上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

性豪作家



 30代の頃、初めて渡辺淳一の本を読んだ。昔タイプの流行作家だが、良い作品も、沢山あった。生前は、性豪作家と呼ばれたが、事実は、それほどでも無く、普通の人であったと言うのが真相だろう。
 その名前は出版の業界人が売名のため、勝手に付けたに過ぎない。出版社は一冊でも本が売れれば良いだけだから。
 北都物語辺りが、最盛期だったように思う。北海道は、まだ一度きりだから、いつか行ってみたい。
 かの夏目漱石の執筆期間は、僅か10年。充実した作家の生命なんて、そんなもんだと思う。
 最近の雑誌を見ると、有名な推理小説家が、地名を冠して、似たような小説を何十年間も、機関銃のように書き続けている。もう本人も同じ事の繰り返しだと十分、分かっているに違いない。
 単に、生活費のために書いているだけである。 
 しかし、あれだけの分量となると、小説工房と称して、多くの助手を使って、分業で小説を作り上げてるのは間違いない。
 そうで無くては、あのように大量な小説を作れる訳は無い。
 でも、それは違法とまでは言えない。
 昭和の中頃、小説が沢山売れるようになった頃から、段々と、多くの小説家が助手を使って、創作するようになったようだ。
 勿論、明治の漱石は、全部、一人で書いた。執筆の分量も多くなかったから。
 もう、かなり前に亡くなったが、ある著名な女性作家に盗作が指摘された。他の小説家の文章をそっくりコピーして掲載したのだ。
 盗作を指摘されると、その女性作家は、
「ある一人の助手が盗作してしまった。私が気付かなかった。申し訳ない」と言った。
 で、その後、その女性作家は、微動する事も無く、以前と同じように活動を続けてた。
 要するに、金のために小説を書いていたのだ。盗作しても、少しも良心の痛みを感じなかったようだ。
 さて、漫画は、一般的に、多くの助手を使って描き上げる。有名漫画家が自らの手で描くのは、ほんの一部である。
 勿論、色入れ、ベタ塗りなどは助手がしても差し支えない。
 そうで無くて、メインの部分も、助手が描いてしまうのが、超売れっ子漫画家になると、普通みたいのようだ。
 確かに、出版される漫画を全て描いていたら、過労死してしまう事は明白だ。とても一人では書き切れないことは、膨大な制作量からしても明白である。
 しかし、見ている漫画が、好きな作者以外の人によって書かれたものだと思うと、何か見てて、空しい思いに駆られる。正に羊頭狗肉である。
 ずっと、以前、ケネディ大統領の演説集を読んだことがある。あれも、全て代作である。大統領のスピーチライターを務めていたセオドア・C・ソレンセンが書いたものだ。
 多忙な大統領が自分で書ける訳がない。欧米では昔から、行われていた。
 日本でも、祐筆と呼ばれ、同じ仕事をしていた。しかも江戸幕府辺りでは相当の権力を持っていた。
 日本の歴代首相にも、今の安倍首相にもスピーチライターは、勿論、居る。
 今の日本でも、多忙な上司の演説原稿を、下の部下が代筆するのは、地方の小さな役所、企業でも、普通に行われている。
 翻って、だが、小説は芸術である。
 となると、やはり、作家自身が自ら書くべきだろう。
 話は大分、迂回したが、渡辺淳一は、恐らく、取材の助手程度は居たと思うが、原稿まで書く助手は居なかったと思う。 
 と言うのは、晩年に出版した、彼の作品の質が、余りにも劣化していたからである。
 有能な助手が、一人でもいれば、あのような低品質の作品は無かったと思う。
 亡くなる80歳の晩年まで、無理して、つまらない本を出さなくても良かったのに、と思う。
 本文の冒頭に、昔タイプの作家と述べたのは、この事である。
 最後は、前立腺癌で車椅子だったように記憶しているが、最後まで、自分の手で作品を書き続けた事は、大いに、心から、評価したい。
 渡辺淳一は、ともかく、女性が好きで、女性の美しさに憧れて、それで、小説の中に凜とした女性を描いたんでしょうね。
 しなやかで凜とした女性。逢ってみたいです。
 晴れた日の芙蓉の花みたい。


  


  
俳句


渡辺氏 性豪作家は 名前だけ