上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

単球送信機


 単球式電信送信機を作ったのは、確か中学二年生の時である。先日、本棚の中から、その時参考にした本を取り出し、懐かしくページを捲った。下の写真がそれである。


 配線図には配線作業をした跡が残っている。
 こんなものでも、当時はなかなか作るのが大変だった。それとお金が無いから、まずは部品を集めるのが容易でなかった。
 真空管は、多分、ジャンク屋か、廃品業者のゴミの山からだと思う。
 それでも、完成して電波を初めて出せたと言うのは、ものすごい興奮した。
 電源は家庭用ラジオのトランスだったから、280ボルト位。アンテナは5メートル位のビニール線。受信はスーパーラジオで500メートル離れた友人が受信した。
 とは言え、電信のみで電話が出来ないから、すぐに飽きてしまった。
 後に変調器を付けたのも作ったが、その配線図は見つからない。確か、マイクが旧型黒電話機から外したカーボンマイクだった。これも作ったのは一台だけだったから、友人と交信は出来なかった。
 きちんとした送信機を作れるようになったのは、アルバイトでお金が少し入るようになった大学生時代からである。
 思えば、戦後は、ラジオ少年が日本中に溢れていて、その中から、天才的な専門家が沢山現れて、日本を世界有数の科学大国にしてくれたと思います。
 今、そのラジオ少年達は居なくなりました。そうすると、やはり、今後の科学技術の発展にかなりの不安を感じます。
 今の時代、工学部に行っても、良い給料はもらえないので、工学部に行く人は、以前に比べて激減してしまいました。
 何とかして工学系技術者の優遇策を考えないと、今後の日本は、もう余りノーベル賞や画期的な製品とは縁が無くなるかも知れませんね。
 蘇れ、科学技術大国日本。

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あの時の ラジオ少年 今何処