上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

足の指

 老妻は、学生時代、優秀な陸上選手だったが、どうも家事関係の方は、得意では無い。
 と言うか、殆ど興味が無いようだ。
 だから、料理の方も、上手に、いや、普通にすらも出来るものは一つも無い。
 付き合い始めた最初の頃、それは山の学校に居た時だが、老妻が、当時は、まだ若かったが、寮の部屋で、うどんの煮込みを作ってくれた。   
 「どうぞ」と言って、テーブルの上に出された、うどんを見て、私は、えっと、声を上げてしまった。
 出された、うどんが、濃い醤油色に染まっていたからである。
 うどんは、白いものと思っていたが、何だろう、これは、もう違うものに見えた。
 でも、もしかしたら、何か他の食材で、こんな色になってるのかも知れないと思い、ものは試しと食べてみた。
 いや、その塩っぱい事、とても食べられたものでは無かった。
 とは言え、老妻と付き合い始めだったから、ここは、上手にやらないと、女は逃げてしまう。
 こんな場合、彼女が、折角、作ってくれた、うどんを食べ残すことは、最低の対応である。
 喜んで、お代わりするとか、少なくとも、全部は食べなくてはならない。
 女の機嫌を取るには、いつも誠心誠意、真剣に対応しなくてはならないのだ。
 なので、老妻が寮の廊下に出た隙に、猫のように俊敏に立ち上がり、寮の窓から、素早く、遙か下の谷川に向かって、うどんを放り投げた。
 思い切り手を振ったから、丼まで飛んで行きそうになったので、慌てて強く握りしめた。
 丼まで谷底に放り投げていたら、大変なことだった。
 「丼まで食べました」では済まないだろう。 
 それで、改めて、手元の丼を見たら、うどんの汁は、全く残っていなかった。
 それを見ながら、汁が、少しは残っていた方が、良かったかなと思ったが、どうすることも出来なかった。
 その後、老妻に「美味しかったよ」と言った。
 さすがに、「とても」とか、「ものすごく」とは、付け加える気には成れなかった。
 勿論、お代わりするのは止めた。
 二回も、うどんを谷川に捨てるチャンスは、もう有り得ないと思ったからだ。
 作る料理の味が、すごく塩っぱいのは、老妻の実家は山間僻地だから、畑や森での肉体労働で、汗を掻き、どうしても塩分を必要とするからである。
 それで、その集落では、伝統的に、料理の味が塩っぱいのだろう。
 結婚して何十年になるか、知らないが、正真正銘、料理は、間違いなく下手である。
 だから、肉じゃがを作ると、ジャガイモが、これまた濃い醤油色に染まる。
 私が何度言っても、駄目だった。最後は、もう肉じゃがは作らなくなった。 
 だから、結婚する女に、不可欠な条件が幾つかあるけど、まずは、料理が上手なことだね。
 料理が下手だと、毎日が我慢の日々となるからね。
<あの、他の不可欠な条件は何ですか?>  
<まあ、あるけども、このブログでは公開出来ませんね。強いて言えば、口元がしっかりしてること、足の指が綺麗なことだね>
<足の指が、ですか?>
<そう、それが肝心要なんだよ。初心者には分からないだろうがね>
 さて、子育ての時代と現役時代は、猛烈に忙しかったから、不味い料理でも、気にしてる暇は無かった。
 退職してからは、暇な時間が出来たので、私が、御飯を焚いたり、煮付けの味付けをするようになった。 
 老妻も、退職後は、時間が出来たので、多少は、料理に関心を持ったらしい。
 それで、料理も、近年、少し改善されて来たのは、大変喜ばしいことだった。
 もう幾許も無い人生だが、死ぬまで、不味い料理でなくて良かったです。
 さて、先日のこと、老妻がスープの作り方を何処からか、聞いて来た。
 それで、北海鍋を作ると言う。
 レシピは、味噌、酒粕、コンソメ、醤油、味醂、バター。
 これで作れば、とても美味しいスープが出来るようだ。
 でも、正確な量とか、無い。
 まあ、美味しそうに思えたので、後は、私の味覚に任せて作る事にした。
 初めてのことなので、私も慎重に味噌や醤油、酒粕を加えながら作った。
 段々、すごく美味しいのが出来てきた。
 完成品は、市内の店で食べた、塩バタラーメンのスープに似ていた。
 これは、素晴らしいものが出来たと、私も喜んだ。
 出来上がった北海鍋は、予想を超えて美味しかった。
 それで、初めて作った鍋を食べていると、老妻が、いつもの様に、
「これは、美味しいよね」と、聞いて来た。
 この問いかけには、常に、肯定形で答えることが、家庭内平和の礎である。
 即ち、「そうだね、美味しいね」と。
 でも、まあ、今回、このスープを作ったのは、私自身だから、いつもとは違って、否定形で答えることも出来た筈である。
 しかし、初めてのスープで美味しかったから、「うん、本当に美味しいね」と答えた。
 実は、これが、不幸の始まりだった。
 その後、毎日、毎日、味噌汁、鍋、野菜スープ、その他も、すべて、このスープで作ったのである。
 しかも、実際の味付けを調整するのは、私だから、昼食、夕食、その度に呼ばれるのだ。
 もう半月位になる。
 何言っても聞かない人なので、後は、もう老妻自身が、このスープに飽きるのを待つしかありません。
 例え、いくら美人でも、毎日、抱けば、飽きて来ますよね。 
 もう本当に、あのスープは、勘弁してもらいたいです。
 そうそう、後日、万一のために補足しておきますね。
 老妻ですが、料理、掃除、整理等は、極めて不得意ですが、得意なものも、他に沢山あります。
 まず、編み物が得意です。これで鍋敷きとか、鍋掴みを器用に作ります。
 同じものを迅速に、何十枚でも飽きずに作れます。
 後は、庭木の剪定は庭師並に上手です。
 それと、手書きの字がとても正確で綺麗です。
 草花を育てるのが、とても上手です。
 後は・・・、朝早く起きて、新聞を取りに行けます。
 まあ、それ位ですかね。
 念のため、付け加えておきます。
<あの、女性の足の指が、何で重要なんですか?>
<うん、私も初めて、青井から、それを聞いた時は、理解出来なかった。でも、何事も実践なんだよ。その実益は、まさに覿面なものがあったね> 
<あの、もっと具体的に話してもらえませんか?>
<匿名のブログだからね、それは、到底、無理と言うものです> 
<あの、何かヒントになるようものでも良いですから、是非>
<色事師青井の教えてくれた事だから、要するに、女が夢中になること、です>
  


追記
 さて、このブログを書き終えた時、老妻が書斎に入ってきた。
 スーパーに、格安でタマネギのネットがあったと言う。
 見ると、ネットに中位のタマネギが、何と20個位も入っている。
 しかも、190円。
「こりゃ、安すぎだな」と私。
「ねえ、そうでしょ、あたしも驚いたよ」
 それで出て行ったが、すぐに戻って来て言った。
「あのね、昼は、鍋だから、味付け、お願いしますね」
    



俳句


何事も 限度があるよ 美味いもの