上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

脂肪肝

 少し前、追記で、不倫をされてる、気の毒な夫の救済策を書いた。 
 まあ、私が男なので、心情的に、ついつい、男側に立って、書いた訳である。 
 だが、暫くして、これは、気の毒な妻側からの救済策も書かないと、不公平だと気付いた。
 自分勝手な夫に浮気、不倫され、毎日、嘆き悲しんでいる妻も、世に、すごく多い事と思う。
 そこで、一寸、遅れてしまったが、今回は、不倫されてる妻の救済策を考えて見ることにした。
 以下、順を追って、説明をする。
 まず、不倫してる男のデートの時期、即ち、愛人と逢う日だが、一緒に生活してる妻からすれば、大体、夫の態度等から、まず見当がつくと思う。
 その周期は、まあ、年齢にも依るが、五十代であれば、一週間、もしくは、十日間位に一度位だろう。 
 また、浮気男は、その日が近づくと、自然とウキウキした表情になるから、それからも、逢う日は予測できる筈だ。  
 そしたら、だ。
 そのデートの前夜、猛攻撃を掛けるのだ。駄目と言おうが、拒否しようが、一切、構わない。肉体の特攻攻撃である。
 どんな男も、デート前日は、精液が満杯に溜まっているから、一寸した性的刺激に敏感に反応してしまう。
 ましてや、女が抱きついてくれば、猛烈に勃起するのは、避けることは出来ない。
 そこを執拗に攻めるのだ。何度もだ。出来れば、明け方位まで。
 そうして、精液を空っぽにしてしまう。
 そうすれば、翌日のデートで、不倫男は、不眠に加えて、精液も無いかから、セックスは出来ないか、出来たとしても不完全だろう。 
 で、そういうのが続けば、相手の女は、嫌気が差して、その不倫は終わると思う。
 次は、夫の体調を崩してしまう方法です。
 デートの前夜、夫の食事の中に、少し腐ったおかずを入れておけば、翌朝から下痢になるから、デートの時、体力が落ちて性欲は激減し、セックス不可能となるだろう。
 ただし、腐った量が多すぎると、重症になるから、そこは気をつける必要がある。
 さて、微妙な心理作戦も、かなり効果的のようだ。
 その方法とは、夫のパンツ、すべてに番号を書いてしまうのだ。
 実は、これ、私が、以前、知り合いの女性から聞いた事である。
 その女性が、ある日、不倫相手と、行きつけのホテルに入った。
 で、しばしの汗かき運動が終わって、男が帰り支度を始めた。ふと見たら、男のパンツに8と大きく番号が書かれているではないか。
 どうやら、8枚目のパンツと言う事らしい。きっと、男の奥さんが書いたのだろう。
 そしたら、その女性は、奥さんにしっかりと管理されてる男に、何か急に嫌気が差して、その後、不倫をお終いにしたと言う。
 そう、だから、パンツだけでなく、シャツにも番号を書けば、一層効果的かも知れない。
 要するに、至る所に、妻の手が入り込んでいる事を示してやれば良い。
 更に、この手段を発展させるとすれば、夫のパンツや上着、ハンカチに、自分が使っている香水を少し振り掛けておくのも良い方法だと思う。
 丁度、犬が電信柱にションベンして、匂いを付けて、縄張りを示すのと同じ原理である。
 妻の香水に気付いた、不倫相手の女は、それで、熱が冷める筈である。
 さて、次は長期的な作戦。
 セックスは、体調が良くないと、しても気持ち良くない。そこで、毎日の食事に、なるべく塩分を多く入れるようにする。 
 こうすると、やがては、高血圧になり、体調不良になるから、不倫もしたくなくなる筈である。
 塩分に加えて、脂っこい物を多くして、脂肪肝にするのも、良い手段である。それにより、肝臓機能が低下して、精力が減退するからだ。
