上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

気分爽快

 昨夜は、夜、街に出掛けるつもりで居たが、そうは行かなかった。
 村田諒太のタイトルマッチを忘れていた。それに、選挙特番もあったから、これは、是非とも、テレビを見ない訳には行かなくなった。
 ボクシングは、昔から好きである。と言うか、柔道も含めて、格闘技は好きなのだ。
 もう、ずっと前、ボクシングファンの方は、鮮明に覚えていると思うが、アリとフォアマンの試合があった。
 その中継は、平日の昼間だったと思う。若かった私は、勤務の空き時間に宿直室のテレビに見入っていたのを思い出す。
 アリは、史上最強の、しかもクレバーなボクサーだった。彼以降、彼を超えるボクサーを見た事はない。
 あの象をも倒すと言われた、ジョージ・フォアマンを巧みな作戦で、打たせるだけ打たせておいて、ラウンド終了近くなると、ロープ際で、突如、反撃した。
 この作戦を何度も繰り返した。 
 やがて、第八ラウンド、チャンスを待っていたとばかりに、アリの五連打、最後の右ストレートがフォアマンの顎を捉え、フォアマンはダウン、試合は終わった。
 さて、村田は、前回、アンフェアなジャッジで判定負けとなった。今回は、ぜひとも勝ってもらいたかった。
 前と同じように戦えば、勝つ筈であるが、そこは勝負、終わるまでは分からない。
 試合が始まった。1ラウンド開始。 
 ところが、アッサン・エンダムは、初めからクリンチばかりして居る。腰が引けている。
 これは、村田に怯えているのかも知れないと思った。
 これでは、勝てる筈が無い。
 柔道だって、逃げ腰になり、姿勢を崩した者は、負けと決まっている。
 案の定、7回でエンダムは棄権した。
 村田の勝利は、嬉しくて、気分も超爽快になった。
 何故、村田が好きかというと、彼の言葉に理知的な響きがある事と、何よりも、いつも明るく笑顔を見せているという事。
 格闘技の選手というと、殊更に、怖い顔、歯を食いしばった表情、無愛想などが、一般的だが、村田は違う。いつも笑顔だ。 
 私は、苦しい環境でも、人間は笑顔こそが、本当の反撃精神の象徴だと思うからだ。
 いかなる困難な状況でも、微笑みを保てる人間こそが、最強だと思うのだ。
 彼の本も、一冊、持っている。本の文章も明るさに満ちている。
 最近では、久々に、良いボクシングの試合を見ました。   
 さてと、選挙特番の方ですが、余り大勢に変化は無かったですね。
 今は、ともかく、北朝鮮のミサイル問題に対処する事が、最も重要課題です。
 日本全土が、北のミサイル射程範囲に入ってしまったのですから。
 話し合いで解決するのが、最善ですが、それは可能なのでしょうか。
 宥和政策も、時により、大誤算を招く事がありますから、日本としては、非常に慎重な判断が必要とされると思います。
 ところで、窓の外を見ると、台風は、既に過ぎ去ったようです。
 もう青空が見えます。まさか、あれは台風の目では無いと思います。
 台風と言うのは上陸すると、途端に、勢力が弱まってしまいます。
 ですから、内陸の群馬に来ても、いつも弱小化してしまうのです。新聞などで、超大型と報じても、今まで心配した事が無いです。
 とは言え、今回の台風で被害を受けた方も、沢山居られると思います。
 一日も早く立ち直れる事を祈念致します。
 更に、私の住んでいる場所は、赤城山麓の緩やかな斜面に在りますので、雨は、いくら降っても、直ぐに下方に流れて行ってしまい、洪水とかになる事は、物理的に、有り得ません。
 2万年前の岩宿遺跡などを見ると、やはり古代人類も高台に住んでいます。
 これは、長い間で身につけた自然災害に対する知恵でしょう。
 お国自慢になりそうなので、この辺で止めます。
 前橋は、今、朝の九時ですが、もう太陽が出て来ました。今日は良い天気になりますね。
 今夜は、ネオンの巷へ散策に行くつもりです。例の葬儀後の気分のバランスを取ると言う訳です。昨夜、行けませんでしたから。 
 えっ? 村田のボクシングで、もう気分爽快になった筈だって?
 それはそうですけど、ボクシングの爽快感と、女性の癒やしは、また別の事です。
 困難で憂鬱な人生に、夢と、生きる希望を男に与えてくれる存在は、賢くて美しい女性を措いて、他にはありません。
 


