上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

花柄と白無地  

 退職してから、一日、一回は外に出て、最低30分は歩くようにして居る。勿論、健康のためだ。
 今のところ、お気に入りの散歩コースは、前橋市内に五カ所ある。
 どのコースも、それなりにいいが、猛暑の日などは、何処でもと言う訳にはいかない。
 炎熱の下を歩いて、古稀青年が倒れたでは、他人様に迷惑を掛けてしまう。
 それで、夏になると、散歩道の殆どが木陰である墓地公園に行く事になる。 
 墓地公園は、赤城山麓に作られた、広大な施設で、墓地と公園が併設されて居る。
 ところで、この公園には、山栗の木が沢山、生えている。恐らく、昔は、この山麓一帯が、山栗の原生林だったのだろう。
 毎年、九月の末辺りになると、枝に沢山のイガが見えるようになる。棒か何かで、枝を叩けば、簡単にイガは落ちてくる。 
 私は栗が好きと言うほどでないから、枝を叩いたり、揺さぶって、栗の実を落とした事はない。栗に興味は無い。
 しかし、毎年、山栗の季節になると、決まって、胸が少し高鳴って来る。
 もう、随分と前の事だ。九月の半ば頃、この公園を散歩していた。
 すると、道の遠くで若い女性三人が、何やら、キャアキャアと声を上げて、騒いでいるのが見えた。
 最初は、大きな蛇か何か、見つけたのかと思った。
 近づくに連れて、騒いでいる理由が分かった。栗の木の高い枝を叩いているのである。
 更に、近くまで行くと、様子が、一層、はっきりした。 
 どこからか、木の棒を見つけてきて、彼女たちは、何度も飛び跳ねて、栗の枝を叩いていた。
 叩く度に、うまく行くと、イガが落ちてきた。すると、叩いた女の子は、ヤッターと、嬉しそうに声を上げた。 
 歳の頃は、20歳前後、学生か社会人かは分からない。もう小学生みたいに、童心に戻り、夢中になって、枝を叩いている。
 近づくにつれ、歩みを少し緩めて、私は、その様子を思わず、眺めた。
 そうして、いつの間にか、足を止めて、女の子達を眺めていた。
 私が、すぐ側で見ているのを、彼女たちは気付いていたと思うが、一切、気にせず、相変わらず、嬌声を上げながら、棒を振り上げ、飛び跳ねていた。
 元気な若い女の子を見るのは、とても気分がいいものだ。
 それは女子体操選手や、フィギイアスケートの女子選手を見るのと同じである。
 そのまま、私が、枝の方、即ち、上を見ていれば、何事も無かったのだが、その内、別の事に気付いてしまった。
 三人とも、短いフレアスカートみたいのを履いていた。スカートの名前は、よく知らないが、タイトでない、緩やかなスカートである。 
 跳ねて、足が地につくと、スカートが捲れて、可愛いパンツが、一瞬、見えた。
 また、遠くに落ちたイガを集めようと、かがんだりすると、更に、よく見えた。
 若く元気な女の子達だったが、不思議とエロスは余り感じなかった。
 何と言ったらよいか、余りにも開けっ広げで、淫靡さが無かった。
 でも、パンツに気付いた途端、私の視線は、どことなく、不自然な動きになってしまった。これはまずいな。私は、すぐ近くで眺めていられないと思った。
 パンツを見るために、あのおじさんは、そこに居る、と思われてしまう。
 勿論、彼女たちは何とも思って居なかったと思う。もう夢中で、パンツ事のなど、忘れていたに違いない。
 まあ、こうやって書くと長いが、立ち止まり、パンツに気付いて、歩き出すまで、実際には、ごく短い時間、2分から3分位だったろう。
 しかし、歩き出すと、実に、去り難い思いに駆られたものである。
 パンツの事など、気付かぬ振りして、飽きるまで見るべきだ。こんな綺麗な脚とパンツは、二度と見れないぞ。
 そう思い、何度、引き返そうと悩んだ事か。ハムレットの心境でした。 
 正直、あんなワクワクする場面に、そう頻繁にお目にかかれるものでは無い。
 もしかしたら、若い女の子の、華やかなミュージカルの舞台だったかも知れない。
 しかも、一切無料。
 それにしても、男は、女のパンツ見ると、何で、押さえようもなく、興奮し、動揺するのか。
 実を言えば、それが煩わしくもあり、また、ちょっぴり悲しく感じる時もある。
 即ち、性欲から解放されて、男を卒業したい時と思う時があるのだ。
 この男の願望を実現したのが、イスラム教のブルカかも知れない。 
 でも、死ぬまで男の煩悩は、捨てきれず、続くのだろう。
 まあ、自然界の動物だから、仕方ないね。 
 さて、それ以来、毎年、山栗の季節になると、心密かに期待したが、もう、あの女の子達の姿を見る事は二度と無かったです。
 小学生の家族連れ、憎らしい男子中高生、おじさん達が、枝を叩いているのは、毎年、飽きるほど見かけます。
 今年も、恐らく駄目でしょうね。
 そこで、女性の皆様、どうぞ、前橋墓地公園の山栗を取りにおいで下さい。
 ただし、短めのフレアスカートでお願いします。それと、ジャンプが出来ないと、栗は採れません。来ても無駄です。えっ? 長い棒は落ちていませんよ。
 


