上州随筆俳句

 長くアマ無線をやってきましたが、一昨年、電信愛好家のためにパソコンによる電信自動送信装置「CWBOARDKK」を作りました。
 本ブログには、アマ無線の活動及び古稀世代の色々な方面について、感じたままの随筆と俳句が書いてあります。
 

検証

 小学四年生の時、授業中にオシッコをしたくなり、とうとう我慢できなくなった。
 初めて事だから、どのように先生に伝えたらよいのか、分からない。
 でも、もう限界で、意を決して席から立ち上がった。
 授業中、私が、いきなり立ち上がったから、全員の視線が私に集まった。
 恥ずかしいが、前の方に行くしか無い。
 私が、教壇の先生に近づくと、先生の方も、何事か、と、腰を屈めて私を見つめたものだ。
 それは、こんな状況は滅多に無い事だから、先生が驚くのも無理は無い。
 小声で、オシッコと言った。
「いいですよ」
 先生は、頷いて、すぐに状況を理解してくれた。
 ほっとして、教室を出たが、オシッコを済ませて、教室に戻る時が、また、嫌だった。
 戸を開ければ、恐らく、一斉に、全員が私の方を見るからだ。
 何しろ、教室に居るのは、まだ、小さな小学四年生達である。
 私の気持ちを推し量って、知らぬ振りをする事など、出来る訳が無かった。
 案の定、私が戸を開けると、全員の目が、私に向けられた、と思う。
 黙って、そのまま自分の席に着いた。
 今、思い出しても、やれやれ、である。
 何が原因か知らないが、生まれて初めて、膀胱炎になったのである。
 オシッコを済ませて、数歩歩くと、また、オシッコがしたくなったものだ。
 翌日だと思うが、近くの黒崎医院に行った。
 今でも、覚えているが、でっかい注射器をお尻に刺した。
 確か、ペニシリンだと言う事だった。
 それで、すぐ症状的には完治した。
 とは言え、身体的な症状は、完治したが、精神的な傷は、以来、消える事は無かった。
 それ以来、膀胱炎は治ったのに、授業の前は、必ず、トイレに行った。
 授業だけで無く、何か、長く時間がかかりそうな集会等でも、同様だった。
 さて、六年生の頃、毎回、休み時間にトイレに行くと、必ず、会う子が居た。
 私よりも、一学年下の男である。
 その子とは、毎休み時間に、毎回、トイレで会っていたから、何か、トイレ友達と言うか、仲良くなった。
 だから、毎回、並んで、話しながら、オシッコをしたものだ。
 時々、彼が来ない時があると、どうしたのかと、ひどく心配になった。
 二時間目も来ないとなると、これは欠席したなと、推察した。   
 その子は、大橋君と言ったが、もしかしたら、私と同じ様に、膀胱炎になった事があり、その精神的後遺症だったのかも知れない。
 中学に行ってからも、大橋君と会う回数は減ったが、それでも、よくトイレで会った。
 さすがに私が中学を卒業すると、もう大橋君と会う事は無くなってしまった。
 何かの折に、母校近くで、偶然、大橋君と逢った。
 その時には、彼も中学を卒業していて、高校の帽子を被っていた。
 お互い、会釈し、懐かしそうに笑顔を交わした。
 が、あの日以来、もう逢う事は無かった。
 今でも、時々、大橋君を思い出す事がある。
 さて、有り難い年月のお陰で、段々と、後遺症の傷も癒えて、事前に、トイレに行く事も、比較的には少なくなった。
 それでも、時間の長い行事、特に、卒業式などは、前日から、水分を制限して、万全を期したものだ。
 それが何の病気であれ、トラウマと言うのは、容易には消えない様です。
 バス旅行などでは、尿意が無くても、とにかく、トイレには行きました。
