上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

清盛さん

  ハーレム(harlem)とか、大奥なる言葉を聞くと、男なら、誰でも、いや、健康で旺盛なる体力を持つ男は、何となく胸が高鳴ると同時に、何処か、もの悲しさも覚えるかも知れない。
 胸が高鳴るのは、美しき女性が大広間を埋め尽くすほどに、勢揃いしている光景を思い浮かべるからだ。
 もの悲しくなるのは、ハーレムも大奥も、到底、自分には縁が無いと思うから。
 ハーレムを所有する身分になったら、どんなにか、幸福な事だろうか。
 もし、持てたら、その喜びは、正に昇天の想い、うん、本当に昇天してしまうかも知れないが、その歓喜は、もはや、筆舌に尽くせない事だろう。
 でも、ハーレムの所有は出来ないが、ハーレムに行く事は出来る。
 例えば、ニューヨーク市マンハッタン区北部の黒人街。ここなら、何時でも行ける。
 しかし、夕方以降の訪問は、慣れた人なら、ともかく、控えた方が良い。
 または、オランダ西部の、チューリップなどの園芸業の盛んな街。
 えっ、そんな所、行く気は、毛頭、無いって?
 まあ、特に、黒人街、花等に興味が無ければ、そうですよね。 
 さて、最近、中東の、ある国で権力争いが起きているようです。
 それで、その国には王子と呼ばれる人が何十人も居て、その王子達の争いのようですが、こんなに沢山の王子が居たら、当然、後継者問題も大変でしょうね。
 恐らく、その王子達の父親は、即ち、王様だと思いますが、実際には、王子が何人居るのか、または、本当に自分の子なのか、よく分かっていないと思います。
 ハーレム、または、それに相当するものがあれば、こう言う現実は、珍しくなく、見られる事と思います。
 いや、それどころか、たった一人の、我が子でさえ、実は、他の男の子どもだったと言う例が、最近の日本でもありました。
 そのヒロインは、全ての男達の敵、あの憎むべき喜多嶋舞さんです。
 裁判では、DNA検査の結果を基に、明快な決着が付きましたが、彼女は、引退と称して、雲隠れしてしまいました。
 そう言えば、鳥の世界でも、托卵と言う、ずるい行動がありますが、人間が、それをやるのは、甚だしく、道義に悖ると言うものです。
 因みに、私は男なので、托卵的行動には、ひどく憤慨します。
 今は、DNA解析で、親子関係を精密に判定出来るようになりましたが、それでも、相変わらず、他人の子どもを育てている、気の毒な男達が、この世に、少なからず、存在する事は、言うまでもない確かな事と思われます。
 勿論、全てを知っているのは女で、全てを知らないのは男です。 
 まあ、我が子の顔を見て、少しも似てなかったら、DNA鑑定を受ける事をお勧めします。
 真の親子であれば、どっかしらは似ているものです。
 さて、日本史に、有名な平清盛という人が居ます。
 京都大原にある寂光院の住人になった、建礼門院と言う女性は、この清盛の娘です。
 まあ、一応、彼女は清盛と時子との間に生まれたと言う事になっています。あの、忠孝で有名な重盛も同じ母から生まれています。
 清盛の人物像を見ると、如何にも、精力旺盛に見えますが、正に、その通りで、清盛には、他にも、無数の女と、沢山の子どもが居ます。
 因みに、この時代の武将は、誰でも、沢山の女と子どもが居ました。
 跡継ぎを確実にするためと、まあ、男の本能ですね。
 さて、有名な源義経、その母の常磐御前ですが、彼女は、平治の乱で、夫の源義朝が負けて殺されてしまうと、超美人の常磐は、清盛の前に引き出されます。
 平家物語の有名な場面です。
 この時代、負けると、敵方の男は皆殺しです。
 それは、生まれたばかりの赤ん坊でも、男と分かると、即、殺している例は、あの「義経記」の中、静御前の段にも、あります。
 当時、朝廷は死刑を禁止して居たと言う、歴史家の主張もありますが、武家社会は、そんな甘い事では済まなかったと言う事でしょう。 
 ところが、清盛さんは、あの時代として、当然の処置を、常磐の嫡男、頼朝に対して行わなかったのです。殺さず、伊豆に流しています。
 その理由も、今までに、多くの仮説があり過ぎて、はっきりと分かりません。 
 まあ、本当の理由は、清盛さんに聞く以外、分かりませんね。
