上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

好判断

 昨日は、朝の8時30分頃、一寸、用事で出掛けました。
 いつもは、大通りを行くのですが、ふと、近道をしようと思い、裏道に入りました。
 ところが、暫く行くと、信号の手前で渋滞してました。
 暫く、様子を見ていましたが、動きそうもありません。
 その内に、サイレンなどが聞こえて来ました。どうも、事故があったようです。 
 10分位待った所で、「これは、車列を抜けて、別の道に回るべきだ」と判断しました。
 もう沢山の車が並んでおり、旋回は大変でしたが、運良く、私は前の車との車間を空けておいたので、何とか方向転換することが出来ました。
 今来た道を戻り、別の道に入り、そこから大通りに出ました。
 走りながら、渋滞した信号の方向を見ると、警察車両の点滅が見えて、かなりの事故と分かりました。
 これは、抜け出て良かったと思いました。
 あのまま居れば、2時間位も、そこに立ち往生してたと思います。 
 好判断による、小さな成功ですが、気分が良くて、昨日は、一日、何事も、うまく行きました。
 日常の小さな成功は、意外と大事な事なのですね。
 小さくても、積み重ねれば、大きな激励となるからです。
 昼になると、テレビでも、速報で、85歳の老人による事故と報道されていました。
 老人は、認知症の疑いがあり、以前から、その運転が不安視されていたようです。
 可愛い女子校生が二人、意識不明との事でした。
 被害者の二人が、偶然、そこを通りかかったのは、何とも不運な事でした。
 後遺症とかが無ければと、祈るだけです。
 さて、今朝になったら、新聞でもテレビでも、その詳細が報道されていました。
 台所で、新聞を読んでいたら、   
「今、前橋がテレビに出てるよ」と、老妻の声。
 それで、居間に行き、テレビ画面を注視しました。
 衝突された自転車など、ペシャンコで、事故の凄まじさが、よく分かります。
 そしたら、突然、老妻が、ひどく感心して言ったのです。
「こんな時にさ、偶然、事故の写真を撮ってた人が居たんだね」 
 テレビ画面では、事故車が道路を迷走する様子が映し出されていたのです。
 老妻の呆れ果てた無知を聞いた途端、大きな不安が私に襲いかかって来ました。
 大きな不安とは、老妻も、あんな事を言うようでは、将来、あの老人ドライバーのように、認知症がやって来るかも知れない、と言う事でした。
 古稀過ぎた老夫婦にとって、認知症は、もう他人事ではありません。
 書斎に戻って、沈思黙考。
 将来、どちらかが認知症になるとしたら、介護を考えると、老妻がなる方が良いかもしれない。
 老妻なら、いくら太っているとは言え、私の腕力なら、軽く抱き上げて、トイレでも何処でも運ぶ事が出来る。 
 私が健康であれば、老妻の介護は簡単である。その逆だと、介護が大変だ。
 色んな事を考えていたら、段々と、気が重くなって来た。
 でもまあ、歳取れば、誰でも、必ず、認知症になると言う訳でもないから、そう、ひどく心配する事も無いだろう。
 それよりも、今から、認知症にならない方策を、考えた方が良い。
 さて、病気に対して、私は、独自の哲学を持っています。
 即ち、病気は、以下の2点から、生じると言うものです。
 ① 脳回路の中にある設定値が狂ってる事から、病気が発生する。
 ② 患部の血流不足で病気が発生する。 
 例えば、私は、60代の半ば、痛風に罹りました。
 これは、周知のように、尿酸値7以上が長期間続く事に依り、痛風は発症します。
 私は、若い頃から、尿酸値が10を越えていました。
 でも、運動のお陰か、一度も痛風発作は起きなかったのです。
 それが、60代になって、とうとう痛風に襲われました。
 尿酸の多くは、体内で生成されますが、私の場合、その生成量の設定値が、生まれつきか、もしくは、途中で狂ってしまったのでしょう。
 これは、正常値よりも大きな数値が、脳の何処かに、設定されているのだと思います。
 それをパソコンのプログラムみたいに修正すれば、私が痛風になる事は、無いのですが、残念ながら、今の脳科学のレベルでは、そこまでは出来ません。
 将来、500年位すれば、恐らく、可能になると思います。
 そうすれば、身体機能の数値設定異常による病気は、全て簡単に完治する事になります。
 因みに、今現在は、痛風の薬を飲んで、尿酸の生成量を化学的に下げてますので、尿酸値は、6位です。
 ②は、例えば、関節炎になるのは、その患部への血流不足で、栄養や免疫低下が起きると言う、考え方です。
 これは、あくまでも、私独自の考え方ですので、その点は、お忘れ無く。
 さて、認知症にならないようにするには、①の手段は、脳科学が未発達なので、まだ使えません。
 ②のみが、頼りになります。
 では、具体的にどうしたらいいのか。
 まずは、脳の血流を盛んにする事です。 
 そのためには、脳を、沢山使う事です。
 脳を使えば、脳の血流が盛んになる事は、既に、確かめられているのです。
 それと、ニューロンと言う、脳細胞が増える事も、確かめられています。
 今までの脳科学では、脳細胞は、生まれてから死ぬまで、何の変化も無いとされてきました。
 それが、近年になって、そうでは無い事が、解明されたのです。
 嬉しい事に、ニューロンは、歳を取っても、脳を使っている限り、死ぬまで、生成されるそうです。
 このニューロン、まだ、詳しい働きは、よく分かっておりませんが、目的も無く生成される筈は無いので、恐らく、脳機能の向上に寄与してるものと推察されます。
 さて、かなり常識的な結論になりましたが、「日々、頭を使うこと」で、脳の血流を盛んにしておけば、認知症にならずに、済むかも知れません。
 読書とか、語学とか、数学とか、音楽を聞く、演奏する等、脳機能を高める場面は色々ありますが、脳科学の本の最後に、脳を活性化させるには、恋愛をする事も非常に良い効果を生む、と書いてありました。
 うーん、考えてみれば、恋愛は、頭も身体も猛烈に使いますからね。
 何とかして、異性の関心を惹こうと思って、男も女も、色々知恵を絞ります。
 であるならば、私が、認知症になる確率は、殆ど、有り得ないと分かりました。
 今でも、私の脳は、若い女性の悩ましき姿態で一杯ですし、疑似恋愛で溢れています。
 即ち、私の脳は、今現在、十分に活性化されていると言う事です。
 体力の方も、毎日、五分筋トレを二回していますから、筋力は少しも衰えていません。
 と言う事は、将来、認知症にはならず、私は、間違いなく、老妻を介護する事が出来ると言う事です。
 介護に自信が持てると、何か妙ですが、早く老妻が認知症にならないかなあ、そうすれば、懸命に介護してあげるのに、と思いました。
 いや、これは、些か、自信過剰でした。
 そうでなく、やはり、老妻には、死ぬまで、心身共に、健康で居てもらいたいと思います。



俳句


注連飾り 微かに揺れて 雪が舞う