追記
 今、ふと思い浮かんだのですが、エンダムは、もしかすると、単に、タイトル返上のために、東京に来たのでは無いだろうか、と思いました。
 それは、余りにも、簡単に、試合放棄をしたからです。
 普通は、最後まで、勝ちに拘り、一度か、二度ダウンしてから、試合放棄をするものです。それが、ボクサー魂というものです。
 それと、初回からの闘志に欠けた試合運びも、私に疑念を抱かせました。
 もしかしたら、前回の誤判定に、エンダム自身も、自分の方が負けたと、確信して居たのでは無いでしょうか。
 でも、一度、下された前回の判定を覆す訳には行きませんから、エンダムは、タイトル返上のためだけに、東京にまで来て、直ぐ負ける事にした・・・。
 村田とエンダムは、前回の試合後も、両者は、良い友人関係だと述べていました。
 その辺りも、今回の結果に繋がるものがあるような気がします。
 うーん、穿ち過ぎかな。 


俳句


野分過ぎ 白雲浮かび 空青し

大平原

 先日、義兄の葬儀に行きましたが、収骨の時、台車のお骨を見ると、仰向けの人体の形になっていた。
 父や母の時は、前橋の焼き場でしたが、お骨は、既に、バラバラで、人体の形を維持していなかった。ところが、老妻の母の時は、焼かれたお骨は人体の形を維持していた。
 親類の葬儀の時も、お骨はバラバラの形だったと思う。
 バラバラの方に、私は慣れていたから、始めて、老妻の母の葬儀で、人体形の骸骨を見た時は、ひどく驚いた。
 そうして、人体形の骨を遺族に見せるとは、この焼き場の職員は、趣味が悪いな、と思ったものだ。
 老妻の故郷は、山奥の田舎だから、此処の焼き場は、恐らく、旧式なのだろうと思った。   
 今回の義兄の焼き場は、山深い場所には在ったが、建物は、新しかった。 
 となれば、当然、その設備も新しいだろう。 
 なのに、お骨は人体型で出て来た。
 それで、大いに疑問が湧いて、どう言う事になってるのかと、ネットで関連資料を集めた。
 すると、私の推測とは逆で、お骨が人型で出て来るのが、最新式だと分かった。
 これは台車式と言われ、台車の上に遺体を置いたまま、焼くのである。
 そうすると、骨は、散らばる事が無くて、全て、台車の上に止まるのである。
 そうして、焼き終わったら、炉内から引き出すので、生前の骸骨の姿で出て来るという訳である。
 我が前橋の方が、老妻の山奥の故郷よりも、遅れた旧式の装置を使っていたと分かった。県都前橋が、山奥よりも遅れているとは、何と情けないこと。 
 この事実、勿論、老妻には言ってないです。
 さて、お骨がバラバラになって出て来るのは、ロストル式というもので、その構造は、簡単に言えば、遺体を入れた棺箱を金網の上に載せて焼くと言うものである。
 正月の餅網と同じです。えっ? 餅が食べられなくなったって?
 そうですか、それなら、その餅は私に送って下さい。 
 だから、遺体は焼かれて骨になると、骨が金網の網目から下に落ちてしまうのだ。
 それをかき集めるので、どうしても、バラバラになってしまう訳である。
 この方式だと、骨が失われやすいのだそうである。
 まあ、砕けたりするからでしょうね。
 でも、建築費用は安く、燃焼効率も良いそうです。
 ところで、私個人ですが、お骨は、骸骨形でない方、バラバラのを希望します。
 骸骨の形で横たわっていると、それを見た時のショックが、より大きいからです。
 それに骸骨のままだと、今にも喋り出すような雰囲気もあるから、妖しく怖いです。 
