上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

若い女性<17> 鯨の雄

 青井が中古車を買ったから、来ないかと言うので、見に行った。当時、まだ、学生達は車など、とても手に入らない時代である。
 見ると、新車みたいだ。とても中古車には見えなかった。知り合いから譲ってもらったと言う。早速、二人でドライブに出掛けた。
 街中をぐるぐる回っていたが、その内、どっかで休みたくなった。それで、松林公園に行った。
 ボート場の端に車を止めて休んだ。すると、車の前を二人連れの女が通った。
 格好からして学生である。一人は背も高く、なかなかの美人だ。
「うん、あれ、行こうぜ。大丈夫だ」
「止めた方がいいよ。超真面目そうじゃないか」
 もう青井はドアを開けて降りていた。二人連れである。無視されるのが関の山だろう。  
   松林の小道を歩く二人連れに、青井は少しずつ近づいて行った。
 正に獲物を追うライオンのようだ。そぉっと、少しずつだ。
 私は少し離れた。トラブルの仲間とは思われたくないから。
 赤の他人に、こんな所で話しかけるなんて、非常識だろう。あの女達は、すぐにも拒否するに違いない。
 とうとう、青井は横に付くと、話しかけた。 
 遠くだから、私には何を話したのか、よく聞こえなかった。でも、その内、女達は笑って答えていた。何と、会話が成立している。
暫くして、青井が私を手招きした。
「俺の友達でね、電気工学部の〇〇だよ」(〇〇は私の名前)
 私は黙って、無愛想に会釈した。
「この人の兄さんは、イタリアで絵の勉強しているんだってさ。何時か、絵を見せてもらいたいなあ」
 背の高い女の兄は、芸大を卒業してから、イタリアに留学してるらしい。青井も絵を描くから、そこから話を始めたようだ。
 聞いていると、二人は吾妻郡の同じ村の出身で、休みなので、前橋に遊びに来たと言う。背の高い方は明治の学生で、小柄の方は家政科の大学らしかった。
 二人とも、しっかりした態度で、ヤンキー女とかでは無かった。
 それなのに、もうすっかり、青井と親しい雰囲気になっている。加えて、私がちゃんとした学生だと分かったから、一層、安心したようだ。
 松林の外れにある、喫茶店に入った時、もう、青井と二人の女は、ずっと前からの知り合いみたいだった。
 そこで、2時間近く話していたと思う。絵の話や、料理の話だった。青井はレストランにもいたことがあったから、料理の話もよく知っていた。
 とにかく、青井はどんな話にも対応した。まあ、全て嘘で固めた話なのだが、いつも本当らしく聞こえた。
 私は、大学の話位で、大した話はしなかった。と言うか、まだ、会ったばかりで、そんなに親しそうに話は、出来なかった。
 子どもの頃から、私は、人見知りする質だった。
 喫茶店を出る時、青井は、伝票を手にしながら、村からバスと電車で来た彼女たちを村まで送ります、と言った。
 一旦は、断った彼女たちだが、青井に促されると、すぐに同意した。
 車は、彼女たちの村に向かった。そこまで40キロ位だろうか。  
 途中から、青井が、近道だと言って、どんどん奥深い山道に入って行った。
 すると、段々、彼女たちの様子が緊張して来たのが分かった。
 いつの間にか、両側は、もう鬱蒼とした杉林になっていた。細い林道で、人影などある筈も無い場所だった。
「あの、もう少し行ったら、下の方に折れてくれますか」
 心配になったのだろう。女の声は、もう上ずっているのが、はっきり分かった。既に怯え、震え声になっていた。
 女達は、判断が間違っていた事をはっきりと知り、危険を察知したのだ。
「大丈夫、こっちの方が近いんだよ、おれに任せてね」
 青井は、女の言う事など構わず、どんどん山の中に入っていった。
 もしかして、本当にやるのか。私も緊張して、手が汗ばんで来た。でも、女は二人だ。
 一人ならともかく、簡単には行かないだろう。
 もし、やる気になったら、ここは、どうしても、止めなくてはならない。
 いくら何でも、共犯は、ご免だ。