 社会人になっても、長い会議の時は、まずはトイレ。
 精神的には、殆ど傷は癒えていたと思いますが、その頃には、もう生活上の習慣となっていた様に思います。
 でも、まあ、会議の前に、トイレで、一寸、考える時間を持つのは、それは有益な事でした。
 さて、膀胱炎と言うのは、細菌感染症だと思いますが、必ずしも、それだけでは無いようです。
 ある時、新しい女の子と付き合う事になりました。
 なかなかの美人で、特に、腰の括れ曲線が、正に芸術的でした。
 その括れを両手で掴むと、殆ど両手の中に入ってしまいました。
 もう有頂天になって、毎日、楽しい日々を過ごしていたものです。
 ですが、暫くすると、妙な事に気づきました。
 それは、此処だけの話ですが、彼女を抱くと、その後、私が、殆ど膀胱炎と同じ症状に襲われる事に気づいたのです。
 膀胱炎、小学四年で罹患した、憎むべき症状が、再び、私の前に現れたのです。 
 特に、痛みもないし、不快感も無いのですが、でも、すごい頻尿なのです。
 行為をした日、その後、暫くは、一時間毎に、トイレに行く有様でした。 
 一日位経つと、何とか、尿の頻度は少なくなりました。
 それでも、完治するのに、4、5日は、要したと思います。
 あの後には、必ず、頻尿となりましたから、これは、間違いなく、彼女とのセックスのせいだと気づきました。
 段々、軽い痛みも出て来たので、初めて、これは警戒しなければと思いました。
 しかし、具に、彼女を観察しても、何処かに病気があるようには見えませんでした。
 であれば、私の方に何か、原因があるのかと思い、一応、泌尿科に行き、診察してもらいました。
 何しろ、事が膀胱炎ですから、特に、心配だったのです。
 結果は、何も無く、健康そのもの、でした。
 暫く悶々と悩んでいましたが、ある時、別の懇意な女の子と会いました。
 そしたら、セックスの後、何の症状も出て来ませんでした。
 えっ、と驚き、それから、彼女にお願いして、数回、会いました。
 勿論、身をもって実験をして、不可解な事実を検証するためです。
 その結果も、私には何も起こらず、無症状でした。   
 と言う事は、彼女に、何らかの、原因があると言う結論になりました。
 その後、確認の意味で、彼女と一回だけ会いました。 
 やはり、確実に、行為後、強い頻尿症状が出ました。 
 こうなっては、もう駄目です。
 私には、彼女の魅力よりも、膀胱炎の恐怖の方が強かったのです。
 彼女の括れを捨てるのは、ひどく残念でしたが、それでも、膀胱炎に罹りたくは無かったのです。
 その後、色々、原因を調べて見ると、何か、アレルギー症状のようでした。
 とにかく、体質的に、彼女のそれと、私のそれが、合わなかったのです。
 より詳しく言えば、膣の酸性度とか、私の粘膜等の関係です。
 とても素敵な彼女でしたが、あれが駄目では、付き合う意味は何もありませんので、駄目と言う事になりました。
 今になっても、返す返す残念な思い出です。
 さて、50代半ば辺りから、また、暫く振りに、膀胱炎、正確には、頻尿の症状が出て来ました。
 泌尿器科に行くと、老化のせいでしょうと、あっさり、治療は無視されました。
 事実、歳をとると、頻尿の人が多くなるのは、ご承知の通りです。
 でも、私の場合は、よく観察した結果、風邪を引いた時、疲労してる時、体を冷やした時に、頻尿が起きる事が分かりました。
 なので、今は、頻尿になると、よく休養する事で完治させています。
 また、サウナに行き、体を温めると、すぐに改善します。
 それにしても、私の人生、憎むべき仇は、あの膀胱炎でした。


