上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

待合室

 どうやら、還暦過ぎた辺りから、多くの人に、様々な病気が来訪するらしい。
 私の知人も、退職して五年経った所で、胃の病気になった。
 それまでは、全く病気と無縁で、酒を御飯代わりにして居た人である。
 生まれて、60年も経つと、機械では無いが、金属疲労が起きて、それが、重篤な病気を誘引すると言う事だろう。
 私は、幸いな事に、退職以来、ごく軽い脱腸の手術をした位で、特に、大病には遭遇していない。
 これは、ほんとに有り難い事である。
 とは言え、車の運転では無いが、偶には、ヒヤヒヤする事は、少なくは無い。
 先日、いつもの様に、公園に散歩に出掛けた。
 その日は、50分程度、松林の中を歩き、最後は、薔薇園の散策した。
 真冬だが、薔薇は、辺り一面に咲いている。
 植物は、よく知らないが、薔薇は、一年中、咲いているのだろうか。
 帰りに、公園のトイレに寄った。
 その時、オシッコの出が、いつもより悪く感じたので、我が息子を少し擦った。
 オシッコを押し出すように、手で圧力を加えたのだ。
 因みに、男の宿命である、前立腺肥大は無いので、普段、尿の出が悪い、と言う事は無い。
 天気が良い日で、釣り池には10人位の人影が見えた。
 いつものように、気分良く、帰宅した。
 さて、夕方近くだったと思うが、オシッコでトイレに行った。
 そしたら、ふと、妙な、何か違和感を感じたのだ。   
 何気なく、ふと、下を見たら、便器に、一筋の赤い流れが見えた。
 こんな事は、72年間の人生で、初めての事である。
 しかし、赤い筋は、すぐに止んだ。
 これは、血尿だ。
 途端に、血の気が引いたのか、頭がボーッとなった。
 腎臓癌、膀胱癌、尿路結石、その他、悪いイメージが駆け巡った。
 一瞬の血尿だが、私に致命的なパンチを食らわせた。
 よろめき、ダウンしそうになったが、よろめきながらも、倒れなかった。
 少しずつ、平静さを取り戻した。
 平静さを取り戻す、お呪いは、「人生、すべて天命である」である。
 何が起きても、それは、天の命令、だと言う事だ。
 であれば、ジタバタするのは、無駄な事。
 現在、極めて健康である。何処も悪いような所は無い。
 朝、洗顔する時、表情を観察するが、不健康の陰りは、些かも見えない。
 これで、癌という事は有り得ないだろう、と、まず、ひとつ、推定する。
 それに、若き女性への熱情、性欲、それは少しも衰えていない。
 これは、体力が充実していると言う、何よりの証左でもある。
 大体、癌は、身体の免疫が負けて起きるものだから、癌が身体にあれば、それなりの不具合を感じる筈である。
 これは癌では無い。そう、断定した。
 然らば、何が原因か。
 すると、チンチンの先、亀頭部分の尿道に、僅かだが、浸みる痛みに気付いた。
 この痛みから推定すると、尿道の先端辺りから、出血したのかも知れない。
 血は、明るい赤色で、鮮血である。
 これは、出血部位が、近距離である事を示唆している。 
 腎臓辺りからならば、血液の色は、もう少し、茶か、黒に近くなっている筈だ。
 しかし、近距離だとすると、尿道の先端に、どうして傷が付いたのか。
 不可解である。
 手の爪で傷つけたとしたら、それは亀頭の表面であり、尿道内部は傷つかない筈だ。 
 もし、夢で、妙なる、美脚の美女を見て、思わず興奮して、手でちんちんを掻いたとしても、それでも、尿道の内部に、傷つく事は無い。
 他に考えられる事は、小さな結石が尿道を通過してて、それを知らずに、チンチンを強く擦ったので、尿道に傷ついた、と言うのもある。
 または、陰毛が尿道に入り、それを引っ張り出した時に、傷が出来た。
 まあ、しかし、これは無いなあ、と思う。
 さて、尿道からの出血ならば、いずれにしろ、半日もあれば、止まる筈である。
 腫瘍からの出血ならば、治る事は無いから、今後も、引き続き、出る。  
 最終的に、尿道に傷が出来た原因は、分からないけれど、微かな痛みを尿道に感じたから、そこからの出血と考えるのが、一番妥当だと判断した。
 さて、もう5日ほど経つが、幸いにして、その後、血尿は出て来ない。
 一寸、安心したが、これから、どんどん、他の病気も、やって来るから、安心も、それほどの意味は無い。
 それより、将来、癌が来ても、それに立ち向かう気力を持つようにしよう。 
 それが老後と言うものだ。
 夕飯の時、老妻に言おうか、かなり迷ったが、一応、大丈夫と思ったので、伝えた。
 そしたら、あたしが付き添いますから、すぐに病院に行きましょう、と。
 ひどく心配そうな顔で言う。
 心配するから、言うのを迷ったのである。
 でも、私なりの説明をすると、すぐに安心した表情を見せた。
 翌日の朝、台所に行くと、「大丈夫?」と、老妻。
「平気だ、異常ない」と答えたら、それ以来、もう、老妻は、病気の事は、もう忘れてしまったみたいだ。
 この、老妻の健忘症こそ、ひどく有り難い。
 心配されると、却って、辛いから。
 さて、血尿を見て、ずっと前の、若い頃の、ある場面を思い出した。
 あれは30歳位か、深夜に腹痛を感じて、赤十字病院の緊急外来に行った事がある。
 待合室に行くと、老夫婦の先客が居た。 
 聞けば、夫の方が、突然、初めての血尿だと言う。
「こんな事、初めてなんだよ」と、夫。
 付き添っている老女は、ひどく心配そうな顔であった。
 思えば、あの時の、あの老人と、自分が同じ年齢、同じ血尿になったと言う事だ。
 あの人も、私と同じく、無事であったとは思うが、とは言え、もう、この世に居ないだろう。
 さて、今朝も、血尿は無かった。一応、OKとします。
 でも、やはり、相当に、ショックだったと見えて、血尿目撃以来、オシッコの時は、必ず、我が息子を眺めるようになりました。
 思えば、我が息子、長い付き合いです。
 若い頃は、太くて頑丈で、とても元気で、強力なバネのようでした。
 ところが、洋式便器に変えた時、どうしても頭が上がり過ぎて、オシッコが外に飛び出てしまうので、いつも、息子の頭を手で押さえながら、オシッコして居ました。
 これが間違いの元でした。
 三年位経った時、ある日、息子は、手で押さえなくても、頭を上げなくなって居ました。
 いつも押さえられていたので、息子は、それが不愉快だったのでしょう。
 それで、肝心な時でさえ、頭を最高位まで上げなくなってしまいました。
 慌てて、手で押さえるのを止めましたが、もう手遅れでした。
 とは言え、嘗ては、彼女に褒められた事もある、実に、健気な息子なので、今後も、金属疲労を起こさず、ひたすら頑張って欲しいものです。



俳句


待合の 部屋で寄り添う 老夫婦 (病院の待合室にて)