上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

大平原

 先日、義兄の葬儀に行きましたが、収骨の時、台車のお骨を見ると、仰向けの人体の形になっていた。
 父や母の時は、前橋の焼き場でしたが、お骨は、既に、バラバラで、人体の形を維持していなかった。ところが、老妻の母の時は、焼かれたお骨は人体の形を維持していた。
 親類の葬儀の時も、お骨はバラバラの形だったと思う。
 バラバラの方に、私は慣れていたから、始めて、老妻の母の葬儀で、人体形の骸骨を見た時は、ひどく驚いた。
 そうして、人体形の骨を遺族に見せるとは、この焼き場の職員は、趣味が悪いな、と思ったものだ。
 老妻の故郷は、山奥の田舎だから、此処の焼き場は、恐らく、旧式なのだろうと思った。   
 今回の義兄の焼き場は、山深い場所には在ったが、建物は、新しかった。 
 となれば、当然、その設備も新しいだろう。 
 なのに、お骨は人体型で出て来た。
 それで、大いに疑問が湧いて、どう言う事になってるのかと、ネットで関連資料を集めた。
 すると、私の推測とは逆で、お骨が人型で出て来るのが、最新式だと分かった。
 これは台車式と言われ、台車の上に遺体を置いたまま、焼くのである。
 そうすると、骨は、散らばる事が無くて、全て、台車の上に止まるのである。
 そうして、焼き終わったら、炉内から引き出すので、生前の骸骨の姿で出て来るという訳である。
 我が前橋の方が、老妻の山奥の故郷よりも、遅れた旧式の装置を使っていたと分かった。県都前橋が、山奥よりも遅れているとは、何と情けないこと。 
 この事実、勿論、老妻には言ってないです。
 さて、お骨がバラバラになって出て来るのは、ロストル式というもので、その構造は、簡単に言えば、遺体を入れた棺箱を金網の上に載せて焼くと言うものである。
 正月の餅網と同じです。えっ? 餅が食べられなくなったって?
 そうですか、それなら、その餅は私に送って下さい。 
 だから、遺体は焼かれて骨になると、骨が金網の網目から下に落ちてしまうのだ。
 それをかき集めるので、どうしても、バラバラになってしまう訳である。
 この方式だと、骨が失われやすいのだそうである。
 まあ、砕けたりするからでしょうね。
 でも、建築費用は安く、燃焼効率も良いそうです。
 ところで、私個人ですが、お骨は、骸骨形でない方、バラバラのを希望します。
 骸骨の形で横たわっていると、それを見た時のショックが、より大きいからです。
 それに骸骨のままだと、今にも喋り出すような雰囲気もあるから、妖しく怖いです。 
 ついでに、火葬関連の資料も読んでみた。
 すると、火葬は、ダントツで日本が多く、99%を超えるそうだ。   
 ちなみに、イギリスは約70%、中国は約42%、アメリカは約25%、フランスは約16%、イタリアは約4%との事。
 アメリカが少ないのには、驚いた。
 昔見た西部劇で、草原に掘った四角い穴に、ロープで棺箱を下ろしてる場面があったが、ああやって、今もアメリカでは、多くの人が埋葬されていると言う事だ。
 そう言えば、アメリカ民謡に、
 Bury me not on the lone prairie(寂しい草原に埋めないで)の歌がありましたね。 
 アメリカの果てしない、大平原を見ると、あんな所に埋められるのは、私も嫌ですね。
 つくづく、寂しいだろうな、と思う。
 でも、古き西部開拓時代、沢山の人が旅の途中で亡くなり、あの大平原の何処とも知れない場所に埋葬されたと思います。
 でも、愛しき人を大平原に置き去りにするのは、きっと、耐えられなかった事と思います。
 しかし、そこに遺体を置いていくしか、他に、どうしようもなかった。
 去り行く幌馬車から、後ろを何度も何度も振り返った事でしょうね。
 だからこそ、あの民謡が生まれたのですね。
 何年か過ぎて、骨を探しに戻っても、草も生えちゃうから、もう分からないでしょう。
 イタリアは、殆ど火葬無しです。これは、何か宗教的なものがあるんでしょうか。
 キリスト教だから、復活を信じているのでしょうか。
 さて、好奇心の強い、アマチュア無線家の私ですから、炉の構造にも興味が湧きました。
 灯油とか、ガスで焼いているとの事ですが、なかなか人間の遺体は大きいので、上手く焼くのが大変らしいです。それで、今は、コンピュータ制御方式の最新式自動炉も出来ているそうです。
 ところで、昔は、よく聞いた事ですが、係員は、炉の裏側から焼ける状態を監視出来るのです。
 すると、丁度、スルメを焼くのと同じように、遺体は火の熱で反ったり、起き上がったり、曲がったりしているそうですから、何とも恐ろしい情景です。
 でも、人間もイカも、同じタンパク質だから、そうなるのは当然でしょう。
 今は、完全自動化で、覗く頻度は減ったそうです。でも、覗く人は、仕事とは言え、どんな気分ですかね。
 それで、時には、遺体が上手く焼けず、生焼けになるそうです。不完全燃焼です。
 すると、炉から引き出して、隣の炉で改めて焼き直すのです。
 そんな事故に遭遇した係員の方は、ほんとに気の毒ですね。その晩は、魘されて寝られないのではないでしょうか。
 いや、それどころか、当分は、一人で寝られないかも知れない。奥さんに添い寝してもらうしかないと思います。   
 さて、義兄の葬儀から1週間経つのに、まだ、こんなブログを書いているのは、未だに、意識下で、死のショックを引き摺っているものと思われます。
 先日、一応、遊んで気分転換をして来た筈なのですが、まだ足りないみたいです。
 どうも、もっと盛大に遊ばないと、気分が回復しないようです。 
 なので、今日は日曜ですが、もっと、華やかな場所に行って来ようと思います。
 恐らく、台風で客が少ないでしょうから、女の子が、みんな集まって来て、特別サービスしてくれるかも知れません。
 とにかく、気分転換して、気持ちを明るくしないと、ブログを書く意欲も湧いて来ません。
 それにしても、葬式の度に、ネオンの巷に出没とは、困ったものです。 
 お金が勿体ないですが、仕方ない。
 


俳句


横たわる ま白き骨は 何語る