上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

盗掘

 K先生は私よりも20才近く上で、当時は副校長でした。教員時代の科目は歴史で、博学の塊。
 身長190センチ。風貌は、テレビ初期の西部劇に出ていた俳優さんにそっくりでした。
 でも、普段は物静かで、声は、ものすごく低かったです。最初は、勿論、近付き難く、余り話をする事はなかった。
 ある時、一階の用務技士室に居たら、偶然、K先生が入って来ました。
 近くの古墳を見て来た帰りでした。
「この辺の古墳はね、もう全て盗掘されているんだよ。それにしても、機械も何も無い時代に、あんな深さまで、よく掘れたもんだね」
 古墳の高さは10メートル位だが、その石室まで行くのに、鉄製のシャベルすら無かった時代だから、確かに、困難を極めた事だろう。
 今なら、重機で二時間もあれば、石室に到達してしまう事だろう。
「それを可能にしたものは、何だと思うかね? 北本さん」
「何だろう? 鉄は、まだ庶民には、それほど普及してなかったですよね。石か、木製用具で掘るしかないですね。でも、それだと、一ヶ月でも無理かも知れない。しかし、そんなに長く掘ってたら、盗掘がバレてしまう。うーん、分からないです」 
 すると、K先生は、一瞬、笑顔を浮かべてから答えた。
「欲さ、欲望、欲は、鉄よりも強し、なんだよ」
「あっ、欲、ですか。なあんだ、何かの道具だとばかり思ってました」
「古墳泥棒達は金が欲しかったんだ。金があれば、女が手に入る。結局は、女が欲しいと言う事さね」
「最後に行きつくのは、女ですか」
「そりゃ、そうさ。歴史を動かしている根源は、女だから。簡単に言えば、女の取り合いで戦争は始まるんだ」
「それじゃあ、大昔の部族争いと同じじゃ無いですか」
「そう、全く同じさ。文明が進んでも男の、雄の本質は変わる筈が無いから」
 古墳から女の話になった。この日以来、私は、K先生に一層の親近感を持つようになった。
 男同士は、不思議なもので、女の話をすると、すぐに打ち解けた友人になれる事が多い。
 オーストラリアで出逢った、向こうの偉い人が気難しい顔をしていた。
 なかなか話が進まず、弱った。
 そしたら、話の中で、北欧にも行ったらしいと分かった。それで、すぐに問いかけた。
「北欧の女は、どうですか。抱いたら、どんな感じがしました?」
 一瞬、相手は当惑していたが、すぐに、よしよし、よく分かったと言わんばかりの、笑顔を浮かべた。男同士の世界が通じたのだ。
 手で、抱く動作をしながら、「ベリーソフト」と言ったのを、はっきり覚えている。
 勿論、それから、話はトントン拍子に進んだ。
 ある時、休憩室で、K先生と話していた。他の職員はいなかった。
「北本さん、いい写真があるんだけど、見ますか? もう俺は、ピクリともしないから、捨てようと思ってさ」
 よく聞くと、エロ写真だという。K先生は、その時、50才直前位だった。
 エロ写真、ほんとは欲しい気もしたが、もらうのが、何か恥ずかしくて、もらえなかった。
 今となっては、形見にもなった訳だから、もらっておけば良かった。
 年末、県境の温泉場で忘年会をした。
 K先生と私は最後まで宴会場で話をしていた。もう殆どの人は引き上げていた。
「それでさ、呼んだ子が、俺んちの、すぐ近所の子だったんだ」
 実は、K先生、ずっと以前に、離婚していた。それで、風俗を利用する事があったのだろう。その話である。
「まあ、ベッドに入るまで、お互い、相手の顔をよく見なかったんだよ。いざ、出陣となって、正面から相手を見たら、どうも、どっかで見た覚えがあってさ。一瞬、身構えて正視したんだ。そしたら、小学校から高校まで、家の前を毎日、通学してた女の子だと分かったんだ。道理で、見た顔の訳さね」
「それは困りましたね」
「うん、弱ったよ。さすがに出来ないね。そしたら、さすが、しっかりしてたね、相手はプロになってた」
「・・・」
「一応、パンツまで脱いだから、料金は頂けますか? ってさ。何もしないのに、金は満額、取られちゃった」
 そう言うと、K先生は、酔った顔で大笑いした。  
 晩年、K先生は、目を悪くした。
 私が訪ねて行ったら、何と私の顔を判読出来なかった。
「はて、どちら様で、ございますか?」 
 戸口に立っている私に向かって、訝しそうに尋ねたものだ。
 その立ち居振る舞いから、漸く、私は、K先生の異変に気付いた。
 無性に悲しくて、言葉が、いつまでも出なかった。
 数年後、レストランで遅い昼食をしてたら、K先生が、遠くのテーブルで、年配の女性達と食事していた。ご家族、近所の知り合いの方達だろうか。
 食べ終わったので、ご挨拶しようと思い、K先生の背中まで近づいた。しかし、私は見えないのだと気付き、それだと、ご迷惑かなと思い、黙って通り過ぎた。
 最後に、K先生をお見かけしたのは、朝、出勤の車窓からでした。自宅付近を散歩しているようでした。とても背が高かったのに、何か小さく見えたのが不思議でした。
 その2年後、K先生は88才の人生を終えられました。


俳句


程なくに 誰も人生 終わりの日