上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

純金の指輪

 先日、老妻に、詰め替え用の髪洗いシャンプーを9個やったら、飛び上がって喜んだ。
 その欣喜雀躍の様を見て、やはり、女性は、贈り物に、ひどく感動するようだ、と改めて思いました。
 これなら、また、何時か、老妻に安い物を選んで贈り物をしようかな、と、一瞬、思ったものです。
 ところで、私は、老妻に贈り物らしきものを上げた事は、結婚前も後も、殆ど記憶に無い。
 だから、余計に、シャンプーの贈り物が、老妻は嬉しかったのかも知れない。
 結婚式の時だって、結婚指輪等の贈り物も、やってないです。
 結婚する前、何かの折りに、
「指輪と言うのは、昔、中世ヨーロッパ人が女を束縛するために、本当は首輪を付けたいのだけれど、それだと不便なので、代わりとして指輪にしたんだよ」
 と言う歴史物語を老妻にしたら、
 「何だ、そんな事だったの」と、初めて知った話に、深く納得していました。
 そのせいでしょうか、結婚する時も、指輪を欲しいとは、一言も言いませんでした。
 ところが、結婚して、一年位したら、他の奥さん達が指輪をしているので、あたしも欲しいと言い出しました。
 どうやら、結婚前に言った、私の歴史物語の効力が切れてしまったようです。
 もう少し、何度も繰り返して、歴史物語をしておくべきでした。
 仕方ないので、前橋の高級デパートで、大いに奮発して5000円のを買い、それをプレゼントしました。
 正真正銘、純金の高級品でした。
 言うまでもありませんが、勿論、メッキ製です。
 買ってやったけれど、老妻が、(当時は、まだ若くてスリムだった)指輪をするのは、何かの宴会等、特別の場合のみで、普段は、殆ど嵌めてなかった。
 元々、運動選手で指輪をしない人だったから、やはり、日常、作業する時なんか、邪魔に感じたんだろうと思う。
 それで、普段は、指から外しておくことが多かったから、とうとう、ある時、買ってあげた純金製の指輪を失くしてしまった。
 まあ、不要なものは、買っても仕方ないだろうと思い、以後、指輪を買ってあげる事は無かったです。
 それ以来、老妻は、自分で500円位のを買って、必要な時だけ、指輪を嵌めています。
 それも、また、すぐ失くしていますが、今は、いくらでも安い高級品があるらしく、何時か、老妻の宝石箱を見たら、指輪が20個位、燦然と輝いていました。
 要するに、我々の年代は、殆ど指輪に関心はないのです。
 ですから、私自身、指輪をした事は、一度もありません。
 それどころか、何時だったか、私が、戯れに、おもちゃの指を嵌めたら、どうした事か、どう引っ張っても、指から抜けなくなりました。
 焦って、本気で力を入れていたら、段々、指が赤くなり、指自体が膨らんで来ました。
 もう、これは引き抜くのは、不可能と判断しました。
 とうとう、工具箱からディスクグラインダーを持ち出して、切断した事があります。それ以来、指輪を嵌めた事は無いです。
 さて、話は冒頭に戻って、私が、老妻にシャンプーをプレゼントしたのは、実は、それが不要品だったからです。
 と言うのは、子どもの頃から、私は石鹸で頭や顔、体を洗っていました。
 戦後、まもなくの頃は、洗濯石鹸という、薄い黄色の、大きな四角の、固形石鹸が販売されていました。
 これで、あの石鹸を思い出す人は、間違いなく、還暦以上の方ですね。 
 あの石鹸は、懐かしいですが、品質は、中学校の理科授業で作ったレベルの製品でした。
 まあ、敗戦後の日本は、どこも貧乏で、日用品は、僅かしか無かったんです。 
 でも、それでも、一応、間に合っていたのですから、今、身の回りに、あらゆる日用品等の品物が溢れ返っていますが、本当に必要なんでしょうか。
 昔は、例えば、新聞紙でお風呂の火を付けて、師走には、水に濡らした新聞紙でガラス拭きをしました。
 また、人に何か上げる時は、例えば、林檎なども新聞紙で包んだものです。
 トイレの紙も新聞紙を切ったものを使いました。
 ですから、拭くと、お尻が痛くなったので、拭かないで済ます事も多かったです。
 と言う事で、物資が無かった時代ですから、その黄色い石鹸で、洗濯から何でも、洗っていたのです。
 だから、その習慣が続き、私は、学生時代も、少し品質は良くなりましたが、普通の石鹸で、頭も身体も洗ってました。
 ところが、更に時代が進むと、髪洗い専用のシャンプーなるものが出現しました。
 でも、試しに、そのシャンプーで頭を洗ったら、頭髪がヌルヌルして、とても耐えられませんでした。
 以来、髪洗いには、そのシャンプーはお断りしております。使いません。
 そう言えば、あの頃、我が家はドライヤーも無かったので、よく団扇で扇いで乾かしていました。
 でも、急ぐ時は、電気炬燵を取り出し、ひっくり返して、あの赤いランプで髪の毛を乾かしました。
 すると、顔まで熱くなり、幾分、真っ赤な顔をしたまま、彼女に会いに行ったものです。
 まあ、私の学生時代位まで、まだ日本は豊かでなくて、電気製品も余り無かったのです。
 えーと、何の話してましたかね。そうそう、シャンプーの話でした。 
 さて、私は、買い物をする時、将来、使う事が分かっている物は、出来るだけ、沢山買うことにしてます。
 例えば、ゴミ袋ならば、どうせ使いますので、500袋位、一度に買います。
 目薬も10個。ティッシュも20個位。で、髪洗いシャンプーは10個、ボディソープも10個買うようにしてます。
 ところが、今回、間違って、ボディソープの代わりに、髪洗いシャンプーを10個も買ってしまったのです。
 よく表示を見なかったんですね。決して、惚けたのではありませんよ。
 でも、髪洗いシャンプーの1個は、全く確かめもせずに、容器に入れてしまったので、仕方なく、今、風呂で使ってます。
 ですが、髪洗い用のは、やはり、身体を洗うと、何時までもヌルヌルして気持ち悪くて駄目です。
 まあ、開けた一個は、我慢して使いますが、後の9個まで、使う気には、到底、なれません。
 かと言って捨てるてるのも勿体ないので、それならばと、老妻にプレゼントする事にしたのです。 
 まあ、間違って無駄な買い物をして、お金を損しましたが、老妻がすごく喜んでくれたので、かの藤井四段の言葉を借りれば、僥倖、望外の結果となりました。


