上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

無料WIFI


 最近、初めて無料WIFIを使ってみた。まず、ネットで幾つか、市内の無料WIFIのある場所を確かめた。すると、ある電気店とコーヒー店に設置してあるのが分かった。
 最初に、電気店に行き、スキャンしたが、どうにも見つからなかった。なので、スタッフに聞いてみた。すると、設置してありませんと言う。ネットの宣伝は嘘だったらしい。有名な電気店なのに嘘記事を掲載しているのは、情けない事だ。
 で、次は、コーヒー店に行った。でも、コーヒーは飲むつもりは無いから、すぐ側でスマホを操作した。すると、出て来た。
 色々と前書きがあったが、ともかく個人責任でお使い下さい、との事であった。
 WIFIを使った所で、特に支障が出る筈も無い。それは、高額のサイトとか何かを見れば、金は掛かるだろうが、それはWIFI自体とは関係ない。
 ルーターの側に居るから強力な電波を受信出来た。
 それから、色々なサイトにアクセスしたが、自宅と同じように不自由なく、使えた。私のスマホは、インターネットを切ってあるので、こういったフリーのWIFIがあると、本当に有り難い。インターネットを切ったのは余りにも使用料が高いからである。インターネットが無ければ、月額1000円で済んでいる。
 モール辺りでスキャンすると、有料のWIFIは、ごちゃごちゃと出て来る。しかし、有料では駄目だ。 
 是非、この無料のWIFIが普及する事を切に望みたい。
  

      俳句

夏空に 飛行機雲の 漂いて

暑き陽に 秋空の陽を 早や思う

恩師の言葉


 学生時代のM教授は、半端な時間は語学に使え、が口癖でした。
 平凡ですが、実に良い言葉で人生の折々に思い出し、それを実行したものです。 確かに単語一つなら、見て繰り返すのに三分もあれば事足ります。それに、語学であれば、すぐ中断して、他の活動に取り組む事も出来ます。
 ある時、I教授に学生生活では何をしたら良いのですか、と聞いた時、何でも良いからやっていれば良いんだよ、とあっさり応えてくれました。
 何の力みも無い、普通の言葉でした。しかし、これはまさに至言でありました。簡単でこれ以上深みのある答えは無かったです。学生に対して、在り来たりの道徳的答えをしなかった所にI教授の明晰さがありました。
 さて、社会に出て仕事に就いてから、また退職してから、この両教授の言葉がどんなに役立ち、勇気づけられたことでしょうか。
 退職して、何もする事が無くなり、生きる方向が見えなくなった。そんな同世代の悩みを時折、聞く事がありました。私にもそのような時がありましたが、その時、両教授の言葉が私を救ってくれました。
 平凡な言葉の中に、十分な真実がありました。
 講義には出なかった私ですが、この言葉だけで大学を出た価値はありました。
 いえ、抗議をサボった事の良い訳では無いですよ。
 
     俳句

久々に 大学の跡 立つ私

若い女性<11> 軽井沢


 東京へは時々、気晴らしに出掛ける。で、必ず寄るのは、勿論、秋葉原。学生時代からの思い出が、彼方此方に一杯詰まっている場所である。
 でも、秋葉原も随分と変わって、昔のままの場所は、もう幾つも無い。家電とか、コンピュータ、または妙な風俗店が、最近は、増えて来ている。
 でも、秋月とかは、今もある。昔よりはずっと豪華になった。昔は、失礼だが、ただのジャンク屋だった。ジャンク屋って、まあ、要するに廃品販売業ですかね。
 それと、銀座線に乗って渋谷にも行きます。
 大学三年の夏だったかな、余り前橋が暑かったので、友人と信越線に乗って、軽井沢に行きました。途中、混んでて座れなかったから、デッキに行ったら、そこも一杯。
 そしたら、デッキに座り込んでいた女の子達が、立っている私達に少し場所を空けてくれました。三人組の女の子達でした。
 同年代だったから、すぐ仲良しになってね。色々お話し出来ました。そしたら、彼女たちは渋谷で働いているとの事。学生では無くて、社会人。でも、年齢は同じように見えたけど、歳は聞かなかった。
 楽しかったけど、すぐに軽井沢駅に着いちゃった。勿論、一緒に付いて行きたかったけど、そこまではさすがに出来なかった。仕方なくバイバイして、さみしかったね。
 夏の軽井沢の混雑を歩いて、二人とも、彼女たちに逢いたいなあと、思ってウロウロしてました。
 三時位になって、じゃ帰るか、となって、また軽井沢駅から高崎駅行きの電車に乗りました。またも混んでました。
 暫くしたら、友人が、探しに行こうぜ、と言ったんです。彼女たちもこの電車に乗ってるかも知れないから、探してみようと。
 やはり、友達も会いたくて仕方なかったんでしょう。そんな偶然はねえな、と思いながらも、混んでる電車の中、かき分けて、二人の青年はどんどん行きました。
 今思えば、ひたすら綺麗な雌を追いかける雄の本能でしょうね。
 そしたら、何番目かの車両に居たんですよ!!!!! 彼女たちが。嘘みたいでした。やはり、来る時と同じでデッキに座って。双方、嬉しくて興奮しましたね。混んでなければ、手を取り合って、或いは、抱き合っていたかも。
 やはり、彼女たちも逢いたかったんでしょう。それから、高崎までまた楽しくお話ししました。お姉さんみたいな子、色白で如何にも都会的な子、スタイルの良い子。今でもはっきりと覚えています。
 乗ってる電車が故障して止まれば良いと思いましたが、すぐに高崎駅に着いてしまいました。
 駅でまた、別れです。お互い、名前も聞きませんでした。
 人混みの中、手を振りながら、彼女たちは去って行きました。改札を通っても振り返って、手を振っていました。追いかけたくもなりました。これも雄の本能ですかね。
 渋谷が勤めだと聞きましたから、それから、渋谷の交差点に来ると、どの辺りに居るのかな、と、彼方此方眺めます。分かる筈無いです。名前も知らないんですから。
 今でも、渋谷に行くと、夏の三人組の女の子達の事を思い出します。
  