 えっ、そんなひどい事は出来ないって? うーん、旦那さんを愛しているんですね。
 そうであれば、ここは、夫に好きに不倫をさせてあげなさい。普通の場合、三年もすれば、男は飽きますから。
 えっ、もう五年も続いているって? それは恐らく、不倫相手の女が、相当の名器の持ち主の可能性がありますね。
 そうだとすると、もう死ぬまで不倫するかも知れませんよ。男は名器に弱いですから。
 ならば、それに対する方策は、二つです。
 貴女自身も不倫を始める事です。
 夫婦、お互い、好きに不倫すれば、いいのです。
 こうなると、夫婦間のセックスはないですが、まあ、セックスは無くても、夫婦としての生活は送れるでしょう。
 それで良し、と言う夫婦も、この世に多く居るのではないかと思います。
 まあ、夫婦不倫は、夫の不倫を止めることは出来ませんが、貴女も不倫することで、嫉妬とか、無くなり、貴女の苦悩は、一応、減りますよね。
 それで、暫く、様子を見たら、どうでしょうか。
 もしかして、妻の不倫に気付いて、夫が、不倫を止めることも・・・、そんなあ事は無いですか。甘いな、私は。
 えっ、不倫する相手の男が見つからないって?
 そうですか。まあ、不倫相手が見つからない事もありますよね。見つからなければ、貴女が不倫するのは諦めるしかないです。
 何だって、体重が80キロもあるんですか。それじゃあ、不倫相手が居ないのは、当然です。誰だって、押し潰されたくはないです。
 男はね、いつも綺麗なお人形さんとセックスしたいと思って居るんですから。
 それは、貴女、少しは痩せて、女としての魅力を増して下さい。そうすれば、夫も不倫を止めて、戻って来るかも知れませんよ。
 不倫してる夫は、勿論、良くないですが、妻も、女としての努力を、結婚後に怠るのはあまり良いことではないと思います。
 よく聞くけど、結婚したら、括れが消えてしまったなんて、言語道断ですよ。
 幾つになっても、セクシーで美しい女に惹かれるのが、男の本能ですから。 
 さて、自分も不倫して、夫とのバランスを取る方法は、気が進まないというのであれば、残された手段としては、離婚もあります。
 離婚は、最終的な手段ですね。でも、人によっては、それが最善という人も居るかと思います。
 ただ、貴女自身に経済的自立力がないと、離婚は得策ではないです。
 古稀まで生きて来た私の、多少の狡さを交えて判断すれば、不倫は、腹が立ちますが、まあ、知らん振りして、離婚はせず、放置しておくのも、賢明なる判断かなと思います。
 そうして、此処は割り切ることです。即ち、夫は、給料の運び屋さんだと。
 そう割り切ってしまえば、少しは気持ちが楽になると思います。
 それに、貴女の夫は、どうせ大した男じゃあないんでしょう。だから、相手の女だって、ブス女に決まってますよ。だから、あんまり嫉妬する必要も無いですよ。
 えっ、家の夫をあまり馬鹿にしないでって? あー、つい失礼しました。
 えーと、話はどこまで行ったかな。
 そうそう、離婚して、男を見つけて再婚しても、その夫が、また浮気するかも知れませんよ。
 まあ、生涯に一度も浮気しない男は、希有だと思います。私が、周りの男に聞いた限りでは、そんな感じですね。
 あの、えらーい国会議員さんでさえ、沢山の人が浮気してますよね。まあ、バレた人しか知りませんけどね。
 男は、不倫しながらも、奥さんが好きという人も珍しくないですから、余り短気に物事を決めない方が良いかなとも思います。
 うーん、一口に不倫と言っても、様々な形があるので、明快で効果的な救済策は、改めて難しいものと思いました。
 不倫で悩んでいる女性が、何とか方策を考えて、幸せで安穏な日を送れるように祈ってます。


