上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

曲輪町

 このブログを始めた頃は、アマチュア無線のカテゴリーに居たから、無線関係の記事をよく書いていた。
 あれこれと電子工学の話を書くのは、とても楽しいからだ。
 偶には、数学のことを書いた。
 でも、ナイス読者はゼロだった。
 まあ、ナイスを付けなくても、読んだ人が居たとは思うが、ごく僅か、それも流し読み程度だったろう。
 やはり、それだと少しつまらなかった。
 やはり、ブログは、書いてる自分も楽しく、読んでる人も楽しい方が良いと思うようになった。
 となると、誰でも分かる話は、日常のこと、男と女の話である。
 誰でも、男か女かの何れかだから、男女の話は、誰にとっても興味のある話だ。
 そこで、古今東西の小説は、男女に纏わるもの、恋愛が主なテーマとなる訳だ。
 でも、最近は、また電波の話を、どうしても、一寸、書きたくなった。
 科学的性欲が溜まってしまったのかも知れない。
 ならば、性欲を我慢するのは健康に良くないことである。
 さて、数式を出せば、読む人は、ゼロだから、分かり易いお話にすればよいかと。
 電波の一番の要点は、「空間にも電流が流れます」という事です。
 銅や鉄等の金属一般に、電流が流れることは、常識です。
 でも、空間には電流は流れません。
 ですから、電線の中だけ、電流が流れているのです。
 自宅の、すぐ近くに、12万ボルト位の高圧線が走っていますが、この高圧に感電しないのは、電気が空間を伝わらないからです。
 即ち、空間に電流現象は、生じないのです。
 ところがですね、本当は、空間にも電流は流れるのです。
 例えば、雷。
 空中に稲光が見えますが、あれが電流の通り道です。雷雲から出て、何処か不運な人の所に落ちる訳です。
 電子が雷雲から出て、地上に到達するのです。
 電子の流れが電流ですから、空間に電流が生じたことになります。
 でも、これだと、何か、雷という、ごく特殊な場合だけの感じがします。
 空間に電流が流れると主張するのなら、いつも、当たり前に電流が流れていないと、何となく、納得出来ませんね。
 そこで、別の例を紹介します。
 二枚の金属板、例えば、正方形を3ミリ位の距離で向かい合わせて置きます。
 この二枚の金属板に、乾電池を繋ぐのです。
 どうなりますか?
 すると、一瞬ですが、本当に、電気が流れるのです。
 電線で繋がっていないのに、電気が流れるのです。これは、本当です。
 立派に、当たり前に、空間に電気は、極めて短時間ですが、流れているのです。
 ただ、当時は、この現象を電荷がコンデンサーに充電される現象としか、考えていなかったのです。
 マスクウェルは、この同じ現象を変位電流という、空間を流れる電流と言う観点から、この現象を見直したのです。
 すると、空間に電流が流れれば、磁気が発生し、その磁気は、再び電流を発生することになり、この繰り返しが電波になると予言したのです。
 同じ現象に対する、新たな見方が新たな発見を生んだのです。
 新たな見方が出来る人、それが天才なのかも知れませんね。
 この変位電流の考え方を元に、ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1831-1879)が、電波の存在を予言したのです(1864)。
 これは南北戦争の三年後ですね。
 あの時代に、もう電波の存在を予言していたのです。
 数式から理論的に、見えない電波がありますよ、と言うのですから、すごいことです。
 1888年に、ヘルツが、この電波の存在を実験によって証明しました。
 24年後に、マクスウェルの予言が証明された訳です。
 マクスウェルの光も電磁波の一種であると言う予言から、それを土台にして、アインシュタインの特殊相対性原理も導かれました。
 アインシュタインというと、天才の代名詞みたいな人ですが、彼も、また、前の時代の天才の業績から出発しているのです。
 ですから、ずば抜けた天才というのは、実は居なくて、各時代の天才は、前の時代の天才から、一歩ずつ進歩していると言う事が分かります。
 電波が発見されてなかったら、21世紀の今は、無いと思います。
 電波の発見は、後に、真空管や電子機器の発展をもたらしました。
 このブログだって、電波の発見が無ければ、こんな風に出来なかった筈です。
 それにしても、21世紀の今だって、空間に電流が流れることに気付いていない、或いは、知らない人が沢山居ると思います。
 如何に、マクスウェルという天才が、時代を超えていたか、よく分かりますね。
 うーん、久し振りに電気のお話を書いたので、私の鬱憤は、少しだけ晴れましたが、物理的に肝心な部分が抜けていますので、全くの概略となりました。
 でも、やはり、科学理論の概略と言うのは、あまり意味ないですね。 
 数学と同じように、全部、しっかりと理解出来ないと、意味はないのです。
 なので、今後は、もう、無線や電気の事を書くことは無いと思います。
 閉話休題。
 我が前橋は、徳川の直轄地、城下町でした。
 ですから、町名に曲輪町(くるわちょう)などがあります。これは、廓町のことですね。 
 その昔、侍や豪商が通った場所だったのでしょう。
 さて、ずっと以前、ある生徒の家庭に行った時のこと。
 両親は居らず、祖母が居ました。
 聞けば、結婚式に行くと言って、この生徒の両親は東京に行き、二人とも、そのまま、式後、駆け落ちして、家庭放棄したとのこと。
 それぞれの愛人と駆け落ちだそうです。どうにも信じられない話でした。
 まさに小説以上の話です。
 親無しの、この生徒が、いつも陰気な表情をしているのは、当然でした。
 で、祖母と話していたら、下の娘が芸者をしていると言うのです。
「ちっとも恥ずかしいことじゃないけど、実はさ、この子の叔母が芸者してるんだよ。それで、この子の面倒も見てもらってるの」
 その時、初めて、前橋にも、芸者が残っているんだなと知りました。
 もう今は、色んな風俗、デリヘルとか、ありますから、既に無くなったと思ってましたが、残っていたんですね。
 すると、前橋の町にも、何処かに、廓の風情が残っているに違いない。
 であれば、何時の日か、芸者に逢ってみたいなと思いました。
 ところで、あの谷崎潤一郎は、何と、我が前橋の芸者に惚れたのです。
 しかし、その人は他の人に取られてしまい、仕方なく、その妹の石川千代子でしたか、を愛人にしたのです。
 きっと、姉妹で風貌が似ていたのでしょう。にしても、執拗だな、谷崎さんは。
 ですから、前橋の芸者にも、かなりの美人が居たようです。因みに、谷崎は、その後、更に、千代子の妹である、せい子も14歳で愛人にしました。
 ほんとに好き勝手に生きた、谷崎潤一郎さんでしたね。羨ましいね。


俳句


老妻は 何処かに行って 一人飯