 ついでに、火葬関連の資料も読んでみた。
 すると、火葬は、ダントツで日本が多く、99%を超えるそうだ。   
 ちなみに、イギリスは約70%、中国は約42%、アメリカは約25%、フランスは約16%、イタリアは約4%との事。
 アメリカが少ないのには、驚いた。
 昔見た西部劇で、草原に掘った四角い穴に、ロープで棺箱を下ろしてる場面があったが、ああやって、今もアメリカでは、多くの人が埋葬されていると言う事だ。
 そう言えば、アメリカ民謡に、
 Bury me not on the lone prairie(寂しい草原に埋めないで)の歌がありましたね。 
 アメリカの果てしない、大平原を見ると、あんな所に埋められるのは、私も嫌ですね。
 つくづく、寂しいだろうな、と思う。
 でも、古き西部開拓時代、沢山の人が旅の途中で亡くなり、あの大平原の何処とも知れない場所に埋葬されたと思います。
 でも、愛しき人を大平原に置き去りにするのは、きっと、耐えられなかった事と思います。
 しかし、そこに遺体を置いていくしか、他に、どうしようもなかった。
 去り行く幌馬車から、後ろを何度も何度も振り返った事でしょうね。
 だからこそ、あの民謡が生まれたのですね。
 何年か過ぎて、骨を探しに戻っても、草も生えちゃうから、もう分からないでしょう。
 イタリアは、殆ど火葬無しです。これは、何か宗教的なものがあるんでしょうか。
 キリスト教だから、復活を信じているのでしょうか。
 さて、好奇心の強い、アマチュア無線家の私ですから、炉の構造にも興味が湧きました。
 灯油とか、ガスで焼いているとの事ですが、なかなか人間の遺体は大きいので、上手く焼くのが大変らしいです。それで、今は、コンピュータ制御方式の最新式自動炉も出来ているそうです。
 ところで、昔は、よく聞いた事ですが、係員は、炉の裏側から焼ける状態を監視出来るのです。
 すると、丁度、スルメを焼くのと同じように、遺体は火の熱で反ったり、起き上がったり、曲がったりしているそうですから、何とも恐ろしい情景です。
 でも、人間もイカも、同じタンパク質だから、そうなるのは当然でしょう。
 今は、完全自動化で、覗く頻度は減ったそうです。でも、覗く人は、仕事とは言え、どんな気分ですかね。
 それで、時には、遺体が上手く焼けず、生焼けになるそうです。不完全燃焼です。
 すると、炉から引き出して、隣の炉で改めて焼き直すのです。
 そんな事故に遭遇した係員の方は、ほんとに気の毒ですね。その晩は、魘されて寝られないのではないでしょうか。
 いや、それどころか、当分は、一人で寝られないかも知れない。奥さんに添い寝してもらうしかないと思います。   
 さて、義兄の葬儀から1週間経つのに、まだ、こんなブログを書いているのは、未だに、意識下で、死のショックを引き摺っているものと思われます。
 先日、一応、遊んで気分転換をして来た筈なのですが、まだ足りないみたいです。
 どうも、もっと盛大に遊ばないと、気分が回復しないようです。 
 なので、今日は日曜ですが、もっと、華やかな場所に行って来ようと思います。
 恐らく、台風で客が少ないでしょうから、女の子が、みんな集まって来て、特別サービスしてくれるかも知れません。
 とにかく、気分転換して、気持ちを明るくしないと、ブログを書く意欲も湧いて来ません。
 それにしても、葬式の度に、ネオンの巷に出没とは、困ったものです。 
 お金が勿体ないですが、仕方ない。
 


