上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

白銀比

 今朝は、6時に起きました。
 カーテンを開けると、何と朝焼け。
 スカイブルーと朱色が、天上で軽快なジルバを踊っていました。
 曲は、よく分からないけれど、ビバルディを編曲したように聞こえました。
 一日の始まり、とても素敵な朝。
 陽が輝きを増し、葉の表面が輝き出すと、どこからか、小鳥も鳴き出します。 
 朝は、全ての始まり。
 何と素晴らしき時間の流れでしょうか。 
 今日も、心躍らせ、未知との出逢いを期待したいものです。
 さて、頂いたコメントを拝見したら、ミロのヴィーナスとありました。
 懐かしい彫像が脳裏に浮かんできました。確か、中学生の時、美術の教科書で見た記憶があります。
 でも、私は、残念ながら、ミロのヴィーナス、本物を見た事は無いのです。
 ミロのヴィーナスが日本に来たのは、1964年で、上野の西洋美術館で展示されました。83万人が来場したとの事です。
 その後、京都市美術館に展示され、89万人が見たそうです。
 その時、残念ながら、私は、お金が無くて見に行けませんでした。
 今後、フランスに行く事は無いと思うので、もう本物を見る機会は無いと思います。
 でも、まあ、写真でも、それなりに、その魅力は伝わってきますね。
 しかし、写真と本物は、やはり、全然、違うのです。
 本物は、やはり、本物なのです。
 例えば、若い女性のヌード写真と、現実の彼女の体とを、見比べれば、全く別物です。
 さて、言うまでもないことですが、本物の若い女性の体は、男から見て、もう、奇跡としか思えません。
 創造の神は、何も、これほどまでも綺麗に作らなくともいいのではないか、と思う位です。頭のてっぺんから、脚のつま先まで、女の全てで、男を魅了しないものは、一つもありません。
 ですから、ミロのヴィーナスと、生身の美しい女、どちらかを選べと言われたら、私は、躊躇する事無く、生身の女性を選びます。
 因みに、ミロのヴィーナスは、身長204cm、バスト121cm、ウエスト97cm、ヒップ129cmですから、私には、とても抱けそうにありません。
 私の理想は、身長164、90、60、100です。居ますかね? 
 さて、ミロのヴィーナスと言えば、黄金比ですね。黄金比というのは、線分を約5:8に分割した時の比です。
 数学的には、フィボナッチ数列で、隣り合う2数の比の収束値です。
 黄金比を正確に示すと、(1+平方根5)/2です。
 この値は、簡単に計算で求める事ができますが、大抵の人は、数式に興味は無いので、止めておきます。
 ついでの知識として、黄金比の他に、白銀比というのもあります。
 これは、用紙サイズが、それです。A判、B等。身近なものでは、新聞紙です。
 新聞紙を二つ折りにすると、出来た長方形は、元と相似形になってます。これが、白銀比の特徴です。何回折っても同じです。比は、1:平方根2です。
 話を戻して、この黄金比は、昔から、美しさの要と言われて来ました。
 ピラミッドから始まって、色んな製品でも、黄金比を見る事が出来ます。
 さて、ミロのヴィーナスについても、黄金比は飽きるほど言われて来ました。
 お臍が、黄金比の分割点になっている、と言う事ですね。
 でも、ミロのヴィーナスを作った人は、自らの美的感覚に従って、この彫像を作っただけであり、数学的に定義された黄金比の事など、全く知らなかった筈です。
 ましてや、物差しで測りながら作った訳でも無いと思います。
 ですから、黄金比云々は、後世の人々が、正しく、後付けしたものと思います。
 とは言え、黄金分割付近が、どうやら、一番美しいようだ、と言う意識は、多くの人間の感覚の中にあったんだろうと思います。
 恐らく、古来から、一流の芸術家は、感覚的に、それを見抜いていたのでしょう。
 でも、黄金比が、絶対的に美しいかと言えば、それは断定できないでしょう。
 何故なら、人間の美的感覚は、様々で広範だからです。
 黄金比を、それほど美しく感じないと言う人々も、少なからず、居ると思います。
 或いは、黄金比など、ただの分割であり、美的とは言いかねるなんて、人も居るはずです。
 厳密に言えば、美に、絶対的定義は存在しないからです。
 美しいか、そうで無いかを決めるのは、個々の人間です。
 人間には、多様性を求める本能がありますから、それは美に於いても、同様な事と思われます。
 人によって、美の好み、定義が異なる訳です。
 でも、そのお陰で、ある男は、デブの女が美しいと良い、他の男は、痩せた女が美しいと思うので、その結果、美しい女の取り合いが無くなりますので、平和的でよいことですね。   
 ところで、ミロのヴィーナスは大変、美しいと、世の美術家達は口を揃えて言いますが、私の美的感覚で言えば、少々、不満があります。
 それは、お腹が、少し膨らんで見えることです。まさか、妊娠はしていないと思いますけど。
 もう少し、お腹を凹ませて欲しかったというのが、私の感想です。
 即ち、ウェストを、もう少し絞って欲しかった。 
 ところで、男が細いウェストに、本能的に魅力を感じる理由は、何なのでしょうか。
 それは、二つあります。  
 一つは、細いウェストであれば、まだ妊娠していない、と言う事実が見えるからです。
 一般に、男は、雄として、妊娠で膨らんだお腹の女性には、安産を祈りますよ、とは思っても、女としての魅力は感じません。  
 それは、もう、今からでは、その女を妊娠させることが出来ないからです。    
 男のセックスは、無意識の深層心理に於いて、妊娠させたいという気持ちが、常に、不可分のものとしてあるのです。
 念を押せば、それは深層心理です。通常、男は、妊娠の事など意識しては居ないです。
 逆に、妊娠すれば困る方が多いかな、と思います。
 独身の若い男の頭にあるのは、ただ快楽のみです。
 次に、細いウェストは、対比として、大きな骨盤の所有者としての証明でもあります。
 大きな骨盤は、自分の子どもを確実に産んでくれる筈だ、と言う事を男に確信させるのです。
 私は、病院の受付などで、お腹の凹んだ、ウェストの細い女性を見ると、文句なく、いいなあ、綺麗だなあ、と、いつも感動します。
 恐らく、それは私の深層心理のなせる業と思います。
 ところで、もしかすると、ミロのヴィーナスが作られた時代は、現代男性の認識とは異なり、少し豊満な女性像が、世間的に好まれていた時代だったのかも知れません。
 それで、制作者は、あの、お腹の形にしたと。
 豊満な女性は、栄養に恵まれ、体力もありますから、飢餓に苦しんだ、古代に於いて、安産の意識から、美の理想像として、男には、魅力的に見えた筈だからです。
 さて、蛇足ですが、私の理想的女性像としては、黄金比の美しい女性では無くて、知的な表情、女らしい仕草、会話、明るい性格を具有した女性であれば、後は望みません。
 それで十分です。まあ、スタイルなんて、二の次ですよ。
 あっ、大事なことを忘れていました。
 理想の女性は、料理が上手であって欲しいです。これは必須です。
 思えば、我が人生、ずっと、不味い料理に苦しめられて来ましたから、料理の下手な女性は、もう勘弁してもらいたいです。   
     


俳句


美しさ 人それぞれで 平和なり