  
 俳句



 栗食めば ミニのスカート 思い出す

無電手伝説

 電信の習得について、以前、ある事を書いた。
 古い電信教科書に、嘗ては、100字遅れ受信ができるほどの、凄腕の無電手が居たとの記述があった。
 それで、私は、あの話は、初心者のための激励の話であって、実際は有り得ないだろう、と書いた。
 ところが、最近、ある事に気付き、考えが変わった。
 暫く前まで、日本でも、沿岸局や商業無線で電信が使われていた。そこの通信係は、勿論、電信を受信し、解読する事が出来た。
 でも、彼らには、それほどの高い受信能力は不要だったと思う。
 何故かと言えば、電信を一回目で受信出来なかった場合、もう一度送って下さいと言えば、再度、送信されて来たからである。
 二回目となれば、聞き取れなかった箇所に、より注意するから、今度は容易に受信出来るだろう。
 魚は何トン捕れたか? 分からなければ、聞き返せばよい。
 終わりの部分がよく分かりません。これには、「ラスト」という略符号が用意されている。
 略符号が用意されているということは、逆に言えば、その状況が、よく有り得た事と言う事だ。何度も使うから、略符号が用意されたのだ。 
 とは言え、余り何度も聞き返すようでは、無電手としては失格でしょう。
 でも、要するに、聞き返す事が出来る中での、電信通信だった。
 ところが、そうで無い電信通信があったのだ。
 それは、戦時、軍艦などに搭乗していた無電手の場合である。
 送信は、たった一度きりである。
 何度も送信していたら、すぐ敵国に傍受解読されてしまうからである。
 日露戦争の時、信濃丸は三六式無線機で「敵艦見ユ」の暗号電文を送信した。
 この暗号電文を送信し、受信した人達は、命をかけて、送信、受信をしたと思う。 
 この電文のお陰で、小国日本は、バルチック艦隊を撃破、大国ロシアに勝利し、その後、発展の途を辿る事が出来たのである。
 この無電手達の事を思う時、彼らは、100字位の遅れ受信は出来たと、私は思うのである。いや、絶対に出来たと思う。
 と言うのも、100字の遅れ受信をも可能にする、厳しい血の滲むような練習を、それこそ雨の日も風の日も、毎日行い、そうして、彼らは、命をかけて軍艦に乗り込んだのだ。
 今時の趣味や遊びのアマチュア無線とは訳が違う。
 また平時の商業通信とも、全く違うものだ。
 彼ら無電手は、どんな電信であっても、一字をも聞き逃さないぞという、強烈な自信とプライドを持っていたと思う。
 その彼らであれば、100字の遅れ受信も可能であったろう。また、そうで無ければ、軍艦に乗る勇気は持てなかったと思う。
 彼らこそは、正に電信送受の神様だったのだ。
 私は、趣味のアマチュア無線や、平時の通信を基準にして、昔の電信の水準を考えていた。
 よくやる間違いだが、今の時代の物差しで、過去の歴史や、行動を推断してはならないのである。
 電信が遊びの道具では無くて、一国の運命を決め、戦争の勝敗を決する時代があったのだ。
 その時に生きていた、無電手は、今の我々とは、全く違うのである。
 先般のブログで、私は、100字遅れの話は、激励の神話だろうと、いい加減な判断を下してしまった。
 そうでは無かった。電鍵を打つ空間、時代が、違うのである。
 何度も言うが、我々アマチュア無線家は、遊びのために電鍵を叩き、明治の無電手達は命をかけて、国を守るために、電鍵を叩いたのである。
 そういえば、以前、会った元予科練の通信兵でさえも、すごい電信マンだった。
 その予科練通信兵の何十倍の電信送受能力を持っていたのが、軍艦に乗っていた無電手達だったと思う。
 その能力や、推して知るべしである。
 ここに至って、軽率なアマチュア無線家の判断を深く恥じ、訂正する次第である。
 さて、死ぬまで毎日練習をして、少しでも電信の神様に追いつきたい。
 追いつけたら、その時、私の目の前に、どんな光景が広がっているのか、それを、是非、自らの目で確かめてみたい。


