上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

木の股

 松本清張は、写真で見る限り、どうも、女性にモテたようには見えない。気の毒だが、それは多くの人の見解だろうと思う。豊かな才能を持ちながらも、天二物を与えずだった。
 それでも、男だから、それなりの話はある。でも、モテた話では無い。
 作家として、大成功を収めてから、有名な夜の社交場に出入りするようになった。 察するに、銀座とか、新橋のクラブなどであろうか。
 そこで、松本清張が美しき女性を前に札束を勘定していたとの逸話がある。要するに、金を払って、その女性とホテルに行く前の交渉である。
 貧乏青年で、モテなかった清張にしてみれば、大金を手にした以上、今までの恨みを果たさずにおくものか、と言う所だろう。彼方此方のバーで大金をバラ巻いていたらしい。
「ところで、君は、いくらで付き合ってもらえるのかな?」
 想像すると、バーの席に座って、隣の女に尋ねている清張さんの声が聞こえて来そうである。有り余る印税をもらっていたから、飽きるほど、女を買ったことだろう。
 醜男でも大金をもらえるのなら、我慢しましょう、それが女の本音だ。
 まあ、作家とは、所詮、そんなものだ。他の芸術家も同じだろう。
 勿論、全ての芸術家がそうだ、と言ってる訳ではない。誤解は禁物。
 芸術家の中でも、音楽家は更に、一段とすごいらしい。
 バイオリストの佐藤某さんが、自身の弟子経験を書いていたが、ものすごい。
 彼女はバイオリンを教えてもらったのか、性の道を教えてもらったのか。まあ、どちらも、しっかり教えてもらったようだ。 
 でも、そんな師弟関係は、芸術の場合、珍しくは無いのだろう。ただ、余り口外されないだけだと思う。口外して、世間から指弾されるのは、師弟両者にとって、益にはならないからだ。
 芸術は、それ位、一体にならないと、師匠から弟子に芸術の奥義は伝わらないのかも知れない。
 でも、最近の用語で言えば、もしかしたら、それは立場を利用したパワハラでは無いのか。でも、女の弟子が、それでいいと言ってるのだから、パワハラには当たらないだろう。関係ない人間が、傍から、とやかく言う筋は何処にも無い。
 恐らく、尊敬している師匠からは、何をされても嬉しいのかも知れない。
 この辺は、新興宗教の創始者と、熱心な女性信者の関係と瓜二つである。
 他人が聞けば、インチキと、すぐ分かりそうなことをされても、信者は創始者を信じて疑わない。 
 創始者曰く。 
「わしの精液を体に入れれば、すぐに幸せになり、解脱出来るぞ」 
 信者答えて。
「はい、尊師様、すぐお願いします」
 うーん、人生、なるべきは宗教の創始者のようですね。
 さて、都知事をした石原慎太郎氏は、作家なのに、珍しく、浮ついた女の話が無かった。やはり、彼は違うなと思っていたら、とんでもなかった。
 何と隠し子までいた。やはり、作家として例外では無かった。
 もう随分と前だが、全国紙大手の新聞に、石原氏が思い出のような記事を寄稿していた。それは都知事の時である。
 何でも、三人で何処かへ講演に行った。同行したのは遠藤周作と、もう一人の作家。
 で、講演の後だと思うが、ホテルで、三人が女を呼んだらしい。来た女が、皆、美人なら問題は何も起きなかった。そうでは無かった。
 それで、誰がどの女を抱くか、で困った。どうにも決まらなかったらしい。
 そこで、石原が、それならクジで決めましょう、と提案した。すると、遠藤が、その提案を激賞したという記事である。そんなに激賞するほどのことですかね。
 さて、この原稿を、小説家である石原慎太郎が書いたのなら、何も問題はない。
 しかし、当時は、まだ現役の都知事でもあったのだ。 
 となると、些か、この内容は問題ではないか、と私は思った。
 常識的には、都知事が、こんな事を書くべきでは無いと思う。例えば、当時の埼玉県の知事がそんなことを書いたら、大問題になったことだろう。 
 それで、どうなることか、と私は一寸、心配していたが、その後、何の反応も無かった。全くの皆無であった。
 この記事は、小説家、石原慎太郎が書いたものだ、と言う認識で、その記事を世間の人は、読んだのだ。
 作家なら、この程度のことは仕方ない、当然のことだ、と。
 小池さんが知事になって、石原氏が、週に二回位しか、登庁しなかった事がバレてしまったが、仕事をさぼって、石原氏は何をしていたのだろうか。
 それで遠藤周作だが、彼はフランス留学して、白人女性を現地調達したが、帰国後は実業家の娘と密かに結婚している。
 フランス女は日本まで遠藤を慕って来たが、結婚している遠藤に逢った所で、どうにもならなかった。可哀想にね。
 遠藤が留学で得た唯一のものは、痛切な肌色コンプレックスを抱いた事。当時の日本は貧困国家でフランス人から軽蔑されていた。でも、恐らく、欧州人の内面的な思いは、今も同じだと思います。
 あの鴎外も、ドイツに留学して、現地の金髪娘といい仲になった。男のやることは、いずれも似たようなものです。それが男の生理。女がいなければ、木の股にだって興奮するんですから。 
 鴎外が帰国すると、その娘は鴎外を追って、熱烈な想いで、遙々、日本にまで来たが、鴎外は会おうともしなかった。社会的地位がある鴎外は、逢えば、自身の損失と思ったのだろう。
 女性に対する、こんな鴎外の態度は好きでは無い。何と計算ずくのことか。
 さて、漱石だが、他の作家ほどには、余り女の話は伝わっていない。
 痘痕面と背が低かったから、余りモテなかったのか、或いは、短い人生で体も弱かったからか。悪妻に悩まされたという話のみである。
 でも、男だから、何も無かったと言うことはないと思う。余り、派手には、やらなかったに違いない。
 そうだとしても、漱石が小説家として、極めて品行方正な範疇に属する事は、正しく異論の無いことである。

 




俳句


盆過ぎて 人混み無きを 墓参する


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