りしております。使いません。
 そう言えば、あの頃、我が家はドライヤーも無かったので、よく団扇で扇いで乾かしていました。
 でも、急ぐ時は、電気炬燵を取り出し、ひっくり返して、あの赤いランプで髪の毛を乾かしました。
 すると、顔まで熱くなり、幾分、真っ赤な顔をしたまま、彼女に会いに行ったものです。
 まあ、私の学生時代位まで、まだ日本は豊かでなくて、電気製品も余り無かったのです。
 えーと、何の話してましたかね。そうそう、シャンプーの話でした。 
 さて、私は、買い物をする時、将来、使う事が分かっている物は、出来るだけ、沢山買うことにしてます。
 例えば、ゴミ袋ならば、どうせ使いますので、500袋位、一度に買います。
 目薬も10個。ティッシュも20個位。で、髪洗いシャンプーは10個、ボディソープも10個買うようにしてます。
 ところが、今回、間違って、ボディソープの代わりに、髪洗いシャンプーを10個も買ってしまったのです。
 よく表示を見なかったんですね。決して、惚けたのではありませんよ。
 でも、髪洗いシャンプーの1個は、全く確かめもせずに、容器に入れてしまったので、仕方なく、今、風呂で使ってます。
 ですが、髪洗い用のは、やはり、身体を洗うと、何時までもヌルヌルして気持ち悪くて駄目です。
 まあ、開けた一個は、我慢して使いますが、後の9個まで、使う気には、到底、なれません。
 かと言って捨てるてるのも勿体ないので、それならばと、老妻にプレゼントする事にしたのです。 
 まあ、間違って無駄な買い物をして、お金を損しましたが、老妻がすごく喜んでくれたので、かの藤井四段の言葉を借りれば、僥倖、望外の結果となりました。


追記
 先日、布団の上下を老妻に買ってあげました。
 ものすごく喜ばれました。
 とても暖かくて、エアコンが不要になったと言ってました。
 なので、私もその内、買うつもりです。


俳句


何も無き 戦後の日々よ 懐かしき