俳句


トイレにて 友達出来た 懐かしい   





ヌード写真の秘密

 以前、法事の時、幾人かの知人と久し振りに会ったので、みんなで並び、デジカメで写真を撮った。
 後で、それぞれにパソコンのメールで送るつもりだった。
 ところが、帰宅してから、パソコンで、その写真を見たら、思わず、溜息が出た。
 写っている全員、写りが悪かったのだ。
 と言うか、現実以上に、皆、いやに老けて見えたのである。
 私自身も、普段、鏡で見慣れている自分とは、別人のように疲れた表情をし、もう後、幾ばくもない病人のように見えた。
 まあ、遠路遙々と、葬儀に参加したので、多少、疲れた表情は仕方ないが、それにしても、老け過ぎだ。
 で、その写真を、パソコンで見ながら、これは送る価値は無さそうだな、と、賢明な判断した。
 まあ、送ると言ったから、写真を待ってるかもしれないが、それは見ない方が精神衛生上、好ましい事だろう。
 それにしても、写真とは、実に不思議なものである。
 よく写真写りが、良いとか悪いとか言うが、あれは、どう言う事なのだろうか。
 デジカメ自体の機能としては、光をレンズで集めて、撮像素子であるCCD(Charge Coupled Device<電荷結合素子>)を使用して、光を電気信号に変換しているだけで、細かい事は省くとして、それだけの事である。
 デジカメ自体が、何か意図を持っていて、この野郎は気に食わないから、写真写りを悪くして、醜い顔にしてやれ、などと思ってる訳では無い。
 そうであれば、写真なるデバイスは、一体、何を写しているのだろうか。
 あれは、まだ、デジカメ写真が出回り始めた頃だった。
 デジカメ写真は、パソコンで写真を見られるし、フィルム代も不要だし、それに、現像のため、町の写真屋へ行く手間も無い。
 と言う事で、デジカメが発売されると、すぐに、まずは、安いのを購入した。
 当時、私は、無線に限らず、何でも新しいデバイスに興味を持っていたから、デジカメは、好個の対象であった。
 ところが、初期のデジカメの出来映えは、惨憺たるもので、満足には程遠かった。
 最初のデジカメは、大きな期待とは裏腹に、結果は、無残な失望に終わった。
 ところが、その後、デジカメの解像度は、極めて短期間に飛躍的に、発展した。
 一年も経たずに、相当に、高画質の写真を見れるようになったのだ。
 それにしても、パソコン画像の高解像度が、あれほどの短期間に実現したのは何故か。
 それは言うまでも無く、美しき女性の体を、極限まで、即ち、毛一本まで鮮明に見える写真で見たいと言う、世の男達の強烈な欲望が、その発展に拍車を掛けたのである。 
 これは、誇張でも何でも無く、パソコン及びデジカメ発達史上、余りにも有名な定説である。
 それ故、各メーカーからは、高解像度のデジカメが、次々に作られ、発売された。
 確か、最初の頃のは、100万画素程度であったと思うが、最近では、一億画素のも発売されている。
 しかし、そもそも、人間の目は、そこまでの解像力は無い筈である。
 だから、普通は、目の解像力を基に考えれば、200万画素辺りでも十分だと思う。
 これは、純粋な技術的立場からの常識だが、どうも、事実は、そうで無いようなのだ。
 人間の対象認識方法は、単に目の解像力だけで対象物を認識しているのでは無いらしいのである。
 メタ認知(超認識の事、通常の認識を上回る認識の事)と言うか、対象を、いわば、脳全体で補足しているらしいのである。
 だから、やはり、画素数が多い方が鮮明に見えるらしい、と言うか、鮮明に「感じる」らしい。