追記
 過去の事は、やはり、その当時の人だけが知る事なんでしょうね。
 昔のボクシングチャンピオンは、もっと強かったなんて、よく言いますが、それもやはり、一緒に生きていた、当時の人だけが知る事かなと思う。
 ベルサイユ宮殿なんて、すごい建物と思うけれど、当時、もし、入ったら、そこら中、ウンコの匂いだらけで、私は窒息死したかも知れない。
 何故なら、昔の建物は、トイレが無かったから。歴史の本に出て来る、あの魅力的なドレスを着た貴婦人達も、庭の茂みの陰で、ケツ捲くって、ウンチとオシッコをして居たのです。
 時代が違うと、トイレ事情、一つにしても、これだけ違うのです。  
 そう言えば、私の子どもの頃、既に、トイレは家屋に付属してました。だから、ベルサイユ宮殿より、ずっと進歩してました。
 でも、実情は、信じられないほど、ひどかったのです。
 上州の空っ風は、強風で、今の台風並みです。
 冬、トイレで頑張っていると、下から、ウンコが強風で吹き上げられて来たのです。
 これ、信じられますか?
 勿論、咄嗟に、ウンコの吹雪から逃げる事は出来ませんでした。 
 水洗トイレ時代の人々には、到底、信じられませんよね。
 これが、時代の差です。
 また、当時、トイレの床は、貧弱な木製で、下に、そのままのウンコとオシッコが溜まっていました。そのため、下からの湿気で、床板は、大抵、腐食して居る事が多かったです。
 ある人が、友人の家に行き、トイレに入ったら、かなり体重のある人だったので、腐食していた床板が壊れ、その人は、床ごとウンコの中に転落した、と言う話もありました。
 その人、ウンコの中から、懸命に這い出したとは思いますが、そのあと、誰が世話してくれたんでしょうか。
 ウンコを洗い流した人達も大変な事だったと推察します。
 食欲が無くなる話になりましたので、この辺で終わりにします。 
  