 青井は、かなり大きな体をしていたが、いざとなれば、これまでの付き合いからして、私に刃向かう事は無い筈だ。今まで、ずっと精神的に私の方が上だった。
 でも、それは分からない。燃え上がった男の性欲を止めるのは、激烈な落雷を止めるのと同じだ。至難の事だ。
 柔道なら、ともかく、メチャクチャの殴り合いになれば、体の大きな青井の方が強いだろう。でも、どうあっても、ここは止めるしか無い。
「青井、近道はいいからさ、道を下れよ、そうしろ、よ」
 強い意志を込めて、それが青井に分かるように、私は、低い声で言った。
 青井は黙って、そのまま幾つかの十字路を直進していたが、やがて、下りの道に車を向けた。
 青井に目をやると、その表情が緩んで、歯が少し見えた。
 私は、そっと息を永く吐いた。青井は中学の同級生だが、今では虎だ。制御を失ったら、こっちが危ない。
 大きな通りに出た。そこは県道で標識が出ていた。吾妻郡の主要道路だ。でも、辺りは林と畑ばかりである。
 暫く行くと、大きな吊り橋が見えてきた。今時、こんな吊り橋があるとは。その村の状況が察せられたものだ。
「そこでいいですから、もう下ろして下さい。お願いします」 
 背の高い女は、もう必死の形相で、金切り声になっていた。今度は、すぐに女の言う事を聞いて、青井は車を停めた。  
 車を降りると、挨拶もそこそこに、女達は吊り橋の方へ走って行った。
 一目散に逃げて行った、と言う方が正しいだろう。
 女達の顔は、すっかり青ざめていた。すごく怖かったに違いない。
 どうして、知らない男の人の車に乗ってしまったのかしらと、きっと、何度も自問した事だろう。
 もう二度と、知らない男の車に乗り込む事は無いだろう。
 青井は、ニヤニヤしながら、逃げていく女達を目で追っていた。私が居なければ、本当にやったのかも知れない。 
 帰りの青井は、やはりイライラしていた。やり損なうと、男は、その事前よりも、更に極めて不安定で凶暴になるものだ。今、どっかの女が目の前に来たら、その時は、もう私でも青井を止められないだろう。
 青井の離れに戻ると、何か疲れたのでコーヒーを飲んだ。
「何でまた、二人連れを狙ったんだい」
「一人歩きの女は、話しかければ、すぐに逃げちまう。二人連れだと、とにかく一応、話は聞いてくれる。警戒心が無くなってるから。だから、うまく行く確率は高いんだ」
「本当に、やる気だったのか?」
「いや、いや、ちょっと脅かしてやっただけさ。でも、半分くらいはな、〇〇が居たから止めたんだよ」 
「でも、青井一人だとして、女二人が相手では、無理だろう、やれないだろう?」 
「そこが素人なんだよ」
「素人だって?」
「鯨のカップルを捕まえる時と似てるかな。捕鯨船の射撃手は雌を最初に撃つんだ。すると、雄は雌を心配して、近くに居たまま逃げない。逆に、雄を最初に打つと、雌は、さっさっと、すぐに逃げちまうんだ。すると、一匹しか獲れない」
「なんだ、それ」
「だから、親しい女同士の場合、一人がやられてる間も、逃げずに、すぐ側で泣き喚いているだけさ」
「でも、早く逃げて連絡に行けばいいだろ」
「勿論、すぐ近くに、人が居れば駄目さ。いいかい、深い山の中だよ。走って逃げて、人を呼んでくるのに何時間かかる? その間、仲の良い友達はやられちまうんだ。見殺しには出来ない。だから、逃げないんだ。それと、恐怖で判断不能になるから、尚更、体が動かないんだ。止めてよ、と喚きながら、次の順番を待ってるだけさ」
 今まで、青井は警察に掴まった事は無いから、多分、実際には、やった事はなかったと思う。
 とは言え、片方の女は逃げない事実を、普通の男は、知ってるだろうか。
 青井の話は、極めて現実味を帯びていたから、どことなく薄気味悪かった。
 それにしても、あの女達は、とても立派な大学生だったのに、どうして、その日会ったばかりの男達の車になんか、乗り込んだのだろうか。
 知らない人の車に乗ってはいけませんなんて、小学生の子どもでも、知ってる事だ。




俳句


いけません     他人の車  乗らないで