 複雑な人間の顔を、どうして脳は瞬時に判別出来るのか、その理由は、脳が、このメタ認知を実行しているからだと言われている。
 コンピュータのようにデジタル方式で照合しているのでは、とても、時間がかかり過ぎて、瞬間的な判別が不可能なのは、考えるまでも無く、誰にでも分かる事だ。
 だから、脳の画像認識システムが、コンピュータとは、明らかに異なるのは確かだが、しかし、メタ認知だとしても、その詳細は、まだ、研究が始まったばかりで、よく分かっていない。
 そのキーワードは、embodied cognition(身体化認知)らしいが、長くなるので割愛します。
 さて、その頃、付き合っていた、素敵な若い女の子がいました。
 デジカメを購入すると、早速、お願いして綺麗なヌードになってもらいました。
 購入した、新しいデジカメの性能を、この目で確かめたかったのです。
 細身のスタイルのいい子でしたから、撮った写真には惚れ惚れしたものです。
 この頃には、デジカメも、一応、見られるような品質になっていました。
 とは言え、カラープリンタは、まだ、鮮明画像には、数歩、及びませんでした。
 ここで、あくまで私の独断と偏見ですが、女の子は、裸の写真を撮られるのが、どうも大変に好きなようです。
 それは、撮影してる時の顔が、とても生き生きしている事から分かりました。
 駄目かなと思いながら、少々、際どい格好を頼むと、恥ずかしがる所か、積極的に、色んなポーズをしてくれました。
 ところが、一年位した時。
 ある日、撮ったデジカメ写真をパソコンで見ていたら、彼女の表情が、いつもと違い、美しく見えなかったのです。
 不思議な事と思い、その後も、何度か撮りましたが、やはり、以前のような美しさは、ディスプレイ上に現れなくなりました。
 それで、段々、私も、写真を撮る意欲が、低下してしまいました。
 それから、まもなくして、彼女とは、とうとう別れてしまいました。
 少し経ってから、他の男と付き合っていると言う噂を聞きました。
 それが分かると、それほど熱中していた彼女では無かったけれど、一応は、寂しかったものです。 
 後で、ふと、気づきました。
 好きな男が出来たから、私との写真にも、熱が入らず、寧ろ、撮られるのが嫌になっていたのに違いない。
 好きな男には、どんな格好でもするけど、嫌になれば、もう嫌でしょうね。
 それに、撮ったヌード写真が、万一にでも、新しい彼氏に見られたら、とても恥ずかしい事です。
 いや、恥ずかしいだけでは済まないかも知れない。
 本当は、「もう写真を撮るの、止めて」と、言いたかったんだと思います。
 後になってから、彼女の表情が美しく撮れなかったのは、それが、あの時の、彼女の本当の表情だったのだなと、気づきました。
 即ち、あの時のデジカメは、その時の彼女の、本当の表情を、正確に写していたのです。
 さて、普段、我々は、相手の表情を、連続的な存在として見ています。
 と言うか、生身の人間の目では、そのように見るしか出来ません。
 この表情の連続的変化のお陰で、例えば、何か嫌な事を言われて、不快な表情になっても、素早く、次の表情で、その不快さを覆い隠す事が出来るのです。
 ところが、デジカメの写真だと、その連続の中の、たった一枚だけを、引き抜く事が出来るのです。 
 その引き出した一枚に、恐らく、人間の真実の表情が隠されているのでしょう。
 それ故に、やはり、デジカメ写真は、その人の、真実を撮る事が出来るのかも知れません。