俳句


電鍵を 叩く音あり 冬の夜

名案

 忘れ物とか、落とし物は、ひどく残念である。
 下の娘が小さい頃、家族で旅行した。帰りの電車を降りて、暫く歩いたところで、娘が、「あっ、あたし、忘れたあ!」と叫んだ。
 既に電車は、ゆっくりと動き出していた。娘は、お土産を置き忘れてしまったのだ。ひどく落胆した顔をしていた。
 今でも、覚えている位だから、私自身も、娘の気持ちを思い、ひどく落胆した。
 もう20年以上も前の事だ。
 まあ、電車の落とし物だから、多分、駄目だと思ったから、警察にも届けなかった。
 さて、知人が落とし物をした。それで、もしかしてと思い、警察に行ったら、運良く、それが誰かに拾われて届けられていた。
 応対した警察官が言ったそうである。
「この方にお礼をして下さい。電話番号は、これです」 
 確かに、他人様から親切にしてもらったのだから、自分から進んで、お礼はしたい。
 でも、それは警察官が指示するものなのだろうか。
 私は、一寸、何か妙な気がした。
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遺失物法第28条
物件の返還を受ける遺失者は、当該物件の価格の100分の5以上100分の20以下に相当する額の報労金を拾得者に支払わなければならない。
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 確かに、法律はあるらしい。でも、何だかなあ。
 子どもでは無いのだから、大の大人が、お礼を指示されるのは腑に落ちない。
 条文を見ると、「・・・しなければならない」とあるから、一応、義務なんだろう。でも、罰則は無さそうだから、お礼をしなくても、特に、どうと言う事は無いみたいだ。
 まあ、とは言え、実際、拾って届けてもらったら、私も感謝し、お礼はするつもりです。
 さて、わざわざ拾った物を警察に届ける人に、悪い人は居ないとは思うが、それでも、全く知らない人と会うのも、何か、不安を感じる。
 最近の世相を新聞や週刊誌等で推測すると、中には、悪い人も居るからだ。
 この辺は、どうだろうか。
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 ある若い女が、携帯を拾って警察に届けてくれた男の人に電話した。
「あの、お礼をしたいんですが、何処でお会い出来ますか?」
「それなら、私の家へ来てくれますか」
 謝礼品を持って、男のアパートを探して当てた。部屋のドアをノックした。ドアがゆっくりと開いた。
 男の顔が見えた。同時に、男の腕に大きな入れ墨が見えた。思わず、息を飲んだ。
 その瞬間、ものすごい力で、部屋の中に引きずり込まれた。 
 後は、ご想像にお任せします。
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 松本清張さんなら、きっと、これをネタに、何か素晴らしい推理小説を書くんでしょうね。
 うーん、そう言うことであれば。
 私も、よく行くモールに財布か何か落としてみるかな。
 そうすれば、後日、これを切っ掛けとして、拾ってくれた可愛い娘さんと仲良くなれるかも知れない。
 うん、これは名案だ。
 いや、・・・止めときます。
 拾い主にお礼に行って、その人が、とんでもない男や女だったら、取り返しが付かなくなる。
 皆様、落とし物は、くれぐれもしませんように。
 


