上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

無と不自由

 昨日、病院の帰り、通りすがりの民家に、ミロのヴィーナスが、玄関先で、黒のサングラスを掛けて立っているのを発見した。
 なかなか似合っていたから、思わず、笑った。大きさは、まあ、1メートル位か。サングラスは、ここの旦那の趣味に違いない。
 それにしても、2000年以上の時を経てるのに、ミロのヴィーナス、そのデザインは、何時までも、男を捕らえて離さないようである。 
 実に、珍しい事例だと言えよう。 
 さて、庭先の彫像だが、あれは、きっと何処かで販売されているのだと思うが、一体位、自宅にも置きたくなった。
 私は、黒のサングラスに、赤いブラジャーも付けたら、一層、似合うかなと思って居る。
 ビキニを穿かせたいが、腰には、何か纏っているので、それは出来そうも無いので、諦めるしか無い。
 もし、1.6メートル位のレプリカが販売されていれば、それを書斎に飾り、毎日、抱きしめたい所だ。
 雄としての精神は安定して、きっと、私は長き生き出来るかも知れない。
 さて、ミロのヴィーナスについては、この前、黄金比、白銀比などで、物理的、絵画的には述べたが、今日は、楽しいサングラスのミロを見たので、また別の面から考えてみたくなった。
 まず、腰から、今にも、ずり落ちそうになってるドレスだが、あれは、よくある手法で特に珍しくは無い。
 あの姿の方が、全裸よりも魅力的だというのは、誰でも、知っていることだ。
 いわゆる、パンチラの魅力である。 
 見えそうで見えない瞬間が、一番、性的に雄の目を引きつけるのだ。
 私にしても、間違いなく、そうだ。
 脱線するが、ご承知のように、群馬の冬は、北風がとても強い。名物、赤城下ろしの空っ風である。
 時には、台風並みの強風も珍しくは無い。
 加えて、我が前橋は、赤城山麓と、利根河畔に出来た街だから、坂が非常に多い。 ここまで書けば、勘の良い人は、もうお分かりと思う。
 そう、自転車通学の女子高生のパンチラが、冬場になると、強風ため、殆ど毎日のようにあるのだ。いや、風が無くとも、下りならば、自然に捲れてしまう。
 思わぬ風の悪戯で、無意識に、目が引き付けられてしまう。
 でも、男として、ハッと見るのは、一瞬で、次には、おやまあ、可哀想に、と言う心境になる。
 <嘘です、上州無線さんは、喜んでいるだけでしょう>
 <いや、私にも娘がいたから、一瞬、父親の心境になるんだよ>
 しかし、残念なことに、例の温暖化のせいか、最近は、この空っ風も、余り吹かなくなってしまったから、無料の楽しみは激減してしまった。
 それにしても、女子高生の白脚の、綺麗なことは、筆舌に尽くし難いですね。
 あの仙人でさえ、雲から落ちるほどですからね。
 まあ、それは一瞬だから、余計、そう見えるのだと思います。
 例の、夜目遠目傘の内でしたか、それと同じ現象でしょう。
 話を戻して、パンチラ技法だけでは、ミロのヴィーナスが、数千年の時を経て、尚も男の目を引きつけている理由としては、かなり薄弱、いや、理由にもならないでしょう。
 まあ、パンチラ技法なぞ、俗悪趣味の美術品でも使われているものだからです。
 そうなると、他にも何か、世の男達を惹きつけるモノが存在しなければなりません。
 それは何なんでしょう?
 そう思って、今、改めて、ミロのヴィーナス像を眺め回しても、他には、何か、その手掛かりになるようなものは、何処にも見当たりません。
 もう、何度見ても、ミロの彫像の何処にも、それらしきものは無いです。
 さて、この難問を解くには、我が畏友、青井に登場してもらわなくてはなりません。