<あの、保管したヌード写真、バレませんか?>
<だから、パソコンの保存技術力が低い者は、ヌード写真は扱わない事だよ。事実、教室で理科の写真を見せようとして、ヌード写真を見せてしまった教員が、過去にいたよ> 
<その先生、その後、どうなりましたか?>
<知らんね。もし、興味があるなら、新聞の縮刷版で探しなさい>


俳句
顔だけは 駄目よと言って 服を脱ぐ

嘘でもいいよ

 野村監督が、テレビで、亡くなった奥さんについて、その経歴がすべて嘘であった、と知っていて、なお、沙知代さんを、生涯の伴侶としていた、と言うのは、なかなかの話でした。
 普通は、嘘を言われると、不愉快ですが、「それ位、俺をゲットしたがっていた」と、考えるのは、さすが、球界の知将、面目躍如と言うものです。
 野村さんの本は、いくつか読んだ事がありますが、とても野球人とは思えない深い思考が本に滲み出ています。
 普通、野球選手は、つまらない哲学に興味は無いし、それよりか、その時間に素振りの練習していた方が、マシと言うものですから、余り論理的な修練を積んでいないと思います。
 誤解無きように言えば、スポーツ選手は、それ位、寸暇を惜しんで技能向上に努めなければ、素晴らしい成績は残せないと言う意味です。
 中には、野球選手で、読書家の人も居るかも知れませんが、それは、野球選手として、特に自慢できる事でも無いと思います。
 でも、野村監督は、例のデータ野球で、投手のいろいろな癖を分析していますから、元々、論理的な思考習慣を持っていたのでしょう。
 沙知代夫人と結婚する時、「監督か結婚か、どちらかを選べ」と言われて、監督を辞めて、沙知代さんと結婚したのも、すごい決断でしたね。
 それ位、好きと思う女と暮らせるのであれば、監督の給料なんて、ゴミと同じですよね。
 でも、二人の子持ちの沙知代さんと、自分は離婚して、一緒になる訳ですから、好きと言う感情と、鋼鉄のような決断力が無ければ、その結婚には踏み切れなかったでしょう。
 でも、結果的には、素晴らしい人生を送れた訳ですから、野村監督の判断は、正解であったと言う事ですね。
 沙知代さんが脱税で告発された時も、野村監督は、一切、批判しませんでしたね。ずっと変わらず、奥さんを好きだったんですね。
 おっぱいが好きだったと言いますから、正真正銘、姉さん女房だったんでしょう。
 とは言え、視点を変えれば、幸せな二人は別にして、離婚された側の人は、幸せとは言えないかも知れませんね。
 ですから、よく考えると、人が幸せを得ると言う事は、何処かで、ある人を不幸せにしているのかも知れません。
 でも、それは仕方ない、どうにもならないように思えます。
 例えば、三角関係で、三人すべてが、幸せになる結末は、あり得ませんね。
 貴女が不倫して楽しいけれど、一方では、楽しくない旦那さんが居るのも、避けられない事ですね。
 それにしても、現代は、結婚しても、その後、尚も、妻や夫に対して、決して油断できない時代とは、何か考えさせられます。
 立ち止まって考えると、これは不信の時代でもあるし、結婚とは何か、と考え込む事にもなります。
 人間、一生の内に、たった一人しか好きにならない様に出来ていれば、浮気や不倫などの問題も起きず、すべて幸せに終了するのですが、そうでは無いから、人生、大変です。
 大抵の人が、一生の内に、色んな場面で、様々な人を、幾人も好きになる訳です。
 これは、本能ですから、そう思うのは、とても止められません。
 だって、人間も猿と同じ動物ですから、同じような性行動をするのは、仕方ありません。
 ある宗教が述べているように、「人間は神の子である」では、無いですから。
 でも、幾分かは、気持ちを制御できるのが、大人と言うものです。
 しかし、万一、その感情を抑えきれず、禁断の園に踏み込んでしまったら、後は、夫婦の秘密として、上手にやって行くしか無いでしょう。
 その秘密が露見して、話し合いで収まる場合もあるし、そうで無く破綻してしまう場合もある。
 それは、もう、すべて天命ですかね。
 でも、出来れば、相手を少し大目に見てやって、最初の相手との結婚を大事にして、生涯、死ぬまで連れ添うのが、人間としては、幸せかなと思います。
 だって、最初の人だって、初めて会った時は、大好きだった訳でしょ。
 今度の不倫相手は、死ぬ程にも好きだと言うけれど、それは、今、逢ったばかりだからで、よく考えれば、前回と同じだと思いますよ。  
 今は夢中だから、よく見えるだけです。
 新しい恋愛の方が、素晴らしいと言う考え方だと、その人は、一生、次から次へと異性を求めて生きて行く事になります。
 それは、ある意味、幸せであり、また不幸せだと思います。
 まあ、女と畳は新しい方が良い、と言う諺もありますが、果たして、そうでしょうか。
 この辺は、各自、判断の異なる所で、あとは好きに生きて行くしか無いですね。
 さて、野村監督の奥さんでは無いですが、我が老妻も、私に嘘を言う事があります。
 それは、貯金をしている、と言う嘘です。
 手元にある金は、すぐに使ってしまうと言うのが、老妻の生き方です。
 でも、貯金をしている、堅実な妻であると言う、素晴らしき虚像を私に見せたがり、その結果、貯金をしていると、嘘を懲りずに、言います。
 通帳はあるようですが、多分、残高は無いと思います。
 もう一つは、掃除好きと言う事です。
 私の二階は、最近は、半月に一度掃除しますので、何とか綺麗です。
 老妻は一階に居ますが、よく散らかっています。
 でも、本人は、掃除が好き、と言い張ります。  
 実際の掃除にしても、部屋の真ん中だけを掃除機で、一寸、撫でて終わりです。
 山奥の大きな家で育ちましたので、掃除と言うものをした事が無かったのです。
 でも、まあ、若い頃は、ちゃんと括れがあったので、それに免じて許しています。