追記
 不倫は、今後も人類続く限り、あるでしょう。
 それは、男と女の、何時までも終わらないドラマですから。




俳句


不倫して 夫婦ホテルで 鉢合わせ (W不倫でよくある事例です)



潤滑油

 古稀まで生きてきて、座右銘を問われれば、躊躇する事無く、「余裕」と答える。
 即ち、一番大切なものは、精神的な余裕を失わないという事。 
 我が人生を振り返れば、失敗するのは、いつも余裕を失った時であり、何事か、うまく行った時は、十分な余裕を持って行動した時であった。
 余裕は、言わば、脳の潤滑油かも知れない。
 潤滑油がなくなれば、間違いなく、どんな機械も故障する。
 もし、目の前で、カンカンに怒っている人が居れば、それが、即ち、余裕ゼロの状態です。まあ、こうなっては、何事も、うまく行く事は無いと思います。
 ええ、どんな話し合いも、取引も、うまく行く事は有り得ません。
 では、余裕とは何なのか。それは、のんびりしてる事とは、かなり違います。
 なかなか説明が難しいので、私の実例でお話しします。
 ある朝、教頭が校長室に、一大事とばかりに、駆け込んで来た。
 聞けば、例の男が、黒塗りの車で乗り込んで来たと言う。
 彼の娘は中学二年生、良い子なのだが、少し前から、周りの生徒と少しトラブルを起こしていた。 
 トラブルは、学校の対応が悪いからだと、以前から、文句の電話が来ていた。
 それで、とうとう、切れた男が怒鳴り込んで来たと言う訳である。 
 この男は、フィリピンパブの店を持っていた。フィリピンから、沢山、若い女の子を連れて来ては、自分の店で、接待やダンス等をさせていた。
 まあ、その筋ではないが、その筋に近い人である。教頭は、もう青くなって動転している。
 クラス担任ではなくて、私と直接、話をしたいとの事である。それなら、校長室に案内するよう、指示した。
 男はサングラスを掛けたまま、無言で校長室に入ってきた。
 会うのは、今日が初めてである。
 背は高くないが、横幅は、それなりにある。まあまあの威圧感も感じた。
 向き合うと、どうしても押し問答になってしまった。
 向こうは担任や主任、最後は、校長の対応が悪いと大声で罵り始めた。私も、こんなサングラスにすぐ負ける訳には行かないから、同じように言い返した。
 段々、険悪なモードになって来た。側に控えている教頭の顔は、もう、すっかり青ざめていた。
 このままでは、間違いなく、話は決裂、最悪の状態になりそうだった。
 そうなれば、車に乗って居る若い衆が乗り込んで来るかも知れない。
 内心、私は、もう、そうなったら、それでも構わないと思った。来た所で、すぐにナイフ等を持ち出すまでは行かないと踏んでいた。
 やがて、話は膠着状態になり、二人とも、黙ってしまった。
 正に、息詰まる瞬間である。
 ふと見ると、相手は、手で無意識にテーブルを音を立てずに叩いていた。それが、いつもの癖らしい。
 相手は、非常にイライラしている。すぐにも切れてしまうかも知れない。
 相手の様子を見て、逆に、私は余裕を失っている自分に、漸く、気付いた。
 これでは駄目だ。
 私は、一息入れて、余裕を取り戻した。戦術転換である。
「ところで、あんたの、その店だけど、どうなんだい、いい女は、いるかね」
 いきなり、違う方向から話が再開したから、相手は、ひどくビックリした。
「えっ? 女だって? そりゃ、いるさあ、いい女ばっかり選んで連れて来るんだから」
「で、歳は、どれ位なんだ」
「ここだけの話だけど、十八才以下のもいるよ。店に出す時は、20歳にしてるけどな」 
「ほう、良いねえ、そいつは素晴らしい店だ。じゃあ、今度、行くから、とびきりの女を俺に紹介してくれないか?」
「そうだな、うん、いいよ、校長さんなら、処女マンの、特別いい女を出すよ。フルコースまでOKにしてくよ」
 フルコースとは、何のことか、私は何も知らないが、此処は、躊躇無く、応じるに限る。
「よし、じゃあ、約束だ。行く時は、数日前に電話するよ」
 言うと同時に、私は手を出して、彼と握手をした。
 途端に、さっきまでの険悪ムードは、雲散霧消してしまった。
 その後、私も穏やかに話をし、彼も友好的になり、話し合いは、良い結論で終わった。
 これが、余裕である。
 一歩引いて、違う角度から構え直したのである。討論に夢中になりすぎてしまうのは駄目なのである。一歩引くのだ。
 後日、私は、約束を果たすために、繁華街にある、彼の店に行った。
 風俗店に、それほどの馴染みはないが、此処は、どうしても約束は守らなければならない。破ったら、それで人間関係は終わりである。
 ギラギラと派手なイルミネーションが点滅する店に入ると、中では、ブラジャーと極小パンツ姿の若い子達が、少し高いステージの上で、妙な形に体をくねらせて、懸命に踊りまくっていた。
 近くに居た黒服に、社長はいるか、と言うと、すぐに走って行った。  
 その後の事は、主題から外れてしまうので、省略します。
 さて、最近、新聞テレビなどで、身内の殺人事件などが、多く報じられている。
 こんな場合、当事者に、ほんの少しでも、余裕があったら、悲惨な事件にならずに済んだのにと、本当に残念な思いである。
 自殺だって、余裕を失ってるから、自殺してしまうのだと思う。そんな時は、一歩下がって、笑顔を取り戻してから、考えれば良いと思う。
 そう、余裕を取り戻すには、笑顔が一番効果的だ。
 余談だが、最近、笑う事は脳の健康に極めて良い事が、様々な研究で分かって来た。  
 諺として知られる、笑う門には福来たる、は嘘ではなかったようです。 
 と言う事で、今、猛烈に怒っている貴女。とにかく、まずは余裕を持ちましょう。
 今後は、怒る前に、笑顔で余裕を作りましょう。そうすれば、怒らなくても済むと思います。
 試しに、うんと笑いながら怒ってみて下さい。出来ないでしょう? 
 まだ説明不足かも知れないですが、記憶用のスローガンを幾つか。。
 余裕は脳の潤滑油。余裕は笑顔。余裕は一歩引く事。余裕はユーモア。余裕は客観視。余裕は対象に夢中になりすぎない事。余裕は別の視点から自分を見る事。 
 他にも沢山の実例があるが、長くなり過ぎたので、この辺で。




