上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

この世とは

 ボクシングは好きで、以前は、モハメッド・アリなどの試合、その他を、よく見ました。
 ただ殴り合うだけのボクシングは、一見、如何にも粗野で乱暴に見えますが、実際は、相当に、精神的依存度が高い格闘技です。
 即ち、単なる殴り合いでは無くて、綿密な計算をしながら、戦う競技だと言えます。
 この辺に、何とも言えない魅力を感じるのです。 
 それと、もうひとつ、ボクシングが好きな理由は、多くのボクサーが、知的であり、楽天的なキャラの持ち主が多いと言う事です。
 最近の、村田諒太選手も、快活な性格で、とても好感が持てます。
 この顕著な特性は、ボクシングが西洋発祥のスポーツだからでしょうか。
 対して、日本の相撲や柔道は、選手の性格が暗いので、よい印象はありません。
 この辺は、何とかしてもらいたいものと、個人的には思って居ます。
 さて、ボクシングの映画で、有名なものとして、「ロッキー」があります。
 ボクシングを扱った映画なので、興味を持って、見ましたが、実際には、ロッキーとエイドリアンの恋の物語でした。
 その一場面は、以下の様になってます。
------------------------------------ ADRIAN :We'll get by.
          何とかなるわ
ROCKY : That's just it. I don't want just get by the hard way , you know? I want you to have good things. I want the kid to have good thigs.                  
    そこだよ、貧乏暮らしは厭だ。君と子どもに良い暮らしをさせたい。
ADRIAN : We'll have them.
    その内、そうなるわ
ROCKY : I just think we need them,now,don't you?
    今すぐ、そうなりたいんだ
ADRIAN : Oh,Rocky ,please... you don't have to prove anything.
    お願い、無理して何かしないで
ROCKY : It's all I know,Adrian.
    俺が出来るのはボクシングだけなんだ
ADRIAN : I don't want you to do it.
     でも、ボクシングの試合は止めて
------------------------------------
 強敵アポロと試合して、勝って、裕福な生活をしたいロッキーです。
 それは、勿論、妻エイドリアンと産まれる子供のためです。
 でも、ボクシングは、負けて負傷する事もありますから、エイドリアンは、ひどく心配し、反対しています。
 しかし、此処で、妻エイドリアンの言う様に、試合を止めたら、ロッキーの人生、男としての人生は、それで終わりです。
 男は、家族のために、命を掛けるものと、それは、石器時代の大昔から、決まっていた事です。
 原始時代、家族を守るために、ライオンやクマなど、害獣と戦って、命を落とした男達は、恐らく、数え切れないほど、沢山、居た事と思われます。
 でも、例え、不幸にして死んでも、家族を守る意志は示された訳で、男達に、後悔は無かったと思います。
 さて、見る前の予想と違い、ボクシングは脇役でしたが、若い男女の物語として、なかなかの名作でした。
 ところで、ずっと前に、「アラビアのロレンス」と言う、映画を見た事があります。 
 中東地域に展開された、砂漠の戦争を扱った映画です。
 あの頃は、まだ、街に椅子席のある、大きな映画館があって、確か、70ミリ方式と言う、大画面で見たと思います。
 で、それを見終わった時、「あれ、この映画、そう言えば、女が一人も出て来なかったぞ」と言う、奇妙な印象を持った事を覚えています。
 まあ、戦争映画ですから、群衆などの場面は、当然、あった訳ですから、その中に、女性は居たと思うのですが、画面の中で、はっきりと女性の姿を捉えた事は無かったと記憶してます。
 そんな映画は、あのロレンスだけです。
 その後、沢山の映画を見ましたが、どんな映画でも、男と女は必ず、登場しました。
 それは、男と女の人生を通して、人間の本質に迫ると言う、不可欠の構造を、映画、小説が保有して居るからだと思います。
 渡辺淳一氏も、「小説は、男女の情事を扱うものだ」と、論破しています。
 事実、彼の小説は、野口英世の伝記以外、全て、男女の物語です。
 だから、他の作家の様に、歴史小説とかは、書かなかったのです。
 でも、晩年は、もうテーマが枯渇したのか、多少、歴史に題材を求めたものもありました。
 いや、作家の晩年は、どの作家にしても、もう論じるに値しません。   
 老兵は消えて行くのが、自然かなと思います。
 さて、「風と共に去りぬ」と言う、南北戦争をテーマにした小説があります。
 不朽の名作ですが、これも、戦争映画では無くて、要するに、恋愛物語です。
 確かに、南北戦争の場面は沢山出て来ますが、それは、一寸した息抜きであり、敢えて言えば、レストランで出される、コップ一杯の水と等しいものです。
 今更、煎じ詰めなくても、スカーレットとレットの、正しく、壮大な恋愛物語です。 
 とは言え、南北戦争の場面が、全く無かったしたら、この長い小説は、また、退屈極まりないものになっていた事は、言うまでもありません。
 即ち、読者も、恋愛の場面だけでは飽きてしまったと思います。
 小説と言うのは、作家が、読者を飽きさせない様に、何時までも、夢の世界に浸れる様に、巧妙な仕掛けを、彼方此方に施して、構築されていると言う事ですね。
 即ち、どの位、読者を騙せるか、それが、作家の腕前と言う事かも知れません。
 さて、最近、本が、小説が、あまり売れなくなって、本屋さんは大変のようです。
 我が街の本屋も、以前は沢山ありましたが、今は、殆ど潰れてしまいました。
 よく学校帰りに、街角の本屋に寄ったものでしたが、今は、もう大きな本屋しか、残っていません。
 もう大分前から、出版業界は、凋落の一途を辿ってますね。
 夏目漱石や松本清張みたいな作家が登場しないと、この低落傾向に歯止めが掛かる事は無いでしょう。
 待たれるのは、言わば、作家の藤井四段ですね。 
 いや、著名な作家の登場だけでは、出版業界の不況改善は、明らかに不十分です。
 その対策として、まずは、本の価格を、自由価格にして、本屋が自由競争出来る様にする事が、不可欠だと思います。
 凡そ、資本主義社会にあって、価格競争が無いのは、不公平、不合理と言うものです。
 話は、ズレますが、それは開業医も同じです。開業医も自由競争させるべきです。
 呆れるほどの優遇税制と診療費無競争に支えられている開業医は、医療費沸騰の、最大の元凶、性悪のガンです。
 さて、不況の出版界ですが、私の個人的希望としては、小説では、美しく、魅力ある女性が、スカーレット・オハラみたいな、主人公の小説、是非、読みたいです。 
 それと、映画であれば、マリリン・モンローみたいな女優さん、是非、出て来て欲しいです。
 因みに、マリリン・モンローは、人類史上、最高の女性と言うのが、私の評価です。 
 