俳句


横たわる ま白き骨は 何語る

女子大生

 小学生の頃、歴史上の偉人伝記を読むと、本当に立派な人だなあ、と、無邪気に感心したものです。  
 ところが、段々、自分が高校生、大学生と長じるに従って、それらの偉人の輝かしい偶像が堕ちて来ます。
 それは、物理の大家から始まって、著名な音楽家まで同じように思う。
 偉人の偶像が堕ちるのは、主に、金とか、女関係である。
 作家島崎藤村の詩は、好きで幾つか、高校生の時に暗記したこともある。
 しかし、後年、大学の図書館で、彼の近親相姦を知り、一度で嫌になった。
 兄の娘と性的関係を結んだと言うのは、常識を遙かに超えている。
 兄の配慮でフランス辺りに逃避しているが、帰国後、懲りもせず、子供まで産ませている。こうなると、私には、とても偉人の範疇には入りようが無い。
 いくら本業が優れていようが、物事には限度があると思うからだ。
 走れメロスで有名な、太宰治も偶像が崩壊した。
 最後は、女と入水自殺をしたが、今であれば、〇〇〇鬱病位の病名がついたことだろうと思う。
 実際、精神病院にも入ったことがあると言うから、やはり、何らかの異常因子を抱えていたのだろう。
 とは言え、島崎藤村と違うのは、近親相姦などの気味悪さは無い。ひたすら、女に安住の地を求めていたように思う。
 それにしても、だ。とにかく、女に対して、節度が無さ過ぎた。
 石川啄木は、教科書に写真が載っていたから、直ぐに覚えた。写真で見る限り、真面目な若者という印象を持った。
 また、教科書の解説では、貧困の中で、恵まれず、その一生を終えたと、ありました。
 その歌からは、清純な響きしか伝わってきません。 
 ですが、学生になって、やはり、他の文献を読むと、とんでもない男と分かります。
 主に、借金を返さない事と、廓通いですね。
 廓とは売春宿、今のデリヘルと同じです。名前は違うけど、やる事は同じです。
 そのため、家族に多大な迷惑を掛けますが、一向に懲りずに、同じ事を繰り返す。
 最後は、26歳で、結核で死にます。
 無責任人生で、やりたい放題して、その生を終わる訳ですから、「恵まれず」は、余り妥当な表現とは言えないかも知れませんね。
 今なら、結核で死ぬことは無いと思いますが、的確な治療法が無い時代に生まれたというのも、運命なのですね。
 野口英雄も、小学生の時、本で知った明治の偉人ですが、やはり、後になると、それほどの偉人とも思えなくなりました。
 それは、やはり、金と女ですね。
 渡米のために資金を必要とし、婚約までしてますが、結婚はしませんでした。不器量な女との婚約ですから、初めから、資金調達のつもりだったのでしょう。廓通いも、他の偉人に負けずだったと思われます。
 ある意味、人生航路に於ける、優れた策略家だったのかも知れません。
 彼とすれば、見事に策略が功を奏した、人生だったと思って居るかも知れません。
 何しろ、お札にも成れたんですから。 
 ですから、私は、学生の頃、なあんだ、偉人だと思って居たら、みんな、碌な人間じゃないな、と思いました。
 それまでの清く正しい偶像が崩壊しました。
 ですが、それから、また歳を取り、新たな情報が入るに連れて、彼らに対する考えが、徐々に変わりました。
 まあ、島崎藤村には、相変わらずの嫌悪感を催しています。また、野口英世は、やはり好きには、なれませんね。陰謀家のイメージの方が強いです。
 しかし、他の二人には、不思議なことに幾分かの共感を持つようになりました。
 啄木の廓通いは、確かに余り良くないですが、えっ? 「余り」は余分だって?
 そうですか。では、訂正しますね。
 廓通いは、「非常に」良くないことですが、多くの男は行くんですよね、どうしても。
 それにより、家族、奥さんには、ひどい迷惑がかかる事は、確かです。
 ですから、この辺が許せない所ですが、逆に、そこが男の弱さなのかなと思い、同じ男として、つい同情したくなるんですね。  
 だから、その同情、共感故に、太宰治や石川啄木を許容するので、未だに、熱烈なファンが存在する訳です。
 太宰は自殺未遂を繰り返し、薬物にも溺れ、気の毒な人生だったけれど、逆に言えば、
真っ直ぐで、偽りの無い人間だったのかも知れない、と、そう思う訳です。
 だから、偉人で無いと分かったのに、いや、偉人で無いからこそ、より一層、好感を抱く訳です。
 と言う事で、走れメロスや、一握の砂は、今後も消えず、残ると思います。
 さて、少し脱線ですが、ある衆議院議員のお話です。
 彼は、数年前、事務所会計を誤魔化しました。で、それがバレたら、直ぐに役職を辞任して雲隠れしました。
 数年後、今度は女子大生買春がバレました。そしたら、また、すぐに役職辞任して、そのまま、しらばっくれています。
 正に、金と女に汚い議員です。こんな人を税金で雇うのは、納得がいきません。
 しかしながら、数年間は、そのまま議員を続けていました。
 で、とうとう、今回は、さすがに、県連支部が彼を推薦しないことに決めました。
 それでも、彼は最後まで、立候補すると抵抗し、息巻いていたようです。
 でも、最終的には、党本部も支持せず、断念しました。当然ですね。
 金と女に汚いことは、上に述べた偉人達と似たようなものですが、だからと言って、この議員を許容する気には、毛頭なれません。
 何故でしょうか。
 例えば、啄木ですが、金は、友人の金田一京助などから、一応、借りている訳です。 で、貧困なので、その借金を返せなかったのです。
 でも、友人は、それを良しとして、その後も、啄木と付き合いをしているのです。
 金を密かに、誤魔化したと言うのでは無いのです。
 かの極悪議員は、会計処理を不正操作して、即ち、誤魔化して、大きな利益を上げたと思われます。この強欲の行為は、とても許せませんね。
 更に言えば、啄木は、借りた僅かな金を持って、遊郭に通ったのです。ですから、若い綺麗な女を買うことは、到底、出来なかった筈です。
 せいぜい、60歳位の使い古した老女が相手だったと思います。
 一方、スケベ議員の方は、あろうことか、相手は美人女子大生です。それも、言わば、会計を誤魔化した、お金で買ったのです。 
 即ち、我々の税金で、女子大生を買った訳です。
 特に、許せないのが、繰り返しますが、若い美人女子大生だと言う事です。
 これが、60歳位の薄汚い風俗嬢であれば、まあまあ、許すことは出来ませんが、罪一等位は減じることは出来るかも知れません。
 とにかく、税金で、ピチピチ美人女子大生を買うとは、本当に呆れた議員です。
 高額の議員報酬は、買春のためにあるのでは無いでしょう。
 加えて、不正会計処理で不当な利益を得るとなれば、誰だって彼を推薦しないのは、当然のことですね。
 庶民である、私の僅かな年金生活では、例え、美人女子大生など買いたくても、到底無理、全く縁の無いことです。
 要するに、同じ金と女の事ですが、偉人と、その議員では、内容が大違いという事です。
   