 歴史家が、後世、色々な説を唱えるのは、暇潰しにしか、思えません。
 過ぎ去った昔の事など、誰も分かる筈はありませんから。
 ましてや、個人の心の内など、分かる筈が無いでしょう。 
 話を戻して、常磐御前には、義経等三人の男の子がいましたから、当然、殺されると思い、常盤御前は、清盛に助命を願い出ました。
「よし、よし、分かった。お前の子ども達三人は助けて遣わそう」
 歴史書では、余り評判がよくない清盛さんですが、本当は、小さな子どもの命を助けた、実は、心優しき男性だったようです。
 常盤御前は、1000人の中から、選ばれた美女だったと言いますから、さすがの清盛さんも、常磐を見ると、もう、どうにも、ならなかったと思われます。    
 女の毛綱は巨象をも繋ぐ、と言いますが、正に、その通りでした。
 常盤御前は、その後、廊の御方と言う女の子、義経の妹になりますが、赤ん坊を産んでいます。
 勿論、言うまでもなく、清盛の子どもですよ。
 何の見返りもなく、いくら心優しい清盛さんでも、そんな事、する筈もありません。
 でも、ですね。
 この時、助けた義経に平家は滅ぼされてしまうのですから、これは、常磐の性的魅力が平家を滅ぼした、とも言えます。
 一寸、美女に手を出したくなったばかりに、清盛は、墓穴を掘ってしまった訳です。
 蛇足ですが、常磐御前は、清盛に飽きられた後、大蔵卿長成の妻になり、沢山の子供を産んだそうです。
 あんな美女でも飽きるとは、信じられません。
 美人の常盤御前、波瀾万丈でしたが、まあまあ、幸せな人生で良かったです。
 さて、心優しき清盛さんですが、ハーレムこそ無かったようですが、その子どもの数は、見当は付きません。
 まあ、当てずっぽうで言えば、生涯で抱いた女は、2000人位かな、子どもは、あの時代ですから、生まれても殆ど育たず、少し成長したのは100人位でしょうか。
 勿論、認知しなかった数も含めての話です。
 ところで、1000人切りは、毎週二人ずつとして、一年で100人なので、10年は掛かる事になります。
 ですから、女性2000人を抱くのに、20年は掛かる事になります。
 これは口で言うほどには、容易な事でないのは、男であれば、よく分かると思います。
 参考までに言えば、一か月だけであれば、10回は可能ですが、それを三か月やれと言われたら、間違いなく死ぬと思います。
 さて、頼朝は歴史書からすると、たった4人の子どもしか居りません。
 天下の将軍ですから、何処でも、好きな女をお手つきに出来たのに、これはどう言う事でしょうか。
 大奥もハーレムも、持たなかったのでしょうか。
 そのような名前こそ無いにしても、同様の組織は、必ずあった筈です。
 それなのに、たった四人とは。
 実に不思議な事です。
 頼朝は浮気が嫌いだった?
 妻政子が怖かった?
 諸説有りますが、これもはっきりと分かりません。
 私自身は、子どもが出来ても、側近によって闇に葬られたものと推測します。
 それは、多分、北条氏の意向が働いていたと思われます。
 四人の子供は、いずれも暗殺、病死となり、頼朝の系統は絶えてしまいました。
 似た例として、豊臣秀吉も、たった4人でした。
 もっとも、秀吉の場合は、彼自身に肉体的問題があったと言う説が有力です。
 今で言えば、精子の数が少なかった等でしょうか。
 それにしても、大奥に何千もの女が居たのに、秀吉さん、これでは、余りにも残念だった事でしょう。
 ところで、普通の健康男性だとして、21世紀の今、ハーレムがあれば、一年で50人は確実ですから、10年で500人位の子どもを作れると思います。
 でも、そうなると、子どもの名前も覚えられないでしょうね。
 私自身、二人の女の子の名前を、小さい頃、間違えて呼んだ思い出があります。 
 子ども500人、それは余りにも、膨大な数ですね。
 それにしても、たかがハーレム、されどハーレム、一日位ならば、是非、行ってみたいものです。


<あの、上州無線さんは、ハーレム、持ちたいですか?>   
<若い頃ならね。今は、もう欲しくないね>
<でも、腹上死が憧れなんでしょ?>
<そうだったわい、忘れてた。でも、やはり、ハーレムは不要だな>
<どうしてですか?>
<今はさ、腹上死するのに、たった一人で十分だからだよ> 


俳句


ハーレムは 欲しかったけど もういらん