俳句


この世とは 男と女 それだけだ



荷風さんの傘

 毎日、昼ご飯を済ませると、午後、散歩に出掛けるのが、私の習慣である。
 とは言え、時間は定まっては居ない。
 早ければ、昼ご飯を食べて、すぐに行く事もある。
 逆に、用事で遅くなる時は、五時位からでも散歩に出掛ける事もある。但し、その場合、墓地公園の散歩だけは、避ける。
 と言うのは、人影の絶えた、夕暮れの墓地公園は、散歩していても、どことなく不安で、少しも楽しくないからだ。
 お化けとか、幽霊は、この世に存在しないと、一応、確信はしているが、それでも分からない。
 もしかすると、出て来るかも知れない。
 何時だったか、春先に墓地公園を散歩していた。
 何かで遅くなり、もう夕闇近くで、公園には誰も居なかった。
 となると、私の脚も、自然と、いつもよりは、ずっと速いテンポになった。 
 歩き出して、すぐに、こんな時間に来なきゃあ良かった、と後悔したものだ。
 墓地公園は、その名の通り、広大な公園内に、墓地が彼方此方に点在している。
 その一画を通っていたら、急に、後ろで、大きな足音が聞こえた。
 思わず、振り向き、足音の方向を見つめて、臨戦態勢を取った。
 相手が人間なら、どんな奴でも、引き分け位は出来るだろう。少なくとも、負ける事は無い。でも、幽霊なら、すぐに逃げよう、と思った。
 とにかく、幽霊が相手では、得意の体落としも、十字固めも効かないからだ。
 じっと身構えていると、墓石の辺りから、また、足音がした。
 すぐに、足音は、強い春の風が、数枚重なっている卒塔婆を揺り動かしたものと、分かった。
 そんな事位にと思うが、一人で歩いていて、もう、内心、何処か怯えていたから、ちょっとした卒塔婆の音に驚かされてしまったのだ。
 これが、もし、数人で散歩していたなら、気持ちに余裕があるから、誰も喫驚する事は無かっただろう。
 いや、あの時は、本当に怖かった。
 さて、散歩の時、私は、必ず、大きな95センチの雨傘を携行する事にしている。
 これは、長年、散歩をして来た体験からの所産であって、決して、敬愛する、永井荷風さんの真似では無い。
 因みに、荷風さんの、もう一つのトレードマーク、下駄の方は、履かない。
 下駄は、学生時代まで。
 それに、今は、もう、下駄は見ないし、あっても、相当、高価格でしょうね。
 さて、傘携行の理由だが、ある時、散歩していたら、向こうから、大きな犬がやって来た。
 犬の種類は知らないから、分からない。とにかく、大きめの犬だった。
 中年の婦人が、紐を持っていた。
 繋いである犬なので、安心はしたが、それでも、なるべく近寄らない様に、警戒して擦れ違った。
 ところが、質の悪い犬で、突然、私に吠え掛かって来たのだ。
 恐らく、飼い主の悪い性質が、犬にも移っていたのだと思う。
 まあ、飼い主がいるからと、多少、安心していたら、飛んでも無かった。
 すぐに私は、素早く離れたが、何と、犬は、どんどん追い掛けて来る。
 その婦人は、駄目よとか、何か叫んでいるが、本気で止める気が無い様に見えた。
 さて、逃げると、犬は追い掛けて来るもの、である。
 それは知っていたから、とうとう、立ち止まり、犬と対決した。
 唸り声を上げていたが、さすがに、私の方が身体が大きいせいか、凶悪な犬は止まり、飛びかかっては来なかった。
