上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

横断歩道の女

 小学校時代の思い出は、その殆どが、遙かな昔に埋もれてしまったのだが、何かの拍子に、ひょいと忘れていた記憶が蘇って来る事がある。
 先日、小学校のトイレで、男の子がウンチをする事が出来ない、と言う新聞記事を読んだ。
 うーん、そういえば、私もそうだった。いや、私ばかりでは無い。他の男の子も同じだったと思う。
 時に、便意を催しても、我慢して帰宅してから、トイレに駆け込んだものだ。
 さて、大トイレには、忘れられない思い出がある。 
 あれは、確か小学校三年の時だったと思う。
 給食を食べた後、急に、大トイレに行きたくなった。腹が少し痛くなり、冷や汗見たいのが出て来た。
 でも、大トイレには恥ずかしくて行きたくないから、じっと動かずに我慢していた。
 しかし、便意は治まらず、却って、激しくなってきた。
 給食後、昼休みになったので、殆どの生徒は校庭に出て行った。
 誰にも気付かれない様に、トイレに入らなくては。
 トイレまで一目散に走った。 
 なるべく隅のドアを開けた。大トイレには、今まで一度も入った事が無いから、何か緊張した。
 やがて、目出度く、ウンチは出た。軽い腹痛も治まった。普通なら、これで、めでたし、めでたし、となる所である。
 どっこい、人生は、何事にも試練が付きものらしい。
 ほっとして立ち上がったら、途端に、トイレのドアが開いた。
 いや、外の誰かが開けたのだ。
 学校の大トイレは、一度も入った事ないから、鍵掛けなかったのでしょう。
 自宅でも、トイレに入る時、鍵掛けないから、男の子は、トイレの鍵を掛ける習慣が、無かったんですね。
 見ると、ドアの外には、沢山の女の子が見えた。6人から7人は居た。まだ、立ち上がったばかりで、パンツを穿いてなかったから、何とも困った。
 私は、子どもの頃、ウンチの時は、パンツを全部脱いでいた。だから、まだパンツは側にありました。
 これには困りましたね。どうしていいのか、分からない。暫く、不動のまま。
 でも、タダで、偉大なチンチンお見せするのも癪なので、パンツを穿く事にしました。
 私がパンツ穿く時も、女の子達は、じっと見てましたね。スケベ女ども!
 いや、本当の事言えば、動転して、少し、べそを掻いていたようです、私。
 小学校三年ですから、それは仕方ない。
 この女どもーっ、このハゲー、何するんだって位に、怒鳴ればよかったけど、無理。
 ズボンを穿いて、トイレから出たら、親分格のK子が、嬉しそうに笑いながら、訊いた。
「〇〇君、トイレに入ってたの?」
 アホか、そんな事、聞かなくても分かる筈だ。
 どうやら、誰も見てないと思ったけど、入るのを女の子に見られていたようです。
 それにしても、一体、あの女の子達は、何で、私のトイレのドアを開けたのか。
 K子は、決して意地悪な子ではない。普段、私と仲が良かった位である。
 未だに、その理由は、不明である。
 トイレに入る男の子が珍しく、小さな女の子達の興味の対象になったのか、或いは、私の偉大なチンチンを見たかったのか。
 恐らく、後者で、チンチンを見たかったのだろう。まあ、それは仕方居ない。
 誰しも偉大なものは見たいのだ。見たいものは、我慢しない方がいい。
 それにしても、だ。もし、立場が逆だったら、即ち、私が女の子のトイレを覗いていたら、先生に大いに怒られた筈である。
 この女の子達は、その後、なーんも怒られなかった。
 それはそうだ。私が、言いつけもせず、黙っていたからね。泣き寝入りです。
 それにしても、今思うと、小学校三年は、まだ小指位だから、一寸、残念。中学三年位の本格的なのを見せて、女どもを驚かせたかった。 
 水戸黄門様の真似して、これが目に入らぬかあ!
 K子とは、小学校を卒業すると、別の中学校になったので、以後、逢う事は無かった。
 時は、瞬く間に過ぎて、大学四年の時、ふらふらと街を歩いていたら、何と、あのK子が横断歩道の向こう側に立っていた。
 きっと、K子も、すぐ、私に気付いたのに違いない。信号が変わり、近くまで来ると、K子は懐かしそうに、微かに会釈した。私も頷いた。ひどく懐かしかった。
 K子は、トイレ事件の事を覚えているだろうか、いや、きっと覚えている筈である。
 でも、そのまま、黙って二人は、すれ違い、通り過ぎた。
 もう50年近くも前の事である。


追記
 今、読み返してみたら、ふと、ある事実に気付いたので、補足しておきたい。
 それは、あの小さな女の子達は、トイレに入る私を見て、もしかしたら、体の具合が悪いのでは無いか、と心配してくれて、それでトイレに来たのかも知れない。
 私に対して悪意がある筈が無いのである。
 私は、学級委員長で紅顔の美少年だった。
 即ち、心配してくれた彼女たちは、私のファンの女の子達だったのだ。
 このように考えれば、全ての深い謎が、合理的に氷解する。
 要するに、このエピソードは、私が、小学生時代、如何に女の子に、モテていたかをはっきりと示しているもの、と言う事である。
 長い間、この事件は、不愉快で不可解な事と思って居たが、やっと、楽しい正解に到達出来た、と言う思いである。
 
 


俳句


時過ぎて 懐かしき人 思い出す