俳句


ミズナラの 枝揺らす風 秋来たり

横断歩道の女

 小学校時代の思い出は、その殆どが、遙かな昔に埋もれてしまったのだが、何かの拍子に、ひょいと忘れていた記憶が蘇って来る事がある。
 先日、小学校のトイレで、男の子がウンチをする事が出来ない、と言う新聞記事を読んだ。
 うーん、そういえば、私もそうだった。いや、私ばかりでは無い。他の男の子も同じだったと思う。
 時に、便意を催しても、我慢して帰宅してから、トイレに駆け込んだものだ。
 さて、大トイレには、忘れられない思い出がある。 
 あれは、確か小学校三年の時だったと思う。
 給食を食べた後、急に、大トイレに行きたくなった。腹が少し痛くなり、冷や汗見たいのが出て来た。
 でも、大トイレには恥ずかしくて行きたくないから、じっと動かずに我慢していた。
 しかし、便意は治まらず、却って、激しくなってきた。
 給食後、昼休みになったので、殆どの生徒は校庭に出て行った。
 誰にも気付かれない様に、トイレに入らなくては。
 トイレまで一目散に走った。 
 なるべく隅のドアを開けた。大トイレには、今まで一度も入った事が無いから、何か緊張した。
 やがて、目出度く、ウンチは出た。軽い腹痛も治まった。普通なら、これで、めでたし、めでたし、となる所である。
 どっこい、人生は、何事にも試練が付きものらしい。
 ほっとして立ち上がったら、途端に、トイレのドアが開いた。
 いや、外の誰かが開けたのだ。
 学校の大トイレは、一度も入った事ないから、鍵掛けなかったのでしょう。
 自宅でも、トイレに入る時、鍵掛けないから、男の子は、トイレの鍵を掛ける習慣が、無かったんですね。
 見ると、ドアの外には、沢山の女の子が見えた。6人から7人は居た。まだ、立ち上がったばかりで、パンツを穿いてなかったから、何とも困った。
 私は、子どもの頃、ウンチの時は、パンツを全部脱いでいた。だから、まだパンツは側にありました。
 これには困りましたね。どうしていいのか、分からない。暫く、不動のまま。
 でも、タダで、偉大なチンチンお見せするのも癪なので、パンツを穿く事にしました。
 私がパンツ穿く時も、女の子達は、じっと見てましたね。スケベ女ども!
 いや、本当の事言えば、動転して、少し、べそを掻いていたようです、私。
 小学校三年ですから、それは仕方ない。
 この女どもーっ、このハゲー、何するんだって位に、怒鳴ればよかったけど、無理。
 ズボンを穿いて、トイレから出たら、親分格のK子が、嬉しそうに笑いながら、訊いた。
「〇〇君、トイレに入ってたの?」
 アホか、そんな事、聞かなくても分かる筈だ。
 どうやら、誰も見てないと思ったけど、入るのを女の子に見られていたようです。
 それにしても、一体、あの女の子達は、何で、私のトイレのドアを開けたのか。
 K子は、決して意地悪な子ではない。普段、私と仲が良かった位である。
 未だに、その理由は、不明である。
 トイレに入る男の子が珍しく、小さな女の子達の興味の対象になったのか、或いは、私の偉大なチンチンを見たかったのか。
 恐らく、後者で、チンチンを見たかったのだろう。まあ、それは仕方居ない。
 誰しも偉大なものは見たいのだ。見たいものは、我慢しない方がいい。
 それにしても、だ。もし、立場が逆だったら、即ち、私が女の子のトイレを覗いていたら、先生に大いに怒られた筈である。
 この女の子達は、その後、なーんも怒られなかった。
 それはそうだ。私が、言いつけもせず、黙っていたからね。泣き寝入りです。
 それにしても、今思うと、小学校三年は、まだ小指位だから、一寸、残念。中学三年位の本格的なのを見せて、女どもを驚かせたかった。 
 水戸黄門様の真似して、これが目に入らぬかあ!
 K子とは、小学校を卒業すると、別の中学校になったので、以後、逢う事は無かった。
 時は、瞬く間に過ぎて、大学四年の時、ふらふらと街を歩いていたら、何と、あのK子が横断歩道の向こう側に立っていた。
 きっと、K子も、すぐ、私に気付いたのに違いない。信号が変わり、近くまで来ると、K子は懐かしそうに、微かに会釈した。私も頷いた。ひどく懐かしかった。
 K子は、トイレ事件の事を覚えているだろうか、いや、きっと覚えている筈である。
 でも、そのまま、黙って二人は、すれ違い、通り過ぎた。
 もう50年近くも前の事である。


追記
 今、読み返してみたら、ふと、ある事実に気付いたので、補足しておきたい。
 それは、あの小さな女の子達は、トイレに入る私を見て、もしかしたら、体の具合が悪いのでは無いか、と心配してくれて、それでトイレに来たのかも知れない。
 私に対して悪意がある筈が無いのである。
 私は、学級委員長で紅顔の美少年だった。
 即ち、心配してくれた彼女たちは、私のファンの女の子達だったのだ。
 このように考えれば、全ての深い謎が、合理的に氷解する。
 要するに、このエピソードは、私が、小学生時代、如何に女の子に、モテていたかをはっきりと示しているもの、と言う事である。
 長い間、この事件は、不愉快で不可解な事と思って居たが、やっと、楽しい正解に到達出来た、と言う思いである。
 
 