 俳句


とにかくも 金と女は 羨まし


レストラン

 あれは大学三年の秋頃だったと思う。
 夜、ヨーロッパと交信していたら、青井から電話が来た。
 明日、女三人と会うから、一緒に来ないかという。交信中だったので、一応、行くと返事した。
 翌日の夕方、青井の家に行った。彼の部屋は、煙草店の横を通るしか、他に道は無かった。
 行くと、丁度、客が来ていた。
「じゃあ、先に行ってるよ」
 部屋に入ると、書きかけの絵がイーゼルに掛かっていた。
 また、違う女を呼んだのだろう。なかなかスタイルのいい女だ。描いてはヤリ、ヤッて描いているのだろう。それはプロもアマチュアも同じだ。
 部屋には、他にも描きかけの絵が置いてある。絵は好きらしいが、でも、売れる画家になるには大変なことだろう。
「よお、待たせてご免」 
 日本のエルビス・プレスリーがやって来た。
 先日、あるブログで、プレスリーを久し振りに見たが、青井と雰囲気がよく似ているなあ、と改めて思った。
 色の黒さ、如何にもセックス好きな瞳、精力絶倫を思わせる口は、やはり、持って生まれたものだろう。
 プレスリーはトラックの運転手だったから、歌手になる前は、恐らく、青井と似たような日々を送っていたのでは無いだろうか。
「女は三人だ、伊勢崎まで電車で行くよ。すぐ股開く女ばかりだから、口説く必要は無いよ」
 女が二人なら分かるが、女は三人だ。どうやるんだ? 
「適当にやるんだ、要するに、乱交みたいなもんさ」
 それは、乱交みたいなものでは無くて、乱交、そのものだろうに。
 聞いて少し腰が引けたが、そこは、性欲全盛時代の私が、居ました。
 まあ、一度位は、何でも経験する事だ、と、直ぐに正当化しました。
 まずは、伊勢崎まで電車です。駅で、ドリンク剤を買いました。
 まあ、二人とも歳が歳ですから、ドリンク剤なんか、全く関係ないのですが、気分の問題です。
 伊勢崎に着くと、駅から狭い路地をあちこち曲がって、汚いレストランに着きました。
 場末の潰れそうなレストランです。
 そこに、女三人が待っていると言うのです。
 まあ、どんな女が来ても、セックス位はできるから、何も心配することは無いと思いました。でも、会うまでは、やはり、多少の不安はありました。
 引き戸を開けると、女達は、もうテーブルを囲んで座っていました。
 正しく三人居ました。
 見た瞬間、どの顔も、絶望的でした。
 一人は普通の身長、二人は小さかった。小さい方の一人が相撲取り。
 途端に、拒否反応で血の気が引きました。
 多少の不器量は、我慢できますが、少しひどすぎました。
 でも、性格がよければと、少し希望を持つように努力しました。
 性格がよければ、行き当たりのセックスですから、何とか大丈夫でしょう。
 さて、夕食が運ばれてきましたが、どれも、不味そうなものばかり。
 汚いレストランらしい料理でした。
 最初は、挨拶して、少し話をしました。私は学生、青井は社長です。
「此処で、食べたら、近くのホテルに行くから」
 青井が素早く囁きました。
 そう言うことか。でも、どうするかなあ。もう、私は迷いだしていました。
 と言うのも、彼女たちは食べながら、既に、卑猥な言葉を発していたからです。
「早く男を食べたいなあ」
「おめえ、ガッつくんじゃねえよ」
 女が、こう言う乱暴な言葉でエロ話をするのは、全く頂けません。
 いや、しても構いませんが、上品にやってもらいたいです。
 いつだって、女は男の憧れの対象なんですから、それをぶち壊すのは良くないです。
 ひどい顔が、ますます低脳に見えて来ました。
 最初は、少し彼女たちと話をしていましたが、やがて、私は、口も利きたくなくなりました。