追記
 ギックリ腰が治りました。洗顔の時、体を起こしたら、発症。
 10日程で完治しました。
 還暦過ぎた方、要注意です。


俳句


古畳 それでも良いよ 我妻よ

レディファースト

 どんな人間も、孤独では生きられない。
 他者との結びつきが、生存に於ける不可欠の要素である。
 例え、一人暮らしであっても、水道や電気など、言うまでも無く、これは他者提供のものであり、決して孤立して生きてる訳では無い。
 進化の奇跡なのか、人間は、他の動物に比して、人間を結合させるネットワーク能力が異常な程に発達している。
 この事実が、文明構築と言う、他の動物との決定的な違いを生み出したのである。 
 ところで、このネットワークの欲求が存在したから、言語が生まれたのか、それとも、言語が発達したから、人間間のネットワークが出現したのか。
 それは、恰も、鶏と卵の論理に、よく似ていて、明快な答えは無い。
 ともかく、人間は誰かと、話をし、心を共有したいのである。
 もし、相手が異性であれば、体をも共有したいのである。
 即ち、それが、恋愛である。
 素敵な女性と心と体を共有するのは、気が狂う程に、死ぬ程に、楽しい。 
 でも、それが叶わなかった時の、悲しみ、絶望も、また、激烈である。
 以前、50歳を少し過ぎた頃、オーストラリアに行った事があった。
 そこで、素敵な女性と知り合いになった。
 確か、24歳だった。
 私が、日本に戻る時、彼女は、追い縋るように言った。
「何時か、あたしも日本に行きたいわ」
 単なる社交辞令かと思っていたら、翌年、彼女は、言った通り、日本にやって来た。
 でも、色んな事情が、二人の間に生じ、彼女との心の共有は、うまく行かなかった。
 彼女は、傷心の思いで、オーストラリアに帰ったと思うが、私も、立って居られない程、落胆した。
 お互いに、すごく好きなのに、それが分かっていたのに、その関係が発展しない事もある、と初めて知ったものだ。
 お互い、必死に求め合っていながらも、心を共有できない現実、人間とは、正に、複雑なものである。
 要するに、どこかで歯車が狂い、誤解が生じ、相手に対する正確な理解が出来なかったのだろう。  
 ところで、このブログには、コメント欄があるが、コメントは、文章だから、面と向かって話すのと違い、十分な情報が伝わらない事がある。
 その欠点によって、不幸な状況に、私は、遭遇した事がある。
 ある時、コメント欄を通じて、話していた。 
 そしたら、私が相手の文章を誤解したのか、相手が私の文章を誤解したのか、不明だが、相手との心の疎通が出来なくなり、ひどく悲しい思いをした事がある。
 これなども、その人と向かい合って話していれば、何の問題も起きなかったと思う。
 今でも、残念である。
 それ以後、コメント欄で、冗談を書く事は、止めてしまった。
 勿論、相手が、男、おじさんの場合は、一切、気にしないが。
 よく考えてみれば、このコメント欄は、相手についての情報が、殆どゼロに等しい訳で、また匿名でもあるから、書く事に、余程の慎重を期するのは、当然の義務だった。
 それ以来、ブログでは、余り積極的に、コメントは、しないようになった。
 さて、言語は意思を伝えるのに極めて効果的なものだが、やはり、相手の目や、表情、身振りを欠くと、即ち、単に文章だけだと、齟齬、誤解が生じるようだ。
 さて、先日、ネットを見ていたら、トランプ大統領が、「日本は、貿易で殺人を犯している」と言う、見出しが目に入った。
 貿易で殺人とは?
 これなども、トランプ大統領を目の前にして、その言葉を聞けば、何の誤解も無かった筈である。
 単に、貿易不均衡をトランプ氏は、批判しただけなのだ。
 ところが、この件は、新聞社の誤訳も加わったから、誤解は増大した。
 それしても、一流新聞社が、それも数紙が、誤訳するとは、信じられない事だ。 
 でも、アメリカとの外交で、誤訳が問題になった事は、以前にもあり、それは珍しい事では無い。
 過去に、超一流の外交官でも、優しい言葉なのに、誤訳しているのである。
 それは、裏返せば、いくら英語が身近になったとは言え、やはり、外国語と言うのは、本当は、不可解な部分が、いくらでも存在すると言う事だ。
 日本語だって、日本人の私が読んで、その意味が不明で、解釈に苦しむ事があるのだから、況んや、外国語である。
 英語の翻訳で、前後の文脈から、意味が繋がらないと思ったら、これは誤訳では無いかと、新聞社は、まず、その訳文を疑う必要があったのだ。
 ところで、その誤訳に対して、迅速丁寧な訂正をしていない新聞社もあるらしいが、それは、意図的な事だから、誤訳以上に、拙劣な事である。
 さて、今回の誤訳は、「get away with murder」と言う、慣用句である。
 好き放題にする、と言う意味である。
 殺人とは、取りあえず、全く関係ない。
 例えば、「She lets those kids get away with murder.」と言う具合に使う。
(彼女は、子供達を好き放題にさせている)
調べると、「informal to do anything you want, even things that are wrong, without being punished」
 要するに、やりたい放題が放置されてる、と言う意味である。
 トランプ大統領とすれば、貿易不均衡に対して、当該国は、何らかの対策を講じるべきだ、と言ったのだ。
 これは、大騒ぎする程の大ニュースでも、何でも無い。
 国際間の理解は、異なる風土や文化、異言語の壁があるから、更に、一層、難しいものになるようだ。
 でも、私には、アメリカと日本の距離よりも、想いを馳せた女性との距離の方が、何倍も遠くに感じられるのは、どう言う事だろうか。
 恐らく、男と女は、同じ言語を使って居るにも関わらず、その根底にある脳の構造が、全く異なっているのかも知れない。
 いや、過去のトラブルを思い起こす時、そうとしか思えない。
 でも、いくら距離は遠くても、素敵な女性の心を獲得し、両腕の中で、思いっきり、力を込めて、抱きしめたい。
 それ故に、男は、生きてる限り、美しき女性を追って、大変な苦労をする事になる。
 でも、男は、元々、石器時代からのハンターであり、目標に向かって挑戦する事は、寧ろ、生き甲斐なのかも知れない。


