上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

遙かなる記憶

 桜の花が散り、季節は初夏に向かって歩んでいた。
 昼休み、執務室からベランダに出ると、関東平野を囲む、遠くの山脈を眺めた。
 此処は、標高が高いから、関東平野の山々が、殆ど見渡せる。
 長野県の、八ヶ岳、蓼科山など、また晴れた日は、遠く、雪を頂く富士山も見える。
 山歩きは好きで、以前、赤城山の全峰を一日で踏破したり、何度も谷川岳に行ったりしたが、仕事が忙しくなると、段々、山から遠ざかった。
 でも、こうして、窓から遠くの山々を眺めていると、それだけで、何か山に行った気分になれ、心が癒やされた。
 暫く、眺めていると、昼休み終了のチャイムが聞こえて来た。
 そうだ、明日は会議だ。 
 戸棚から、会議の資料を取り出した。十分に下読みをしておかないと、いくら分かり切った会議でも、何が起こるか、分からない。
 どの会議でも、頭の固い人は居るし、殊更、意地の悪い人間がいるものだ。
 集中して資料を読んでいたら、ドアを軽く叩く音。
 ほんの少しだけ開いたドアから、A先生が顔を覗かせた。
「今、いいですか?」
「ええ、いいですよ、どうぞ」
 その風貌は、何処となく、金髪のハリウッドの女優を思わせた。
 栗色の髪の毛、色白で、目の輝きも、鼻の高さも日本人のそれとは、かなり違っていた。
 確か、24歳位だったと思う。
 この四月、私と一緒に、この中学校に赴任して来たのだが、初対面で、お互いの風貌が、何となく似ていた事もあってか、すぐに親しくなった。
 執務室に来て、仕事の話が終わると、彼女は、若い女性らしい、色んな世間話をしてくれた。
 時には、顔を見せたかと思うと、すぐに帰ってしまう事もあったが、その不安定さは、如何にも、若い女性らしかった。
 段々、A先生と話すのが楽しくなっている自分を発見した。 
 一学期が終わり、夏休みに入った、ある日、A先生が、突然、執務室にやって来た。
 夏期休業中で、職員は勤務しているが、生徒は居ないから、学校は、しんと静まりかえっていた。
「あの、一寸、相談があるんですけど」
 見ると、いつもと違って、何か緊張した面持ちにだった。
 何だろうか。人事の事だろうか。それとも、職員間のトラブルか。
「どうぞ、いいですよ、じゃあ、そこへ掛けませんか」
 何となく、長く掛かりそうな気がした。
 A先生の、日本人離れした風貌とスタイルは、モデルにでもなった方が、適切と思われる位の美人である。
 その日は、ひどく短い半ズボンを穿いていたので、ソファに座ると、長く伸びた、白い脚は雪のようだった。
 勿論、こんな格好は、夏期休業中だからだ。いつもでは無い。
「お互い、新しい職場だから、慣れるまで大変だよね」
「いえ、あの、学校の事では無くて、あたしの事なんです」
「貴女の事、ですか?」
「あの、実は、あの、夫が、しないんです、全然、あれを。する気が無いみたいなんです」
「うーん、それは、そうですか」
 一応、意味も無く頷いてはみたが、これは大変な相談だと分かった。
 そこまで、彼女に、信頼されてるのは嬉しかったが、微妙な問題だから、どこまで、答えられるか、不安だった。
「あたしが言うと、そんな事、しなくてもいい、と言うんです」
 2年ほど、付き合ってから、半年位前に結婚したと言うのは、前に聞いていた。
「で、その前は、普通にしていたの」
「普通と言うか、時々は、してました」   
 A先生としては、子どもを作りたいとの事。
 それは、女の本能だから、当然である。
 それにしても、普通の、健康な若い男が、しなくなったのは、何だろうか。
 当たり前の事だが、若い健康な男が、しないで居られる訳が、無いのだ。
 テレビを見ると、独身の、中年男のアイドル達がいるが、彼らだって、1週間も経てば、物理的に、しないでは居られない。
 だから、彼らは、勿論、内密に、それ専用の女性と会っているのだ。
 私から見れば、実に不自然な事である。
 アイドルは結婚すると、人気が落ちると言う事で、表向き、独身にしておくのだろう。
 でも、見せかけの独身、40歳位の、男のアイドル達を見ると、私は、吐き気以外の何ものも感じない。 
 話を戻して、この夫の場合、何で、セックスを拒否しているのだろうか。
 きっと、何か原因はあるのだろうが、A先生に細かい質問は出来ない。
 どうしようかと逡巡していると、A先生が切実な表情で問いかけて来た。
「あの、先生、男の人は、普通、どの位で、セックスするんですか?」
「そうだね、それは個人差もある事だけど、貴女の夫は、とても若いから、少なくとも、週に1回から、3回位だと思うけどね」