俳句


時過ぎて 懐かしき人 思い出す

古代住居

 今朝は、起きてカーテンを開けたら、もう雨。
 確実に、台風が、群馬に接近しているらしい。でも、台風の事は何も心配してない。
 と言うのは、群馬に来る頃には、いつも衰退しているからだ。
 来ても、風が少し強めに吹く位。それは、冬期の北風といい勝負で、何も心配は無い。
 群馬は日本列島の真ん中。ぶ厚い岩盤があるので、地震だって平気。津波も絶対平気。海が無いからです。
 それに、私の家は、赤城山麓の緩い傾斜地にあります。このため、雨が降っても、雨水は、忽ち、前橋市の市街区域に流れて行ってしまいます。
 即ち、溜まる事は無くて、洪水の心配は皆無です。
 前橋市の市街地は、一寸した雨でも、すぐ道路が冠水する場所があります。元は、太古の利根川の川底でしたから、低地で、そこに水が集まってしまうのです。
 冠水の原因は、他にもあります。
 道路や歩道、その他、全てを舗装してしまった事が原因です。地面が水を吸い込まなくなったからです。自動車の走行には、便利ですが、雨水排水には、不向きです。
 何でも、一長一短ですかね。
 此処に、越して来た時、老妻が、街から遠いので、不便だと愚痴をこぼしていましたが、私は、此処なら、全ての災害を避けられると、ひどく安心しました。
 老妻の愚痴は、同時に、男と女は、これほど観点が違うのだと言う事を、私に、明確に教えてくれました。
 よく、女は馬鹿という人が居ますが、そんな事無いです。要するに、考え方の観点が違うだけです。
 さて、古代の人類を見ても、殆どの住居跡は、小高い丘にあります。そうして、そこから、少し離れた所に、水源、即ち、川がありました。
 私の住居は、この古代人類の知恵に、正に、100%合致した場所にあるのです。
 なので、大いに満足しておりますが、唯一、後悔してる点があります。
 それは、住居から30メートル位の所に、巨大な送電塔がある事です。
 何でも、東京山手線の電車に電気を送っているらしいです。高さは、60メートル位ですか。私のアマ無線鉄塔の4倍位はあります。
 ところで、家を建てる時、宅地は、自由に位置を選べました。じゃあ、どうして、好き好んで、こんな鉄塔近くの場所を選んだのか。
 その答えは、実に簡単です。
 家を建てる場所を、事前に、一度も訪れていなかったからです。
 実に、いい加減、不熱心な建築主でした。地図だけで、家を建てる場所を決めてしまったのです。 
 地図を見た時、私が決めた場所の、すぐ近くに、何か丸いマークがありました。
 何かな? とは思ったのですが、大したことでは無いと判断し、気にも留めませんでした。
 今書いていて、初めて、夫婦で土地を見に行った時の事を思い出しました。
 老妻「あそこに鉄塔が見えるけど、まさか、あの近くじゃ無いよね」
  私「大丈夫。鉄塔があると、無線が出来ないから、近くはご免だな」
  歩いていると、どうも鉄塔の方向と我が土地は、同じ方向のようです。
  少しずつ不安が込み上げて来ました。もしかして・・・。
 老妻「あれえ、見てよ。あそこが家の土地でしょ、鉄塔の真ん前じゃ無いの」
  私「うーん、そうだったか」
 この時の絶望感は、何とも表現のしようが無かったです。
 昔から、何かを選んで決める時、それが重要な場合でも、余り、検討せずに、いい加減に決めてしまう性格なのです。
 だから、老妻の時も同じでした。何も検討しなかったのです。
 その結果、以後、何十年も続く〇〇〇毎日となっております。〇〇〇は形容詞です。容易に推察、穴埋め出来ると思います。
 十分、詳細に計画して、家を建てる人は、私から見れば、信じられないほどの天才としか言いようがありません。
 家具の種類から、庭、塀、トイレ、電気器具のメーカーまで・・・、想像を絶します。
 もっとも、私の場合、子細に間取り図など検討しても、お金が無いから、しても無駄、なので、しない方が正解だったのです。
 例えば、イタリアの大理石を選んでも、たった一個しか買えません。それでは、床が出来ません。
 さて、高圧鉄塔があると、何故、困るのか。
 雨が降ると、送電線の高圧がショートして、小さな火花が出るのです。それが、電波となって、私のトランシーバに猛烈な雑音となって入り、結果、受信不能となるのです。
 今、ベランダから外を見たら、雨は、多少、激しくなって来ましたね。下の写真です。
 写真では雨は見えないですね。


 これが憎らしい鉄塔です。あの碍子の所に火花が飛びます。夜だと、見えます。見えてる家は、当方とは関係ありません。

 
 拡大してみます。この高さまで、登って、この碍子を取り付けた人は、大変だったろうなと思います。高所苦手の私には、とても無理です。こんなとこまで登れません。
 一番上にある線は、避雷線です。この線に電気は通ってないです。よく見ると、大きな碍子は付いてないです。在庫少ない知識を出してみました。


 さて、こんな日は、外を歩くと、靴に水が染み込んで来ますので、散歩もする気になりません。なので晴耕雨読です。
 それはともかく、台風が来ますので、全国の皆様、お気を付けて下さい。
 


俳句


秋雨に 空を眺めて 古稀思う