<あの、男と女の一番の違いは何ですか?> 
<男は、早く短く、女は、遅く長く、かな>
<はあ?>
<この男女差を埋めるためには、レディファーストが、特に肝要なんだが、君は知ってるかね>
<レディファースト? 女性を先に部屋に入れるとか、マナーの事でしょ>
<やはりね。レディファーストは、日本では、そのような不注意な誤訳が横行してるんだ。実に困ったものだ。正しい意味はだな、まず、先に女をイカしてから、次に男がイク、と言うのが、本当の意味なんだ>



俳句


早くして 言われた日から 春は来ず

薬瓶

 私の母親は、不要品を捨てないで、保存しておく人だった。
 例えば、焼き鳥の串なども、きれいに洗い、ゴム輪で束ね、戸棚に仕舞っていた。
 他にも、焼きまんじゅうのケース、瓶、包み紙、何でも保存した。
 若い頃の私は、随分と意味も無い事をしているなあ、と思って眺めていた。
 何故なら、瓶など、いつでも手に入るでは無いか、と言う事だ。
 母は、大正三年の生まれ。
 大正三年は、1914年で、あの第一次世界大戦勃発の年です。
 第一次世界大戦は、4年間続き、それからは、ご承知の通り、次から次へと、戦争の連続となった。
 即ち、母の一生とは、すべて戦争だった。
 だから、何時か来るかも知れない、物不足の不安に、生涯、脅えて居たのでしょう。
 それなら、串一本でも保存しておこう、と考えるのは、ごく自然な事です。
 さて、母の習慣を無意味と見て居た私でしたが、ここ数年で、瓶、缶などを、保存するようになりました。
 天国の母が知ったら、それ見た事か、と、嬉しそうな顔をするかも知れません。
 さて、その切っ掛けですが、ある時、空の薬瓶を手にして居ました。
 中の錠剤が無くなり、不要と言う事で、何時ものように、ゴミ箱へ捨てようとして、不意に、手が止まりました。
 小さな瓶ですが、とても綺麗に出来ていました。
 で、ふと思ったのです。
 この瓶を自分だけで製作出来るだろうか、と。
 今、机の上に持って来ましたが、高さは65ミリ、直径35ミリの円筒形のガラス瓶です。
 蓋は、スチール製のネジ蓋です。
 チラッと、瓶を見て、すぐに結論が出ました。
 出来ない。とても私には、製作出来ない。     
 まず、ガラスの作り方を私は何も知りません。
 一般的に使われているガラスは、ケイシャ、ソーダー灰、石灰石の3つを混合し、1500度で溶かして、作ります。
 透明でないものを材料にして、よく透明なものが出来ますね。
 それで、今、仮に、材料であるガラスを作れたとしても、この見事な円筒形の薬瓶は、どうやって作るのでしょうか。
 ずっと前、ガラス製品の工場に見学に行きましたが、のんびりと花瓶を作っていました。
 でも、あれでは、沢山出来ませんよね。
 薬瓶は大量生産だと思いますが、その詳細なる方法を、私は全く知りません。
 即ち、どこにでも、ゴロゴロしてる薬瓶で、何の価値もないように見えますが、それでは、この製品をお前が作ってみろ、と言われると、それを自作する事は出来ません。
 それに気付いた時から、私は、使い終えた薬瓶でも、捨てずに保存するようになりました。
 自作出来ないものであれば、それは価値あると認めなければならない。
 そう思ったのです。
 さて、この考えを敷衍すると、やがて、何時か、人類は、二度目の石器時代を迎えると言う事も、あり得ない事では無いと思えます。
