上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

1999年


 1999年5月に母が、2008年5月に父が亡くなった。両方の葬式とも地元に居る唯一の子供として、私が手配した。誰でもそうだと思うが、葬式は初めてのことだから忙しかった。
 しかし悲しみは何も感じなかった。ただ、妙な空疎感だけは残った。ともあれ、滞りも無く無事に終わった時はホッとしたものだ。
 後日、テレビで有名なタレントが実母の葬式で人目も憚らず、涙を流しているのを見て羨ましく思った。 
 父没後8年ほど過ぎた。しかし、亡くなって後でさえ、相変わらず父母に対する恨みのような感情は消えなかった。ところが、ある日、ふとしたことが切っ掛けになり、私は自分の考え方の間違いに気づいた。
 人間は誰しも多面的な存在である。良い点もあれば、悪い点もある。それを悪い点ばかり見て父母を評価していたのだ。良い点と悪い点、少なくとも二面から評価しなければいけなかった。この視点に立てば、父にしても良い点と悪い点の比は、70対30位かも。母にしても同じだろう。
 翻って、自分はどうか。自分が100点の息子だったかと言えば、そうでは無いだろう。いや、50点にも行かなかった。自分は50点にも行かない癖に父母には100点を要望していたのは、決して公平では無かったろう。それは自分勝手というものだ。
 他人に厳しく自分に甘いのは、世間一般の多くの人間に見られることだが、私自身も、そうだったと言うことである。
 第二は、父母を他の父母と相対的に見てなかったと言うことである。世間には父母として失格の事例が多く報告されている。それらの父母と比べて見れば、私の両親が如何に優れていたか、よく分かる。自分の学業成績が人並み以上だったのは、素晴らしき親のお陰以外の何ものでも無い。
 振り返ると、過去の友人や恋人に対しても、自分勝手な評価を押しつけたことを思い出して、大いに悔やんだ。
 要するに、全く当然のことだが、人間は色々な角度から多面的に、また他と比較しながら相対的に評価しなくてはならないと言うことである。
 70歳過ぎて、やっとこんな事を理解する自分に呆れた。
100点満点の人間ばかり、自分の周りに置こうと思ったら、それは結局、「And then there were  None. (そして誰もいなくなった)」となってしまうだろう。 
 自分が親になって初めて、生まれた子供を10歳まで育て上げるのにどんなに大変だか、思い知ったものである。育ててくれただけでも、親に感謝すべきだったのだ。
 元横綱の三代目若乃花が良いことを言っている。
「生んでくれただけでも感謝してます」
「孝行したい時に親はなし」とはよく言ったものである。この諺が人口に膾炙、世間に流布して居るのは、うまく行かない親子関係が世に、いかに多いかを物語っている。
 とは言え、そう気づいてからも、父母の墓参は稀にしか行ってない。それはもう恨みでは無くて、単なる面倒だからである。
 それで、墓参しない代わりに、ずっと暗い仏壇に置いてあった父母の位牌を私の書斎の本棚に持って来た。そうして毎日二人を眺めている。合掌。


    俳句

梅雨明け 朝から雨が 降っている