上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

桃の花とミミー

 この時期、蒸し暑くて気候は最悪の時期ですが、それでも楽しいことはあります。
 それは桃を食べること。
 前橋近郊には桃や梨畑が沢山あります。旬の時期には新鮮な果物が地元で手に入ります。下の写真、これは昨日、買った桃です。皆様に見せて優越感を味わおうと思い、食べる前に撮りました。6コ箱入りのものです。
 梨は、手で皮を剥いて食べます。手で皮を剥けないような堅い桃は駄目です。手で剥くと全部の果肉を食べることが出来ます。包丁だと勿体ないです。老妻にそれを何度も言いましたが、聞かず、相変わらず包丁で厚く皮を剥いて食べます。何と勿体ないことかと。

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 桃を見ると、昔、ある作家が腿尻三年と言ったのを思い出します。確かに、桃の実はどことなく、女性のお尻に似てるような気がします。それで、私は桃の実が好きなのかな。 
 いや、私は、あの微かな香りと淡い甘さが好きなだけです。毛頭、そんな雑念を抱いて桃を食べることは無いです。
 ともあれ、僅かな期間ですが、桃は良いなあ。撫でると、本当にお尻を撫でている様な気もします。こんなお尻の可愛い子が何処かに居ませんかねえ。いや、居たとしても、古稀青年には全く縁が無いから、どうでもいいや。
 さて、私が子どもの頃、飼っていた猫が庭の桃の木の下で、亡くなりました。ミミーと言う猫でしたが、生前、とても、その場所、桃の木の下が好きだったのです。夏の暑い日、よく、そこで昼寝をしてました。
 ある年の夏、ミミーは病気になり衰弱し、暫く、姿を消してしまいます。自らの命の最後を知ったのです。これは猫の習性のようです。それで死に場所を探して、あちこち彷徨っていたのでしょう。
 でも、死ぬ間際になって、懐かしい我が家を思い出したのです。あの木の下で死にたい。そう思ったミミーは、必死の力を振り絞り、我が家の桃の木の下に戻って来ます。
 きっと、ミミーは一番好きな場所で死にたかったんですね。朝、私が発見した時は、まるで、いつものように桃の木の下で昼寝しているようでした。
 母は涙を流しながら、ミミーを桃の木の下に埋めて、お墓を作りました。
 そうして、ミミーが死んで、一ヶ月位したら、何と季節外れの桃の花が咲いたのです。   
 ミミーは桃の花になって、この世に戻って来たんです。あたしを大事にしてくれてありがとうね、と私や母に言いたくて。彼女は花に姿を変えて戻って来たのです。花が散るまで、毎日、母と眺めていたことを思い出します。
 だから、このブログを始める時、ミミーのことを最初に書きました。


   俳句

桃の木に 逝けるミミーの 花が咲く