 恐らく、犬は、私の、がっちりした体形から、これは強い相手と知ったのだろう。
 婦人は、済みませんと頭を下げながら、綱を更に、短く握りしめた。
 私は、犬を睨み付けながら、ゆっくりと移動した。
 この間、僅か、一分位だと思うが、ひどく疲れた。
 犬は、子どもの頃、飼った事があるが、あとは、無いから、大きな犬は、やはり警戒をする。その感覚が犬にも伝わり、犬の方も緊張するのかも知れない。  
 とにかく、犬とは相性が悪いので、散歩の時、犬は困る。
 後で思ったのは、大きな犬だから、婦人の方も力不足で、振り回されてしまったのだ。
 となれば、いくら飼い主がいても、婦人の場合は、全く頼りにならないと分かった。
 以来、護身用の武器として、大きな丈夫な傘を持つ事になったのである。
 それから、傘は、大いに役に立ち、何度か、犬を撃退したものだ。
 いや、犬ばかりか、人間を威嚇、撃退した事もある。 
 ある時期、その公園に、私に懐いていた野良猫、シロが居た。
 いつもの様に、広い芝生の端で餌をやって居たら、小さな犬が、シロを目掛けて襲いかかって来た。
 シロは、サッと身を翻し、素早く、近くの大木に駆け上がった。
 飛んでも無い犬だとばかり、怒った私は、その犬を追いかけ回し、大きな傘で、何度か、コノヤローと、思いっきり、叩いた。
 小さい犬だから、少しも怖くない。
 すると、向こうから、人が猛烈な速さで、走って来るのが見えた。
 40歳位の男が、息を切らして走って来た。
「家の犬を、何で叩くんだあ!」    
 もう、私に飛びかからんばかりである。
 きっと、遠くから、彼の愛犬が、何度も傘で叩かれたのを、見ていたに違いない。
 それで、これは、一大事とばかり、お犬様の救援に駆けつけたのだろう。
 いい大人が二人、芝生で睨み合いとなった。
「あのな、この公園では、犬の放し飼いは違反なんだぞ」
「何も、あんなに叩かなくても良いだろう」
「猫を襲ったから、向こうに行けと、そっと押しただけだ」
「いや、叩いてた、何度も強く叩いてたぞ」
「とにかく、繋いでおけば、良かったんだ」
「猫に餌をやるから、野良猫が増えるんだ。餌やりは駄目だろう」
「そっちの放し飼いは、ウンコをまき散らして、規則違反だ」
 論理は、メチャクチャである。まあ、喧嘩とは、そんなものだ。
 相手は、私と背は同じ位、そうは頑健に見えなかった。 
 この程度ならば、組み討ちで瞬殺、到底、私の敵では無い。
 殴り合いだと、さて、どうなるか、分からない。
 私よりは若いから、スタミナはあるだろう。
 となると、出来れば、無手勝流で行きたいものだ。 
 即ち、喧嘩に至る前に、相手を追い払う戦略である。 
 そこで、手にしていた、大きな傘を、ゆっくりと、如何にも威嚇する様に動かした。
 何時でも、この傘で、犬を叩いた様に、お前を叩くぞ、と言う意思表示である。
 こんな傘でも、目を突かれたら、相手は大怪我を負う事になる。
 相手の男は、私の意図をよく理解したのか、やがて、背を向けて、黙って立ち去った。
 今回の相手は、犬では無かったですが、大きな傘の威力は、絶大でした。
 それ以来、傘は、ますます、不可欠の携行品となりました。
 もしかすると、永井荷風さんも、質の悪い人間を叩くために、傘を持ち歩いていたのかも知れません。
 残念ながら、今となっては、その真意を確かめる術はありません。


