上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

ユーカリの修道院

 50代の初め、仕事で1週間ほど、オーストラリアに行った。
 飛行場から出て、街の中を歩いていると、我が日本とは、はっきりと気候が違うと感じた。何か、乾いているし、陽射しが猛烈に強い。
 翌日、ブルーマウンテンの方に行った。広大な自然が果てしなく広がっていた。島国の日本とは比べものにならない。
 しかし、よく見ると、広大な森は、全てユーカリであった。日本の森みたいに、ありとあらゆる植物が混然一体となって茂っているのとは、まるで違った。
 何処まで行っても、ユーカリ一色なのである。
 また、オーストラリアは、地図を見ると、分かるように、平原ばかりである。
 実は、オーストラリアには活火山が無い。これが独特の気候などのすべての原因らしい。
 火山があれば、平原に山が出来る。山が出来れば、雲が出現する。そうすると、雨が降るようになる。雨が降れば、川が出来る。川が出来れば、沼や湖が出来る。
 これらが、多くの植物や動物を育てるのに必要な環境を構成する。
 オーストラリアは、大陸プレートの境目に無いので、それで火山が無いのだそうである。火山が無いと、多様な森は育たない。それはまた、多様な動物をも育てる事は出来ない。
 加えて、オーストラリアは、他の大陸から離れてしまっていたから、動物や植物の混合が起きなかった。だから、カンガルーのような、少し妙な動物が多い。
 日本だと、火山ばかりの国だから、火山など、何も有り難みを感じないが、実はそうで無かったのだ。火山があるから、日本は緑の国になっているのである。勿論、台風など、他の大きな要因もある。
 四日目に、ユーカリの森に囲まれた女子修道院を訪ねた。
 修道院と言うから、例の尼さんスタイルの人達がいる陰気な場所を想像していたが、まるで、違った。 
 そこの女性は普通の服装をしていた。まあ、礼拝をする時は、それなりの格好をするのかも知れない。
 そこに一泊した。
 夕食後、修道院の大きな食堂で、一人でお茶を飲んで寛いでいると、若い女性が側に来た。綺麗な子で、まだ20代半ば位だろう。
 聞けば、まだここに来て、一年位だと言う。事務員とか、何かの仕事で修道院に居るのでは無かった。要するに、修道女なのだ。
 それにしても、こんな若い子が、どうして、こんな場所に。私は不思議だった。
 初対面で、立ち入った事を聞くのは、失礼かとは思ったが、どうしても聞きたくなった。
 幸い、彼女の雰囲気から、私に対して好意を抱いているように見えたから、勇気を出して聞く事にした。
「それで、あなたは、その若さで、どうして、ここに入ろうと思ったんですか?」
「そう、色々ね。何から話して良いのかしら」
「此処に来る前は何してたんですか?」
「シドニーにいたの。コンピュータエンジニアの仕事をしてました」
「それで、あの、独身なんですか?」
「そうよ、結婚してるように見えるかしら」
 彼女の笑顔の何と、綺麗な事。学生の頃に見た、ハリウッドの映画を思い浮かべた。
「それで、ここに来たのは、貴方の意志で来たんですか?」
「そうよ、ここに来たいと思ったの」
 なかなか、肝心の事を聞けない。何で来る事になったのだろうか。
「What is it that makes you come here?」(何ですか、その来た原因は?)
 単刀直入に聞いてみた。さすがに、それは初対面の人に話す事では無かった。
 一寸、私を見てから、彼女は言った。
「貴方は明日のお昼過ぎに、帰るのかしら」
「うん、その予定です」
「明日、昼食の後、此処でお会いしましょう。その時なら、話せるかも知れないわ」
 金髪青眼の子で、かなり美人だ。こんな子が修道院に閉じ籠もっているなんて、社会的損失である。世の男達にとっては、不幸極まりない事である。
 翌日、関係の人達に挨拶を済ませてから、食堂に行った。遠くの席に彼女の姿が見えた。同僚達と昼食をとっていた。
 食後、お茶を飲んでいると、暫くして、彼女が近づいて来た。昨日よりは何か華やかに見えた。綺麗なブラウスを着ていた。下は黒のタイトスカート。少しだけ膝上。
 細く締まった腰を見て、思わず抱きしめたい衝動に駆られたものだ。
 立ち上がった私が片手を上げると、彼女は、ハイタッチ、手を重ねた。そのまま、引き寄せても良かったかも知れない。でも、まだ逢って二日目である。それは、いくら何でも行き過ぎだ。
「まだ、時間はあるんでしょう」
「あるよ、それに出発時間は私が決めるから」
「それなら、一寸、庭に出ましょう」
 修道院の庭から、ユーカリの森に小さな道が続いていた。
「あの道は、あたしがよく散歩する道なの」  
「一人で?」
「ええ、一人よ」
「今度、散歩の時、私を誘ってくれませんか」
「ええ、その時は、きっと連絡するわ」
 私の幼稚な冗談に、彼女がとても嬉しそうな顔で答えてくれた。でも、すぐに寂しそうな表情を浮かべた。
「あたしは、シドニーで、人と別れて、それで、ここに来たんです」
「それは、失恋したという事ですか?」
「そうね、そうかも知れない。生きていても仕方ないと思ったの。友達がひどく心配して、この施設を教えてくれたの」
 私は黙って頷くだけだった。適当な相槌が浮かばなかった。
「貴方は、また、オーストラリアに来ますか?」
「いえ、その予定は無いです。でも、また何時かは、来たいですね」
「じゃあ、これで、もう、お別れですね。素晴らしい旅行を。これから私は散歩に行きます。さよなら」
 思わず、私も一緒に散歩に行きますよ、と言いそうになったが、それを言える雰囲気が、彼女の表情には無かった。私は黙って頷くしか無かった。彼女の雰囲気に、何か人を拒絶するものを感じたのだ。
 先ほどとは、何か違っていた。
 彼女は小さく手を振ると、ゆっくりと歩き出した。呆気ない別れだった。もう少し長く話していたいと思っていたのだが。
 ユーカリの森に入る所で、彼女は振り返った。まだ、庭に居た私を認めると、手を大きく振った。それから、彼女の姿は森の中に消えてしまった。
 嘘でも良いから、貴方に逢いに、或いは、次の仕事で、三ヶ月後には来ますよ、と言えば良かった。そうすれば、二人の感情は、もっと繋がり、また、本当に逢えたかも知れなかった。何て馬鹿正直な男だ。正直位、下らないものは無い。
 帰国して、暫くすると、自分の至らなさに気付いた。
 と言うのは、好奇心から聞くばかりで、若い彼女に、何か心に残る、生きる勇気を持たせるような話を、何故、しなかったのかと。
 よく考えれば、我が娘と同じ年代である。その女の子へ、将来に生きる知恵を、何か、言えた筈であった。 
 小さな姿になって森に消えて行く、彼女の後ろ姿を、もう20年も前の事だが、未だに、はっきりと覚えている。
 



俳句


ユーカリの 森の彼方に 消える影

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