上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

古本屋と母

 貧しい戦後の時代、私の母は、街へ買い物に行くと、その帰途、必ず、古本屋に寄って、三人の子供達に、数冊の古本を買って来てくれた。
 それにしても、あの貧しい戦後の時代、よくぞ、母は、私達子どもに、在り来たりの玩具で無くて、本を買って来てくれたものだ。
 成人してから、その事を、ふと思い出すと、ひどく感心すると同時に、何時だって、涙が出そうになる。
 書いてる今だって、そうだ。
 本当は、まだ若かった母だから、服や化粧品など、買いたい物が、沢山、あったと思うが、手元の僅かな、お金を子供達の古本に回していたのだと思う。
 小学校低学年の私に、どんな本がよいのか、買い物袋を下げながら、古本屋の本棚を眺めている母の姿が、はっきりと脳裏に浮かんで来ます。
 子どもの頃は、古本を買って来た、そんな母の気持ちを、推し量る事など、一度もありませんでした。
 でも、今となると、すごく容易に分かります。
 その古本には、どんな新しい本にも負けない、母の愛情が籠もっていたのです。
 さて、買って来た古本は色々でしたが、その中に、ニュートンの伝記がありました。
 よく知られているように、ニュートンは、変人でしたが、科学の天才は、どこか、そんな面がありますから、仕方ないです。  
 最も、有名なニュートンの言葉として、 
「I was like a boy playing on the sea-shore, and diverting myself now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.」
「私は海岸で遊んでいる少年だ。時々、普通よりも滑らかな小石や綺麗な貝殻を見つけて喜んでいる。しかし、私の前には、真理の大海が、まだ、沢山の謎を秘めて横たわっている」
 ニュートンは、万有引力の法則、微積分法の発明、光のスペクトル分析など、多くの業績を残しましたが、それでも、ニュートン自身としては、大して事は、やっていない、と言ってるのです。 
 この宇宙、自然は、多くの謎に満ちている。とても、人間には、その全てを解明する事は出来ない、とでも言っているかのようです。
 まあ、どんな物理現象も、正確に知れば、知るほど、また、新しい発見が出て来ますからね。
 ニュートンは、物理学者としては、優秀な人でしたが、性格的には、余り、良さげでは無かったようです。
 私も、ニュートン見たいな人とは、一緒に、仕事は、したくないなあ。
 猜疑心とか、いわゆる偏屈な人だったようです。
 それは、幼児の時の環境があったかも知れません。
 母が再婚して、祖母に育てられていた事が、心理的に、大きな影響を及ぼしたのかも知れません。 
 次も、ニュートンの言葉です。
「I can calculate the motion of heavenly bodies but not the madness of people.」
「天体の計算は出来るが、大衆の狂気は、計算出来ない」
 この言葉は、ニュートンの正直な感想でしょう。
 ニュートンは、言うまでもない事ですが、人付き合いが下手で、人間の問題を扱う政治家には、まるで、向いていなかったと思います。
 まあ、自分の資質に適合した道に進む事が出来た、ニュートンは、運が良かったと言う事です。
 下手をすれば、母の側で、一生、農夫として終わっていたかも知れなかったのです。
 さて、母が買ってくれた、ニュートンの本は、ずっと、私の手元、本棚にありましたが、私が学生の時、実家が火事になり、その時に、私の本は全て焼けてしまいました。
 でも、焼けてしまったニュートンの本、その表紙は、今でも、よく覚えています。
 何かを考えているニュートンの顔と、時計の絵が描いてありました。  
 あの有名な、時計を煮てしまった挿話が、表紙になっていたのですね。
 ところで、ニュートンの影響かどうか、分かりませんが、私も物理が好きで、学生の頃、色んな本を読みましたが、結局は、明快には理解出来ませんでした。
 人類史上の、歴史的発見は、やはり、天才にしか解らないようです。