俳句


人生は 何事もまず 笑いましょ


幽霊さん

 以前から、寝る時に考え事をするのが習慣である。
 まあ、しない時もあるが、大抵は、何か考える。それで、いつの間にか、寝入ってしまうと言うのが、私の就寝の典型的なパターンである。
 時には、夢中になって考えてしまい、寝るどころか、二時間も三時間も考えてしまう事もある。
 寝付きは良いが、考え出すと、脳が活性化してしまうらしい。
 物理が好きだから、重力とは何か? 光の本質は何か? そんな事を考え出すと、まず、間違いなく、二時間は寝られない事になる。
 でも、その後、納得すれば、すぐに寝て、石の如く熟睡してしまうから、翌朝、起きるのに、睡眠不足などの支障を感じた事はない。
 よく寝たくても寝られないと言う人が居るが、信じられない。 
 恐らく、その人は、心身のエネルギーを使い切っていないのだと思う。
 適度に脳を使い、適度に体を使って、即ち、運動して、それから、横になれば、安眠できる筈である。
 ただ、過ぎたるは及ばざるで、頭を使い過ぎると、疲れた過ぎた神経は興奮するから、今度は眠れない事になる。それは体も同じ。
 えっ、適度に心身を使っているけど、それでも、眠れないって?
 うん、それはですね、脳が心身の疲労状況を正確にキャッチしてない事から、起きる脳内エラーですね。
 即ち、脳が、今は、眠る時期ではないと、誤判断してしまっているのです。
 その詳細は書き出すと、超長くなるし、専門的な事は、ブログに相応しくないから止めます。
 さて、寝付きの良い私だが、どうしても寝られない時もありました。
 山奥で新米教員の頃、先輩から宿直を頼まれる事が多かった。
 宿直というのは、夜、校舎に一人泊まって、警備するという事です。今、考えると、何の意味のない事でしたが。
 最初に、校長が私に言ったのは、
「もし、強盗などが来たら、貴方は直ちに逃げて下さい。撃退する必要はありません」
 であれば、宿直など不要であろう。
 さて、昼間は何とも感じないが、夜になり、辺りが闇に包まれると、校舎の状況は一変する。何処か、不安な様相すら、帯びて来る。
 あの平凡な校舎も、十分に、スリラー小説の場面になり得るのである。
 だから、先輩教員達は、宿直は嫌で、新米教員に頼むのである。
 校舎の周りは、山の学校だから、半径1キロ位は、人家は勿論、何も無い。
 全くのひとりぼっちである。
 さて、六時位になると、あの騒がしかった校舎に、もう、人の気配は無くなる。
 宿直は、そこからが仕事である。
 一人で夕飯を作り、食べ終わると、後はする事がない。仕方ないから、テレビを見るのだが、これが、半分故障してて、見る気にならなかった。
 で、十時位には、寝るしかない。
 でも、やはり、緊張します。不安を感じます。当然ですね。一人ですから。
 あれは、そう、真冬の時期でした。  
 もう十二時を過ぎていました。不安で眠れず、横になっていたら、宿直室の外、廊下で、ゆっくりとした足音がしました。
 慌てて耳を澄ますと、確かに、微かな足音です。
 聞こえなくなったと思うと、また、足音が近づいて来ました。誰かが、辺りの様子を窺っているようです。