追記
 先日、布団の上下を老妻に買ってあげました。
 ものすごく喜ばれました。
 とても暖かくて、エアコンが不要になったと言ってました。
 なので、私もその内、買うつもりです。


俳句


何も無き 戦後の日々よ 懐かしき



朝飯異聞

 朝飯の後、少しテレビを見てたら、浮気した女性歌手の会見が画面に出て来た。
 浮気女は50代後半らしい。
 どうぞ、貴方のお好きにと、テレビのスイッチを切った。
 その歌手の事は全く知らないから、何の興味も無い。
 途中、旦那も出て来て、寝取られ男の体面を何とか保とうと、神妙な面持ちである。
 寝取られ男とは、何と情けない事か。
 何はともあれ、男も女も浮気はするもの、である。 
 元気な男であれば、一生のうちに、大体100%、浮気をする筈である。
 例え、結婚した女が、美人で聡明で性格良好で、かつ史上稀な名器であっても、男と言うのは、浮気をする、のだ。
 どうして?と問う前に、ともかく、男は、雄だからである。
 それは、古今東西の歴史が証明している。
 ところで、浮気は、人間心理の微妙な現象だから、そこに、人間の深層心理が垣間見えるという事で、人間研究の有力な場面となるから、昔から、小説で競って扱われた。
 有名な漱石の小説も、大半、そうである。
 さて、男の浮気は、雄としての本能に駆り立てられてやるのが、殆どある。
 それも、存在感の薄い個人的持ち物を、あちこちで、使用では無く、試用するだけだから、普通は、重大な結果を招く事は無い。
 ただし、浮気の原因が、妻に対する、積年の、重大な不満であれば、それは浮気では無いから、将来、重大な決定に繋がるだろう。
 即ち、その場合は、離婚か、別居する事になるだろう。
 元々、男は、家庭という基地を持ちながら、外を浮気で飛び回る動物なのである。
 要するに、基地には、自分の後継者、子どもが居るからである。
 その基地を壊す気になるのは、余程の場合以外は、まず、有り得ない。 
 さて、女の浮気は、何なのか。
 私は男だから、女の浮気の詳細は分からない。
 ただ、これまでの人生行路で見て来た事から、考察すると、男とは、やや違うように思える。
「あの男とは、同じ部屋の空気を吸いたくないから、離婚したのよ」
 バツイチの女性の、この言葉は、今も褪せない記憶である。
 それほどまでも、元旦那の事を嫌いになるものか、と驚いたものだ。  
 どうやら、女は、気持ちと身体が一緒になって、行動するようだ。
 だから、浮気した男とのセックスが、極上ならば、もう女は、止まらないと思う。
 事実、女の浮気の方が、離婚に繋がる確率は高いように思う。
 今、話題になってる、国会議員の女性も、恐らく、この範疇なのだと思う。
 男も離婚したから、女も離婚して、まず、間違いなく、一緒になるだろう。
 余程、女の方が、男の〇〇〇を気に入ってしまった、ようですね。
 こうなると、もう止めようは、絶対に、ありません。
 対して、男の方は、浮気で、かなり好きな女に出逢っても、すぐに離婚とは考えない。 妻と愛人、二人の女とセックスをする事に、何の不都合も無いからだ。
 特に、支障が無ければ、死ぬまで、そのままで行っても、いい。
 愛人が何人居ても、特に、妻が離婚と主張しなければ、現状是認である。
 さて、朝のテレビ、あの浮気騒動は、女の方が当該者だから、これは、浮気相手の男のレベルで、今後の成り行きが決まる事になる。
 即ち、浮気相手の男が、女を狂わせる事の達人であれば、家庭の崩壊は、そう先の事では無いと思う。