      
俳句


芝生での 喧嘩は傘で 勝ちにけり  




裸足の女

 老妻と新婚の頃、前の職場の大先輩が、我が家を訪れた事があります。
 当時、郊外の、小さな一戸建ての借り家に住んで居たのですが、先輩は、何かの用事で近くに来たので、寄ったとの事でした。
 その先輩の頭は、もう、真っ白で、定年間近だったと思います。
 話すのは、二年振りだったと思いますが、懐旧談に興じ、話が尽きなかったです。
 その話の中に出て来た、先輩の言葉を、今でも印象深く覚えています。
「夫婦と言うのはな、歳を取れば取るほど、仲良くなるもんだよ」
 何で、こんな事を言ったのか。 
 推測するに、当時、新婚だった私達に、先輩は、私達の先行きを心配し、人生訓の置き土産をしたようです。
 新婚と言うのは、恋人時代の延長そのもので、喧嘩すれば、すぐにも別れてしまいそうな、不安定さを有していたと思います。
 結婚したからと言って、これから長い人生、ずっと一生、共に生活していくぞ、と言う決意は、私には無かったと思います。 
 好きで無くなったら、すぐにでも、離婚届を書くぞ、と言う気持ちだったと思います。
 この先輩は、山奥の学校に居る時、老妻に、ある日、言ったそうです。
「山を下りると、あの先生は、どっかに行ってしまうから、山を下りる前に、きちんと話を付けておいた方が良い。そうしなさい」
 私が、相当に、いい加減な男に見えたのだと思います。
 山を下りて、街に行けば、また、色んな女性が居るから、あの男は、すぐに心変わりして、貴女と別れる事になるから、早く、しっかりした証文を書いてもらえ、と言う事ですね。
 先輩が、私の所に寄ったのは、恐らく、新婚生活がうまく行ってるか、どうかを確かめたかったのでしょう。
 要するに、老妻が、幸せな生活をしているか、どうかを確認しに来たのでしょう。
 まあ、お節介な先輩ですが、もし、私が先輩の立場に立っていたら、やはり、同じように思った事でしょう。
 可愛い女性が、悪い男に騙されるのを、黙って見てる訳に行かない、と言う事です。 
 先輩から見ると、私は、純情な山の娘を騙す、如何にも極悪な色事師に見えたのかも知れません。
 ところで、新婚時代から、あっと言う間ですが、もう、40年と少し位、過ぎたと思います。
 私も、早や、古稀を過ぎ、老妻も、今年は、とうとう、古稀となります。
 もう、何処から見ても、間違いなく、正真正銘の老夫婦ですね。    
 となると、40年前の先輩の言葉に従えば、今後は、夫婦仲は良くなって行く筈です。 
 果たして、これから、どうなるのでしょうか。
 結婚して、3年目の年が、一番、喧嘩をしたと思います。
 恋人時代が終わったから、かも知れませんね。
 もう、よく覚えていませんが、些細な事が原因だったと思います。
 その後は、もう喧嘩らしい喧嘩をした記憶はありません。
 それなら、仲が良かったかと言えば、悪くは無かったとは言えますが、非常に仲が良かったとは、明言出来ませんね。
 夫婦としては、普通の関係、世間並みの関係、だった事は確かです。
 さて、私が定年退職すると、2年後には老妻も定年退職しました。
 既に、子供達は、独立し、家を出ていました。
 さて、いよいよ、夫婦二人の生活になると、それまでと、夫婦の在り方が、大分、変わりました。
 私が、考え方を少し変えて、家事を手伝うようになったのです。
 まあ、老妻の料理が下手なので、自分で美味しいものを作って食べたいと言うのもありましたが。
 その他に、老妻に何かをしてもらった時は、全て、「ありがとう」と言う様にしました。
 これは、何かの折りに、本だったか、人の話だったか、覚えていませんが、獲得した知恵でした。
 「ありがとう」と言えば、ともかく、それは人間関係の潤滑油になると言うのです。  
 これは、実に効果的でした。
 今では、一寸した事でも、ごく自然に、「ありがとう」の言葉が出る様になりました。