 宿直室の隅には、護身用のバットが置いてあるので、それを持って、廊下に出ようかと思いましたが、情けない事に、出来なかったですね。
 もう何か、スリラーの世界に、すっかり引き込まれて居ますから、普段なら、確かめに出たと思いますが、出来ない。恐怖が体を縛ってるから、動けない。
 今、思い出してみれば、滑稽にさえ思えますが、その時は、必死でした。
 足音のお陰で、もう、その後は眠れません。ずっと、起きてました。 
 三時半頃、校舎の外では、冬の強風が電線で唸り、不気味な音を立てていました。今にも、化け物が現れそうです。
 宿直室の雨戸はガタガタと激しく揺れて、とても眠れる環境では無かったです。
 見ると、雨戸のとこには、新聞紙が幾つも落ちていました。
 雨戸の騒音で眠れないので、誰かが、揺れる雨戸を押さえようとして、隙間に挟んだのでしょう。すぐに擦れ落ちて役立たず、でした。 
 その内に、ものすごい轟音が強風の中から、伝わって来ました。
 畳が上下に振動しました。何かが倒壊したような音でした。思わず、飛び上がりました。  
 さすがに、この時は、責任感から行かねばと思い、バットを手に立ち上がりました。
 泥棒が何かを壊しているのでは無いかと思ったのです。
 逃げればと校長は言いましたが、当時、血気盛んな青年でしたから、逃げるのは嫌なんですね、やはり。
 雄は、生まれつき戦うように出来ているみたいです。雌を守ろう、いや、奪われまいとする本能だね。 
 人間、一旦、立ち上がると決めれば、もう恐怖は無かったです。体力的には、まだ若かったですから、どんな相手が来ても負けない自信も、ありました。 
 部屋のドアを開けると、寒風が一気に吹き込んで来ました。木造のボロ校舎でしたから。音のした方向に、バットを固く握りしめ、暗く長い廊下を、一歩、また一歩と前進。
 ライトは電池が切れて、点きませんでした。しかし、その方が泥棒に気付かれないので、却って、良いと判断しました。
 強風で、廊下の窓は、ガタガタと鳴り続けています。
 すると、冷たい風が一段と、前から強く吹き付けてきました。これは変だなと思いました。一応、ボロ校舎ですが、戸締まりの形は、ある訳ですから。
 昇降口まで来たら、何と、大きな入り口のガラス戸が倒壊していました。辺りにガラスの破片が飛び散っています。轟音がした訳です。真冬の強風に耐えられなくなったのでしょう。
 考えてみれば、こんな真冬、しかも強風の日、山奥の学校に、好き好んで来る泥棒は居る筈もありませんでした。
 標高1500メートル、冬期は、マイナス20度位にもなる場所でした。
 安心すると、思わず、全身から力が抜けて、深い溜息が出ました。
 諺に言う、幽霊の正体見たり、枯れ尾花ですね。
 なあーんだ、大したことないって? じゃあ、貴方も一度、宿直してみて下さい。 
 足音ですか? うーん、もしかして幽霊だったかも知れない。それからも、偶に、聞こえてきました。幽霊さんだと言う事にして、気にしない事にしました。
 未だに何の音か、不明です。ええ、足音だと思いました。 
 それから、何度も宿直がありましたが、眠れるようになるまで、何と、一年はかかりました。
 ほんとは臆病なのかも知れませんね、私は。
 今も、老妻の腕力に怯えてる位ですから。




