上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

畑の人生

 今日は、保険金と風呂釜の払い込みを済ませてから、その帰途、いつも行くスーパーに車を置いて、そこから散歩しました。
 遠くの公園まで行かないで、散歩に投資する時間を節約するためです。
 この道の近くには、上武国道があり、その側道がとても広く、勿論、車は通らないので散歩に都合が良いのです。
 ずっと以前は、この側道をマラソンして走っていました。
 側道の南側は、国道の擁壁、高い所は5メートル位、が続いていますが、北側は、ずっと地平線まで畑が広がり、ブロッコリーや、いろんな作物が植えられています。
 更に、その畑の、すぐ向こう、北は、もう赤城山です。
 雄大な赤城山は至近距離に迫り、山肌の木がハッキリと見える程です。
 赤城山の長い裾野からは、真っ白な上州武尊が覗いています。
 とても景色が良い道なので、散歩するには、絶好のコースです。
 でも、夏は駄目です。
 舗装道路なので、夏期は道路が焼けて、照り返しがきついです。加えて、日陰もありませんから。
 でも、秋から四月末位までは、散歩には最適でしょう。
 事実、天気の良い日になると、散歩する人を多く見かけます。
 ところで、この広大な畑には、何と、野良猫が住み着いているのです。
 最初、それを知った時は、驚きました。
 野良猫と言えば、住宅地を生活ゾーンとしているもの、と思っていましたが、こんな畑の中にも、野良猫が住んでいるのです。
 半年位前、この道を散歩してたら、少し先の道路脇に軽自動車が止まり、年配の婦人が出て来ました。
 こんな所に止まって、どうしたのかなと不審に思ってたら、何か畑の方に向かって叫んでいます。
 すると、黒い塊が作物の間から、飛び出して来ました。
 それが、この辺に住んでいる、野良猫でした。
 もう、すっかり慣れていると見えて、婦人が用意して来た餌を、頭を忙しく振りながら、懸命に食べていました。
 どうして、この婦人と野良猫が友達になったのか、その経緯は分かりませんが、よくもまあ、こんなにも懐いたものと感心しました。
 猫も性格があって、人懐っこい猫が居ますから、多分、そんな性格の猫だったのでしょう。
 さて、今日も、その場所を通りました。
 試しに、ネコ、ネコと呼んでみましたが、私の声では、猫は、姿を見せる事ありませんでした。
 でも、この近くの畑に潜んで居るのだろうと思います。
 夜は、土管の中、枯れ草の下、作物の葉陰とかで、暑さ寒さを凌いで居るのだと思いますが、それにしても、寂しい生活ですね。
 でも、よく考えると、広大な畑ですから、もしかすると、野良猫は5匹位は、住んで居るかもしれません。
 そうすると、素敵な雌猫も居る事でしょう。
 それなら、それで、ここでの生活も、そう悪くはなさそうだと思い、ホッとしました。
 なんと言っても、広大な世界を闊歩できる事は、動く足を持った動物であれば、その自由こそが、最大の幸せだと思うからです。
 さて、私が目撃した、野良猫は、もう一匹、違う場所に居ます。
 その猫は、勝沢町の信号脇、菜っ葉畑が生活ゾーンのようです。
 前の猫よりも、一ヶ月位後でしたが、ある日、私が散歩してると、50m位先に、中型犬を連れ、散歩してる、やはり年配の婦人が、向こうから近づいて来ました。
 やがて、婦人は立ち止まり、側溝の蓋に何か置いています。
 犬は、側でおとなしく座っています。
 何をしてるか、全く見当がつきませんでしたが、やがて、近づくに連れ、判明しました。
 何と、側溝の上に、茶虎が居て、おばさんが与える餌を食べて居たのです。 
 ですが、私の接近を把握すると、茶虎は、サッと身を翻して、少し離れた、側溝の蓋の下に潜り込んでしまいました。
 近づく私は、危険動物と判断された訳です。 
 普通、猫には、割りと評判が良い私なのですが、彼?には、危険人物と思われたようです。
 雌猫なら、恐らく、逃げなかったと思います。
 それで、潜り込んだ側溝の下で、通り過ぎる私を警戒する目で睨んで居ました。
 君、食事中、悪かったね、会釈しながら、私は通り過ぎました。
 ご婦人にも、猫とのデートを邪魔して、すみませんとばかり、軽く会釈しました。
 それにしても、この茶虎、婦人が連れている中型犬とも仲良しのようです。
 猫が餌を食べてる間、犬は、側で、じっと猫を見ていましたが、吠えたりとか、何もしませんでした。
 三人、いや、一人と二匹は、すごく仲良しなんですね。
 こんな事もあるのかな、何かビックリしましたが、嬉しくもなりました。
 今日も、その信号脇を通りましたが、残念ながら、婦人の散歩時間と合わなかったのでしょうか、婦人も犬も猫も居ませんでした。
 でも、どうして、あの猫達は、この畑に住み着いたのですかね。
 この場所に捨てられたか、他で捨てられて、此処に流れ着いたか、でしょうか。
 小さな猫が此処に来て、この畑で生き抜いて行くのは、大変な事と思います。
 でも、それが猫の天命だから、仕方ないですね。
 しかし、結局は、畑の猫も、町に住む人間も同じかもしれません。
 天命ある限り生きて、そうして、ある日、死んで行く訳ですから。
 さて、新しい風呂釜の価格、高かったです。
 振り込みしながら、画面見て、一桁、多いのではないかとすら、思いました。 
 でも、老妻は新しい風呂釜を大いに気に入ったようです。以下は、老妻の感想です。
「追い炊きが、ものすごく早くて、温かくて気持ち良かったよ」
「お風呂のスイッチを入れると、『お風呂の栓は、してありますか?』って、声が出るので、ありがたいよ」
 そう言えば、ずっと以前、風呂の底栓をせずに、老妻は、お風呂を空焚きした事があったのを思い出しました。
 まあ、高い風呂釜でしたが、老妻が喜んでいるので、良しとしましょう。
 機能が有りすぎて、私にも、まだ、全部は把握出来てません。
 やっと、優先の意味を理解した所です。
 さて、気に入った、お風呂に入って、老妻が、うんと長生きすれば、間違いなく、私の葬式の喪主になれると思います。
 であれば、それは私の予てからの希望が実現する訳ですから、今回、高い投資でしたが、結果的に、十分、投資した甲斐があったと言うものです。
 


俳句


畑にも 猫の人生 春の風