上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

経済学部の喫茶店


 歌のサイトを見ていたら、学生街の喫茶店と言う懐かしい題名が目に入った。若い頃、よく聞いた歌である。そのサイトには、歌にまつわる投稿が幾つか掲載されていた。
 昭和40年代、明大に通っていた学生が思い出を書き綴っていた。
 東北から出て来た彼は、東京のお嬢さん学生と親しくなった。恋人になったという事だろう。それで、大学近くの喫茶店レモンで何度も逢ったとある。また、彼女の家まで行って幾度か、ご馳走になったと。
 そうして、四年間過ごした挙げ句、卒業後は、別々の進路を選択して別れたそうである。はて、恋が終わったのだろうか。
 分からないのは、その後である。その後も、何十年間も、二人は手紙のやりとりをしているらしい。お互い、孫が出来るまでの年齢になったのに、まだ連絡は絶えていないようなのである。
 この投稿に、私はどうにも納得がいかない。
 この二人の関係は、ほんの友達関係だったのだろうか。それなら、その後の経緯はよく分かる。でも、女の家まで何度も行って、食事をして居る訳だろう。それが、単なる友人なのか。
 恋人だったとすれば、普通、円満な別れは有り得ない。二人とも別れることに同時に納得することは、有り得ない。それが、円満に別れている。実に不思議だ。
 それ以上に、別れた後も頻繁に連絡を取り、お互いの状況を知らせ合って居ることだ。互いに違う相手と結婚したのだから、もうそれほど好きでも何でも無いと思うのだが、何故、結婚後もそんなに連絡し合うのか。実に不思議だ。
 男の方は、学生街の喫茶店の歌を聴く度に、懐かしく当時を思い出します、とある。 と言うことは、少なくとも嫌な別れ方をしていない。別れた後も彼女に対して好意を継続しているという事である。
 じゃあ、お前さんは、好きなのに何故別れたんだよ、と詰問したくなる。
 まあ、別れなければならない事情があったのでしょう。その事情にお互いがすんなりと納得した、と言うことですかね。実に不思議です。
 そんなにすんなりと、お互いが納得出来る事情って何なんですかね。好きなら、少なくとも離れたくないのが、自然の感情でしょう。
 それが離れることに双方が賛成している。意見の衝突も無かったようです。
 実に不思議だ。
 私の場合、恋の終わりは、どちらかが去って恋は終わっています。ですから、後で、また笑顔で逢いましょう、何て理解出来ません。
 芸能人の恋の終わりは、泥仕合が殆どですよね。
 中には、別れた後も親しい友達として交友してます、何てのもありますが、あれは世間体だけの話でしょう。
 このお二人に会って、是非とも、インタビューしてみたいですね。
「好きなのに、どうして別れたんですか?」
「別れる時に、意見の相違はなかったんですか?」
「別れた後も、それなりの好意を持っているんですよね?」
「今でも好きなら、結婚してた方が良かったじゃ無いですか?」
 財産とか、家柄とか、跡取りとか、やむを得ない事情で別れたから、好きな気持ちはずっと変わらずに居る、と言うことですか。
 と言うことは、世の仕来りのために、恋を諦めたという事ですね。
 なるほど、それはなかなか物わかりの良い、若者だったんですね。
 即ち、結婚と恋愛は全く別物、と言う思考ですかね。
 実に、合理的です。大したものです。
 その様な人間に私は余りお目に掛かったことがないものですから、お二人の行動が不思議に見えて仕方なかったのです。
 私ですか? 恋愛と結婚は同じ直線上にあると思います。
 だから、私の相手は、普通の農家の娘でした。結婚をするのに、相手の財産勘定も家柄も関係なかったです。
 でもまあ、貧乏な相手と結婚して、その後の生活に苦労するよりは、とにかく金持ちと結婚するのが幸せの早道かも知れませんね。
 好きだから、結婚するなんて考えは、幼稚なんですね。
 何だ、そういう事でしたか。不思議だと思っていましたが、ただの合理主義者の二人が出逢ったという事だったんですね。
 うーん、青春の恋には、全く以て、相応しくありませんね。私はそう思います。 
 墓場から生き返って来い、と怒鳴りつける位の熱情が無ければ、若者の恋としては、些か、色褪せておりますね。
 もしかして、お二人は経済学部金融財政科の卒業生ですか?
   

   
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電卓を 片手に持って 恋をする