俳句


山奥で 寝れば足音 風の音

月刊誌

 文藝春秋社というのは、「父帰る」などの著作がある、作家でもあった菊池寛が大正の終わり頃、創業したものである。
 そこから出版されていた月刊誌である文藝春秋を、私は、40年間ほど購読していた。
 なかなか読み応えのある内容が多かったので、ついつい40年間も読み続けたのである。
 ところが、退職する頃から、何か急に、文藝春秋がつまらなくなった。で、退職を契機に、購読を止めてしまった。
 その後は、店頭で見て、面白そうな記事が掲載されている時だけ、買うようにした。
 最近、久し振りに、文藝春秋を店頭で手にして、思わず驚いた。
 まるで、左翼系の雑誌みたいになっていたからである。今までは、タイトルの文芸通り、文化的な記事が多かった。
 これでは、反日、偏向メディアで有名な、朝日、NHK、TBSと変わらなくなってしまった。
 勿論、これまでも政治的な記事が掲載される事はあったが、その場合、賛否両方の論客が意見を述べる形であった。
 賛否両論併記というのが、偏らない雑誌のあるべき姿である。
 それが、まるごと、左寄りになってしまったのは、どう言う事なのか。
 色々と情報を収集したら、現在の社長が左派的な立場の人だと言う。
 それで、右翼の安倍を叩けという事らしい。となると、もう文藝春秋は、文芸雑誌でも教養雑誌でもない、ただの左派扇動雑誌である。
 どうも、この編集に賛同、もしくは、推進する者が、社長周辺に数人、居るのだろう。
 しかし、左派的な雑誌で、どの位売れるのか。
 このままの路線で行けば、恐らく、販売部数は、今後、急激に低下していくと思う。
 文芸的な読者は、偏った、あからさまな政治的記事を良しとしない筈である。
 月刊誌の廃刊が、近年の傾向だが、文藝春秋も、その轍を踏むのかも知れない。
 そうならないために、早急に、経営陣の再構築をした方が良いだろう。 
 地下から菊池寛の怒号が聞こえて来るようだ。 


 政治的な事を、あまりブログに書く気はないのだが、最近の政党離合集散を見ていると、少々、呆れもし、何か言いたくもなって来る。
 政策も信条も違う人間が、単なる合計の多さを目指して、一つの党に集まるというのは、政治の根本を馬鹿にしているとしか思えない。 
 とにかく、新党と言えば、票が集まると思って居るのであろうか。
 いくら何でも、今回の選挙で、そんな軽率な投票をする人は居ないと思う。
 日本は、今、軍事的に危険な状況にある。日本を真剣に守る人達が政権を担ってもらいたいと思う。
 戦争反対と口先だけで叫ぶのは意味がない。そう言えば、多く人に支持されると思って居るのだろう。
 反対と言えば、全て解決すると思って居るのだろうか。
 安保法制に反対するような人達は、祖国を守る事よりも、自分たちの選挙の方に関心があるようだ。
 さて、言いたい事は、本当は、もっとあるのだが、この辺りで止めにしよう。
 でも、少し書いたので、不満が発散された。精神的不満を我慢してると、健康に良くない。貴重な性欲も低下してしまう。
 今度の衆院選、まともな結果が出るように祈っている。
 
