上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

樹形の囁き

 先日、県立図書館に行った折り、50年位前、嘗て、私の大学があった場所を訪れた。何だか分からないが、急に、跡地を尋ねてみたくなったのである。
 大学敷地の半分位は、大きな県民会館の建物が占拠している。その日も何か大きな催し物をしていた。音楽会かな、沢山の車とバスが駐車している。
 その間を、ゆっくり通り抜けて行くと、東側に沢山の樹木が生い茂る、かなり広い公園が見えてきた。
 この公園は、大学が撤去された後、県民会館と共に作られたと思うが、今まで来た事は無かった。通りすがりに車からは何度も見た事があった。
 だから、来るのは、今日が初めてである。
 公園の広さは、元のキャンパスの三分の一位であろうか。辺りを見回すと、幾つかの大きな木には、何処となく、その樹形に見覚えがあった。
 あれは、もしかしたら鉄棒の側にあった木かな。枝振りが何となく、昔、見た木に似ていた。低鉄棒がキャンパスの端に、10個位、並んで設置されていたのである。
 当時、その鉄棒の所が、私とK子の待ち合わせ場所だった。
 講義の空き時間、鉄棒に寄りかかり、待っていると、遠くに、K子の姿が小さく見えた。やがて、近くまで来ると、K子は小脇に本を抱えたまま、私の所に駈け寄ってきた。それから、黙って手を握り合う。いつもの事だ。 
 二人で鉄棒に寄りかかり、青い空を眺めながら、長い時間、話をしていたものだ。
 何を話していたか、もう記憶に無い。
 K子は、当時、上映中の、卒業というアメリカ映画の主演女優、アン・マーグレットに、そっくりの女だった。今でも、街中に貼られていた、あの映画の宣伝ポスターが頭に浮かんで来る。確か、ダスティン・ホフマンが主演だった。
 ああ、懐かしき日よ。
 アン・マーグレットに、よく似ていたから、友人の青井は、K子の事を名前で無くて、アン、アンと呼んでいた。
 本当に、お人形さんのように可愛い子だったが、一年位で別れてしまった。
 別れた原因は、結局、私が、前の女に、まだ、心を少し残していた事だったかも知れない。
 前の女とは、人間の波長が合わなかったのだが、学生の私は、その事に気付く事が出来ず、想いを引き摺っていたのである。実に馬鹿げた事だった。
 いくら好きでも、男と女は、人間としての波長が合わなければ、心が通じ合う道理は無いのだ。この事は、後年、はっきりと理解した。
 K子の自宅は、前橋から30キロ位離れた街だった。逢いたくなると、私は、電話してK子を呼び出した。
 そんな遠い所なのに、K子は一度も来る事を拒否した事は無かった。途中、ローカル線から高崎で電車を乗り換えて来た。
 帰りは、K子を前橋駅まで送らず、途中で別れた。それから、青井の家に寄った。
 前橋駅までK子を送らなかった私に、あの青井ですら、呆れて言ったものだ。
「いくら何でも、それはアンが可哀想だぜ。あんなに遠くから来てるんだぞ」
 青井に言われて、そうかなと、少し反省した。しかし、それから以後も、会った時に、K子を駅まで送る事は無かった。
 結局、当時の私は、前の女の残像に何時までも翻弄されていたのである。
 それは男の未練などでは無い。単なる、価値も無い、愚かな行為であった。
 それに気付いたK子は、すぐに身を翻した。それは正しい判断だった。聡明な女だったと思う。
 自分を愛しても居ない男と、一分でも居るべきでは無いのだ。しかし、そうは思っても、なかなか、その決断が付かないのが、普通だと思う。
 でも、K子は実に果敢に別れを実行した。
「もう、今日で別れます」
 最後に、そう言って別れた場所も、この鉄棒の所だった。
 当時を思い出し、足下の草むらをじっと、見ていると、K子の声が聞こえてきた。
 別れた後、不思議にも、二度と学内で会う事は無かった。
 あの時の鉄棒は撤去されてしまったようだ。しかし、そのコンクリートの基礎位は残っているかも知れない。
 私は身を屈めて、足下の草むらを、じっと見つめた。
 そうして、鉄棒の痕跡が何処かに無いかと、懸命に探したが、それらしき跡は見つからなかった。
 しかし、傍らに聳える大木は、枝振り、樹形からして、確か、鉄棒の側にあった、あの木である。
 だから、鉄棒は、間違いなく、この場所にあったのだ。
 平日の広い公園に、人影は何処にも見えなかった。でも、此処に立っていると、本当に、あの頃の懐かしき学生時代に出会えた気がした。
 懐かしき日々よ、今こそ戻って来い。私は戻って、ここに居る。
 大学を卒業して以来、K子の消息を聞いた事はない。教師に、ならなかった事は確かだが、それ以外の事は何も知らない。
 聡明な女だったから、きっと、幸せな人生を送ったと思う。
 人間の波長と言う事に、あの当時、気付いていれば、K子と、もっと心を通じ合う事も出来たし、ずっと、一緒に居たかも知れなかった。
 K子は二歳下だった。だから、そのK子も、もうすぐ古稀になる。
 信じられない事だが、あんなに可愛かったK子が、白髪のお婆さんになるのだ。
 人生は一瞬の夢と言うが、その通り、正しく夢だ。
 夢の人生だから、やり直しは出来ないけれど、もし、出来るならば、この鉄棒の所で、またK子と逢ってみたい。
 そしたら、今度は、きっとK子と一緒に人生を歩んで行く事だろう。
 


(追記) 
 それにしても、K子と一緒になっていれば、老妻と逢わずに済んだのに。
 人生とは失望の連続である事が、古稀になると、よく分かります。
   でも、まだ、私は、とても元気だ。今後、素敵な美人に会えるかも知れない。
 だから、希望は捨てず、明るく生きて行きます。



俳句


懐かしき 枝は風に問う 声は無し