上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

マリリン・モンロー

 クリックの惹きつけ文句を「クリックしたら、マリリン・モンローに逢えるかも」に変えました。後で考えたら、モンローなんて、今の時勢、みんな、もう知らないな、と気付きました。
 でも、マリリン・モンローでいいんです。
 マリリン・モンローは男の永遠の憧れですから。
 小学生一年生の頃から好きで、古稀になった今でも好きです。書斎には、マリリンの写真が二枚、額に入って、壁に飾られています。 
 小さい頃は、優しい母親を感じた。高校生の頃は、爽やかお姉さん。大人になったら、色気満載の恋人。60歳位の時は、ピチピチの愛人。古稀の今は、若く可愛い風俗嬢です。
 こんな女性は、もう二度と、この地球上に出現しないと思います。
 美人だけなら、他にも、沢山の女優がいました。でも、マリリン・モンローに匹敵する女優は、いなかったです。
 さて、彼女は、最後に、妙な死に方をしました。自殺とされてますが、少なくとも、自殺するような人では無かったと思います。
 ケネデイ兄弟と関係があったのも事実です。ケネディ大統領は善人なのか、悪人なのか、よく分からない人です。彼のお父さんは、マフィアと深い関係にあったと伝えられています。
 マリリンは若くして亡くなりましたから、お婆さんのマリリンを見なくて済むのは良いんですが、彼女は、例え、歳を取っても、女の魅力を失うことは無かったと思います。
 そういえば、今年の11月に、ケネディ暗殺の資料が全て公開となります。
 でも、すべて公開されたとしても、新しい事実は出て来ることは無いでしょう。
 恐らく、資料作りの時点で、相当、周到に製作した筈ですから。  
 あの混乱の中で、精密な資料が出来たと言うことは、相当大きな、権力が関与したことを暗示してることにもなります。
 ケネディ暗殺の真相は、永遠に謎のままです。
 要するに、ケネディ陣営が暗殺陣営に負けたという事です。
 ウォーレン委員会の結論は、オズワルドの単独犯行と報告されています。 
 しかし、もし単独犯であれば、オズワルドが、その後、何十年生きても、誰にとっても不都合なことは無かった。
 そうでは無くて、オズワルトが生きていては困る人が居たのです。だから、すぐに殺されてしまったのです。口封じですね。
 オズワルドを殺した、ジャック・ルビーも、二年位で獄死。がん細胞を移植されたと言われています。他に、マフィアの親分の不審死もあります。
 単独犯であれば、こんなに不審死が連続することは無かったと思います。
 奥さんのジャクリーンさん、お人形さんのような、可愛い方でした。こんないい女を嫁さんにしたのに、ケネディは浮気を繰り返していたと言いますから、亡くなった人に申し訳ないけど、バチが当たったんでしょう。
 ホワイトハウスに、幾人もの女を呼んでいたようです。真夜中、大統領執務室から裸の女が走り去ったのを見たという記事を読んだことがあります。
 クリントンもそうでしたが、大統領になると、街のホテルには行けないので、結局、ホワイトハウスに呼ぶしか、無かったんでしょうね。 
 ケネディ大統領は、人気はありましたが、公民権法以外は、大した業績は残していません。彼自身が、本当は、マフィァみたいな人間で、それで恨みを買ったのかも知れません。 
 ケネディ死後、ジャクリーンさんには、好きな人が出来て、その人とアメリカ国内で過ごしたかったようです。
 しかし、弟ロバートまでが暗殺されると、自らの身の危険を感じ、アメリカ脱出を決意します。これは当然の判断ですね。
 それで、わざわざ、アメリカから遠い、ギリシャの船舶王と結婚したんですね。
 子どもと自分の身を守るために。
 何で、あんな爺さんと結婚したのか、と以前は、不思議に思ってました。
 で、彼女の長男、ジョンも、その後、飛行機事故で死んでますから、何か、ケネディ家をものすごく恨んだ人間がいたのかなと思います。
 やはり、そう思わざるを得ませんね。ケネディ家の男は根絶やしにしてやると言う、怨念を感じます。
 生前のジャクリーンさんは、ジョンソン副大統領を疑っていたと言われます。
 私も、当時、高校生でしたけど、理由は無いですが、そんな感じを抱きました。
 ジョンソンの出身地、テキサスは西部劇でも有名な場所ですからね。昇格により、ジョンソンは、南部出身の初めての大統領になりました。
 日本時間、1963年11月23日に、私は高校で、ケネディ暗殺のニュースを聞いたと記憶してます。 
 それで、帰宅して、すぐにVOAアメリカ放送を聞きました。アマ無線をしていましたから、外国放送の受信はすぐに出来たのです。
 50年以上、経った今でも、そのアナウンサーの言葉を覚えています。
 We are telling the death of the Presednt John F. Kennedy --- .
 それにしても、ケネディ大統領は、女性関係がひどすぎたようです。セックスだけで、女性自体は、余り好きで無かったとされています。私とは大違いですね。
 これでは、女性からの恨みも買ったんじゃあ無いでしょうか。
 なお、オープンカーの防弾ガラスは、ケネディ自身が断ったとされてますので、それが事実ならば、やはり、運命というものでしょうか。
 前の駐日アメリカ大使、キャロラインさんは、ジャクリーンさんの娘です。母親の面影を有していましたね。60歳で顔に皺があっても素敵な方でした。こう言う人が、本当のいい女なんです。因みに、私と同じ左利きです。
 ところで、マリリン・モンローが、生きていれば、やはり、60歳になっても、更に魅力的な、いい女になっていたと思います。




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