追記
 今、ふと思ったのだが、不倫してる女性は、何も知らない、純真な旦那を踏み台にして、その上で楽しんでいるように思える。
 いや、正しく、そう言うことだろう。
 私は不倫と言うのは、まあ、したければ、しても良いと思ってる。
 でも、考えてみると、やはり、踏み台にされてる旦那は、同じ男として考えると、如何にも気の毒で哀れである。
 何とかして、その哀れな旦那を救済してやりたいものだ。
 何か方策は無いものかと考えてみた。
 一つ、思い浮かんだ。
 その解決策として、不倫してる女性は、友達の女を旦那に紹介したら、どうだろうか。
 そうすれば、旦那も楽しい不倫ができるし、勿論、踏み台ではなくなる。また、女性の方も、旦那を騙しているという、後ろめたさも無くなる。
 これで、女性は、安心して不倫できると思うが、この案は、駄目だろうか。
 えっ、旦那が、その相手を気に入って、結婚したいと言い出したら?
 それは、男の側としては、心から、おめでとうと言いたいですね。


  



俳句


国難に 英雄出でよ 我が日本


桐下駄

 夕飯を食べた後、、大きな椅子に寄りかかり、ボーッとしていたら、老妻が部屋に入って来た。
 開口一番。
「靴箱に要らない履き物は、ないですか?」 
「要らない履き物? ああ、あるよ」 
 私も、人生残す所、幾ばくもないから、例の断捨離で、使わなくなったものは、どんどん捨てている。
 だから、老妻にも、不用な私の物は、フリーマーケットで、どんどん売って構わないと、以前、言った事がある。
 そしたら、まだ使っているのも、どんどん売ってしまったので、以後、売ってもいいが、私にも、ぜひ、一応、事前に連絡してもらいたい、と進言した。
 それで、玄関の靴箱には、古い履き物が沢山あるので、売れるものがあるかと、私のとこに聞きに来た訳である。
 どうやら、私の進言が老妻の耳に届いたらしい。これは、実に希有な事である。
 と言うのも、殆どの場合、私の要望、注意は、老妻には馬耳東風なのだ。
 例えば、老妻は、水道の栓を力一杯締めるから、パッキンが、すぐ駄目になってしまう。
 それで、力一杯締めてはいけないと、結婚以来、1000回位も注意したが、今でも、水道栓をねじ切るかのように、力一杯、思い切り締めている。
 だから、我が家では、あちこちの水道栓から、ポタポタと水が垂れている。
 私が、もう呆れて、すぐに治すのを止めたからだ。
 いや、日頃の不満で、つい、話が脱線した。 
 それで、早速、下駄箱を検分して、三足フリーマーケットに出す事にした。中には、買ったきり、履き心地が悪くて、二度位しか履いてないのもあった。新品同様だ。
 でも、こう言うのは、置いても、もう死ぬまで履かないし、単なるゴミだ。
 断捨離に優柔不断は禁物である。
 何でも不用と思ったら、その瞬間に、断捨離するに限る。
 それは、両親の家を解体する時に、強く感じた事である。
 亡くなった両親が残した、沢山の家具、食器、着物など、子どもの誰も、引き取る事が出来なかった。と言うのは、それぞれの自宅にスペースがないからだ。
 であれば、我が子供達も同じ。私が要らない物を沢山残せば、解体作業の時に苦労するだけである。
「この下駄も良いですか?」 
 見ると、桐下駄である。桐下駄など、今の人は知らないと思う。
 亡き父の形見である。
「それは・・・、もう履かないと思うけど、でも、もう少し置いておこう」
 さすがに、即、断捨離はできなかった。つい、情に流された。
 情が、断捨離の大敵である事は分かっているが、やはり、私も情には勝てない。
 下駄は懐かしい。
 子ども時代、大抵、靴よりも下駄で遊んでいた。
 裸足で下駄を履くと、春先などは、本当に清々しくて、気持ちが良かった。