 ただ、一寸見ただけだから、よく分からないが、仕事とも関係しているようだから、そうなると、話は、また別だ。
 いわゆる男と女の浮気では無くて、芸能界によくある、仕事を円滑に進める上での性的作業ならば、仕事が終われば、忽ち、朝霧の如く消えてしまうだろう。  
 映画監督と女優などは、仕事が欲しくて、セックスは日常茶飯の行動だった事は、引退した女優の回想にも、よく登場している。
 だから、80歳になった女優の回想録で、本人は真実をバラして、大ニュースになると思っただろうが、世間は、何も騒がなかった。
 そんなのは、とうの昔に、当たり前だと思って居たからだ。
 ある男優に至っては、「共演女優とやらなくて、どうするか」などと、叫んでいたと、週刊誌にあった。
 恐らく、こう言うからには、毎回、必ず共演女優を口説いて居たんだと思います。
 断れば、仕事もうまく行かなくなるから、女優さんは、ほんとうに大変だった事でしょう。
 この亡くなった有名男優は、私も好きだったから、まあ、名は秘しておきます。
 女優も男優も、目的は違うけど、同じ事をした、という事です。
 即ち、一般の人は、芸能界の、美しき虚像を見ている訳です。
 さて、どうにも堅い話でしたので、やや、お疲れと思います。
 我が師、青井が、ある時、
「女の背中を舐めてやると、女はとても喜ぶぞ」と言った。
 いい加減な話を言いやがって、と思い、その時は、笑い飛ばしたものだ。    
 ところが、ある時、なかなか興奮しない女がいた。
 行かず後家である。
 とにかく、行きそうで行かないから、もう疲れてしまい、厭になった。
 その時、青井の言葉を思い出したのだ。
 よしっと言う事で、俯けに寝かせた。
 それから、具体的に教わった訳で無いから、独創的に作業をした。
 そしたら、女は、忽ち、今まで見た事も無い程、ものすごく興奮し出したのだ。
 後は、一気に攻め立てて、完了となった。
 女の性感帯は全身である、とは、よく雑誌などで読んだ事はあったが、それは嘘だと思って居た。
 ところが、そうでは無かった。心底、驚いた。
 先人の言う所では、女性の身体は全身が楽器で、上手に弾きこなせば、何処までも、開発されると言う。
 残念ながら、私自身は、笛とギターが、やっとで、女性を上手く弾く事は出来なかった。
 ところで、後になって、動物学の本を読んでいたら、ネコ科の雄は、セックスの時、雌の背中を噛むと言う記述があった。
 この噛んだ刺激で、雌は、その時、排卵をする。
 雌は、背中を噛まれる事で、何か性的刺激を感じるらしい。それが排卵行動に繋がるようだ。条件反射になっているのだろうか。
 思い浮かべると、近所に居た、野良猫の雄達も、やはり、その時は、雌猫に跨がり、その背中を噛んでいたように思う。    
 女性に怒られそうだが、女性も猫も同じ哺乳類だから、要するに、背中の何処かに、性感帯が、確かに存在すると言う事なのだろう。
 そう言えば、子どもの頃、近所で見た、馬も、そうだったような気がする。
 どうやら、青井は、経験上から、その事実を発見したのだろう。
 ただし、男の方が、すごい口臭と、下手な舐め方の場合だと、その結果が保証されないのは、当然の事である。
 念のため、此処に申し添える。


<あの、上州無線さんは、女性を上手く弾きこなせましたか?>
<達人の域には行かなかったね。だから、代わりに、よくマッサージをしてやったよ>
<マッサージを、ですか?>
<だから、魔弾のマッサージ師とは、私の事だよ>


