上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

平城山の歌 続き

 さて、北見志保子と浜忠次郎の二人は目出度く結婚しました。
 二人は幸せになりましたが、夫の橋田東声の事が気にかかります。
 橋田東声も、同時に、好きな人が出来て、その人と幸せになるのであれば、私も、この話は、ハッピーエンドだと思うのです。
 でも、世の恋愛、不倫で、双方が同時に、新しい愛人を作って、円満に別れることが出来た、と言うのは、余り、いや、殆ど聞いたことがありません。
 感情の差が存在して、泥仕合になるのが、普通です。
 どちらかが、別れることに不満だからです。
 さて、橋田東声は、どのような行動を取ったのでしょうか。
 何しろ、幼なじみの恋女房ですから、なかなか諦めきれなかったと思います。
 その苦痛たるや、私も、ほんの少しですが、解るような気がします。
 単なる別れでは無くて、元妻が、新しい恋人、好きな男を作って去って行くのですから、この苦痛は、これ以上のものは無く、また喩えるものも無いでしょう。
 でも、橋田東声は、実に、立派な人格者だったようです。
 と言うのは、大正時代ですから、姦通罪も厳然と存在していました。
 姦通罪? 今の人は、ご存じないと思います。
 姦通罪というのは、その名前の通り、妻が、浮気をした時、その相手の男も含めて、夫が告訴すれば、二人とも刑務所に入れられるというものです。 
 但し、妻の立場からの、同様の法律はありません。
 実に、男のための、最高に素晴らしい法律だったのです。
 日本では、1947年の新憲法発布で廃止となりましたが、世界の多くの国では、厳然と今も有効です。特に、イスラムなど宗教色の強い国では、姦通は死罪となりますから、相当、厳しい法律です。
 江戸時代も同じでしたから、近松がよく書いた心中もの、不倫をした二人は、心中をするしか、一緒になる方法は無かったのです。
 ですけれど、資料を見る限りでは、橋田東声は、二人を告訴しておりません。
 告訴し、二人を牢屋に入れることは、確実に出来たと思います。
 あの、有名な北原白秋も、隣の奥さんと不倫をして、短い間でしたが、牢屋に入ってます。ですから、姦通罪は、戦前、珍しくもなく適用されていたのです。
 橋田東声は、本当に心優しき男だったんですね。
 と言うか、小さい頃からの恋人でしたから、嫌いには成れなかったのでしょう。
 実に辛いなあ、これは死ぬほどに辛かったと思います。
 歌詠みでもあった、東声は、以下の歌を残しています。
「花咲かばかへるといいし汝まつとしら菊の花けさ咲きそめつ」
「逢うべくはただに待ちをるわがために花咲かずやと問ひこそすれ吾妹」
「かりそめにちぎりしことと思はねど去りゆく心つなぐすべなし」
 最後まで、妻志保子のことを好きだったと思われます。
 三首目で、「去りゆく心つなぐすべなし」と、歌っているのは、まさに、悲痛の極みです。
 こうして、資料を見てくると、男である私の目には、どうも、北見志保子は、余り、良い人では無かったように見えます。
 幾つかの資料を見ますと、貧困家庭に生まれた志保子は、かなりの野心家でもあったようです。
 いつかは、周りのものを見返してやりたい、と言う気持ちが旺盛だったようです。
 そこから、邪推すると、もしかしたら、志保子は有名になりたいがために、不倫という行動を取った可能性も捨てきれません。
 相手は富裕な貿易商の息子ですから、どう転んでも、不利はありません。
 不倫の話題で、世間に出れば、歌人としての名声も高めることも出来ます。
 歌人であれば、恋愛の一つや二つ、少しも支障になることも無かったでしょう。
 事実、志保子は、東声との別れをテーマにした小説すらも書いています。
 でも、それは、大した反響は無かった。
 さて、夫である東声の、その後ですが、最後は、東京外国語大学の教授になりました。
 恐らくは、後妻をもらったと思いますが、その事の資料は無かったです。
 心に癒えぬ傷を生涯持ち続けて、人生を終わった訳ですが、まあ、仕方ない。
 これは、仕方ないとしか、言いようがありません。
 でも、幸せな人生を送ったと信じたいです。
 北見志保子は、昭和30年、70歳で亡くなります。
 約30年間の結婚生活ですが、一般人なので、当然ですが、特に資料はありません。
 さて、結婚なるものですが、一般に、女性が年下の場合が多いのは、勿論、生殖関係もありますが、やはり、加齢による容姿の衰えが、男性の場合よりも、早く顕著だからでしょう。
 これは、美しい存在である女性は、どうしても、その期間が短いのは、仕方のない事でもあります。
 まさに、女性は、花の命は短かくて、なのです。
