上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

冬晴れの日曜日

 寒くなりました。いよいよ冬将軍の到来ですね。
 それで、寒くなると、新聞の訃報欄が大きくなります。時には、紙面の半分位になる日もあります。
 寒さは、やはり人間、特に、老人には大変な障壁なんですね。
 つい先日ですが、訃報欄を見てたら、見覚えのある名前が目に入って来ました。
 見ると、87歳。名前は群馬氏。
 まあ、この辺まで生きれば、群馬氏も悔いは無かったでしょう。
 特に親しい人では無かったです。噂では、なかなか大変な人のようでした。
 とにかく、周りには、猛烈に威張る人だったみたいです。  
 私の先輩は、怒られて、何と土下座して謝ったそうです。
 人を土下座させるのは、江戸時代なら、ともかく、今の時代、有り得ませんね。
 ある研修会に参加したら、そこに群馬さんが講師でいました。
 暫く話した後、いきなり、言いました。
「君たちは、二人の女性を同時に、愛することが出来るかね」
 全く、研修とは関係の無い話でしたが、当時、群馬さんは、そんな関係に、御自身が悩んで居られたと、後で知りました。
 私は、二人位、ごく簡単だと思いましたが、群馬さんにとっては、そうでは無かったようです。
 意外と、いわゆる真面目な人間だったのかも知れません。
 決して、悪人では無かったと思いますが、余りにも、威張り過ぎると言う事で、周りの評判は、イマイチだったように思います。
 勿論、取り巻きの連中からすれば、偉大な先生だったと思いますが。
 私は、一度も同じ職場で勤めたことは無かったので、群馬さんの仔細は知りません。
 群馬さんとの接点は、三回だったと思います。
 二度目は、何か小さな研修会でした。
 20人位がコの字形に座り、彼が、テーマについて参加者に順に質問しました。
 参加者が何か答えると、何と、コテンパンに、その内容をこき下ろしました。
 まあ、相手は王様ですから、参加者の誰一人として、反論する者は居なかったです。
 まさに、一座の者は、戦々恐々として、頭を垂れていました。
 質問の順が巡り、やがて、私の前の人になりました。
 これは、私も、好き放題に批判されるなと思い、当時、まだ、30代の初めでしたが、胸がドキドキしていたものです。
 ところが、次の質問は、私ではなく、反対側の列に飛んでしまったのです。  
 思わず、ホッとしました。 
 それで、研修会が終わるまで、私は、遂に指名されることはありませんでした。
 三度目は、何かの宴会の席でした。
 そしたら、運悪く、向かい合わせの位置に群馬さんが座りました。今更、席を移動する訳にも行かず、困ったなあと思いました。
 宴が始まり、暫くして、群馬さんが、ふと話しかけてきました。
「君は、実に素晴らしい体格をしているなあ」
「そうですか、私よりも、宮崎先生の方が身体は、ずっと大きいですよ」
「いや、そうだけれども、宮崎さんは、大きいけど、単にデブだからね。君は、均整が取れてるよ」
 隣には、宮崎という、100キロを超える人が居たのです。
 当時、私は、80キロ位でしたが、広い肩幅と、半袖の太い両腕が目に入ったので、それで、彼は、そんな感想を漏らしたようでした。
 長く話をする機会は無かったので、本当の群馬さんは、どんな人間だったのか、分かりません。
 悪い方の噂ばかりでしたが、専門分野では、なかなか、力のある人だったので、話してみれば、噂ほど悪い人では無かったように思います。
 さて、高校生の時、体育館で講演会が開かれた。
 その日、どんな講師が来たのか、もう忘れてしまった。
 ただ、余りにもつまらない話だったので、途中から、私や、幾人かの友達は、長椅子に寝そべってしまいました。
 三年生は二階席でした。
 そうして、暫くしたら、いきなり、ぴしゃりと鋭い音がしたのです。
 ビックリして見ると、体育科の教師が、二階席に上がってきて、長椅子に寝ている友達の頭を思い切り、平手で叩いていました。次々に、容赦なく叩きました。
 気付いて、慌てて起きた者の頭も、遠慮無く叩きました。
 ステージの講師から見れば、二階席は丸見えである。
 寝転がっている生徒を見て、話をしている講師は、いい気分はしないだろう。 
 失礼も甚だしかった。
 それで、その光景を見た、体育科の教師が、二階席に飛んで来たのでしょう。
 でも、余りにも話がつまらなかったので、つい・・・、それは言い訳にもならない。
 私も、当然、叩かれると思って覚悟していた。
 ところが、その教師は、私を叩くこと無く、立ち去ったのだ。
 その教師と私が、格別、親しかったと言う事は無い。
 個人的に話をした記憶も無かった。 
 1200人も居る高校だから、私の顔を知っている筈も無いです。
 私だけが叩かれなかった事で、逆に、心の痛みが永く残ったものでした。
 他の友達と同じように叩かれていた方が、余程、気が楽だったと思います。 
 話変わって、学生の時、ある教授が指名して、学生の解答を黒板の前で、厳しく指弾していました。
 順に指名していましたので、その内、私の所に来るなと思いました。
 ところが、私は指名されませんでした。
 まあ、この時は、学生が20人位しか居りませんし、私は、講義をさぼってばかり居たので、恐らく、その教授は、勘弁してくれたのかも知れません。
 こうして思い出すと、何度も危機?に遭遇しましたが、間一髪、その難を逃れている自分に気付きます。
 これは、どう言う事なのか。 
 古稀になって、考えると、やはり、それは人間の波長かも知れないです。
 相性と言いますが、それは男同士にもあると思います。
 そうすると、波長の合う人間に対しては、どうしても、無意識に遠慮してしまうのでしょう。
 やはり、自分と波長が合うなと思う人間は、大事にしたいですから。 
 と言う事からすれば、もしかすると、威張りすぎの群馬氏でしたが、話してみれば、私と馬が合ったのかも知れません。
 まあ、人間、噂だけでは判断出来ません。
 他の人間には、悪い人でも、自分には、良い人かも知れないですから。
 昔から、馬は乗ってみよ、男は沿ってみよ、女は抱いて見よ、と言いますからね。
 さて、どんな人生を送っても、最後は、訃報欄で終わりになります。
 死は、完全なる平等をもたらす、とは、よく言ったものです。
 どんなに金を貯めても、最後は、一文無しになります。
 どんなにすごい美人に逢ったとしても、天国まで持っていく訳には行きません。
 私も残り少ない人生なので、これからは、心穏やかに、静かに暮らしていこうと思います。
 さて、今日は、抜けるような冬晴れの日曜日です。
 こんな日は、若い女の子が沢山、モールに行ってる筈なので、私も、急いで、お昼を食べて、何はさておき、一目散に、モールに行くつもりです。
 そうして、相性の良い、若い子を、是非、見つけて話しかけたいと思います。
 今日はどんな収穫があるか、楽しみです。
 


俳句


訃報欄 人は誰でも 消えて行く