俳句


全身が 楽器と言うのは ほんとかな

立ち姿

 父の死後、一番大変だったのは家財処分である。
 家屋解体も、見ていて、いい気分では無かったが、直接的には、業者の重機が無機的に動き回ったと言う事だ。
 ところが、家財処分は違う。
 私が、捨てるものを判断しなければならない。
 これが、どうにも困難で、とうとう判断は諦めて、家具、調度品、食器等は全て捨ててしまった。
 残ったのは、父母の身の回り品と写真。
 身の回り品も、結局、全て捨てた。残るは、アルバムである。 
 父母の写真を捨てるのは、当然、初めての経験だから、随分と迷ったものだ。
 でも、考えても、沢山のアルバムを置く場所も無いのである。
 それは、姉も兄も同じであった。
 しかし、一枚、一枚見ていると、構わず、捨てて良い写真というのは、余り無いのである。
 それで、最後は、判断不能、もう何も見ずに、一切、捨てる事にした。
 要するに、色々と時間を掛けたが、結局、全部、捨てる事になったのである。
 だから、今も残っている父母の写真は、葬儀に飾られていた写真と、後は、京都旅行の時の写真、十数枚のみである。
 この経験から、父亡き後は、老妻と旅行に出かけても、私自身は、もう写真を撮ったり、記念品を買う事はしなくなった。    
 去年、上野不忍池で、老妻の写真は撮ったが、私のは、撮らなかった。
 記念の写真を撮っても、そう遠くない日に、それらの写真は、ゴミ袋に入って、市の焼却炉に放り込まれるだけだ。 
 ならば、写真など撮っても無駄な事である。
 さて、先日、時間があったので、また、写真の整理を始めた。こうして、毎回、少しずつ、減らして行くのである。一気に判断するのは難しいからだ。  
 まず、今回捨てるターゲットは、集合写真である。
 現役の時は、研修とか、慰安旅行とか、何かにつけて、よく全体写真を撮った。
 今となっては、まるで意味なし。
 それどころか、気に食わなかった野郎もいるから、捨てるのに迷いは、一切無い。
 そしたら、沢山の写真をかき回していると、一枚の写真が指に引っかかった。
 見ると、素敵な女子高生、立ち姿の写真である。
 高校三年の時に、付き合った子である。
 思わず、手に取り、暫く、作業を中断して、じっと見た。
 高校時代、この時期、女の人生でも、一番綺麗な時の写真である。 
 現像の様子と、印画紙もしっかりしてるから、これは素人写真では無い。
 さて、どうしたら、よいか。
 あれは五月頃で、もう汗ばむ位の日だった。
 高校からの帰り道、勉強ばかりの日々にウンザリし、下を向いて歩いていた。
 すると、自転車の気配がしたから、何気なく顔を上げた。
 自転車の女の子は、中学時代の後輩だと、すぐに分かった。
 側に来た時、私は、自分でも予期してなかった言葉が、不意に飛び出しました。
「明日、遊びに行って良いかい?」
 中学の時、話した事はあるが、自宅を訪ねた事は一度も無かった。
 きっと、高校生活がつまらなくて、それから脱出したかったのでしょう。
 それから、彼女との付き合いが始まった。
 とても良い子で、おまけに美人で、言う事なし、でした。
 でも、私は、高校三年生で、受験の時ですから、本当は、女の子と付き合っている時期では無かった。
 しかし、当時、身体を壊して、もう現役での進学を諦めていたので、いや、それもありましたが、正直に言えば、やはり、押さえようのない青春の欲望でしょう。 
 この時代は、俗に、男は一番、性欲が強いと言われています。
 だから、もう付き合いだしたら、途中で止まる事は無かった。
 夜、彼女の家に行き、窓の外から、小さな声で呼ぶと、窓が少し開いて、彼女と長く話す事が出来ました。
 時には、彼女がピアノを弾いていましたから、その曲に、終わるまで耳を傾ける事もありました。
 でも、家の中に上がる事は無かった。 
 うるさい家人がいたからです。
 その内、彼女は、私の家にも来るようになりました。 
 そしたら、冬休みの頃だったと思いますが、うるさい家人が気付いて、怒鳴り込んで来たのです。
 それで、付き合いは、中断となりました。
 翌年、浪人してから、大学に入りました。
 そしたら、彼女から、久し振りに連絡があって、逢う事になりました。
 でも、暫くぶりに逢っても、何故か、嘗ての情熱は消えていました。
 高校時代、男子も、心が不安定で、日々揺れ動いて、自分でも、何を考えているのか、分からない時があります。 
 恐らく、長く逢っていなかったから、いつの間にか、気持ちが遠のいて居たんだと思います。
 でも、今は、彼女が元気であれば、是非、逢ってみたいなと思います。 
 ところで、この写真は、恐らく、彼女の父親が町の写真屋で作らせたアルバムから、彼女が抜き取って、私に、くれたのだと思います。
 間違いなく、高価な写真です。
 うーん、迷いますね。返すか、ゴミ箱に入れるか。
 返すのは簡単です。
 と言うのは、彼女の家は、多分、今は、姉妹が住んで居ると思いますが、そのポストに入れれば、すぐに事情は分かり、写真は彼女の手に戻る事になると思います。
 それが一番良いのかなと思いますが、でも、随分と昔の事だし、何も今更、改めて返さなくても良いのでは、とも思うのです。
 さてと、この写真、返還するべきか、それとも、ゴミ箱に捨てるべきか。
 これが写真で無くて、何か贈り物、ペンダントとかなら、迷わず、ゴミ箱に捨てるのですがね。
 まあ、急ぐ事でも無いので、暫く、処置を考える事にします。
<あの、上州無線さんが、迷う理由が分かりましたよ>
<理由だって? 理由なんて何も無いよ>
<いやいや、明白ですよ。返す相手がピチピチギャルでないからです>
<いつもの邪推だな、それは>
<美人の彼女も、今や古稀過ぎたお婆さん、だから、今更、返しても無駄だと> 
<まさか、そんな所まで考えてないよ>
<それは、無意識下の拒否、男は妊娠出来ない女に、用はないんでしょう?> 
<その奇妙な知識は、何処で覚えたのかね。悪いけど、用事なんで、これで失礼するよ> 