 ところで、退職してから、私は、読書やアマチュア無線、翻訳などをしています。
 老妻は、漢字のクイズ応募や、フリーマーケット、あとは、女性特有のネットワークで、色んな場所に出掛けています。
 お互いに、行き先、日程等、一切、知りませんし、知ろうともしません。
 実は、この生活スタイル、私の要望でした。 
 ずっと前、私の、先輩が、ある日、私に愚痴を言いました。
「退職したら、妻が、どこに行くのでも、イソギンチャクの様に、私に付きまとって来るので、本当に困ったよ」
 恐らく、その奥さんは、やる事が無いので、つまらなくて、それで、夫の後ばかり、追い掛けていたのでしょう。
 これを聞いて、私も、それは、大いに困ると思い、早速、防衛策を実行しました。
 私の退職期日が近づいた時、私は、老妻に、こう明言したのです。
「退職したら、私は、一人で好きな事をするからね。余り、付きまとわないでね」
 これは、一時、老妻を、かなり不機嫌にしたようでした。
 今でも、何かの折りに、これについての恨み言を言う時があります。
 でも、実際は、年に数回、春や秋、東京散歩に泊まりがけで行きますし、市内のレストラン等には、食事で、かなり頻繁に行っています。
 ですから、夫婦で、全く一緒に行動しないと言う事ではありません。  
 しかし、私に、独立宣言をされた老妻は、意地でも、退職後の生活を、老妻自身で構築しようと決心したようです。
 それで、色々と、やる事を考え出して、今では、毎日、何かしら、やって居ます。
 私の宣言は、老妻の自主独立生活を促し、結果的に大成功だったようです。
 老妻自身、時には、「あたしは、やる事を自分で見つけたから、毎日、楽しいよ」と言っています。
 ところで、近所に、親しくしている、ご夫婦が居りますが、その奥さんが、ある日、お茶に来ました。
「家はね、朝飯を食べると、その後は、夕方まで、お互い、はい、さようなら、で、どこに行ったか、分からないわ」
 退職後の、ご夫婦は、もしかすると、こんなパターンが多いのでは無いのでしょうか。
 さて、最近になって、老妻について、一つの発見をしました。 
 老妻は山奥育ち、我が母も農村育ちで、生育環境が、かなり似ていたので、以前でも、日常の行動が、多少は、少し似ている所がありました。
 それが、最近は、話し方、笑い方、歩き方、どれを取っても、ますます、ひどく似て来たのです。
 顔の皺まで似て来ましたので、うっかりしていると、私の母と間違う事もあります。
 そんな両者に共通しているのは、生活上の逞しさ、です。
 例えば、老妻は、家の中で、スリッパを履かず、季節に関係なく、板の間を裸足で歩くのを好んでいます。
 村外の高校に入学するまで、老妻は、スリッパを見た事は無かったそうです。
 恐らく、板の間を裸足で歩くと、故郷を思い出し、懐かしいのだと思います。
 それと、ばい菌に強いのか、少々、傷んだ食物も平気で食べてしまいます。 
 食器などでも、清潔と言う事を、殆ど重視しません。
 山奥には水道が無くて、家の前を流れる小川で、洗い物をしていたそうです。
 なので、食器などを洗うのが、面倒で、丁寧にしなかったようです。
 それと、母も、そうでしたが、老妻も、食品の期限切れなどは、全く、気にしません。
 山奥では、余り食べる物が無かったので、食べ物をひどく大事にする様に、育てられたのだと思います。
 我が母も丈夫でしたが、老妻も、負けず、ゴキブリの様に頑丈です。
 60歳まで、風邪で寝込む事は、一度も無く、仕事を休んだ事も無かったです。
 と言う事で、ますます、亡き母に似て来た老妻を、これも、この世の何かの縁と思い、生涯、大事にするのが、私の天命かなと思います。
 それにしても、山奥育ちで無い、都会育ちの素敵な女を、是非とも、妻にしたいと思っていた私でしたが、とうとう、その夢は叶えられませんでした。
 やはり、人生、思う様には、行かないのだな、と、古稀の今、しみじみと、人生の厳しさを噛み締めています。