 なので、黙って食べてばかり居ました。不味い料理ですが、他に時間潰しが無かったですから。
 青井は、適当にエロ話を受け流していました。バカ女達は、とにかく、元気でした。
 それにしても、事前に写真位見てから、来れば良かったと後悔しました。
 青井は、普段、女の趣味は悪くないのですが、要するに、セックス専門の時は、顔とかスタイルは、一切、気にしないのです。 
 やれれば良いんです。穴があれば、それで十分。
 青井とは、共通の部分もありましたが、どうしても異質の部分もありました。
 一時間位したら、女達が不機嫌になって来ました。
 私が、一言も話に乗って来ないからです。
 青井は、私の顔を見て、何とかしろよ、みたいな顔を何度もしました。
 しかし、私も、一度、気に食わなくなると、もう誰の言う事も聞かなくなります。
 とうとう、私は、青井に、ノーのサインを送りました。行かないという意味です。
 この女達とやるのなら、本当の豚とやった方が、まだ、マシだと思いました。
「じゃあ、悪いけどさ、今日は、これで帰ることにするよ」
 青井がそう言うと、女達も雰囲気で、既に事態を察知していましたから、黙って同意しました。
 でも、怒りの矛先は、当然、私です。
 女達の怒りは頂点に達していたことでしょう。セックスできなくなったのですから。
 あの時、もし、私が弱々しそうな、体格貧弱の男だったら、女達は、私に飛びかかって来たかも知れませんね。 
 どっこい、目の前には、青井よりも肩幅のでかい男が居ました。
 女達は、私を睨むだけで何も出来ません。
 別れ際、背の高い女が、一言、言いました。
「あんたが、一番、口に入れたよね、何にも話はしなかったけどさ」
 精一杯の皮肉でした。まあ、黙って食べてたから、一番大量に食べたのは間違いないです。
 今思うと、性欲全盛時代の私でしたが、それでも、雄としての選択意識はあったのですね。
 若かったですから、当時は、その機会さえあれば、どんな女とでもヤリたいと思っていましたが、いざ、その現実と向き合うと、そうではありませんでした。
 でも、もし、女のメンバー全員が普通程度の顔で、かつ、心の波長が合えば、若い私でしたから、乱交パーティを間違いなく、経験してたと思います。
 その後、半月位、逢う度に、青井は、ブツブツ言っていたものです。
 さて、歴史書に依れば、原始の時代は乱交だった、なんて話がありますが、それは嘘だと思います。
 男だって、嫌な女とはセックスする気にならないです。
 乱交だから、どの女とも、自由にセックスできると言うのは、男をワクワクさせる、作り話の「お話」ですね。
 いくら乱交でも、嫌いなタイプの女、または、フィーリングの合わない女が居れば、その女とは、セックスしたくないです。
 女性も、同じ事だと思います。
 ライオンの雌だって、嫌な雄が来ると、逃げてますよね。
 自然界の雄と雌は、あるレベルで、本能的に相手を選択する仕組みを持っていると思われます。
 さて、暫くぶりに、青井の思い出を書きました。
 40歳になる前に、青井は自殺したらしいのですが、私は、それを友人から聞いたのみで、何処で、どんな風にの詳細は知りません。
 早過ぎる死でした。もっと、生きていて欲しかったです。
 自殺の理由は、容易に推察出来ました。それは、また、書く機会があれば、書いてみたいと思います。
 まあ、ひどく変わった男でしたが、決して、悪人では無かったですから、何時までも、儚い青春時代の象徴として、私の心の中に生き続けています。 
 そう言えば、本家のエルビスも42歳の若さで亡くなったのですね。