俳句


思い出は 全て消え行く セピア色



練習効果

 健康な男のセックスには、生まれながらにして強烈な快感が伴う。
 それは本能的行為だから、誰に教わる事も無く、快感を感じる事が出来る。
 恐らく、他の高等哺乳類である、馬や犬、ライオン、ゴリラも同じ仕組みになっていると思う。
 だから、雄ライオンは、本能により性行動を起こし、また、その快感により、更に、次のセックスを貪欲に目指す事になる。 
 実に上手く出来た、生命連鎖の仕組みである。
 この仕掛けにより、生命が地球上に絶え間なく、続く事になる訳である。
 ところで、映像などで、ライオンなどのセックスを見ていると、大抵は、雄が強引に雌に飛びかかり、あっという間に、セックスは終わってしまう。
 例外の動物もあるのかも知れないが、大抵は、俗に言う、牛の一突きである。 
 でも、あの短い瞬間でも、雄は、確実に快感を感じて居ると思う。
 それで、問題は、雌の方である。
 こう言ったセックスに際して、雌は快感を感じているのだろうか。 
 雌ライオンに聞けば、すぐ分かる事だが、生憎、ライオン語は、全く知らない。
 以前、まだ20代の頃、付き合っていた女の子に聞いた事がある。
「うん、気持ちいいよ」とは言ったが、男のようにピークはあるのか、と聞いたら、それは、ある時も、あるよ、と言った。
 何か極めて曖昧な返事で、よく分からない。どうも、男のように毎回、必ず、はっきりした快感が、と言う訳では無いらしい。
 青井に、その事について聞いた事があった。
 青井に依れば、女の性的快感は、覚えなければ、いつまで経っても駄目だ、という事だった。
 生まれながらにして、強烈な快感がある男とは、やはり、少し設計が違うらしい。
 生殖の面だけから言えば、セックスの主導権を握る男に、強烈な快感を本能として、植え付けておけば、それで、万事、何事も支障は無く、生命は継続していく。
 だから、神様は、必要で無いと判断して、女に生まれながらの、男にあるような快感を持たせなかった、のかも知れない。
 となれば、高等動物の雌は、殆ど快感らしきものを感じていないと思われる。
 それでも、種の継続に、特に、不都合は無い訳だ。
 女性の場合、知能程度が他の動物とは隔絶しているし、また、発情期も無いから、動物の雌とは、多少、異なって、元々、幾分かの快感はあると思われる。
 そうして、高い知能による、反復学習によって、強い快感を獲得するようだ。
 ところで、男の快感は、直接的には、精液が狭い尿道を通過する時の刺激が元である。
 その尿道刺激を、脳が快感として補足するように、脳の回路が作られているだけだ。
 だから、精液が出てしまえば、その瞬間に快楽は、消えてしまう。
 精液放出の数秒間、それは3秒から5秒位か、若さによっても違うが、快楽を感じるのは、あっと言う間だ。
 ただ、精液が出ても、好きな女が相手であれば、肌に触れる感触や、匂いなどで、性的な快感とは、全く違うが、気持ちがいい事は確かである。
 だから、セックスが終わっても、まだベッドの中に居たいと言う気持ちは残る。
 もし、これが、大して好きでも無い女ならば、セックスが終われると、もう、さっさっと服を着替える事になる。
 さて、青井は、付き合った女が感じない場合は、オナニーで性感を何度も練習させたと言う。
 以下は、青井直伝の説明である。 
 まず、電マ、本来は電気マッサージ器の事だが、それをクリトリスに、当てる。
 最初は、ごく軽く弱くだ。また、事前にローションを塗っておく。でないと、痛くて駄目だ。
 これで、少しの期間、慣らす。半月から一ヶ月
 慣れるまで待つ。女によって違う。