 さて、将来、何かで、世界戦争が勃発したとします。
 勿論、核爆弾で、国土は、焼け野原となります。
 多くの人が死んで、僅かな人達だけが生き残ります。
 目の前にあるのは、ただ、土と草原です。
 今後、生き残った人々は、どうやって、今までの文明を取り戻すのでしょうか。
 草を切ろうとしても、ナイフがありません。
 ナイフは、鉄で作りますが、まず、その鉄をどうやって作るのか。
 普通の人は、鉄の製法を詳しく知らないですよね。私も知りません。
 鉄鉱石から作ると覚えていても、その鉄鉱石を掘り出す設備は何も無いです。 
 であれば、草を切るのに、そこらに、ある石を持って、叩き切る事になります。   
 これは、石器時代に戻った事になります。
 結論が早すぎたので、もう少し、詳細に、考えてみましょう。
 今、運良く、鉄の製造に詳しい技術者が生き残っていたとします。
 でも、彼は、鉄の製造に不可欠の設備である、電気溶鉱炉までは、作れません。
 電気溶鉱炉の製作は、電気技術者で無ければ出来ないからです。
 更に、仮に、電気溶鉱炉を作れたとしても、発電装置を作れる人が居ないと、溶鉱炉は稼働しません。
 私は、発電の事は詳しいので、材料さえあれば、発電機を自作できます。
 ですが、その材料の、ケイ素鋼板、エナメル銅線と、また工作機械が無ければ、とても製作は無理と言うものです。
 即ち、生き残った人たちは、ナイフ一本すらも、作る事が出来ないのです。
 すると、やはり、石器時代に戻る事になります。
 よく見れば、私の周りにあるものは、殆ど、工場とか、社会的組織が作ってくれたもので、個人レベルで出来るものは、殆ど何も無いと言う事です。
 目の前にある、私のパソコン。
 これを、核戦争後の、何も無い焼け野原から、人類が、再び製作するには、恐らく、また、2000年を要すると思います。
 コンピュータの中心部品であるICなんて、数千万人の技術者が、長い年月かけて作り出したものです。
 その場に、ICを製作していた技術者が生き残っていたとしても、鉄と同じ理由で、ICを再び作る事は、少なくとも、千年以上かかると思います。
 身の回りにある物を、自作の視点で見直すと、足下のガラクタでも、何か価値ある物に見えて来ます。
 それにしても、高度近代文明の礎は、人類特有のネットワークなのだ、と、改めて理解しました。
 人々の分業が、高度技術社会を作り出していたんですね。
 他の動物では、ネットワーク、共同作業と言うのは、殆ど見られません。
 さて、縷々、それらしき理屈を述べて来ましたが、私が瓶を保存するようになったのは、もしかすると、単なる老化、即ち、歳を取った故かも知れません。
 それにしても、人類、再び石器時代に戻るような愚を犯して欲しくないです。
 昨今の世界情勢を見ると、その危機は、決して杞憂では無いように思えます。


<あの、文明論はつまらないので、止めて欲しいです>
<そうかなあ。視点を変える事で、身の回り品の価値に気付く事はいいと思うけどね>
<それは、全く関心の無い本を薦められているようで、欠伸が出ます。自分が面白い本を、他人も面白く感じるだろうは、単なる独善ですよ>
<うーん、じゃ、また渡辺淳一氏の世界がいいかな>
<古稀なのですから、いい加減、自己満足の愚に気付いてください>
<今日は厳しいな>


俳句


集めたる 瓶を見るたび 母想う