 ある夏の晩、製作に飽きて、青井の離れに行った。
 暫く、雑談した後、不意に立ち上がると、青井は、押し入れを開けて、何やら持って来た。
 見ると、麻縄である。
「これで、やるんだよ、女も気持ち良いらしいぜ」 
 聞けば、この縄で女を縛って動けなくして、セックスするのだと言う。
 学生だった私は、その話を聞いただけで、何故だか、猛烈に興奮してしまい、とても抑えることが出来なかった。
 それから、青井は、色々な縛り方を説明してくれたが、よく分からなかった。
 殆ど忘れてしまったが、亀甲縛り、股縄などの言葉だけは、今も耳に残っている。
「でも、なぜ、女を縛るんだ?」 
「やってみれば分かる、動けない女はな、もうすごくエロいんだ。自分が分からなくなる位、すげえ興奮するぞ」 
 残念ながら、私は、以後、試す機会は無かった。青井に言えば、何時でも縄を借りられただろうが、縛る勇気は無かった。
 一度だけ、付き合っていた女に、お願いして、タオルで手首を縛ったことがあった。
 でも、女はケラケラ笑ってしまい、私も興奮するようなことは無かった。
 だから、女に縄を打つ時は、真面目に、本気で縛らないと駄目なんですね。 
 ずっと、時は過ぎて、温泉場の酒席で、両腕の二の腕に茶色のスジ跡がある、女と会った。
 すぐに、青井の話を思い出し、これは縛りの跡だと理解した。
 青痣から段々茶色になり、そうして消えて行くらしい。
 ただ、縛りは、事故もあり、女は危険な時もあると言う。また、男が興奮しすぎて、暴力が止まらなくなる時もあると言う。
 要するに、正常な形のセックスを、興奮しすぎて、時には、越えるという事である。
 と言う事は、私のような庶民には、全く縁の無いことと思う。
 ところで、縛りは、地球上、どの国にも、昔からあると言うから、男の深層心理に、その欲望が存在するのだろう。  
 もう一つ、付け足し。
 中国には、纏足という、残酷な風俗があった。今は無い筈です。
 4歳位の小さな子供の足を、布できつく巻き、小さな木靴を履かせたままにする。
 こうすると、成長しても、足は変形したままになり、歩くことも出来ないから、日常の起居が、極めて不自由になってしまう。
 何で、こんな事をしたのか。
 それは男の欲望、性欲、故です。
 逃げたくても、逃げられない女、抵抗したくても出来ない女、それが、男の性欲を強烈に刺激し、セックスの快楽を高めるからです。
 実は、他にも理由がありますが、それは、ブログなので省略します。
 以上で、お分かりのように、男から見て、動けない、自由を奪われた女性の姿は、それだけで、男の欲望を強く刺激する、と言う事が分かります。
 ここで、もう一度、ミロのヴィーナスを見ると、彼女には両腕がありませんね。
 両腕の無い女性は、男に抵抗する術はありません。不自由、そのものです。
 そう、腕の無いことに、かなり陰湿ですが、男は性的魅力を感じていたのです。
 ですから、ミロの身体をいくら探した所で、魅力の元が見つかる筈は無かったのです。
 ところで、もし、ミロのヴィーナスに、両腕があったら、どうなっていたでしょうか。
 地中海の海中から、偶然、漁師が掬い上げたミロのヴィーナスでしたが、両腕があれば、恐らく、これほどには評価されず、最終的には、そこらの骨董店の店先で、埃を被っていたかも知れません。
 何しろ、あのレベルの彫像は、あの時代、いくらでもあった筈ですから。
 さて、以上の考察から、ミロのヴィーナスに亀甲縛りを掛けて、足も纏足にすれば、今よりも、もっと、ものすごい魅力的な彫像になる事は、間違いないと思われます。
 でも、それだと、完成しても、公序良俗の美術館には陳列出来ませんね。
  
 


俳句


無い方が 魅力的かも あれとあれ