 中には、最初から、電マは平気だと言う女もいる。しかし、大抵は、そうでは無い。
 で、慣れたら、「これで、とても気持ちよくなるよ」と言って、まず、言葉で暗示を掛ける。 
 そう言われると、これで気持ち良くなると、女も期待するのだ。
 これで成功したも同じ。 
 さて、電マに慣れて、暗示も掛けた。
 ここからが、ポイントだ。
 電マを掛けながら、女に、自分の膀胱を手で中程度に圧迫するように言う。
 この仕組みは、よく分からないが、どうも、膀胱が圧迫されると、尿道も刺激を受けるようだ。
 この尿道への圧迫刺激と電マの振動が、女に快感をもたらすのだ。
 よく考えると、それは、男の性的快感も尿道だから、その仕組みが同じ事になってるのに気付く。
 このやり方に習熟して来ると、膀胱を一寸、圧迫しただけで、快感を感じ、オーガニズムに達するようになる。
 まあ、何事も個人差があるから、この方法で、100%の女が、快感を獲得するとは限らないとは思うが、まず、概ね、成功する筈である。
 これが、うまく行ったら、今度は、頭の中に電マをイメージする事で、普通のセックスでも、正常位だが、オーガニズムに達する事が、やがては出来るようになる。
 即ち、心理学や運動で言う、練習効果の移転だ。
 勿論、女によっては、何度も練習が必要だ。
 練習によって、快感の記憶を確実にするのだ。
 以前、快感を感じないという女の子がいたので、私が、電マでやった。
 一度、ピークに来たので、私は、面倒なので、もういいだろうと思い、止めてしまった。
 ところが、その子は、その後、何もしていないのに、ベッドに一人で、かなり長い間、身体をピクピク震わせていた。
 10回位は、激しいオーガニズムに達していたと思う。
 即ち、女は、セックスのやり方を一度習熟してしまえば、その時に得られる快感は、男など問題にならないほど、深く強烈なものになるのだ。
 実に、ほんとに羨ましい事だ。
 体力のある若い子は、覚えるのも早いし、その後、快感は、急激に発展する。
 対して、男の快感が、あっと言う間なのは、極めて不公平というものだ。
 出来れば、私も、女に生まれ変わって、女の快感とやらを、是非、一度、味わってみたいものだ。
 よく雑誌などで、女性の不感症記事が載っているが、この青井方式をお勧めしたい。
 全部とは言わないが、かなりの人が、その悩みを解決出来ると思う。
 それしてもだ、神様は、何故、女性にも、男にあるのと同じような、生まれつきの強烈な快感を授けなかったのだろうか。
 生まれつき性欲の強い女の存在は、生命継続、進化の過程で、何か不都合があったのだろうか。
 女の場合、恐らく、生まれつきの快感は弱くても、その後、練習すれば、その快感が増大する方が、種の継続上、何らかの利点があったものと推察される。
 その理由は、いつか、また神様に聞いてみたいものだ。
 さて、もし、女が、生まれつきの強烈な性欲を持っていれば、処女だって、ごく簡単に口説けて、その日の内に、すぐにセックスも出来るから、男からすれば、大変、有り難い世の中、天国だったろうと思います。
 でも、やはり、世の中、男に対して、そう都合良くは、行かなかったようです。
<あの、上州無線さん、性欲の強い女が好きですか?> 
<実に悪意ある質問だ。古稀だと思って馬鹿にしてるな。うん、稀なる美人であれば、性欲は、いくらでも強くて良いよ。それ以外は駄目だが> 
<それで、美人なら週に何回位出来ますか?>
<また、そんな質問かい。まあ、軽く五回位だな> 
<信じられませんね。ほんとですか?>
<ああ、でも、あくまで稀なる美人が来れば、の話だ>