 だから、学生時代も、まだ下駄を履く事が多かった。いや、当時は、私だけでなく、まだ下駄履きの人も多かった。
 ところで、下駄と言えば、一寸した思い出がある。 
 学生時代、微分幾何の講義に、私は20分ほど遅刻してしまった。小さな教室で、入り口は前しか無かった。仕方ない。前から入った。
 その頃、私は、毎日のように下駄履きで、大学に通っていた。
 下駄でも静かに歩けば、他の講義でも、文句を言う教授は居なかった。
 ところが、当時、微分幾何のA教授は、私と犬猿の仲だった。
 その確執は、A教授が、ある説明で、テクニックと言ったのを、私が、この場合、用語としては、テクノロジーが正しいと指摘したことから、始まった。
 勿論、私の方が正しかったから、尚更、深く恨まれる事になった。
 メンツを潰されたA教授の恨みは消えてなかった。
 今か今かと私の隙を狙っていた甲斐があって、報復のチャンス、到来である。
「おい、石原、学内は下駄禁止だぞ。すぐ脱げ」 (石原は私の事)
 と言われて、素直に下駄を脱げば、屈辱そのもの、見事な一本負けの形になる。
 それは出来ない。どうしよう。せめて技あり位にしないと恥である。
「じゃあ、少し待って下さい」 
 そう言うと、私は、教室を出て、柔道部室に行った。そこに居た友人から、靴を借りると、すぐに教室に戻った。
 入って来た私の足下をジロッと見たA教授。今度は、何も言わなかった。
 さて、大学を卒業して、二年目、 A教授の訃報を聞いた。まだ若かったと思う。
 下駄事件の事を思い出すと、正直、すぐには冥福を祈る気持ちになれなかった。
 とは言え、私が生意気盛りの時で、非は私にもあった。
 後に、冥福を祈りました。
 ところで、これは極秘事項なのだが、私に意地悪をした人物は、どう言う訳か、その後、不運に見舞われ、短命になるのである。
 40歳位の時、市内の胃腸科医院に行った。
 会って、すぐに嫌な医者だと分かった。向こうも、嫌な患者だと思ったようだ。
 だから、すぐにも帰りたいと思ったが、直腸検診をした方が良いと言う。
 具合の悪いのは胃なのだから、必要も無い筈である。
 妙な事とは思ったが、2分で終わると言うので、それならと応じた。
 これが、ものすごく痛かった。気絶するかと思った位だ。
 肛門は神経が集中しているから、やり方によっては、激痛で悶絶する。
 普通は、患者の様子を見ながら、徐々に指を入れていくものである。
 これをせず、気にくわない患者の肛門に、憎しみを込めて、指を突っ込んだのだ。
 後で知った事だが、実は、これ、江戸時代から行われている、いわば懲罰である。
 初めて伝馬町の牢屋に入る囚人に身体検査と称して、裸の四つん這いにさせて、肛門に太い棒を思いっきり、強く突っ込むのである。 
 これは死ぬほど痛い。
 どんな極悪人も、これで、忽ち、猫みたいに従順になったそうである。
 暫く、痛みで動けずに居ると、若い看護婦が側に来て、小さな声で言った。
「痛いでしょう、直腸検診は痛いのよ、やり方に気をつけないと」 
 10分ほど経ってから、私は、やっと、立ち上がる事が出来た。
 あの野郎! わざと痛くしやがったな。すぐ死ね! 
 私の、青白く燃える恨み、その祈りが天に通じたらしい。
 果たせるかな、その胃腸科の医師は、僅か二ヶ月後に、急死した。
 その事実を、ある日、訃報欄で知った時、私は思わず、飛び上がり、万歳三唱をした。
 人の死に、万歳三唱をしたのは、それが最初で最後である。 
 どうも、私には、何か不思議な力が備わっているらしい。


追記
 ずっと後に、その医師の冥福も祈りました。



 俳句


懐かしき 下駄の音なり 父来る