「えっ、そんなにですか。もう2ヶ月位、何もしないんです」
 そんなことは、100%有り得ないと思ったが、他人の私が、軽々しく、言うべき事では無い。
 もっとも可能性が高いのは、他の女と浮気が始まったか、または、夫が同性愛者、その何れかだろう。
 何も無くて、若い男が、10日も、セックスしない事は、絶対に不可能だ。
 男の性欲は、ごく単純、物理的なもので、単に、睾丸で作られた精液が溜まるだけだ。
 1週間も経てば、満杯になり、あとは、強烈な性欲が爆発寸前となる。
 その性欲は、女性に対する愛情とは、凡そ全く関係ない。 
 ところで、男の同性愛者は、やれば、何とか普通にセックスは出来るし、子供も産まれる。
 と言うのは、ホモであっても、身体は、解剖学的には、全く普通の男なのだ。
 ただ、脳の性欲回路が違うから、女に向かって、積極的な性欲を感じないと言う事だ。
 さて、話は飛ぶが、私の知り合いの若い女性が、結婚して、新婚旅行に行った。
 その初夜で、男は何も求めて来なかった。
 そればかりか、女性が、それとなく言うと、その行為を頑なに拒否した。
 また、女性の身体に触れようともしなかった。
 翌朝、その女性は、起床すると、すぐさま、ホテルを脱出した。
 家に戻って、母親に報告した。
 勿論、すぐに離婚となった。
 世の中には、こんな不幸な女性も居るんですね。
 その驚きは、想像を超えた事でしょう。
 とは言え、相手の男は、恐らく、不能か、同性愛者だったと思うが、それはそれで、気の毒な事である。
 因みに、私は、そう言った、性的少数者に対する偏見は、何も無い。
 人間、誰しも、両肩に天命を背負って生まれて来るのだ。
 その両肩に背負う物が何であれ、精一杯、天から与えられた人生を生きれば良いのだ。
 話を戻して、私は、A先生に、色々と気楽に聞けないので、何の対策も立てようが無かった。 
 夫の性的能力とか、結婚前の女性関係とか、聞けば、何らかの手掛かりは得られたと思うが、若い女に、あからさまに聞くのは、どうも気が引けた。
 それにしても、まだ結婚して半年である。
 この先が、大変なのは、目に見えている。
 私は、腕組みしたまま、歴代校長の写真を見つめた。
 その後も、何度か、話を聞いたが、どうも、夫には、他に、女が居そうな気がした。
 他の女とセックスをしていなければ、若い男は、絶対に我慢出来ませんよ、と、はっきり言いたかったが、それは、控えめに言っただけだ。
 若い女が、若い男の欲望を理解するのは、到底、無理な事だ。
 大抵の若い女性は、セックスは、男からの愛情の結果と思って居る事だろう。
 男が沢山、頻繁にセックスを求めれば、自分は、沢山愛されていると思うに違いない。
 だが、それは、真っ赤な嘘である。
 さて、夫婦の問題に、他人が立ち入るのは、いくら親しい人でも、自ずと限界がある。
 従って、私は、座視する以外、無かったのである。
 翌年、A先生は、他郡市に転任した。
 彼女に適切なアドバイスを与える事が出来なかった私は、ひどく心残りだった。
 とは言え、実は、そこに、慎重な自分が居たのも、事実であった。
 彼女に、余りにも親身になってしまうのが、実は、怖かったのだ。
 相当に、美しい女だったから、相談に深く関われば、どうしても、二人の心の距離は縮まって、その勢いで、彼女の大きな胸の中に惹き込まれてしまうのでは無いかと、恐れたのだ。
 世の中の、あらゆる場面を見れば分かるように、若く美しい女の魅力に抗する術は、どんな男も保有しては居ない。
 勿論、男としての本能は、ゴーサインを出していたが、私の社会的立場が、必死の、懸命の停止命令を出していたのだ。
 それで、辛うじて、私は踏み止まる事が出来た。
 今思いだしても、実に、危ない瞬間で、私は、急峻な断崖の淵に立っていたのだ。
 翌年、私も、他の都市に転任してしまったので、二度とA先生と再会する機会は無かった。
 それにしても、A先生は、あれから、どうやって、人生の難問を解決しただろうか。


<あの、上州無線さん、美人を前に足踏みとは、珍しいですね>
<うん、例の週刊誌に狙われるからね。食べて行けなくなる>
<やはり、衣食住が優先ですね>
<そうだね。だから、最近、不倫で週刊誌に出てる人は、制御出来ないほどの、強い性欲を感じたんだね。ある意味、それは羨ましいね>
<今、有名女優の不倫が報じられていますが>
<女性は、恋愛すると、発情するから、性欲も、ものすごく強烈になる。だから、それは仕方ないね。何よりも、恋愛対象の男を優先するからね>



俳句


山脈に 遙かな日々を 思い出す