追記
 精液と尿は同じ尿道を通過するが、勃起時は、尿は阻止され、出ない仕掛けになってます。従って、セックス時に、男は、尿が出る事は有り得ません。
 対して、女性では、セックス時に、尿が出る事は珍しくないです。
 聖水と有り難がってる御仁も居られるようですが、決して、聖なる水ではありません。
 念のため、記します。



俳句


女とは 不可解不思議 日が暮れる

遺伝子

 先日、台所のファンの掃除をした。
 毎年、12月になったら、やるのが恒例なのだが、色々あって、実行出来なかった。
 もう羽が、すっかり油塗れになっているので、取り外して洗剤で洗わなければならない。
 軍手を用意、それと汚れても構わない服に着替えて、いざ、作業開始となった。
 ところで、老妻も助手として参加してもらうと、作業も楽になるので、声を掛けようと思ったら、生憎、老妻は、昼寝の最中だった。
 いつもながら、タイミングの良い昼寝である。
 もしかして、私が階段を駆け下りる、足音を聞いて、素早くベッドに飛び込んだのかも知れない。
 何しろ、いつも、服を着たまま、ベッドで昼寝する人なので、偽装昼寝は、いとも簡単にできてしまう。
 恐らく、朝飯を一人で食べていた、私が、今日は換気扇の掃除をしようかなと、呟いていたのを小耳に挟んだに違いない。
 でもまあ、目の前で寝てる子は、起こす訳には行かない。
 なので、単独で汚れた換気扇と相対した。
 まず、油滴フィルターとファンカバーを外す。これは簡単。但し、溜まっていた油が垂れるから、要注意だ。
 次に、羽を止めている固定具を回して、回転羽を外す。
 固定具は右ネジ。ファンは左回転。だから、回転すると、自然に締まり、羽が何時までも緩まないようになっている。 
 去年、外す時の事を考え、軽く締めたのに、もう、かなり硬く締まっている。
 それで、外そうと、懸命に力を入れるのだが、なかなか腕に力が入らない。
 一般的に、能率的作業のためには、段取りという言葉があるが、加えて、作業をする位置も大事である。
 効果的な体勢が取れないと、作業は、なかなか捗らないものである。
 今回は、狭い換気扇フード内の作業だから、適切な姿勢が取れないのだ。
 また、うっかり、換気扇フードの内壁に触れると、汚れた油が、頭や衣服にベットリと付着するから、それもあって、動作の自由度が低下せざるを得ない。
 やる事は、至極簡単なのだが、場所が場所だけに大変なのだ。
 ガスレンジと脚立、それぞれに脚を乗せて、何とか姿勢を確保して、後は、ともかく、慎重にやるしかない。
 それでも、少しずつ揺すりながら、何度も力を入れたら、やっと固定具が外れた。
 これが出来れば、後は、取り外したカバーと回転羽を洗剤で綺麗に洗って、元に戻せば、作業はお終いだ。
 しつこい油汚れは、なかなか落ちないので、スチールウールに洗剤を付けて、後は、とにかく、根気である。
 流し場での作業だから、どうしても、ガタゴト音がする。
 時々、意図的に、少し大きめの音を立ててみたが、老妻が、起きて来そうな気配は、微塵も無かった。
 とにかく、幸せな人で、何処までも強運の持ち主である。
 だから、今までも、有名な宝くじを初め、色んな籤に当たったのである。
 ついでに、人生の宝くじで、良い夫にも、当たったのだ。
 一方、私は、余り籤に当たった記憶は無い。 
 となると、私は籤運が悪いのかも知れない。
 もしかして、老妻は、私の籤運の悪さを象徴して居るのだろうか。
 いやいや、そんな事は無い。
 私よりも長生きする確率が100%の人は、なかなか居るものでは無い。
 喪主をしてくれる人に当たったのだから、こんな幸運は無い。
 だから、私も籤運は、けっして、悪くは無いと言う事だ。
 油落としは、単調な作業だから、何か、考え事でもしながら、やるしかない。
 約一時間後、漸く、カバーと回転羽の汚れを綺麗に除去する事が出来た。
 前面の和紙フィルターも新しいのに交換した。
 電気系統は、一切、いじってないが、一応、念のため、スイッチを入れる。
 真っ白な羽が音も無く、回り出した。うまく行きましたね。
 床や周りに垂れた油を拭き取り、汚れた軍手をゴミ箱に放り込んで、換気扇の掃除は、無事終了した。
 下に降りて、やれやれとホッとする。 
 こんな簡単な作業でも、足を滑らせて、レンジ台から逆さまに落ちれば、大怪我をするだろう。
 庭木の剪定作業で、老人が脚立から転落、大怪我の話は、よく聞く事である。
 最後に、もう一度、スイッチを入れ直す。大丈夫だ、上手く回転している。
 そしたら、台所の戸が急に開いて、老妻が入って来た。 
 午後の昼寝から覚めたらしい。
「すごい綺麗になったねえ、まるで新品みたい」
 まあ、褒められれば、悪い気はしない。それで、偽装昼寝は忘れる事にした。
 ところで、このファンを掃除すると、父の事を思い出す。
 亡父は、仕事一筋で、真面目の塊みたいな、大正生まれの男でした。
 仕事一筋の人だったから、生活上の楽しみが無かったですね。
 趣味と言えば、若い頃にやっていた川釣り位で、それも、退職する頃には、もう、ほとんど止めてた。
 なので、退職後は、当然の事として、暇を持て余した。
 それで、父も、色々考えた挙句、思いついたのが、息子の家に来て、庭木の剪定や、掃除をする事だったようです。
 決して、私の方から、親父に来てくれ、と頼んだ事は、一度も無かった。 
 それで、ある時、父は、この台所ファンの掃除を思いついたんですね。
 油で、ひどく汚れているから、掃除の、やり甲斐があります。
 ところが、羽の掃除だけで終わらず、換気扇フードの内壁まで、掃除しようとしたらしい。