俳句


男にも 選ぶ意識は あるものだ





緊急時

 肩凝りは父親譲りだが、若い時は、余り肩凝りを感じたことは無かった。
 ところが、不惑を迎えた辺りから、肩凝りを、時に、感じるようになった。
 それは、座業の増加、運動をしなくなった事が、主な原因だったと思う。
 そんな時、友人が、サウナで温めると、全身の血流も良くなり、肩凝りにも効くよ、と言ったのだ。
 それから、サウナ風呂に通うようになった。
 初めての時は、さすがにサウナは熱かった。しかし、段々と慣れた。
 今は、88度位で、下から二段目の席が、私には最適である。後は、室内温度に応じて、席の位置を適宜、移動する。
 上の席ほど熱いのは、物理の基本法則ですね。
 入浴法は、自己流で、大体、十分から十五分を二回繰り返す。
 ただし、体調が良くないと感じた時は、入浴時間を短めにして一回で切り上げる。
 最初は、市内のあちこちのサウナに行ってみたが、最終的に、ホームセンター近くののサウナが、お気に入りとなった。
 此処の受付の母娘が、なかなかの美人なのも、選択の条件になった。
 顔立ちが、よく似た母娘で、並んでいると、何か、使用前、使用後の写真みたいである。勿論、母親が使用後である。
 さて、半年も同じサウナ行くと、色々慣れて来て、もう新しいことも無いから、何か退屈を感じるようになった。
 それで、退屈しのぎの一環として、色々と、何でも考察するようになった。
 初めは、他人様の持ち物の観察だった。
 持ち物を見れば、その人が、北方系か南洋系かが、ある程度、分かるのである。
 ただし、あくまで俗説理論であり、科学的な根拠は何も無い。 
 そもそも、遺伝は、それぞれの因子が混合されるから、何であれ、絶対とは言えない。
 毛と肌色の場合で言えば、毛深くて色白なら、高い確率で北方系だろうが、絶対とは言えない。
 要するに、暇つぶしです。ノーベル賞を目指した訳では無いです。 
 で、観察方法ですが、正面から、至近距離で見れば、相手に失礼なので、それとなく、素早く観察しておりました。
 その貴重な研究成果を此処に書いてもよいが、女性は不快に感じるだろうから、それは止めておく。
 それで、次の観察ターゲットになったのは、脱衣場での脱ぎ方でした。
 見ていると、上から下、最後はパンツが基本形である。
 偶には、下から、パンツから、と言う人も居なくはない。
 若い人は、立ったまま、どんどん脱いでしまう。お年寄りは、大抵、腰掛けてゆっくりと脱ぐ。
 老齢者は、悲しいかな、立ったまま、脱衣が出来ないのである。
 立ったまま、ズボン、パンツを脱げるかどうか、此処が若者と老人の境目ですね。
 私は、勿論、立ったまま脱いでますよ。脚力は強靱です。何しろ、片足立ちで相手を投げる内股、払い腰が得意技でしたから。
 次に、着る時は、どんな順序なのか、である。
 これは、まず、パンツを穿くというのが、7割位。シャツからと言うのが、だから、3割位である。
 私も、まず、パンツからである。
 何故、パンツが一番先なのかって?
 それは、パンツを穿いてしまえば、一応、安心出来るからだ。
 もし、突然、大地震が来ても、このまま、外に走り出すことが出来る。
 即ち、パンツさえ穿いていれば、男なら、表の道路に出ても、少しも恥ずかしくないからだ。
 一方、シャツだけ着てる場合、そのまま走り出すのは、何か心許ない感じがする。
