上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

幽霊さん

 以前から、寝る時に考え事をするのが習慣である。
 まあ、しない時もあるが、大抵は、何か考える。それで、いつの間にか、寝入ってしまうと言うのが、私の就寝の典型的なパターンである。
 時には、夢中になって考えてしまい、寝るどころか、二時間も三時間も考えてしまう事もある。
 寝付きは良いが、考え出すと、脳が活性化してしまうらしい。
 物理が好きだから、重力とは何か? 光の本質は何か? そんな事を考え出すと、まず、間違いなく、二時間は寝られない事になる。
 でも、その後、納得すれば、すぐに寝て、石の如く熟睡してしまうから、翌朝、起きるのに、睡眠不足などの支障を感じた事はない。
 よく寝たくても寝られないと言う人が居るが、信じられない。 
 恐らく、その人は、心身のエネルギーを使い切っていないのだと思う。
 適度に脳を使い、適度に体を使って、即ち、運動して、それから、横になれば、安眠できる筈である。
 ただ、過ぎたるは及ばざるで、頭を使い過ぎると、疲れた過ぎた神経は興奮するから、今度は眠れない事になる。それは体も同じ。
 えっ、適度に心身を使っているけど、それでも、眠れないって?
 うん、それはですね、脳が心身の疲労状況を正確にキャッチしてない事から、起きる脳内エラーですね。
 即ち、脳が、今は、眠る時期ではないと、誤判断してしまっているのです。
 その詳細は書き出すと、超長くなるし、専門的な事は、ブログに相応しくないから止めます。
 さて、寝付きの良い私だが、どうしても寝られない時もありました。
 山奥で新米教員の頃、先輩から宿直を頼まれる事が多かった。
 宿直というのは、夜、校舎に一人泊まって、警備するという事です。今、考えると、何の意味のない事でしたが。
 最初に、校長が私に言ったのは、
「もし、強盗などが来たら、貴方は直ちに逃げて下さい。撃退する必要はありません」
 であれば、宿直など不要であろう。
 さて、昼間は何とも感じないが、夜になり、辺りが闇に包まれると、校舎の状況は一変する。何処か、不安な様相すら、帯びて来る。
 あの平凡な校舎も、十分に、スリラー小説の場面になり得るのである。
 だから、先輩教員達は、宿直は嫌で、新米教員に頼むのである。
 校舎の周りは、山の学校だから、半径1キロ位は、人家は勿論、何も無い。
 全くのひとりぼっちである。
 さて、六時位になると、あの騒がしかった校舎に、もう、人の気配は無くなる。
 宿直は、そこからが仕事である。
 一人で夕飯を作り、食べ終わると、後はする事がない。仕方ないから、テレビを見るのだが、これが、半分故障してて、見る気にならなかった。
 で、十時位には、寝るしかない。
 でも、やはり、緊張します。不安を感じます。当然ですね。一人ですから。
 あれは、そう、真冬の時期でした。  
 もう十二時を過ぎていました。不安で眠れず、横になっていたら、宿直室の外、廊下で、ゆっくりとした足音がしました。
 慌てて耳を澄ますと、確かに、微かな足音です。
 聞こえなくなったと思うと、また、足音が近づいて来ました。誰かが、辺りの様子を窺っているようです。
 宿直室の隅には、護身用のバットが置いてあるので、それを持って、廊下に出ようかと思いましたが、情けない事に、出来なかったですね。
 もう何か、スリラーの世界に、すっかり引き込まれて居ますから、普段なら、確かめに出たと思いますが、出来ない。恐怖が体を縛ってるから、動けない。
 今、思い出してみれば、滑稽にさえ思えますが、その時は、必死でした。
 足音のお陰で、もう、その後は眠れません。ずっと、起きてました。 
 三時半頃、校舎の外では、冬の強風が電線で唸り、不気味な音を立てていました。今にも、化け物が現れそうです。
 宿直室の雨戸はガタガタと激しく揺れて、とても眠れる環境では無かったです。
 見ると、雨戸のとこには、新聞紙が幾つも落ちていました。
 雨戸の騒音で眠れないので、誰かが、揺れる雨戸を押さえようとして、隙間に挟んだのでしょう。すぐに擦れ落ちて役立たず、でした。 
 その内に、ものすごい轟音が強風の中から、伝わって来ました。
 畳が上下に振動しました。何かが倒壊したような音でした。思わず、飛び上がりました。  
 さすがに、この時は、責任感から行かねばと思い、バットを手に立ち上がりました。
 泥棒が何かを壊しているのでは無いかと思ったのです。
 逃げればと校長は言いましたが、当時、血気盛んな青年でしたから、逃げるのは嫌なんですね、やはり。
 雄は、生まれつき戦うように出来ているみたいです。雌を守ろう、いや、奪われまいとする本能だね。 
 人間、一旦、立ち上がると決めれば、もう恐怖は無かったです。体力的には、まだ若かったですから、どんな相手が来ても負けない自信も、ありました。 
 部屋のドアを開けると、寒風が一気に吹き込んで来ました。木造のボロ校舎でしたから。音のした方向に、バットを固く握りしめ、暗く長い廊下を、一歩、また一歩と前進。
 ライトは電池が切れて、点きませんでした。しかし、その方が泥棒に気付かれないので、却って、良いと判断しました。
 強風で、廊下の窓は、ガタガタと鳴り続けています。
 すると、冷たい風が一段と、前から強く吹き付けてきました。これは変だなと思いました。一応、ボロ校舎ですが、戸締まりの形は、ある訳ですから。
 昇降口まで来たら、何と、大きな入り口のガラス戸が倒壊していました。辺りにガラスの破片が飛び散っています。轟音がした訳です。真冬の強風に耐えられなくなったのでしょう。
 考えてみれば、こんな真冬、しかも強風の日、山奥の学校に、好き好んで来る泥棒は居る筈もありませんでした。
 標高1500メートル、冬期は、マイナス20度位にもなる場所でした。
 安心すると、思わず、全身から力が抜けて、深い溜息が出ました。
 諺に言う、幽霊の正体見たり、枯れ尾花ですね。
 なあーんだ、大したことないって? じゃあ、貴方も一度、宿直してみて下さい。 
 足音ですか? うーん、もしかして幽霊だったかも知れない。それからも、偶に、聞こえてきました。幽霊さんだと言う事にして、気にしない事にしました。
 未だに何の音か、不明です。ええ、足音だと思いました。 
 それから、何度も宿直がありましたが、眠れるようになるまで、何と、一年はかかりました。
 ほんとは臆病なのかも知れませんね、私は。
 今も、老妻の腕力に怯えてる位ですから。




俳句


山奥で 寝れば足音 風の音