 暇ですから、汚れた所は、全部綺麗にしようと思ったんでしょう。
 しかし、そのフードを取り外すためには、100ボルトの電気配線が邪魔なんです。
 それで、次に、電気配線を外そうと、壁に取り付けてあるコンセントを外した。
 でも、外してみたものの、電線は繋がっているのだから、どうしても、フードは取り外せません。
 それで、フードの掃除は諦めたのですが、外した電気配線の方は、空中にぶらぶらしたままでした。
 父は、木工の名人でしたが、電気の事は、全然知らなかったので、元に戻せなかったのです。
 見た目は、何か危ない感じはしますが、絶縁被覆は完全なので、放置したままでも、危険はありません。
 でも、見かけが悪いですから、老妻は、ひどく心配したものです。
 老妻に言われても、私は、当時、仕事が忙しく、修理する暇がありませんでした。
 ファンの掃除は、実に有り難かったのですが、電気配線が放置になったので、親父はもう余分な事はしなくても良いのに、と思いました。
 私は、その時から、父の作業に批判的な気持ちになったのです。 
 この気持ちこそが、次の、とんでもない言葉の引き金となってしまったのです。
 さて、父は、ファン掃除の後も、引き続き、我が家に来ては、何かをして居ました。
 ある日の夕方、私が帰宅すると、父の車が庭先にありました。
 また余分な事をしなければ良いが、と思いました。
 何処だろう、裏の方に廻ると、壁に向かって何かしている父の姿が見えました。
 近づくと、父は、何と、家の壁にペンキを塗っていました。
 自宅の外壁は、メーカーの工場生産で作られた、しっかりした外壁なので、そもそも、塗る必要は無いのです。 
 それに、よく見ると、従来の壁色とは、かなり違う色を塗っていました。
 全く、不要な作業である事と、色が違う事で、私は一気に、不機嫌となりました。
 父の側に行くと、自分でも信じられない言葉が、私の口から飛び出しました。  
 「親父さん、この家は、おもちゃじゃ無いんだ。この家で遊ぶのは止めてくれないか」
 父は、私の激しい言葉を聞くと、刷毛を持ったまま、それから、壁を、暫く、じっと見つめていました。
 暫くして、父は、黙って、塗装道具を片付けを始めました。 
 その日を最後に、父は、二度と、我が家に来なくなりました。
 さすがの父も、この馬鹿息子の、この言葉には、怒るよりも、落ち込んだ事でしょう。
 言った後で、ひどい事、言っちゃったな、と私は、すぐに反省しました。
 でも、父とは、ずっと、気持ちが通わず、折り合いが悪かったですから、その時、素直に、謝れませんでした。
 今でも、すぐ謝らなかった自分は、何と言うか、何と形容するか、言いようがありませんが、ともかく、人間失格の自分でした。
 さて、私自身が退職して、初めて、当時の父の気持ち、それが、一層、良く分かるようになりました。
 息子の家に来て、何か作業をするのが、父の唯一の楽しみだった。
 我が家は、鉄骨造りで大きいけれど、高級な家でもなく、唯の平凡な家です。
 であれば、好きなように、父のおもちゃとして、使ってもらえば良かったのです。
 私の父は、大柄な男で、子どもの頃、柔道を教えてくれた時の、父は、とても強くて、大きかったです。
 ところが、刷毛を持ち、壁を見つめていた父は、不思議な事に、とても小さく見えたものです。
 もう少し、父を大事にしてやれば良かったなと、今になって、ひどく後悔しています。
 孝行したい時に親はなし、とは、よく言ったものですね。 
 天国の親父さん、声は届かないと思うけど、あの時は、悪かったね。
 まあ、いくら謝っても遅いけど、謝れば、私の気持ちは、少しだけ楽になります。
 どうも、私は、父とは、かなり遺伝子配列が違ったようです。
 それ故に、真面目で堅物の父とは、ずっと気が合わなかったのだと思います。 
 だから、偶に、何処かで、仲の良い親子を見ると、いつも羨ましくは、なります。
 でも、もう仕方ない、ここまで来たら、私は私です。
 私流の生き方しか出来なかったし、これからも、余生短いけれど、美しいミニスカを追い掛けるだけです。
 と言うのも、ミニスカの中に、人間とは何かが、存在してるように思えるからです。
 それにしても、私が、父の通夜を抜けだし、女とホテルへ行った事を知ったら、堅物の父は、間違いなく、仰天したと思います。
 余りにも、びっくりして、もしかしたら、私を説教するために、命を掛けて棺箱を飛びだしたと思います。 
 美人で気の強い女でしたが、欠点は、どうにも聞き分けが無かったです。
 親が死んだので、明日は逢えないよ、と言ったら、どうしても信用しませんでした。
 私が、嘘を言って逢わない、と思っているのです。
「今夜、絶対、来なきゃあ、あたしは、もう逢わないからね」 
 それで、通夜の日でしたが、馬鹿息子は仕方なく、ええ、仕方なく、行ったのです。
 行ったら、ともかく、女は大喜びしました。
 でも、まだ通夜だとは、信用しなかったので、ポケットから葬儀屋の印刷物を見せました。
「えっ、本当に通夜だったのね」
 通夜が事実だと分かったら、さすがに女も呆れるだろうと思いました。
 でも、逆で、その瞬間、女は、何かに感動して、私に飛び付いて来ました。
 さて、バカ息子の性欲ゼンマイは、歳にも関わらず、かなり強力みたいです。
 まだまだ、全部解けきるには、かなりの時間がかかりそうです。
 果てしなき煩悩追求の人生は、当分は、続く事と思います。
 何か脱線したようですが、本日は忙しいので、このままアップします。
      



俳句


ともかくも 死ぬまで色気 失わず