上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

若い女性<12> 父親に


 ある年、担当しているクラスに、虐められているC子が居た。何度も家庭訪問をして、いじめの対策について、その若い母親と話し合った。母子家庭であった。何度目かに訪れた時、その若い母親が言った。
「先生、あの、この子は父親が居ないので、寂しく思っているんだと思います。それであの、不躾な事を言いますが、この子の父親になって頂けませんかしら」
「いえ、それは出来ないです。担任は、全ての子に平等でなくてはならないですから」 私の如何にも模範的な答えを聞いて、母親はひどく落胆した表情を見せた。
 あの時、私は29歳位でしたか。全く思慮浅い青年でした。
 とても綺麗な人で、元々は、東京から引っ越して来たと言う話を聞いた事があった。 年齢的には、彼女の方が二歳位上のようであった。
 その後、何とか虐めの方は一段ついたので、以後、彼女の家を訪れる事はなかった。
 ある時、学校行事があり、そこに彼女が来ていた。
「先生、今度、お店を開いたので、是非、来て下さい」
 聞けば、郊外に、スナックを開いたと言う。女一人でよく頑張ったものだなと感心した。是非、応援したいと思った。
 後日、宴会の帰り、友人と彼女の店に寄った。洒落た店で彼女の気持ちが隅々に表れていた。飲んで友人と話していた。
「先生、踊りましょう」
 フロアがあって、他の客も踊っていた。彼女の体は抱いても、まるで重さを感じなかった。空気を抱いているようだった。不思議な人だった。
 それからは、宴会が早く終わった時など、彼女の店に寄り、歓談した。出来るだけ、行く事が彼女への応援になったから。
 数年後、私は他の学校に転任していたが、ある噂を聞いた。それはC子が不治の病に罹ったと言う話であった。母親似の可愛い子であった。本当だろうか? あんな良い子が病気になるなんて、どう言う事だ。
 転任後でも、そう頻繁ではないが、私は店に行っていた。しかし、その話は聞いた事がなかった。ある晩、彼女の店に行った。
 彼女によれば、C子は体が麻痺して寝たきりになってしまったと言う。C子は若い高校生なのに。
 それで、色々とアメリカまでも行き、万策駆使したが、治る見込みは無いと言う。
 踊りながら、小さな声で話す彼女を、私は、いつの間にか、しっかりと抱きしめていた。語りながら、胸に込み上げて来たのだろう、突然、彼女は黙ってしまった。
 脳裏に,あの時の言葉が蘇ってきた。
「あの、この子の父親になって頂けませんかしら」
 何であの時、「分かりました。お力になれるかどうか、分かりませんが、父親代わりをやらせてもらいます」と、言えなかったのか。馬鹿な馬鹿な自分だった。
 本当は、彼女自身も父親代わりの「夫」が欲しかったのかも知れない。離婚して色々と精神的に苦しかった筈である。
 私が父親になれば、C子も彼女もすごく喜んだと思う。大いに力づけ、励ます事が出来た筈である。何で、それをしなかったのか。二人の人間を助ける事が出来たではないか。
 それは彼女が余りにも魅力的過ぎたのだ。もし、彼女が、全く普通の女性だったら、恐らく、私は、安心して、すぐにでも快諾していたと思う。
 店を開いたら,大繁盛の女性である。誰しも、彼女に惹かれてしまう。
 ただ、ただ不倫を恐れたのである。
 若い時代の私を強く支配していた、あの呪縛、呪いであった。道徳律を優先し、人の道を外していたのである。その後も何度か、この呪縛から逃れる事が出来なかった。
 病気の話を聞いても,私に出来る事は何も無かった。ただ、彼女を抱きしめるしかなかった。
 その後、仕事が忙しくなり、行かねばと思いながらも彼女に店に行けなくなった。
 所詮は,他人である。それも仕方ないと思った。
 十年後、偶然、友人を連れて、彼女の店に行った。ドアを開けると、彼女はカウンターの中で水洗いか何かをして居たようだ。此方を振り向いた。私だと分かると、皿も投げ出して、私めがけて短距離選手のように走ってきた。 
 私の胸の中に彼女は声も無く飛び込んで来た。十年も来なかったのに。
 色々と苦労はしたようだが、彼女の魅力が、今も、多くの客を惹きつけ、店は相変わらずの繁盛であった。2年前、隣町に自宅も新築したと言う。
 それは良かったね。女手一人で、この人は本当に偉いなあ。C子の事は、もう聞かなかった。彼女も何も言わなかった。
 それから半年後、忙しい仕事の合間、漸く、都合を付けて、また彼女の店に行った。 すると何と、そこに彼女の店はなかった。移転したらしい。何処に行ったのか、色々聞いてみたが、分からなかった。
 私の所には何の連絡も無かった。当たり前である。
 彼女だって、十年もご無沙汰する男に連絡なんてする訳がない。まして、父親代わりを断った男に、何の義理があるものか。
 今でも、亡くなったC子のために父親代わりをしなかった自分を思うと、何の言葉も出ません。
 
 
     
     俳句

草繁る 廃家の庭に 落ち葉舞う