俳句


老妻は スリッパあっても 穿きません

夫のパンドラ

 学生の頃、街を歩いていて、お年寄りを見かけると、今現在、自分は、こうして元気だけれど、80歳位になったら、身体能力などは、どうなるのかな、と、ふと考えた事があります。
 特に、身体が不自由で跛行して居る、お年寄りを見たりすると、決して、他人事とは思えず、古稀位になったら、どうなるのか、ひどく心配になった時もありました。
 さて、現実に、還暦を迎え、古稀を迎えてみると、余りと言うか、殆どと言うか、大した変化を感じていません。
 今のところ、大病はしていませんし、筋トレをしてる位ですから、身体的な能力は、何処も衰えを感じません。
 まあ、多少、腕力が衰えているのは、確かだと思います。若い時、ベンチプレスは、160キロ位ありましたが、恐らく、今は、100キロでも無理でしょう。
 でも、今更、ベンチを測定する気にもなりませんから、正確な値は、分かりません。
 測定した所で、何の意味もありませんから。
 若い時は、ベンチ160キロだぞと、女の子に自慢出来ましたが。
 さて、古稀になった現在、肝心の性的能力の方ですが、これも殆ど変化ありません。
 若い時、自分が予測したよりも、どうも、今の老人世代は、かなり体力的精神的に若いようです。
 私が子どもの頃、50歳の男は、もう、かなりのオジさんに見えたものです。
 腰が曲がって、杖を突いて歩く、お婆さんの姿を、あちこちの路地で見かけました。
 今は、そんな人、殆ど、居ないでしょう。
 やはり、生活環境が改善され、それが人々の健康状態に反映されたんでしょうね。
 とは言え、老化の状態が、はっきりと分かるのは、私の年齢まで、古稀までです。
 今後、80歳を超えたら、どうなるのかは、全く分かりません。
 まあ、心配の先取りは意味が無いので、それよりも、日々、若い美しい女性の事を考えるようにしたいと思います。
 さて、先日、前橋で交通事故がありました。
 85歳の男性が、女子高生2人を跳ねて、意識不明にした事故です。
 昨日、その補足記事を見たら、その人は、老人センターに行く途中だったとの事です。
 その老人センターに親しくしてる女性が居て、逢いに行く所だったそうです。
 相手の女性は、80歳位。
 妻が居る男性ですが、運転が危ういにも関わらず、その女性を送り迎えしたりするので、どうしても車に乗る必要があったとの事です。
 交通事故を起こしたのは、遺憾な事ですが、85歳でも、異性に対して、旺盛なる関心を有している事に、驚きと敬意を感じました。
 しかし、今回の事故で、この男性の運転免許は取り消しとなる事でしょう。
 そうすると、好きな女性の送り迎えも出来なくなりますから、この男性の、老いらくの恋は終わる事になります。
 それも一寸、可哀想ですね。
 それにしても、男性は、生涯に渡って、雄として、生き続ける様です。
 然らば、女性はどうか。
 大岡越前の挿話として伝えられているように、それは、女性も同じ事と思います。
「されば、女の道は」
 問われて、女答えるに、「灰になるまで」
 どうも、歳を取ったら、何でも衰退する、と言う訳でも無いようです。
 もっとも、それは、「大病をしない事」が、条件になると思いますが。
 父に負けず、私も、その95歳まで、果敢に生きたいと思うようになりました。
 退職してからは、もう、この先、余り、生きても仕方ない位に思って居たのですが、「老いて学べば、死して朽ちず」であり、この精神で生きれば、充実した日々を送れると、思い直しました。
 勿論、雄として生きるのは、言うまでもありません。
 単なる老人として生きるのでは、上州無線の哲学に反します。
 さて、新聞を捲ると、人生相談の欄がありました。
 読むと、60代の夫が亡くなって、夫の携帯を見たら、愛人や、風俗店の事が、沢山、記録されていて、妻は、大いにショックを受け、また、口惜しい思いをしているが、どう気持ちの整理したら良いか、と言う内容でした。
 これは、もう過去の事ですから、有効な方法なんて、ありませんよ。
 ええ、どうにもなりませんね。
 そもそも、貴女は、ですね、亡くなった夫の携帯を見るべきでは無かったのです。
 完全なマナー違反です。
 見たいのであれば、生前も見るべきだったのです。
 そうすれば、夫は、2台目の携帯を買い、それを秘密携帯にしたと思います。
 夫の携帯を見る事は、苦痛のパンドラの箱、それ以外の何ものでもありません。
 その妻は、何か楽しい事が、携帯に書いてあるかも知れないと、期待したのでしょうか。
 それは、余りにも愚かな事でしたね。
 どんな男も、死ぬまで、一匹の雄として生きる事が分かっていたら、この妻も、携帯を見るような事はしなかったと思います。
 実に、お気の毒ですが、残された奥さんが、その苦しみから逃れるには、その苦しみを忘れる以外、方法はありませんね。
 秘密の箱は、開けてはならないのです。
 例え、夫婦と言えども、です。
 まあ、見て良いのは、夫の貯金通帳位でしょう。
 でも、大した額は、残ってないと思います。
 ええ、愛人のため、風俗嬢のために使ってしまったからです。
 さて、長い人生の日々、ずっと、あたしを騙していたと怒る前に、一寸、考えてみて下さい。
 死ぬまで、愛人の事や風俗の事が、妻である貴女に、分からなかったのは、夫が、大変な努力をして、その事実を覆い隠していたからです。
 ですから、その涙ぐましい、夫の努力を、認めてあげる事です。
 もしかすると、その努力は、貴女への愛情だったのかも知れません。
 さて、夫婦に、永遠の恋愛感情、永遠の異性愛は存在しないように思います。
 現実的な話、妻に異性を感じるのは、20年位、50歳位までが、最高限度かも知れません。
 勿論、夫婦に依りますから、あくまで、大雑把な話です。
 まあ、死ぬまで、熱烈な恋愛感情が続けば、一番良い事ですが。
 夫婦には、あるとすれば、夫婦愛でしょう。
 大変困難な事かも知れませんが、夫が、愛人と会って、幸せであれば、それはそれで、夫が幸せならば、それでいいと思う方が良いかもしれません。
 夫婦の絆を、そのような観点から捉えておくのが、より適切なのかも知れません。
 とは言え、夫婦の在り方は、夫婦の数だけ、この世に存在すると思いますから、自分が納得するような、夫婦関係を追求するのが、最善だとは思います。
 でも、いずれにしても、夫のパンドラの箱は、開けない方が良いと思います。


