上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

虎馬

 トラウマとは、精神的外傷と訳される。英語では、psychological trauma。
 この言葉を、最初に聞いた時、虎馬とは、妙な言葉だと思った記憶がある。
 要するに、何かにひどく懲りて、二度と近づきたくない心情のこと。
 ずっと以前、二十代の頃、付き合っていた女性と、よくドライブに出掛けた。
 ある夏、彼女が乗鞍岳に行きたいと言った。群馬からは、かなりの距離なので、日帰りは無理である。少なくとも一泊は必要だ。
 私とすれば、何もそんな遠くまで行かなくても、と言うのが、男としての本音だった。
 しかし、どうしても行きたいと言うので、仕方ない、ホテルを予約することにした。
 若い男と女が旅行するのだから、女の体調が良い日でないと、何の意味も無い。
 だから、最終的な日程は彼女に決めてもらった。
 真夏の太陽の下、関越道に乗り、長野県を目指した。実に良い天気で、私の気持ちを反映しているようだ。
 男としては、万歳三唱の気分である。こんな時はハンドル捌きすらも軽快である。
 私自身は、乗鞍岳に、それほどの興味は無い。行けば、山岳の美しさに出会えるけれど、そんなもんは、まあ、どうでも良かった。
 要するに、彼女を抱ければ、それでいいのである。山よりも女、である。
 まあ、誰しも、全盛期の若い男とは、そんなものです。 
 素晴らしい山岳の景色を四方に眺めながら、車は、曲がりくねった山岳道路を快調に登って行った。やがて、山麓のホテルに到着。
 四時間位、あちこち走ったから、疲れてはいたが、意欲は十分すぎるほどあった。
 夕食が済んで、暫く、和室に寝転んでいると、自然と胸がドキドキして来た。
 さあて、いよいよだぞ。
 この瞬間こそが、若い男の生き甲斐である。
 この瞬間のために、耐え難きを耐え、忍び難き忍んで、遙々、長野まで運転して来たのだ。
 いや、これは苦労した甲斐があったと思った。
 フーッと息を大きく吐き出した。まるで、これから柔道の試合でも始まるかのような緊張感だった。
 すると、さきほど、トイレに行った彼女が浮かぬ顔で部屋に戻ってきた。
 すぐに、寝転んでいる私の所に顔を寄せて来た。
「ねえねえ、なっちゃったみたいなの、急に」
「えっ、なに?」
「急に、生理になっちゃったの」
 えっ、それはないだろう。いくら何でも。だからこそ、日程は、そっちに決めてもらったのだ。
 突如、想定外の重大な契約不履行が勃発したのだ。
 ここまで来て、出来ないというのは、男にとっては、死に等しい事だ。
 いや、殆どの男にとって、間違いなく発狂ものである。
 何て、無責任な女だ。選りに選って、男にとって一番重要な項目でミスするとは。
 それ無くしては、来た意味は何も無い。まさに天国から地獄である。
 いや、落ち着け落ち着け、そうでは無い。女性の生理は、時々、狂う時もあるらしい。
 決して、ワザとではないだろう。だから、仕方ない事だ。
 今更、理屈を並べて怒っても、なったものは、なったものだ。
 必死に、そう言い聞かせた。それで、なんとか、私は頭を切り替える事が出来た。
「別に良いよ、大丈夫なんだろう?」
「えー、知らないわ、そうなの、でも、貴方が良いと言うなら、あたしの方は、別に構わないけど」
「いいよ、全然、平気だよ」
 如何にも自信溢れる態度で答えたが、実は、今まで生理中の女とセックスをした経験は一度も無かった。
 それどころか、生理のことは耳学問で知ってはいたが、その実際については何も知らなかった。まあ、殆どの男は、そう言うことだろう。
 それで、私は、生理中でも大したことは無いと、勝手に考えた。と言うか、それ以上に、自分で自分を止められなくなっていた。
 さて、いざ、戦闘開始となった。 
 和風ホテルだったから、当然、布団の上でと思ったが、布団は駄目だ、と彼女は強く言った。
 彼女は、新聞紙を沢山もらって来ると、それを畳の上に厳重に敷いた。
 しかし、固い畳の上は、男の立場からすると、両膝が猛烈に痛くなり、かなりの苦痛になり、セックスに専念できなくなるのだ。
 それで、布団に新聞紙は駄目なのか、と何度も言ったら、渋々、彼女は承諾した。助かった。
 「・・・・・・・」 
 いつもとは、まるで違った。
 もう生理中の女とは、金輪際、絶対やらないと、固く心に刻んだ。 
 だが、驚く事は、それからだったのである。
 体を離して、下を見たら、一面、血の海だった。
 この時の光景は、今以て、忘れる事は出来ない。驚きの一語に尽きる。
 経血は毎月の事だから、女性は、もう慣れていて血なんか、全然、平気に違いない。
 が、男はそうでは無い。男は確実に、ものすごくビックリする。
 暫く、茫然と眺めていたような記憶がある。
 もう何十年も前の事だが、今なお、あの光景は、目前に鮮明である。
 以後、生理と聞いただけで、もう駄目。戦意喪失。
 二度と挑戦することはなかったです。 
 翌日、帰りのドライブは、もう運転意欲ゼロ。
 出来れば、彼女に運転してもらいたかった。全身は鉛のような重い絶望で覆われていた。来る時とは大違いだった。
 群馬に戻るまで、それは、何と、長い時間だったことか。
 確実に、来た時の三倍はあった。
 


追記
 書き終えて、ふと思いました。
 もしかすると、男であれば、誰であっても、これは青春時代の通過儀礼なのかも知れないと。
 昔からある至言?、「月夜に釜を抜く」は、月夜の女に我慢できない男の気持ちを表現したものですよね。この意味を、学生の時は、理解できませんでした。
  
 


俳句


西穂高 清流流れ 雲高し