 凡人には、理解出来る範囲が限られているようです。
 それは、凡人が、いくら努力しても、努力で補えるものでは無さそうです。 
 やはり、持って生まれた資質が無いと、駄目なようです。
 あの藤井聡太五段も、有り余る資質を持って、生まれた来たんでしょうね。
 人は、自分が持ってる資質の道に、進むのが最適と言う事です。
 さて、物理現象は、知れば知るほど、奥が深いものですが、それを思い知らされた、私自身の体験として、モーターの動作があります。  
 中学校の頃、電池で模型モーターを回していましたが、そのモーターは、ある回転数に達すると、定速回転となります。
 これは、モーターを回す力に対して、空気抵抗、軸受け抵抗などがあり、それらが、回転数を低下させる方向に働くからです。
 それ故に、モーターは、無限に、早くは回転しないのです。
 これが、中学校レベルの理解でした。
 或いは、高校レベルの教科書です。
 ところが、学生になった時、自分で電磁気学の本を読んでみたら、モーターの回転現象は、更に、複雑だったのです。
 そんな簡単な話では、済まなかったのです。
 それを説明するには、まず、ファラデーの電磁誘導現象を知る必要があります。
 これは、磁界の中で、その磁力線を切るように、導体を動かすと、起電力が生じると言うものです。
 これが、発電機の原理ですね。
 ですから、ファラデーさんが居なかったら、我々は、今も、蝋燭の明かりで本を読んでいただろうと思います。
 それで、モーターには、色々種類がありますが、此処では、説明上、模型モータに多い、マグネットモーターに限定します。
 さて、回転子が回り出すと、どんな現象が起きるのでしょうか。
 回転子は、磁界の中を回って居る事に、気付く必要があります。
 すると、此処で、厭でも、自然に、ファラデーの電磁誘導現象が起きる事になります。
 廻っている回転子のコイルは、磁力線を切ってますから、発電機と同じ動作になり、モーターを回している電源に対して、逆の起電力が生じるのです。
 そうなると、電源と反対の電流を流そうしますから、電源から、もう電流が沢山流れなくなります。
 即ち、モーターが高速回転すればするほど、誘導電圧は大きくなり、同時に、逆起電力も大きくなります。
 ここまで理解が高まると、高速回転しているモーターは、駆動電力が僅かである事、トルクが小さい事などが、容易に理解出来るようになります。
 一見、高速回転しているモーターは、電力を大量に要しているようですが、逆起電力のため、少ししか電流が流れないので、実は、僅かな電力しか使っていません。
 電力を使わない以上、トルクも小さいのです。
 逆に、モーターが低速回転の時は、駆動電流は非常に巨大になります。 
 ですから、この事実により、低速回転のモーターは、そのトルクも巨大となり、電気自動車はギヤ無しでも、原理的には、走れるのです。
 また、電車などは、超巨大モーターを使っていますが、その始動時には、低電圧から徐々に高電圧を掛けて行く理由も、容易に理解出来ます。
 もし、その様な始動手続きをしないと、低速回転の時には、逆起電力が小さいので、大電流が流れてしまい、モーターが焼損してしまうのです。
 モーターの回転数が、上がり出したら、回転子のインピーダンスが上がりますので、少しずつ、印加電圧を上昇させます。
 大きなモーターは、模型モータのように、電源を繋げば、簡単に、回り出すと言うような事は、ありません。 
 もし、仮に、最初から、規定の1600ボルトを加えたら、モーターは、ドカンと大きな音がして、爆発してしまう事でしょう。 
 と言う事で、どうして、モーターは定速回転になるのか、また、高速回転の時、どうして、電流が減少するのか、これを説明するには、電磁誘導現象の理解が不可欠となるのです。 
 単純な空気抵抗等だけでは、モーターが、何故、定速回転になるのかを、正確に、説明出来ない事が、これでよく分かります。 
 物理現象に限らず、この世の物事は、より知れば、知るほど、難解で意外な事実に突き当たる事が多くなります。
 とは言え、美しき女性よりも、複雑怪奇で難解な存在は、他には、無いと言うのが、私の正直な想いです。



俳句


本読めば 子どもの頃を 思い出す