     
      俳句

青空に 人波揺れて 軽井沢

振り返り 手を振りながら 姿消す

電離層、どうした?


 ここ半年以上、もう交信していない。と言うか、交信できない。七メガが殆どだが、何時聞いてもコンデションが悪い。
 聞こえたかなと思うと、大抵、片パスである。交信してる双方の局が聞こえない。片方の局しか聞こえて来ない。そうすると、ワッチしていてもつまらないから、直ぐにスイッチを切ってしまう。
 こんな事は、アマ無線を始めてから50数年間、一度も経験した事がない。
 電離層が、ぶっ壊れてしまったのではないか。
 ネットを見ると、限界周波数などのリポートがあるが、どうやら電波が反射せずに突き抜けて行ってしまってるようだ。それだと、少し遠くにはもう電波は届かなくなる。空間波だから電力は関係ない。
 この原因は何だろうか。
 どうも、ここ何十年の異常気象と大いに関係がありそうな気がする。オゾンホールが年々拡大しているそうだが、電子層も恐らく、異常な状態になっているのではないか。
 このままだと、アマ無線はますます衰退して行ってしまう。交信の楽しみもなければ、当たり前である。
 430、144、50ならば、電離層の影響は少ないから、支障はないと思うが、開局以来、3半、7,14,21がメインで、そのままずっと来たから、どうも他のバンドは行きにくい。
 昭和40年、西暦1965年辺りは、10ワットでも世界中に電波が飛んで行ったが、あの状況は、どうしちゃったのだろうか。
 天の神様、他に何の楽しみもない、若い女性とは全く無縁になった、幾ばくも無い、可哀想な古稀老人の楽しみを奪わないでください。

     俳句

朝雨に 流れ増したる 利根の水

白き雲 草茂れるや 墓参り


76とは何か


 76でピント来た方は、恐らく私と同世代の方でしょう。そうです、真空管の事です。詳しく言えば、傍熱型三極真空管です。ラジオの時代にはよく使われました。
 UZ6C6、UY76、UZ6ZP1、KX12Fの並四級式ラジオは中学校の時に作った記憶があります。
 この76を使って、私はモールス用の低周波発振器を作りました。中学二年の時だったと思います。回路図は、電気通信術の最後に書いてあったものです。
 こんなものでも、中学生の私にはなかなか難しくて、さんざん苦労した挙げ句、やっと鳴り出した時は、その音にびっくりしました。500ヘルツ位の音でした。一寸低すぎるので、グリッド抵抗を変更して800ヘルツ程にしました。
 これで、友達と理科室でモールスの練習を始めました。放課後から夕方まで練習しました。もう60年近くも前の事です。電信の事を聞ける人が居ませんでしたので、全て手探りでした。
 アルファベットから始めましたので、今でも欧文の方が得意です。中学辺りから暗記受信の練習すると、モールス音を解読する感じではなくて、聞いたままと言う感じになります。
 それに対して、和文は、20代の終わり位に、一アマを受けるために練習したので、筆記受信の練習となり、今でも解読または翻訳と言う意識があります。
 小学校の低学年辺りから電信の練習をすれば、日本語と同じようになるかもしれないと思います。
 回路図を載せました。大変懐かしいです。 


      
     俳句

黄昏の 理科室の窓 夕日射す