上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

空き地の向日葵

 友人宅の東隣は、彼の父親が経営する安アパートが幾つか並んでいた。如何にも粗末な木造作りだ。友人を訪ねる時は、そのアパートの前の空き地を通った。空き地は駐車場にもなっていた。かなり広くて、住宅三軒分くらいか、様子からして、以前は、住宅が建っていたのだろう。
 ひどく暑い夏の午後、そこを通ったら、小さな女の子が一人で遊んでいた。一度も見た事がない子だった。いつ頃、このアパートに来たのだろうか。その子は、いつも何か呟きながら、一人遊びをしていた。幼稚園には通ってないようだ。
 友人に聞いたら、来たのは三ヶ月ほど前、母親は離婚しており、何処かの風俗店に勤めているらしいと言う。
 小さな女の子は母子家庭だった。それが分かると、私は、数日後、その子に優しく声を掛けた。
「幾つなの? あたしは」
 その子は、指で5を示した。5歳にしては、色んな仕草が、かなりお姉ちゃんに見えたから、何か可笑しくなった。可愛くて、おしゃまな子だった。
「お母さんはどこに居るの?」
 小さな声で居ないと言って、下を向いたまま、首を振った。地面に何か描いている。お人形さんだろうか。よく分からない。
「お名前は何と言うんですか?」
「くるみ」
「くるみちゃんね、良い名前だね」
 色々と話をしてみたかったが、こんな小さな女の子だと、適当な話題が見つからなかった。その日以後、遊んでいるのを見かけれると、必ず、声を掛けた。
 様子が分かるにつれ、段々、話す時間も増えた。一人っ子だと言う。
 でも、お母さん一人で、この子を育てるのは大変だろうな。
 幼稚園にも行かないで、くるみちゃん、つまらないよね。でも、幼稚園に行くにはお金が必要だ。きっと、お母さん、それが無いのだろう。
 どんなお母さんなのかな。何処のお店で働いているのかな。私が、お客になって、その店に行けば、お母さん、給料、上がるのかな。そしたら、くるみちゃん、幼稚園に行けるのかな。
 いくら考えても、学生の私に、くるみちゃんを幼稚園に送る力は無い。ただ空想してみるだけ。
 くるみちゃんは目が大きくて、お人形さんのよう。とても可愛かったです。
 時々、恰も、私より年上の女性みたいな喋り方をしている事がありました。あれは、くるみちゃん、同年代の子と遊んでいないから、お母さんの口調を真似ていたんだね、きっと。
 余り可愛いので、時々、抱き上げて近所を散歩しました。聞かれたら、私の子どもです、と答えたい位でした。それにしても、こんな小さい子に愛着を覚えたのは、生まれて初めての経験だった。
 くるみちゃんのお母さんは美人だというので、ぜひとも会ってみたいと思いました。
 でも、お母さんは、昼も夜も働いているようで、会う機会は無かったです。
 さて、幸せは長くは続かないものと決まってます。 
 ある日、友人宅に行くと、くるみちゃんがいつもの様に一人で遊んでいましたが、忙しかったので、元気?と声かけしただけで、通り過ぎてしまいました。
 友人との話が済んでから、一杯、遊ぶつもりでした。
 大した用事では無かったのですが、くるみちゃんの事を忘れてしまい、友人と長話をしてしまいました。
 夕方近く、慌てて駐車場を行ったら、もう、くるみちゃんの姿はありませんでした。 部屋に戻ってしまったようです。でも、まさか、小さい女の子を大の男が訪ねていく訳にも行きません。
 あの、私は全く、その変な趣味は無い男です。ずっと成人女性専門です。
 数日して、大学の帰り、今日は、くるみちゃんと、沢山、遊んでやらなくてはと思い、勇んで行きました。
 くるみちゃんは、いつもの様に、一人遊びしていました。
「今日は、何、描いてるの?」 
 しゃがんで何か描いていた、くるみちゃんは振り向き、すぐに立ち上がりました。私は、いつもの様に笑顔で近づきました。
すると、くるみちゃんは私を睨み付けました。
「もう遊んでやらないから」
 くるみちゃんは怒ったような悲しいような表情で、突然、大声で叫ぶと、そのまま駈けって家の中に入ってしまいました。
 どうやら、この前、遊んでやらなかったので、怒っているようです。
 一人遊びのくるみちゃん、友達は私だけで、きっと、この前は首を長くして待っていたのだと思います。それがいつまで経っても来なかったので、寂しさが強い怒りに変わったのでしょう。
 可愛い恋人の言葉に、私は、ひどく動揺し、どうすれば、また仲良しになれるのか、と思案しました。
 そうだ、この次は、美味しいお菓子を買って来よう。何か上げた事は、今まで一度も無かった。もっと、早く、そのことに気付けば良かった。どうも、その辺が疎いので、私は若い女性にモテなかったんですね。
 それで、暫く時間をおいて、くるみちゃんの怒りが収まった頃に、行くのが良いと思いました。二日経ってから、大学の帰りに、御菓子とチョコを買って、くるみちゃんに逢いに行きました。
 ところが、駐車場に、くるみちゃんの姿は無かった。暫く、そこに居ましたが、待てど暮らせど、くるみちゃんは姿を現しません。様子見に、そっと二階の階段の所まで行きましたが、それ以上は駄目。
 仕方なく友人宅に行き、少し時間を潰してからと思いました。話していると、友人が、偶然、言いました。
「くるみちゃんち、引っ越したよ。綺麗なお母さんだったのにな」
 このアパートは、風俗関係の人達が多く入居していて、来たかと思うと、また直ぐに居なくなってしまうとは、前から、よく聞いていました。
 でも、まさか、くるみちゃんが、これほど急に居なくなってしまうとは。
 聞いた途端、正直、私は失恋したようなショックを感じました。
「で、何処に行ったの」
「それは分かんないよ」
 アパート経営者と言えども、個人の事までは知る筈もありません。
 それから、もう、くるみちゃんの姿を見る事は無かったです。
 くるみちゃんの事は、それから、折り触れ、何度も考えた事があります。
いえ、くるみちゃんを忘れられないとか、そう言う事では無いです。
 先日、前川元事務次官が、風俗嬢の貧困について、その実態を調査するために、風俗店に通ったと、述べました。普通、セックスが目的で風俗店に行く訳ですが、この人は、すごい学者なんですね。とてもとても偉いですね。
 私は、くるみちゃんが、お母さんと同じような人生、風俗嬢の道を歩む事が無いようにと、心から思ったのです。
 でも、くるみちゃん、貧困家庭で育ち、どうしますか。結局、待っているのは貧困でしょ。美人のくるみちゃん、お金が欲しくなったら、どうしますか。
 私は世の女性が、貧困から脱出するために、風俗の世界で働く事を否定しません。仕方ないです。でも、くるみちゃんには、してもらいたくないです。
 私が大金持ちなら、くるみちゃんに学費を渡して、大学に行かせる事も出来たんだろうと思います。いや、何の益にもならない戯言は止しましょう。
 貧困の連鎖は不幸の連鎖と言う事です。これって何とかなりませんかね。
    
          
      俳句

花陰で 一人で遊ぶ 小さな背