上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

南の島

 11月は、あちこちの学校で文化祭がありますね。
 以前は、よく見学に出掛けたものですが、退職してからは、もう文化祭を見に行くことは、殆ど無くなりました。
 ですが、例外が一つだけあります。
 それは、自宅から3キロ位の所に、県立四年制K大学がありますが、そこには、毎年、欠かさず行っています。
 行くようになった切っ掛けは、老妻が、K大学主催のフリーマーケットに出店していたからです。
 それまで、老妻のフリーマーケットに、一度も行ったことが無かったのですが、ふと、その日、K大学に行ってみる気になりました。
 大勢の人並みが揺れるキャンパスの中で、活発に動き回る、若い学生達を見ていると、様々な思いが込み上げてきました。
 学生時代の思い出が、次々に蘇って来ました。
 私にも、あんな時代があったなあ、と、しみじみ思ったものです。
 それで、あちこち見学して回ると、学生達の対応が実によかったのです。
 古稀青年に、極めて友好的に接してくれました。
 ですから、私は、その日、会った全ての女子学生を恋人にしたいと思ったほどです。
 もう5、6年になるかと思いますが、それ以来、老妻のフリーマーケットのお供で、毎年、行っているのです。
 さて、私は男ですから、どうしても女子学生の方に目が行きます。
 大学時代は、女性が一番輝いている時期かなとも思います。
 とにかく、女子学生が、どんな動作をしても、跳ねても、笑っても、叫んでも、どれもが美しいです。 
 それに引き換え、男の学生は、まだ、そんなに男としての魅力は無いですね。
 明らかに、性的成熟の早さが違うのでしょうね。 
 ところで、私は、高校辺りから、父母との折り合いが悪く、長い間、両親と和解できませんでした。
 父母の死に臨んでも、涙らしきものを、ほんの僅かは感じましたが、それが頬を伝い、流れ落ちた事はありません。 
 テレビのニュースで、著名人が、涙顔で、両親を見送る姿を見ると、何とも言えない、羨望を感じ、深い溜息を漏らしたものです。 
 両親の死後、数年経ってから、やっと私は、心の中で両親と和解しました。
 ある朝、目覚めた時、両親は決して悪い人間では無かった。
 ふと、そう、気付いたのです。
 それにしても、遅すぎました、余りにも。 
 まあ、私が、要するに、父母に甘えすぎていたことが、不和の大きな原因だと思います。
 反抗する息子を、両親が良く思う訳がないのは、当然であり、親も人間ですから、感情的になるのは、当たり前のことでした。
 不思議なことに、母との関係は、良くなかったのに、私が好きになる女性は、何故か、いつも、母と、よく似ていました。
 それに、気付いたのは、もう60歳位になってからだったと思います。
 あれほど、母と反目していたのに、私の無意識の行動は、母の姿を求めていたようです。
 でも、それに気付いても、そんな自分を認めることは、和解するまで、ありませんでした。
 振り返ると、私の人生に登場する女性は、殆どが、母似だったのかなと思います。
 母をひどく憎しみながら、何か矛盾しますが、同時に、必死になって母の愛を求めていたようです。 
 結局、母に似た女性の愛ならば、求めても得られない母の愛情、その代替が出来ると思ったんでしょう。 
 何と、屈折した心情、もっと、素直になれなかったものですかね。 
 南の島に、戦争に行った兵隊さんが、死ぬ時、お母さん、と叫んで死んでいったと伝えられていますが、私も、戦争に行っていたら、間違いなく、そうして、死んでいっただろうと思います。
 例え、その時、母と和解していなくても、無意識に、おかあさん、と口から出たと思います。
 目前の死に臨んで、もう自分を偽る理由は、何処にも無いですから。
 どんな息子の人生にも、母の存在は不可欠の存在なのかも知れません。
 さて、文化祭で、若い女子学生を見ると、どの子にも、やはり母を感じる自分に気付きます。
 今更ですが、どの女の子も、母なる性、を持っているんですね。 
 今年も、今週の土曜日が、K大学の文化祭です。
 とても楽しみです。
 せいぜい、身だしなみをよくして、女子学生から好かれるようにしたいと思ってます。
 あの、上州無線さん、加齢臭は大丈夫ですか?
 大丈夫、毎日、生ニンニク食べてるから、加齢臭なんて臭いませんよ。



 追記
 最近の研究によると、胎内にいる赤ん坊は、母親の声や、外界の音に反応するそうです。胎教は、伝説では無かったみたいですよ。
 だとすれば、英語を毎日聞かせれば、バイリンガルになれるかも。
 または、競馬、競輪の放送を聞かせて、将来、大当たりを的中させ、大富豪にするのもありですね。
  
俳句


亡き母に 老妻似たり   括れ無し