上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

肌の思想

 来日したイヴァンカさん、いわゆる美人では無いですが、上品で綺麗ですね。
 実は、私もファンの一人です。
 身長が180センチもあるので、私の理想基準からは外れますが、まあ、そんな位は、構いません。
 顔立ちは母親似なのでしょうか。
 トランプさんの若い頃の写真、なかなかいい男です。如何にもドイツ人らしい顔をしています。父親に似た方が良かったかなあ。
 ニュースを見ていたら、イヴァンカさん、成田到着まで、三回も、お色直ししてますね。
 この辺の女性心理は、私には、全く不可解ですけど、若い女ですから、美しく装いたいのは本能で、それなりの場面で美しいのは、歓迎ですね。
 欧米の女性は、普通の場所でも、肌の露出が、日本と比べると、その面積が広大です。
 それは、寒い国の白人は暑がりだからだけでも、無いように思います。
 女性からすれば、装いは、単なる、お洒落であり、自己主張ですが、一方、周りの男達は、女性の装いに、本能的に大きな影響を受けてしまいます。
 その影響の最たるものは、性的なシグナルです。
 女にすれば、あくまでおしゃれであり、性的情報はゼロなんですと言っても、それは、男達の立場からは、かなり不可解に見えます。 
 即ち、女の装いが、雄と雌の性的空間に、何のコミットもしていないと言う主張は、かなり、無理かなと思います。
 多くの動物でも、装いは異性へのシグナルです。
 例えば、羽の綺麗な鳥などです。
 綺麗な羽は、おしゃれの意味と、同時に、異性へのシグナルになっている訳です。
 さて、こう言った女性の本能行動に対して、男の対応策は、現代では、大まかに言えば、2つあります。
 一つは、そう言った女性の本能行動を煩わしいものとして、完全に圧殺してしまう対応があります。
 即ち、女の化粧とか、派手な服装などは、公共の場に於いて、一切、男から遮断してしまうのです。
 それは、主にイスラム教のブルカなどです。他にもあると思いますが。
 女性の頭から足まで、スッポリと黒い布を被せてしまい、目しか見えないようにしてしまいます。
 こうすれば、男は、女の装いに、一々、不安定な心理にならなくて済みます。
 何しろ、目以外、何も見えないのですから、白い肌を見て、ドキドキすることも無くなります。
 これは、男にとっては、実に名案であり、気持ちをいつも平静に保つことが出来ます。
 また、何の刺激もありませんから、痴漢をしようという気にもならないでしょう。
 口紅を塗っても、外からは、全然見えませんが、装いが、単なる、おしゃれならば、この状態でも、満足な筈ですが、イスラム圏の女性は、満足しているのでしょうか。
 参考までに、自分の部屋での装いは、自由だという事です。
 それにしても、アラビアンナイトの国の男は、なかなか知恵と行動力がありますね。とにかく、全女性に、ブルカを着せてしまうのは、相当の難事業だったと思うからです。 
 貴女は、このブルカ方式をどう思いますか?
 街で出会っても、誰が美人なのか、ブスなのか、全く分からないから、この方式に大賛成という人も、多く居るかも知れませんね。 
 さて、女性の影響を排除するものとして、他には、ブルカのような服装を用いず、女性の出入りを禁止してしまう、と言うのもあります。
 日本で言えば、修行のための寺とか、有名なのは、相撲の土俵です。
 その空間には、女性の出入りを禁じるというものです。
 まあ、女性がいると、男は、どうしても、どう頑張っても、その性的魅力に振り回されてしまいますからね。
 以上の方式は、要するに、女性の意志を全く無視する手法に依って、女性の影響を遮断
してしまうものです。
 さて、女性の影響に対する、2番目の方策は、余程の服装で無い限り、すべて、装いは、女性の自由意志を尊重する、と言うものです。
 これは、ブルカの真逆ですね。
 ですから、イヴァンカさんは、一寸、寒い感じがしましたが、肩を大きく露出することも出来る訳です。
 欧米の夜会では、例のイブニングドレス、あの伝統からでしょうか、女性は、大抵、肩、背中、足など、広範囲に露出します。
 最近では、臍まで見えるのもあります。
 日本人から見ると、あれは少し露出過ぎだな、と感じますが、段々、慣れてくると、それもありかな、と思うようになりますね。
 以上、女性の影響に対して、男社会が、どのように対応するか、代表的な習慣について、二つの例を紹介しました。
 さて現代は、葬儀場ですら、ミニスカートの喪服が見られる時代ですが、私の本音を言わせてもらえば、まあ、ほどほどで勘弁してもらいたい、と言う所です。
 それは、性的な場に居るのであれば、例えば、ホテルの部屋に居るのであれば、女性がどんな格好をしても、超歓迎します。
 でも、そうで無い時、普通に、街の通りを歩いている時、不必要に、性的に、挑発されたいとは思いません。
 途端に、女は挑発なんかしていない、単なる身だしなみで、街を歩いているだけだ、と言う主張が聞こえて来そうです。
 とは言え、男の都合の良い時だけ、女は魅力を発揮すれば良いと言うのは、男の勝手な思想だ、と言う声も聞こえて来そうです。
 となれば、ここは、男も女も、半分ずつ譲り合うしか道は無いように思います。
 日本は、ブルカのイスラム教社会と、イブニングドレスのキリスト教社会の、中間位に位置していると思いますが、この中庸位が、最適かも知れません。
 さて、以上は一般論ですが、こと私個人となると、もう、側に居る女性は、何時でも、好きな格好しても構わないと思います。 
 全裸でも半裸でも、ミニスカ、ノースリーブ、何でもいいですよ。
 と言うのは、古稀になると、若い頃と違って、もう余り、そう言った女性の装いに、一々、心を揺さぶられたり、強烈に反応しなくなるからです。
 言わば、仮想的ブルカを通して、女性を見ているのかも知れませんね。
 誤解無きよう、今も厳然として現役です。念のため。
 それと、年配のおばさん達ですが、何でもいいから、ご自分の好きなファッションで、猛烈に楽しんでもらいたいと思います。
 と言うのは、周りの男達に、もう如何なる影響をも及ぼす事は無いからです。
            
  


俳句


美しき 女性の足に 術は無し