<あの、夫の浮気を容認しなさい、と言う事ですか?>
<いや、強靱なる夫婦は、ちょっとした浮気位で壊れるものでは無い、と言いたかったんだ>
<亡くなった後も、夫のプライバシーは尊重した方が良いんですね?>
<そうしたほうがいいよ。私も、マリリンの写真を何百枚もパソコンに保存してあるけど、見て欲しくないよ>
<マリリンって、何ですか?>
<若い君は知らないだろうね。美味しいワインの事だよ>



俳句


死ぬ時は パソコン全て 破壊せよ



装いマジック

 ネットを検索していたら、画面の横に、超魅力的な脚が見えた。
 これは無視する訳に行かない。 
 スカートの宣伝らしい。ミニスカートである。
 ジーンズと言うのか、ジーパンの布地で作られたミニスカートで、所々、破れて穴が開いている。
 勿論、メーカーが故意に破いて作った穴だろう。
 ところで、私は、生まれて、この方、ジーパンなるものを穿いた事が無い。
 中学生の頃から流行り出したと思うが、当時、ジーパンを穿くのは、不良少年少女ばかりだったのだ。
 それで、その刷り込みがあるから、もう、ずっと、ジーパンは穿いていないし、未だに、穿く気は無い。
 でも、ジーパンは穿かないが、退職してから、木綿のズボンは愛用している。
 価格が安くて、丈夫だし、破けても汚れても余り気にならないからだ。
 さて、ミニスカートを穿いたモデルさん、脚が、とても綺麗だ。
 今の若い人は、私の時代と違って、余り座る事が無い生活の故か、その脚に大きな膝頭が殆ど見えない。 
 思えば、不思議な脚だ。 
 私の膝頭は、脚からポコンと飛び出ている程だ。見栄えは良くないが、大きな膝頭で、まあ、太い骨だから、丈夫な事は間違いないと思う。
 私の母親も、大きな膝頭を持っていた。
 昔の人は、小さい頃から、毎日、色々と労働したから、負荷が掛かり、それで膝関節が太くなったと、推測される。
 小さい頃、自宅近くの米軍キャンプに遊びに行ったりすると、金髪のお姉ちゃんが半ズボンとランニングシャツで遊んでいたが、思い出すと、その脚が、やはり、膝頭が無かった。
 子供心にも、鮮明に記憶されていますが、すらりとした、白い脚だった。 
 戦後の日本人、生活様式が変わると、忽ち、その体形、スタイルも変化するようですね。
 環境の変化は、想像以上に、人間の体形に大きな影響を持っているようです。
 白人、黒人、アジア人と言うけれど、人種は、意外と、それほどの差は無いのかも知れませんね。
 さて、ミニスカートのカタログに戻りましょう。
 私が気に入った、ミニスカートの名前は、ペンシルスカートと言うようです。
 薄い青の軽快な感じです。
 前から見た姿は、いくら見ても飽きない位、魅力的です。
 それではと、次の画面をクリックしたら、後ろ姿です。
 見た瞬間、驚きです。
 後ろから見ると、私の期待を、全く、裏切ったものになっていました。
 このペンシルスカート、後ろは、単なる半ズボンでした。
 これは・・・、ひどい、有り得ない反則です。
 ええ、レッドカード、退場ものだと思います。
 折角、前から見て、小さな私の胸を時めかせたのに、その期待は見事に外されました。
 うーん、このデザインを考えたのは、間違いなく、女性のデザイナーだと断定出来ます。
 男性のデザイナーならば、間違っても、いや、死んでも、こんな事はしない筈です。
 前で、男を思いっきり、惹きつけておいて、後ろに来たら、途端に、男に背負い投げを食らわして居るのです。
 これは、世の善良な男に対する、フェアなデザインとは、全く以て、言い難いです。
 男を惹きつけたら、最後まで、惹きつけたままにして欲しいものです。
 そこで、私からの、貴重な提案です。
 このミニスカート、後ろが半ズボンになってる理由は、超ミニだと、色んな場面で、男の視線を気にしなくてはならないので、煩わしいからと思われます。
 それ故に、気にしないで動作出来るように、後ろ側だけを、敢えてズボンの形にしたのだと思います。 
 それは、私も、非常に、よく理解出来ます。 
 でも、それで多くの男は、死ぬほど絶望しているのです。 
 その絶望を救うために、是非、後ろ側も、ミニの布で、同じように覆って下さい。 
 そうすれば、前も後ろも、素敵なミニスカートに見えて、尚且つ、男の視線も気にしないで済む筈です。
 これにより、女性の不都合も無くなり、男性の夢も破壊されません。
 メーカーさん、是非、私のデザインに変更して下さるよう、お願いします。
