上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

我が師匠 <囲碁>

 囲碁は大学に入ってから覚えた。元々数学などが好きだから、囲碁も性に合って居たらしく、一時は熱中した時期もあった。とは言え、無線ほどではなかったと思う。
 大学を卒業すると、僻地の学校に赴任した。その職場には囲碁をする人が居なかったので、自然と囲碁から遠ざかってしまった。
 数年して、故郷の前橋に戻ると、大きな学校だったから、囲碁を愛好する人が数人いた。中でもTさんは県下有数の打ち手で、県優勝したこともある人だった。
 同じ教科と言う縁もあって、すぐに親しくなり、やがて、Tさんが根城にしていた碁会所に私も行く様になった。
 まだ初段にもなっていなかったが、ここでTさんに教えてもらったことで、どんどん強くなっていった。
 ある日、碁会所で夜遅くまで打ち、さんざん負けたある夜、路上駐車してあった車のところに戻ったら、違反のステッカーが貼られていた。ダブルパンチだった。参った。 
 それでもめげずに、毎日のように勤務の帰り、碁会所に寄ったものだ。
 だから、今でもTさんの教えてくれたことを、はっきりと思い出すことが出来る。
 同じ桂馬の手を打っても、高段者と初心では全くその意味が違う。また、いつも先手を取れる様に打つこと。沢山の意味を含んだ手が良い。
 それらはいずれも含蓄のある言葉であった。 
 やがて、私も囲碁大会に出る様になった。C級の大会決勝の時、Tさんは私の側に陣取り、じっと盤上を見つめていた。形勢は悪かった。決勝の相手はかなり強かったのだ。すると、Tさんが小声で呟いた。
「負ける様に打ってるから負けるんだよ。分かるか」
 叱咤激励であった。その言葉に奮起し、私は闘志を掻き立てた。形成は逆転して、見事優勝することが出来た。これは今でも楽しい思い出である。
 さて、Tさんは酒豪であった。それも半端ではなかった。職場の仲間五人位でよく100本位まとめて日本酒を注文していた。すると、一人で一月に20本、36リットルほど飲んでいたのであろうか。詳細は分からないが。
 その酒が祟って、50代辺りから健康を少しずつ失って行ったようだ。
 私が最後に、Tさんを見た日のことは今でもよく記憶している。
 それは、出張で公民館の側の道路を車で走っていたら、向こうからTさんが偶然、歩いて来たのである。もう職場も違っていたし、当時、私は仕事が忙しくて、囲碁からは疎遠になっていた。だから、Tさんを見るのは、五年ぶり位だったと思う。
 久しぶりに見たTさんの体がとても小さくなり、頭も真っ白になっていた。声を掛けようにも、通りすがりの一瞬だったので、出来なかった。
 ただ、とても体が小さくなってしまったのが、私にはショックだった。もうこの頃は肝臓がやられていたのかも知れない。
 その後、Tさんは、管理職になったが、三年位で退職してしまった。健康が限界に来ていたのである。
 二年後、ある日、私が地元の新聞を見ていると、そこにTさんの名前があった。囲碁の全国大会県予選で優勝したのである。久しぶりに見るTさんの名前を見て、涙が出て来たものだ。辞めて静養して元気になったのだろうと思った。
 三年後、Tさんは亡くなった。訃報欄で知った。やはり病魔には勝てなかったのだ。 詳細は聞いていないが、飲酒による肝臓への負担が原因だったと思う。あの100本の酒を頼んでいた仲間の人で、もう一人の方も退職前に亡くなっている。
 Tさんの葬儀には出なかった。私は親しい人であればあるほど、その人の葬儀には出ない。喪失感がたまらないからだ。死んだ後に、もう話すことは出来ないのだ。参加しても無駄なことである。
 酒は健康に良い筈は無い。多くの人は、飲めば、やがては肝硬変になり、後はお決まりのコースである。
 健康であれば、退職してから、またTさんと囲碁を打つことが出来たのに、本当に残念だった。
 酒と煙草は百害以外の何物でも無いと思う。女性でも飲酒や喫煙する人も居るが、男性と比べて内臓が小さいから、早期に弊害が現れる。止めるべきである。
        
             俳句

過ぎし日は 映画のように 懐かしき