上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

おめえは見た事ねえよ


 現役生活の最後の年、三月の半ばに、県全体の会議と慰労会があった。
 主催者として、最後の挨拶を終えると、私は、ほっとした思いで席に戻った。グラスを傾けて一口飲み、いよいよ、私の現役生活もこれで終わりだなあ、と、やはり感慨深いものがあった。
 大きな会場にはテーブル席が幾つも並べられ、県下各地区からの退職者が歓談していた。
 すると、中ほどのテーブル席に、高校時代の同級生Tの姿を発見した。
 Tとは、高校一年生の時に、同じクラスになった。彼は遠い山間部から県都前橋の進学校にやって来たから、色々と大変だったらしい。
 恐らく、Tは中学の時、抜群の秀才だった筈だ。それが、高校に来たら、まるで目立たない存在になってしまった。
 私がTを覚えているのは、余り喋らず、いつも静かだったからである。うんと騒がしい生徒と静かな生徒は、それなりに覚えてしまうものだ。中間の生徒は、だから、余り記憶は無い。
 教室の中をゆっくりと、時には薄笑いを浮かべながら、移動していくTの姿をよく覚えている。下の名前は徳川将軍のそれに似ていた。名前からして、恐らく、その地元では名家なのかも知れない。
 まさか、同じ仕事に就いているとは、今まで知らなかった。思わず、懐かしい思いに駆られ、ビールを片手に、Tのテーブルに近づいて行った。
 高校時代のTは、眼鏡を掛け、色黒、背は低く、痩せて地味な生徒だった。
 風貌は余り変わらなかったが、腹が出て、かなり太ったから、それなりの貫禄も付いていた。
「どうも、高校の時に、一緒でしたよね」 
 ビールを注ぎながら、私が言うと、Tは何か妙な視線で私を凝視した。
 私を忘れたのだろうか。そんな筈はない。自分で言うのも変だが、私は高校のクラスの中で目立つ方だったと思う。決して、埋没していた存在では無かった。委員とか、係もやり、クラスの前で話をした事もあった。
 それに、元々、私は風貌のせいか、集団の中でも妙に目立ったものだ。
 確か、あれは、大学の大講義室での、300人ほどの歴史の講義の時だ。
 歴史が好きだったので、専門科目以外もよく聴きに行ったのだ。
 それでも、アマ無線の製作で、いつも講義をさぼっていたから、一ヶ月ぶり位に、その日、大講義室の授業に出席した。
 すると、講義が始まってから、暫くして、Y教授が、私の方を見て、ふと言った。
「君の姿を見るのは、暫くぶりだねえ。まあ、いいでしょう。学生諸君も色々忙しいもんね」 
 この歴史のY教授は、下の名前を武麿(たけまろ)と言い、如何にも歴史の先生らしかった。若い時は水泳の選手で活躍したそうである。ニコニコしながら、言っただけで、別に欠席の多さを非難した訳でも何でも無かった。
 だから、単位はちゃんとくれました。
 300人もの学生達がいる大きな教室で、私の存在が分かったのは、恐らく、私の風貌のせいです。
 推測すれば、私の遠い先祖は、北欧から、シルクロード、中国を経て、日本という国に漂着したのかも知れません。
 要するに、顔の作りが、多少、日本人離れしているのである。高校の時、京都に行き、アメリカ人の観光客と記念写真を撮った。後日、それを見たら、自分が彼らと、よく似ているのに気づいた。
 就職してから、PTAの会議で、アメリカから来た若い女の先生と並んでいたら、保護者の方から、ご兄妹のようですね、と言われた事がある。どことなく風貌が似ていたからだろう。
 さて、元に戻る。
 何を考えていたのか、暫し、Tは私を見つめた後で、信じられない事に、こう言ったのだ。
「俺は、おめえなんか知らなかったよ。おめえは見た事ねえよ。えっ、どこに居たんだ、おめえは」
 酒が入っていたのは、分かるが、少々、乱暴な言い方に聞こえたものだ。確かに、Tは管理職になったから、Tとすれば、大出世だった。それがTの性格を横柄にしたのだろうか。
 山間部から出て来て、高校時代、冴えない日々を送っていた事を思えば、今のTは、確かに、太って威風堂々としていた。
 それは分かるが、それでも、その言い方はないだろう。
 私の中に、猛烈に何かが燃え上がって来たが、さすが、還暦である。表情は変えなかった。それにしても、何で、そんな言い方するんだ。
「そうですか。それは残念ですね。まあ、私は目立つ存在ではなかったですから」
 それ以上、何も言う気にならなかった。出来れば、当時の恩師などを思い出して歓談したかったが、意図は全く外れた。
 現役最後の宴会は、少々、苦い味がしたのを覚えている。
 
     
   俳句

過ぎし日や 心の奥に 落ち葉散る

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