 パンツを穿いてないと、股間がブラブラするし、他人に見られれば、やはり、恥ずかしいからだ。
 恥ずかしいからと、手で隠すのは、女性は美しい絵になるが、男は馬鹿げだ。  
 えっ、大地震のような災害時に、人は、そんなことを考えるかって?
 まあ、頭の上から、いきなり、柱が倒れて来たなんて言う場合は、咄嗟のことだから、何も考えずに逃げるでしょうね。
 でも、そうで無い場合、人は、なかなかな羞恥心を捨てることは無いと思いますよ。
 よく例に出されるのが、昭和初期の白木屋の火事です。
 当時は、着物でノーパンが女性の普通の格好でした。で、火事になり、救助ネットに飛び降りようとしたら、下で、大勢の野次馬が見ているので、恥ずかしくて飛び降りられず、結果、焼死したという伝説です。
 まあ、これは、半分嘘、半分本当の伝説かなと思います。
 また、ロープを伝って降りる途中、強風で着物の裾がまくれ、恥ずかしいので、片手で股を押さえようとして、転落したとの新聞記事もありました。
 これは本当かも知れない。 
 片手で体重を支えるのは、男でも至難の事ですから、墜落しますね。
 この記事から推測すれば、ロープで避難する時でも、羞恥心はあったんでしょう。
 この火事の後、白木屋は女性職員にズロースを穿くことを義務づけたとありますから、それからすると、ある程度、羞恥心説は、信憑性もありますね。
 更に、他の例として、女性の投身自殺の場合、水に飛び込む前に、両膝を紐で固く縛ると言う、言い伝えがあります。 
 もう死ぬ訳ですから、何でもいいじゃないか、と思うのですが、そうでは無いようです。
 死んでから、女の股が開いているのを見られたくない、と言う訳です。
 これは、紛れもなく羞恥心でしょう。
 即ち、人は、緊急の場合にも、羞恥心を捨てきれない場合がある、と言う事です。
 さて、脱線しました。
 要するに、脱ぐ時は、パンツが最後のが多い。
 で、着る時は、パンツが最初なのが多い、と言う事です。
 さて、当然の事として、女性の場合はどうかなと、少し気になります。
 でも、私は男なので、調べる手段がありません。
 まあ、上から下で、服を脱いで行き、最後は、ブラジャーとパンツ、ですよね。
 それから、どうするか。
 やはり、男と同じですかね。脱ぐ時は、ブラジャー、パンツの順で脱ぐ。
 で、着る時は、パンツ、ブラジャーの順で穿く。まあ、これが正解でしょうね。
 でも、女性の場合は、大地震の時、ブラブラしないから、パンツ無しでも走れると思われます。
 となれば、先にブラジャーを付けて、その後、パンツでも、差し支えないと思います。
 まあ、男とすれば、パンツは最後の方が良いかな、と密かに期待しております。
 本当のところ、若い女性は、どうなのかなあ。
 参考にと、老妻はどうだったかなと思い浮かべるのですが、よく思い出せませんね。
 えっ? 見れば、すぐ分かるって?
 それはそうですけど、もう、括れ無しの体は、見る意欲も何も起きませんね。
 それと老妻本人も、名誉のため、見せたくないでしょう。
 


追記
 あと、湯船に入る時、体を全然、洗わない人が、結構、おります。
 それと、体に水を掛けるだけで入っちゃう人、これも多いねえ。
 これは、もう、本当に嫌だなあ。
 だから、銭湯など大腸菌多いって言いますよね。
 少なくとも、股間は、石鹸でゴシゴシと洗って欲しいです。
    


俳句


汗掻いて ひたすら耐える サウナ風呂 (で、退屈なので何か考える訳です)