 と言う事で、夫婦の年の差は、若い内は、何も問題もないと思います。でも、歳を取るにつれて、多分、問題が生じて来ると思います。
 それは、上で述べたように、同じ歳でも、女性の方が早く老けてしまうからです。
 女性は、歳を取ると、性欲衰退し、身体的にセックスも円滑に出来なくなり、若い夫の希望に応えられなくなると思います。
 此処から、若い男の不満が蓄積し、若い夫は、それなりの行動を、必ずや、取るものと思います。 
 その辺から生じる物語は、浜忠次郎も情熱的な男のようですから、恐らくは、あったと思われます。
 また、忠次郎とすれば、自分の子は、残せない訳ですから、それは、一時の熱情が覚めた後に、大きな問題になったかも知れません。
 まあ、妾が自由な時代でしたから、自分の子どもの問題には、それなりの方策はあったものと思われます。
 格言としての「子無きは去れ」と言う言葉が、結婚に於ける、子どもの有無の重要性を物語っていますね。
 これは、男側から見た思想ですが、やはり雄としての本能、跡継ぎが欲しいと言う気持ちは、簡単には否定出来るものではありません。
 まあ、現代では、例え、妊娠出来ず、子無きであっても、離婚する夫婦は、昔ほどは多くないと思いますが。
 一方、志保子としては、ともかく、好きな男と一緒になれたのですから、多少の、夫の浮気はあったとしても、全然、後悔は無かったでしょう。
 ところで、志保子は、その後、東声の事を思い出す事はあったのでしょうか。
 それは、情感を持って思い出す事は、無かったと思います。 
 新しい恋人が出来れば、人は、前の恋人の事なんか、どうだって良いのです。
 さて、平城山の歌ですが、これは、平井康三郎氏の名曲のお陰か、今日まで残っております。
 しかし、平城山以外では、志保子の歌を知る人は、もう少ないのでは、いや、殆ど知られていないのでは無いかと思います。
 それと、この平城山の歌ですが、成立の由来について、言われるほどの事は無いように思えます。
 磐之媛の仁徳天皇への思いと言う事ですが、詩人や歌人は、そんな事を踏まえずに、自由に作品を作るものと思います。
 どうも、後世の人による、文学的研究の、し過ぎだと私は思います。
 また、この歌についての、色んな意見がありますが、歌は、研究するものでは無くて、味わうものと言うのが、私の立場です。
 短歌は、物理や数学では無いので、多少の矛盾は、あっても当然だと思います。
 有名小説のモデル探しと同じ事で、殆ど意味はないと思います。
 縷々、私的感想を述べてきましたが、まあ、男と女、これからも、同じ物語が繰り返される事と思います。
 恋愛は、ただの本能であり、いつかは、時が経てば、必ず、覚めるものです。
 もう、死ぬまで、朝から晩まで、熱愛という、恋人は、さすがに居ないでしょう。
 第一、そうだとすれば、忽ち、過労で、二人とも、あの世行きになります。
 だから、重要な事は、熱愛が覚めた時、二人の間に、何が残るのか、と言う事だと思います。
 恋が消えた時、何も残らなければ、恐らくは、離婚になりますよね。
 細やかでも、穏やかな愛情が残れば、もしかすると、それが夫婦愛、と言うものかも知れません。
 その残ったものが、人生の最後で、伴侶を看取る愛情に、なるんだと思います。
 ところでですね、私は、捨てられる男の役だけは、到底、ご免だなあ。
 そこで、世の男性諸氏に助言するとすれば、余り情熱的な美人は、妻には不向きだという事です。 
 そのような美人は、生涯、また、必ずや、不倫を繰り返すと思うからです。
 だから、男性諸氏は、美人は止めて、出来るだけ、不美人を妻にしましょう。
 さすれば、男性諸氏に於いて、心穏やかなる日々を送れる事、間違いなしです。
 一方、私は、その残った美人を、すべて集めて、私の愛人に致します。
 これにより、世の中、万事、万人、幸せに包まれる事になります。
 めでたし、めでたし。


 追記
 日本では、姦通罪は廃止されましたが、ならば、好き放題に不倫が出来るか、と言うと、それは,一寸、難しい所です。
 例えば、貴女が、隣のイケメン夫と,不倫関係なったとします。
 それから、不倫を三年ほど楽しんで、もう飽きたので、不倫を止めようと思った瞬間、隣の奥さんから、損害賠償で2000万円をよこせ、と言う民事訴訟を起こされる可能性は十分あります。
 これは精神的苦痛を与えた事に対する、慰謝料と言うものです。
 最終的に、どの位の金額になるかは、裁判次第です。 
 ですから、今の時代であっても、全く処罰される事無く、自由に不倫出来るか、と言うと、そうでも無いのです。
 どうぞ、お気を付けて遊んで下さいね。

  


俳句


利根川と 恋の流れは 止められぬ