 製品名は、ペンシルスカートなんて変な名前で無くて、ZYOSYUスカートが良いかなと思います。
 そうすれば、このミニスカート、もっと沢山、売れますよ。
 後はですね、ミニスカートの左右サイドに、大腿辺りになりますが、小さな縦長のスリットを入れると、なお宜しいかと思います。
 その縦長スリットですが、スカートの下端まで達するもので無い方が良いです。
 見え過ぎは、逆効果で駄目なのです。
 勿論、ミニスカート前後の縦長スリットは、如何にも露骨になりますから、それは、絶対、避けます。
 うーん、このデザインだと、もう抜群の売れ行きになると思います。
 それと、願わくば、ミニスカデザイナーは、男の職人を当てて、男の気持ちを忖度するようなミニスカートを製作して欲しいです。
 そうすれば、売り上げは、三倍位になると思います。
 ところで、大昔は、ブラジャー等の紐が見えるのは、だらしなくて、良くない装いでしたが、今では、ヒモが見える装いを、かなり頻繁に見かけます。
 きっと、紐が見えた方が良い、と言う男の意見が、メーカーに採用されたのだと思います。  
 実際、紐を見ると、私などは、何故か、ホッとして、親近感と同時に、興奮します。
 これは、説明し難い、妙な感覚ですが、ヒモを出しっぱなしにしている、だらしない女、そんな女性にも、男は、魅力を覚えるようです。
 それと、もうひとつ。
 大昔、年配の叔母さん達が、よくシミチョロをしていました。
 スカートの下端に、下のスリップが少し見えたのです。
 恐らく、着古した娘の長いスリップなんかを、母親が拝借して、着てたのでしょう。
 叔母さん達のシミチョロには、特に感想はありませんでしたが、若い子が、何かの折りに、スカートを翻して、シミチョロをすると、男の私は、胸が痛くなり、ドキドキしたものです。
 これも、メーカーが、素早く、その事実を捉えて、シミチョロタイプのスカートを発売しました。
 それは、極めて俊敏な判断、英断でしたね。
 さて、昨日も、混んでるモールで、若い子が、シミチョロスカートを穿いているのを目撃しました。
 でも、もう、余り胸はドキドキしませんでした。 
 何故なら、そこら中で、白いレースの人為的シミチョロを頻繁に見るようになりましたから、もう、飽きて反応しなくなってしまったのです。
 それは、ブラジャーの紐も同じです。
 何時でも見えるようになると、価値は低下して、もう胸がドキドキしないのです。
 えっ? 折角、女性が努力しているのに、男は我が儘だって。
 うーん、でも、飽きるのが男なんです。本能だと思います。悪しからず。
 ところで、関係ない事だが、最近、余り、スリップを見なくなりましたが、それは、私の愛人だけ事なのか、それとも、全女性がスリップを着用しなくなったのか、よく分かりません。
 綺麗なスリップは、女性の曲線を、一層美しく見せてくれますので、それを着用する女性が減るのは、スリップファンの私としては、とても残念です。
 さて、今日は、ネットで調べ物をしてから、ブログを書くつもりでしたが、心ならずも、横の広告に心を惑わされ、ミニスカの記事となってしまいました。
 それにしても、美しい女性の装いは、楽しいですね。
 男は、それに騙されて、虚の大波に翻弄されて、漂う事で、無上の快楽に浸る事が出来ます。
 要約すれば、その女性の美しさが、男の活動本能を刺激して、それが、科学文化の発展に繋がった事は、大いに肯定出来る事と思います。
 うん、でも、まあ、このペンシルスカート、なかなかユーモアがありました。  


<あの、そうすると、上州無線さんのお気に入りの服装は、ミニスカですか>
<それもあるけど、ウェストが引き締まった、紺のツーピースも好きだよ>
<よく見るビジネススーツですね。それは、また、どうしてですか>
<うん、それはね、見るからに真面目そうな女性の、違う場面を想像するからだよ。その対比に、男は興奮するんだ。その究極は、喪服で、喪服の女が綺麗に見えるのは、そう言う事なんだよ>
<今日は、何か哲学的思索的ですね>
<うん、君も歳取れば、やがて、そのイメージを理解出来るようになる>
<でも、歳取って分かっても、肝心の実行力が無いのでは、いくら哲学的でも空しいですね>
<古稀を誤解してるね。あのな、古稀の威力はすごいんだぞ>
<とても信じられませんね>
<急用は無いけど、これで失礼するよ>


俳句


ミニスカの 後ろ姿を 目追いする